05.詩音の家族
夜と美海と海に行く約束をした詩音は、嬉しくてはしゃいでいた。
その後に美海が口を開くまでは。
「あ……、私そろそろ帰らないと」
「え」
「夜と詩音も時間、大丈夫?」
「僕も、そろそろ帰ったほうがいいかも」
「え」
美海と夜が帰り支度を始める。詩音の表情はこわばっていた。
「詩音はまだ大丈夫だから、もうちょっと遊ぼうよ」
「うーん。お母さんが心配するから」
「僕の家はうるさいから」
それぞれ帰らなくてはいけない理由があった。
それでも詩音は粘ったけど、二人を引き止めることはできなかった。
仕方なく詩音も夜と美海を見送って帰宅する。
「帰りたくないなあ」
詩音は一人で祖母の家を見上げた。
そもそもこの家は詩音の家ではなく祖母の家だし、祖母は詩音にあまり興味を示さない。一応食事は用意してくれるが、それ以外のことは自分でする必要がある。
ため息を付きながら、詩音は家のドアを開けた。
「ただいま」
返事はない。祖母は入浴中のようだ。詩音は静かに二階の自室まで歩く。なんとか自室のベッドまでたどり着いて倒れ込んだ。
また明日になったら夜と美海と会える。
でもその明日までの時間が長い。なにより、いつまでも明日が来るわけではない。
夏休みは既に半分を切っていた。
詩音は泣きそうな顔でカレンダーを見たけれど、日付は詩音の知っているとおりで、早くも遅くもない。
夏が終わったら、詩音は実家に帰らなくてはいけなかった。大嫌いな実家に。
詩音の両親は健在だが普段は殆ど顔を合わせない。
二人とも仕事が忙しいし、末っ子の詩音に興味が無いのだ。
だとしたら何故に子供を作ったのか。その疑問を詩音はまだ両親にぶつけられていなかった。
また詩音には兄と姉がいるけれど、そのどちらも塾通いが忙しく、詩音と顔を合わせることは少ない。
誰も面倒を見られないということで、長期休暇の度に詩音は田舎の祖母に預けられていた。
おそらく中学生になったら詩音も塾に通うことになり、同時に長期休暇にこの町に来ることはなくなる。
だから詩音が夜と三海と会えるのはあと数えるほどしかないのだ。
少しでも多く、少しでも長く詩音は二人と過ごしたかった。
しかしそのことを詩音は夜にも三海にも言えていない。言わなくてはいけないと思いつつも、二人の反応が怖くて聞けずにいた。
「明日こそは言おう」
そうつぶやいて、詩音はまぶたを閉じた。きっと明日も言えないだろうという予測は、もはや確信に近かった。
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