文化祭で女装したらイケメンに声かけられた
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「えっ!」
「あ、あれ?」
高校の制服を着た二人組の男子が慌てて教室の入り口に置かれている看板を確認した。
「やっぱり間違ってない。あべこべ喫茶って書いてある」
「男子が女装して、女子が男装してるんだよな」
「はい、こちらはあべこべ喫茶でございます」
「…………」
「…………」
男達を迎え入れてくれたメイド服の何者かが正解を教えてくれたが、男二人は何故か黙り込んでしまう。
「お席にご案内致します」
まだ困惑したままの男達は、流されるがままに着席した。
そして近くを通りかかった別のメイド服の人物に声をかけた。
「おっ、お前花岡だよな。ちょっと良いか?」
「土田様と嬉根様。来て下さったのですね」
「うげー!超気持ち悪い!」
「ぎゃはは!女装なんだから普通はこうだよな!」
どうやら三人は知り合いらしく、メイド服を着た花岡のことを二人はゲラゲラ笑いながら観察する。
「文化祭でお前が女装するって聞いたから揶揄いに来てやったぜ」
「ふふ、ありがとうございます」
「ぎゃはは!それマジで気持ち悪いから止めろって!」
「そんな……私の何処が悪いのでしょうか……こんなに可愛いのに……」
「ちょっ、そのきめぇ顔でガチ恋距離やめろ!」
「照れなくてもよろしいですのに」
「ぎゃはは!お、おい、こっちに来んな!」
仲が良い三人なのだろう。お互いに揶揄いあって楽しんでいる。
教室内を見ると同じような感じでふざけあっているところが多く、男装している女子もまた仲が良い他のクラスの女子と姦しく笑い合っていた。
だがそんな彼らは、どうしてもある一点が気になってしまう。
友達と話をしながらも、そちらの方に視線が吸い寄せられてしまう。
「な、なぁ花岡。あいつって女子……だよな?」
土田の視線の先には、席まで案内してくれたメイド服の人物が居た。
このクラスの出し物はあべこべ喫茶であるため、メイド服を着ているのであれば男子のはず。それなのに何故土田はその人物が女子だなどと聞いてしまったのか。
「そう思うよな。だが、アレは男だ」
「いやいやいや、絶対女子だろ」
「あんな美少女が男だなんてありえないわ」
その人物はかなりの美少女だった。
花岡をはじめとした他の男子達は男らしさが全く抜けていないのに、その人物だけは完璧に女子になりきっていて一人だけ別格だったのだ。
「マジで男なんだって。那珂林だよ」
「はぁ!? 那珂林!?」
「那珂林って、いつもテストが一位のメガネかけてる奴だよな!?」
「そう、その那珂林。あいつって別に勉強が得意な訳じゃなくて、何事もやるからには本気で取り組みたいタイプだから成績が良いだけなんだってさ」
「おいおい、だから女装も本気でやったってことか?」
「らしい」
「本気出しすぎだろ!」
メイド服の着こなしも、メイクも、振舞い方も、何もかもが本物の女性のようにしか見えない。
女子ですら目を奪われる程なのだから相当なクオリティである。
「あいつマジでやべぇぜ。ムダ毛剃ってるし、絶対領域の幅に拘ってるし、香水使ってるし、胸にパッド入れてるし、ネイルまでやってるし、未だに俺の脳がバグったままだ」
「絶対領域……」
「パッド……」
男達の視線が魅惑の部分を見てしまう。
そして同時にごくりと生唾を飲み込んだ。
「いやいやいや、何を考えてるんだ俺は。あいつは男だぞ」
「そ、そうだそうだ。だからドキドキすんじゃねーよ俺!」
那珂林は多くの男達を虜にし、情緒を完膚なきまでに破壊していた。
ネタ的な出し物で笑いが絶えない場所になるはずが、那珂林のせいでクラスの雰囲気は異様なものとなっていた。
だがそのおかげで客足が全く絶えない。
女装美少女がいると口コミで話題が広がり大盛況。
学内ナンバーワンの成績の持ち主が、文化祭でもトップになろうかという流れを生み出していた。
そんなある時。
「うわ、何あのイケメン!?」
「あんな人、うちの学校に居たっけ!?」
あべこべ喫茶に、背が高くて細身で王子様ルックで甘いマスクのイケメンがやってきたのだ。
「おかえりなさまいませ、ご主人様」
「ああ、帰ったよ」
その声は男性にしてはやや高めであり、耳にする者を魅了するかのような不思議な魅力が感じられる。
「美しい」
「え?」
「私はカナタという者だ。貴方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「まぁ……美しいだなんて……ありがとうございます。私はヒカリと申します」
イケメン相手に頬を染める様子もまた、女性にしか見えない。
ちなみにヒカリというのは源氏名のようなもので、雰囲気を出すための仮の名前である。
「名前もまた美しい。可能であれば、その美しさを永遠に愛でたいところだ」
「まぁ、カナタ様ったら大げさな」
「私は本気だよ」
「え?」
カナタは艶やかな動きで那珂林の顎に手を添えた。そしてそれをクイっと動かし自分の顔を見るように上げさせ、じっと瞳を見つめた。
「ヒカリお嬢様。もしよろしければ、私と文化祭を巡って頂けませんか?」
「…………はい」
イケメンにガチ照れする美少女という光景に、那珂林のクラスメイト達は大慌てだった。
お前は男なんだからそれはまずいだろう。
ではなく、那珂林を目的に客が来ているのに那珂林が居なくなったら困るからである。
とはいえそろそろ那珂林はシフト的に休憩時間であるため、止められはしないのだが。
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「三階の占いが人気のようだね。行ってみないか?」
「喜んで」
「ではお手を」
「…………はい」
階段を上り下りする度に、カナタは那珂林に手を差し出す。那珂林がそこにそっと優しく手を添えるとカナタは優しく彼女の手を握る。
「きゃ~!まるで王子様とお姫様みたい!」
「見た目は王子様とメイドなのにね」
「眼福眼福」
ただそれだけの光景なのに、二人を観察する周囲の女子達から黄色い声があがるのであった。
奇しくもはじまってしまった文化祭デート。
那珂林は相変わらず本気の女性モードを崩さず、カナタもまたそんな那珂林のことを女性として扱い続ける。
「おお、このクレープはかなり美味しいな。ヒカリお嬢様のクレープも一口貰って良いか?」
「…………はい」
美味しい物を一緒に食べ合う。
「きゃああああ!」
「何があっても私が君を守るから安心したまえ」
お化け屋敷を堪能する。
もちろん怖がっているのは那珂林である。
「なんと感動的なお話なのだ」
「…………はい…………うううう」
並んで劇を鑑賞する。
二人は全力で文化祭を堪能したが、やがてまた那珂林のシフトの時間がやってきてしまった。
「それではまた後でお会いしましょう」
「…………はい」
カナタは那珂林をクラスまで送り届けると、再会の約束をして去って行った。
「お、おい、那珂林?」
「大丈夫か?」
「…………」
「ダメだ。メス堕ちしてやがる」
「自分が男だって忘れてるんじゃないか?」
背中が見えなくなってもカナタが去った空間をぼぉっと眺め続ける那珂林の様子を、クラスメイトは心配そうに見つめるのであった。
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自分が誰なのかを決して忘れてなどいない。
自分はあくまでも女性を演じているにすぎないのだ。
「(どうしちゃったんだよ俺……)」
だが胸の高鳴りがどうしても治まらない。
脳裏からカナタの姿が消えてくれない。
「(俺は男、俺は男、俺は男なんだ。男に惚れるなんてありえない)」
そうやって無理矢理自分を納得させようとするが、何度も何度も繰り返している所から察するに効果は芳しくないようだ。
「あ!」
「きゃあ!」
「申し訳ございません!」
「濡れて無いから大丈夫だよ」
これまで完璧にこなしていた給仕の仕事にも影響が出てしまい、紅茶を零してしまった。幸いにも被害はなかったから良かったものの、このままでは仕事にならないだろう。
「…………はぁ」
自分の情けなさについ溜息を吐いてしまう。
「可愛い!恋煩いしてる!」
「イケメンご主人様に恋するメイド!はぁはぁ」
「きっと身分の差に悩んでるのよね!」
むしろその不安定さを喜んでいる層がいるせいで客が増えているから問題無いのかもしれないが、周囲の状況が見えていない那珂林は気付いていない。
「(後夜祭に誘われてついOKしてしまった。何も無いと良いが……)」
高校の文化祭での後夜祭など、陽キャが騒ぎ恋人達が仲を深める格好の場。本来の那珂林は陰寄りであるため参加するなど考えられないことなのだが、今更拒否するなんて失礼なことは出来ない。
「(何も……何も……な、何を想像してるんだ俺は!)」
カナタと出会った瞬間、顎をクイっとされたことを思い出す。
整ったカナタの顔がそのまま段々と近づいてきて……
「いやああああ!ダメ!考えてはダメよ!」
反射的な叫びであるにも関わらず女性っぽく振舞ってしまうところ、気持ちが入りすぎである。
「(しかし俺にこんな才能があるだなんてびっくりだ)」
元から女装の性癖があったわけではない。
クラスメイトに説明したように、やるからには本気でやると考えて試行錯誤して準備しただけのこと。
そうしたら予想外に美少女が生まれてしまったのだ。
こんなに美少女なのに中身が男っぽかったら申し訳ない。
そう感じた那珂林は、女性としての振る舞いが出来るように徹底的に練習をした。
「(にしてもおかしい。男に変な目で見られたら嫌な気持ちになるはずなのに、どうして全く嫌悪感が無いんだ)」
それは女性らしく振舞うために『自分は女性である』と暗示をかけすぎてしまったがゆえのこと。
そしてそのために新しい扉が開いてしまったのかもしれない。
「(俺の心は完全に女性になってしまったのか? いや、違う。男と付き合うだなんてやっぱり嫌だ)」
男から好意の視線で見られることは構わない。
それは自分が美少女として見られている証拠であるからだ。
だがそれと男が好きかどうかは全く別の話だ。
あくまでも女装に開眼しつつあるだけであり、心が女性になったわけではなかった。
「(それなのに、どうしてカナタにあんなにされて喜んでるんだよ!)」
男を恋愛相手とは全く見れないはずなのに、何故かカナタが相手だと恋する乙女のような反応をしてしまう。
「(あんな作ったようなイケメンにこんなに悩まされるだなんて悔しい!)」
まるで物語の王子様の演技をしているかのようなカナタに対し、少し前の那珂林であればふざけているとしか感じなかっただろう。だが露骨に寵愛を受けて優しくされたからか、本気でドキドキしてしまう。
「(これが女子の感覚なのか? 男はカナタみたいなことをした方が良いのか?)」
テストの点数は良くても恋愛のことは分からない那珂林。
少し斜め方向の知識を得てしまい、今後色々と拗らせてしまうかもしれなかった。
「(と、とにかく後夜祭で最後なんだ。それが終われば俺は男に戻るし今日のこと無かったことになる。それまで我慢しよう)」
色々と考えてしまったが、こんな特異な状況は文化祭だからである。
美少女でなくなった那珂林のことなどカナタは全く興味を示さないだろう。
果たしてその那珂林の予想は正しいのだろうか。
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「あ、あの、カナタ……様?」
メイド服のまま後夜祭に向かった那珂林だが、後夜祭の会場からは遠く離れた校舎裏に来ていた。
「いけない子猫ちゃんだね。こんな所までほいほいついて来ちゃって、どうなるか分からなかったの?」
「…………」
「もう逃がさないよ」
「(どうすんのこれ!?)」
カナタは那珂林をここまで連れて来ると、那珂林の身体を校舎の壁に押し付けた。そして那珂林の顔の横にドンと手をついて那珂林に覆いかぶさるようにすることで逃げ出せないようにしたのだ。
「あの教室ではじめて君の姿を見た時、体中に電気が流れたようだった。こんなにも美しい人がこの学校に居たのかってね」
「(この流れはやばすぎる! 誰か助けて!)」
男の那珂林であれば力づくでその場を離れることが出来る筈なのだが、女性になりきっているためそのような発想が出て来ないのであった。
「困った顔をして誘わないでくれ。この気持ちを抑えきれなくなってしまうよ」
「(誘ってない!)」
「それとも困惑するフリをして自分の気持ちを誤魔化そうとしているのかな? こんなに分かりやすいのに」
「…………え?」
カナタが少し那珂林に顔を近づけると、那珂林の頬に一瞬で赤みがさした。
「(待ってどうしてこんな反応をしちゃうんだ。相手は男だぞ。相手は男だぞ。相手は男だぞ。相手は男だぞ)」
「ふふ、葛藤しているようだね。そんな姿も可愛いよ」
「(可愛いって言われて喜ぶなああああ!)」
強引に迫られているのに、どうしても悪い気がしない。
その自分の気持ちを受け入れられず困惑してしまう。
「私は君が好きだ。私のものになれ」
「(うぎゃああああ! 告白されちゃったああああ!)」
頬だけでなく、顔全体が真っ赤に染まってしまった。
元々恋愛に対する耐性が無かったことに加え、この異様な状況が那珂林の理性を狂わせているのだ。
「その反応、期待して良いってことかな?」
「あっ……いえ……その……」
「はっきり言ってくれないと分からないな。尤も、どんな答えであれ君が私のものになるのは決定事項なのだが」
カナタの顔が徐々に近づいて来る。
それが何を狙っているのかなど明らかだ。
必死の努力で作り上げた、ぷるぷるで瑞々しい唇が強引に奪われようとしている。
「(このままじゃ……うううう!)」
覚悟したのか、きゅっと目を閉じた那珂林。
だがその覚悟はカナタを受け入れるという意味では無かった。
「お、俺は男なんですよ!」
女性としての時間を終わらせる。
そういう意味での覚悟だったのだ。
「(多分カナタは見た目に騙されて俺が男だってことを忘れてるんだろう。だからこう言えば諦めてくれるはず)」
そして正気に戻ったカナタは己がやろうとしていた過ちに気付き、ショックを受けて踵を返す。
それが那珂林の考えたこの場を乗り切るシナリオだった。
だがしかし。
「もちろん知ってるさ」
「え?」
顔を近づけたまま、カナタは甘い声でそう告げた。
「君のクラスの出し物のコンセプトを考えれば自明だろう?」
「それならどうして!男と男じゃないですか! 俺にはそんな趣味はありません!」
「え?」
那珂林の抵抗に、カナタはきょとんとした顔になった。
そしてそのまま思いっきり笑い出したのであった。
「あはははは!あはははは!あはははは!」
「カ、カナタ様? じゃなくて、カナタ?」
「くっくっくっ……まさか……まさか気付いていなかったなんて!」
「気付いていない? え?」
今度は那珂林がきょとんとする番だった。
至近距離で笑い続けるカナタの反応の意味が全く分からない。
これまでのような作った雰囲気が消え、腹の底から笑い続けるカナタ。
その様子をずっと見ていたら、那珂林は違和感を覚えた。
「あれ、声が高い?」
元々、男としては声が高いとは思っていた。
しかし今笑っているカナタの声は、今までよりも遥かに高く、まるで女性のようだった。
「まさか!?」
「私のクラスは王子喫茶。私も王子様に男装してるの」
「だからそんな演技しているような感じだったのか……」
「それはお互い様でしょ」
那珂林がメイド美少女を演じていたように、カナタもまた王子様プレイをしていた。
背が高いのは、シークレットブーツを履いているから。
胸が膨らんでいないのは、きつくさらしを巻いているから。
声が低いのは、声色を頑張って変えているから。
那珂林に匹敵するくらい、かなりの努力をして男装していた。
思わぬ展開に驚いた那珂林だが、相手が女性と分かったからか肩の力が抜けた。
「安心した?」
「え?」
だがまだ安心するには早い。
カナタの顔は至近距離から動いていない。
「なら続きをやるぞ」
「え!?」
カナタは再び王子様モードに入り、那珂林の瞳をジッと見つめてまた空気を作ろうとする。
「あの……演技だったのでは?」
「ああ」
「それなら……もう……」
「だが君を私のものにしたいという気持ちは本物だ」
「え!?」
カナタの顔がさらに近づき、もう大事なところが触れてしまいそうだった。
「全部君が悪いんだ」
「…………」
「男なのに美少女である君のことを考えるだけで胸が締め付けられるようだ」
「…………」
「私は男として美少女である君に惚れたのか、女として女が好きになる素養があったのか、はたまた単に男なのに美少女というギャップにやられたのか。脳が混乱してどうにかなってしまいそうだったよ」
「…………」
それはまさに今の那珂林の心境そのものだった。
女としてイケメンであるカナタに惚れたのか、男として男が好きになる素養があったのか、はたまた単に優しくしてくれたことにキュンとしてしまっただけなのか。
自分の気持ちが分からず脳が混乱してしまっている。
だが一つだけ分かることがある。
「最後通告だ。抵抗しなければ奪うぞ」
「…………はい」
那珂林はそっと目を閉じた。
その直後、待ちきれないと言った感じで、優しくも猛々しい想いが唇に伝わって来たのであった。
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「待たせたな」
「ううん、今来た所」
ある日の休日。
駅の待ち合わせ場所にて、一組の恋人がいた。
女性は清楚な白いワンピースを着た超絶美少女であり、ニーハイソックスを着用して拘りの絶対領域を作り出していた。
男性は黒いロリィタ系王子様服を着た超絶イケメンであり、周囲から浮かないように絶妙なアレンジがなされていた。
「うわぁ素敵」
「お似合いのカップルね」
あまりの美男美女であるがゆえに、二人は周囲の注目を自然と集めてしまう。
だが誰一人として気付いていない。
二人の性別があべこべであるということに。
文化祭での女装と男装。
そこで本気を出してしまったがゆえに、二人は新しい世界に目覚めてしまい、少々特殊なお付き合いを始めたのであった。




