覚えがないわ
「おぉ!! 聖女様が来られたぞ!!」
「能力もさることながら、その美貌は女神のようだと聞いているな」
「ようやくこの目で拝めるのか!!」
「すぐにでもご挨拶を!!!!」
うんうん、皆んなの声がよーーーーく聞こえるわね。この美しさを見たいって気持ちは分かるけど、あわよくば聖女の加護を、新たな勇者の名声を欲しいっていう下心の方がもーーーーーーーーっとありそうだけどね。だから、とっておきのエスコート役を連れてきてあげたわよ??
「聖女さっ…………」
「なっ、なんで……」
「あれは…………」
全員の動きが止まる。長い歳月で成長したのは私だけではない。ドアの後ろから、頭をかがめながら一緒に入ってきたのは、よく手入れされた真っ白な毛並みに、隣に並べば虎ですら子猫に見えてしまうほどの図体になった最愛の理解者、ケロベロスだ。
「あれが……聖女様が清められた元魔獣か……」
「確かに、聖獣にしか許されない白色だが……」
「……無理だろう」
「ベロス、ありがとう。ほら、皆様にご挨拶を」
「ゔぁゔぅぅぅぅっ」
フフフ、最高のエスコート役だわ。皆んな笑顔だけど一歩も近づいてこないじゃない。
「おぉ、リア……今年もまた一段と美しくなったな」
「誕生日おめでとう、リア」
「パ……陛下、お母様、ありがとうございます」
さすがに、この場ではパパと呼べないわね。なんかショックそうな顔してるけど。
「……それにしても、ベロスを連れてきたか。考えたな」
「私の大事な家族ですので……ダメでしたか??」
「いや、構わん。今度我もその手を使おう」
中途半端な者を遠ざけるには丁度良い。2人ともそう思ってくれたようだ。
「今年も挨拶をしたら下がらさせてもらいます」
「……あぁ、いつもの祈りの時間か。だが、今日くらいは聖女ではなく我らの娘、王女として過ごしたらどうだ??」
「いえ、神のご加護あってこその私です。休息日などありませんわ」
毎年のように言えば嘘も上手になるものだ。我ながら笑ってしまう。
「まぁ、あいかわらず立派ですね。母はあなたを誇りに思いますよ」
「いえ…………」
相変わらず、なぜかお母様にだけは目を合わせられないのよね……どうしてかしら。確か同性には嘘がバレやすいとか……無意識に警戒しちゃってるのかしら??
「だが、まぁそう言うな。もう少しだけ付き合いなさい。今年は……成人前の最後の誕生日だ。コードの予言を無下にはしないが……それでもお前が聖女である以上、魔王の復活があれば皆で祝えるのも最後かもしれないのだ」
「…………」
「それに……気が進まないが王族としての立場もある。上位貴族にだけでも挨拶をしておきなさい」
「ですが……」
「ごめんなさい……」
「っ!?」
なぜ、お母様が謝るので!?
「私が……もっと子どもを生めればあなたにこんな苦労をさせなくて良かったのだけど……」
「っ!!!!」
「いや、お前のせいではない。こうして毎日を健康に過ごせるだけで我は嬉しく思っている」
「ですが……聖女として忙しいリアに……王族としての仕事までさせてしまうのは……せめて私がもっと上手にリアの分までお付き合いできれば良かったのですけど……」
「何を言っている!! 周りがお前を気遣っているのは長いこと病に伏せていたからで……」
状態が良くなったあとも、王妃をお茶会に誘うことを遠慮する傾向があった。それならばとこちらから招待しようものなら、皆聖女の話を聞きたがる。病に伏せ、長いこと関わりのなかったこともあり、話のネタはすぐに尽きてしまうの繰り返しだった。そのせいか、元々内気だったことに拍車がかかり、王妃としての最低限のお付き合い程度に留まっていた。
「……今からでも、皆さんの相手、私が代打で頑張ってみま」
「分かりました!! お祈りの時間までまだありますし、皆様今日は私をお祝いしにきてくださったのですから、きちんとご挨拶させていただきますわ!!」
「おぉ!! さすがだリア!!」
「立派になって……」
…………仕方ないわ。公爵クラスにだけでも相手するしかないわね。
「…………ベロスは先に帰ってて」
不満そうだが、使用人に大量の生肉を用意させるよう頼むとすぐに飛び出していった。
「ええと、まずは……」
「お久しぶりです。聖女様」
うん?? 誰だっけ?? 刺繍された家紋を見る限り公爵家に間違いないようだけど、面識あったかしら。そもそも、今までは上のフロアから挨拶をした後はすぐに退散していたから直接話した人なんていないと思うんだけど。
「ずっともう一度お会いしたいと心待ちにしておりました。父に無理やり同行し何度かお姿こそお見かけしたことはありますが、こんなに近くで話出来るとは、光栄です」
すっごい話してくるじゃない!? 距離も近いんだけど!?
「やはり、お美しい……こうして1番にご挨拶出来たのも、僕とあなた様がご縁がある、ということでしょう。あれから心身ともにやり直すようにと父の方針で、身体はかなり鍛えてきまして……」
うーーん、全然思い出せないわ。そもそも名乗らないなんて、失礼じゃない!?
「……覚えがないわ」
「えっ……あぁ、当然あの頃から成長していますからね、僕ですよ。聖女様をパーティで唯一エスコートしたヤナンです」
ヤナン?? パーティ?? エスコート……あぁ!!
「あの時父親に叱られて泣いていた子ね」




