ひとみは宇宙きみに夢中
私は橘円ただの女だった。
強いて変わった点を言うならば、
このハスキーでアルトの声だった。
この声こそが私の最大のコンプレックスであり、今までの人生のすべてだった。
今まで生きていて、このコンプレックス以外のことで特に語れるような
特技も目標も夢も・・・何もなかったからだ。まるで空っぽ。
笑ってしまうぐらい私の19年には華がなかった。
いつも倦怠感と劣等感に両手を引かれて、さながら捕えられた宇宙人のような
気分で毎日をただ廻っていた。そう、私はただ 退屈だったんだ。それだけ。
「あーマドカ~!おっかえり~!おつかいサンキュ~!」
家には腐海が広がっていた。
現在、私は姉と二人暮らし。
姉はつまるところの「腐女子」という人種だった。
私はよくわからなかったが、いわいる
「萌え」を生きがいにしているらしい。
オタクと違うところは男子同士の恋愛を糧にしている・・
という話だったきがする。そこあたりは複雑怪奇なので私は理解できない。
「あ!ちょっと!!そこ踏まないで~!アキラたんのお顔踏むな!ってば!!聞いてんのぉ!?」
フローリングの床が見えないほど、同人誌に埋もれた部屋はさながら腐海で
私はその海に足をとられた。
「・・ん、姉ちゃんいいがげんにしなよね・・まったく。どうやって通ればいいのさ。」
「上手いことやりなさいよ~!あ!今良いところだから忙しいの!」
そういう彼女はPCゲームに夢中だ。
まったく、本をみたりPCゲームをしてみたり、気の多いことだ。
しかもどのタイトルも統一感がなくて、好きな作家というものはいないそうだ。
彼女いわく「ピンとくるものが好きなの。」らしい。
私はため息をつきながら、薄い本をかき分けながら前へ進んだ。
あいにく私は「腐女子」ではないので姉のことは理解できない。
なんとか自分の部屋へ行きつくことができ、一息つけた。
まったく・・・上手くいかない。
あれも これも それも どれも
就職も 家庭も 自分も 世間も
酸素はあるのに溺れてしまいそうな感覚だった。
高校に通っている頃はよかった。のんべんだらり と過ごせばよかった。
桜が咲くたびにさびしくなったり、プールの塩素に顔をしかめたり、
机に落書きをして、委員会を決めればそれで成り立った。
今はそうじゃない。一匹の女になってからはもうドレも上手くいってない。
恋愛だって上手くいきゃあしないし、姉の面倒だってある。
ちなみに姉は30歳バツイチだ。子供もいるが旦那側にひきとられている。
子供の名前は「マサムネ」姉が一番好きな武将の名前だった。
姉を見ていると未来が心配になってくる。私のもそうだけど、彼女の未来が。
家にいても息がつまるから、私の心は外へ飛び出していた。
「モラトリアム、だねぇ!いや、青春ってかんじ?うん。現代っ子ってかんじ?」
「?・・・姉ちゃんマーガリン付けすぎ、もったいない。」
「いやーん!マーガリンは多ければ多いほどおいしいからいいんだよ、
ところで面接今日でしょ?何時からでるの??」
「・・2時だけど。そういう姉ちゃんだってちゃんと働きなよね。」
「はぁ?私は働いてるっつーの!」
「・・・・」
姉はいわゆる夜の蝶をやっている。
どぎついメイクで男をコロす。甘い言葉で女をコロす。
そんな世界の住人だったりする。別に否定するわけじゃないが、
姉はずっとその商売をやるつもりなのだろうか・・・。
「じゃあ、私もう出るから。」
そう切り上げて私は家を出た。
いつもの道を通り、いつものあのコンビニに寄って、ATMでお金を下ろして
フラフラと街を歩くことにした。あいにくとまだ面接までは時間があるのだ。
駅の近くの喫茶店へ入り、そこで ふと普段あまり使わない携帯に
メールが受信されているのに気付いた。
・・・・また姉だろうか、まったく。
開けてみるとそれは、メールマガジンだったらしく、
キャッキャとした文字と装飾された言葉が羅列してあった。
≪今日のラッキー★占い≫
文字はせわしなく動いていて、目がチカチカした。
けれど暇だったので、なんとなく占いの内容を見てみると
「・・・・あ、一位だ。」
自然と顔がゆるんだ。一位・・めったにお目にかかれない言葉だ。
何かと私の人生はツイていなかったらしく、せいぜい三位どまりだったもんなあ。
≪今日はラッキー★人生で最大の転機が起こるかもー!ラッキープレイスは人がたくさん集まるところ≫
・・なんと抽象的なアドバイスだろうか。うん、占いは気休めだものなあ。
注文したカフェオレを飲み干して、帽子を深くかぶりなおして店を出た。
今日は何て天気が良い日なんだろう。
ぼんやりとしながら歩いていると、ふと人だかりが目に見えた。
パチパチパチパチ
「あ、ストリートミュージシャンだあ!」
「ん!あの人私、知ってるよ!マルだ!」
「えー!なにそれ、知らない~」
「なんかね、ツイッターでねぇ・・」
そう女子高生が囁き合っていた。
程よい音程で程よいギターが流れ出した。
「ミュージシャン、か。」
人垣に囲まれて、光り輝くぐらいのオーラを放ち
笑顔を振りまいている。そんな存在が私にはつらかった。
言いようもないぐらい どうしようもないぐらい 疎ましかった。
数曲終わっていたらしく、マルといわれていたミュージシャンが
MCを始めていた。「今日はありがとう!」とかなんとか
言っていた。いつも間にか私は人に押されてマルのド真ん中センターを
陣取っていた。まるで私がマルのファンのようじゃないか・・。
私はそれも気に入らなくて、かといってこの場を動きたくはなかった。
ザラザラとした言葉が口内がひしめき合っている。一生懸命
歯をかみしめて私はザラザラとした言葉を食い止めていた。
「今日は、とても天気がいいですね。私は今日この場所でギターを弾けることを光栄に思います。」
私はハッと顔をあげてマルの目を見た。目から火花が出たみたいにバチッ!と視線がまじりあった。
「今日は、とっても良い天気・・だものね。」
もう一度かみしめるように私はつぶやいた。
たしかに私はマルの眼の中に宇宙を見たのだった。
人魚姫は人間になるために声を代償として足を手に入れた。
それほども恋は、人を好きになるということはリスキーなのだ
と私はそう思っていた。小さなころから今までは、確かにそう思っていたのだ。
マルの奏でる程よいギター。
形のいい指からこぼれおちる音はリズムに乗って、私の耳へと
流れてきた。目の前にはキラキラした天の川だった。
つまるところ、マルはヒコボシ
私は、オリヒメ・・・・
なんて臭いことを考えた私を私が疑った。
「今日は、どうもありがとうございましたー!:」
拍手の波が湧き起こり、私は現実に引き戻された。
「あっ、面接・・はじまっちゃう!」
私は急いで面接会場まで駆け出して行った。
鼓動がいつもより早いのはきっと私が走っているからだと思いたい。
「ただいま。」
真っ暗な我が家へなんとか戻ってきた。
面接の結果は最悪。マルに呆けていたあの時の私が憎くて仕方なかった。
姉は今日は仕事だから、朝まで帰ってこない。
電気を探しているとふとキラッと光るものを見つけた。
姉のフリスクケースだ。
姉の私物は何かとゴテゴテとしたデコレーションがしてある。
それはこれでもか!というぐらい自己主張をするのでこんなに暗い部屋でも
目に付いたのだった。姉は恋愛運を上げるとかなんとかいって、ピンクの持ち物を好んでいた。
このフリスクケースもピンクのラインストーンがひしめいていた。
拾い上げたところで、ふと 明日もマルはあの場所にくるだろうか・・
なんて思ってしまった。そういえば、マルはピンクのキラキラとした女の子に群がられていた。
急いで腐海をかき分け自室に戻るとクローゼットをひっくり返し、一張羅を探し始めた。
「いってきまーす」
テーブルに姉への簡単な置手紙を残し、私は家を出た。すこぶる機嫌が良い。
いつもの道を変えてみたり、いつものあのコンビニではなく、違うコンビニに行ってみたり、
ATMを使わずにクレジットカードを使ってみたり
そんな風に少し いつもの日常とズレていた。
買って以来使ったことのないネックレスをしてみたり、
ショーウィンドウの写りこみで前髪を気にしていたり、
何度も鏡で全身をチェックしたりしていた。
どこか浮ついたフワフワした気持だった。
姉からの「トイレットペーパー切れたわよ、買っといて~」
といういつもの雑用命令メールでもちっとも気分が落ちない。
浮かれすぎて今までの記憶まで吹っ飛んでいるようだ。
足取り軽く歩いていると、
もうすぐマルがいたあの場所だ。駅への道をちょっと外れたあの場所、
カフェオレがおいしいカフェがあるあの通りのあそこ。
いた、みつけた!
「あ!!!マルだ!!」
つい息荒く声を張ってしまったみたいで、
通り過ぎたキラキラピンクの女の子達が
「男かと思ったらあの人の声だったんだあ~」
「プロレスラーみたいだよねぇ。あはは」
と呟いていくのを聞いた。
鈍器で殴られたような痛みが襲った。
否、殴られた、襲われたのだった。
言葉も暴力を振るうのだと、私は身をもって知っている。
プロレスラーのような男じみた声をもった女が
キラキラピンクの女の子になれるはずないって
知ってたはずじゃないか・・・まったく私はこれだからなあ。
履きなれないヒールがただジンジン痛かった。
それでもマルの奏でる音楽は程よく心地よく甘かった。
大きな声で泣きわめけば楽だったのかもしれなかった。
今日はすこぶる機嫌が良い日。のはずだった。そのはずだった。
私は今空を飛んでいるのかもしれない。海に溺れているのかもしれない。
ぐちゃぐちゃになる意識の中、ふと、 トイレットペーパーを買い忘れたのを思い出した。
それからも私は毎日のようにあの場所でマルの音楽を聴いた。
毎日というのは嘘になる。マルは実は一週間で2回しかあの場所に
現れないということが分かった。
私は面接に行っては受かったり、落ちたりしながら、
働きながら、辞めながら、転々ぽつぽつ と生きていた。
ただ今までと違うのはマルの音楽があるということ。
マルの存在は私の中で大きく膨れ上がっていた。
ぼんやりしているうちにマルのライブが終わった。
MCが終わり機材をかたずけている。ぽつぽつと人が帰り始めた。
私も帰ろうと立ち上がった。
「あの、貴方ずっと僕の路上ライブきてくださってますよね?」
マンガのようなリアクションですっ転げそうだった。
「・・・・・・!?」
口をパクパクするだけでちっとも言葉が紡げない。
目を白黒させながら言葉を探している私はきっと美しくないだろう
否、滑稽なことと思う。・・・あんまりだ。
ポロ ポロ ポロロロ
「ど、どうしたんですか?どこか痛みますか??あ、もしかして・・・」
そんな情けない気持ちになっていると自然と涙がでた。
おまけにマルが慌てふためいている。迷惑掛けた・・なんという・・バカバカ。
「っ・・!っ。」
息が抜けるおとしか口から出てこない、まるで声がなくなったみたいだ。
まるで言葉を落っことしてしまったみたいだ。
怖い怖い、私のコンプレックスがバレてしまうのが怖い・・
そうこうしているうちにマルはギターケースから白い紙とペンをだして何やら書いていた
≪はじめまして ぼくは タケモト マル です。 いつもありがとう きみの なまえは?≫
私は目を丸くしてマルを見た。マルはにっこりと笑って、私にペンをよこした。
どうやら私が声が出ない人だと思ったらしい。
私は震える手を制しながら
≪はじめまして 私は タチバナ マドカ です。 応援しています。 ・・≫
すき・・と書いてハッとした。なんてことを書いているんだ!
マルは特に気にした様子もなく、
≪ありがとう、いつも聞いてくれるから頑張れます。≫
と癖のある字でそう綴ってあった。
私はマルの目をじっと見てその先に未来が見えてしまったのを感じ、また泣いてしまった。
マルはあわててハンカチを取り出して私に渡してくれた。
{ 貴方が 好き }
私は泡を一つ吐いた。
勢いで書きました。
ナイーヴで壊れやすくもろい関係を
書けたらいいな、とか。テーマが重すぎるな、とか
続けたいと思っているので、良ければ感想などなど
下さるとうれしいです。