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異世界召喚されたのは良いんですけど『魔王』討伐はRTAってマジですか!?

作者: 鯖鮪

 眩い光に包み込まれた、かと思えば青年――佐藤 祐司は、見知らぬ場所に立っていた。


「……は?」


 自分は先程まで学校で授業を受けていた筈だが。

 これは一体どう言う事なのか?

 祐司の周りを取り囲むのは、荘厳な雰囲気を醸し出す教会のような内装の一室。

 自分をジッと見つめている、1人の少女に気付く。


 可憐な少女だ。

 真白のように白い髪は、一本の三つ編みに纏められている。顔立ちはやや幼く、クールな印象が強い。

 背は低く、身に纏っている衣装はメイド服。

 祐司がイメージする、メイド喫茶に出てくる破廉恥な感じではなく、シックでモダンなデザイン――正にメイドさん! と言った感じの見た目だ。 

 月明かりのように、澄んだ黄色い瞳が祐司を捉える。


「お待ちしておりました。『勇者』様。此度は、私達の召喚に応じて下さり、大変感謝しております」


 そう言うと、少女は恭しく一礼する。

 祐司の聴覚は聞き逃さない。

 自分が『勇者』と呼ばれた事。そして、召喚されたと言う事。この二つの要素から導き出される事実は……。


(つまりこれは、異世界召喚と言う奴では無いのか!?)


 今や、召喚ものや転生ものは有名だ。ハーレムを形成したり、チートで無双したり、有名になったり、大金持ちになったり。

 異世界に転生、召喚した者達の未来は総じて明るい。


(つ、つまり……! 自分もハーレムを形成する事が出来たり!? チートで無双する事が出来たり!? 俺の名を轟かせる事が出来るって言うのか!?)


 広がる夢。

 普段は程々な妄想も、憧れの異世界にやって来たと言う反動からなのか、留まる事を知らない。どんどん溢れ出てしまう。


「勇者さまはどのようなRTAで『魔王』を討伐するのでしょうか?」

「……は?」


 思わず聞き返してしまう。

 RTAと言う言葉自体は知っている。

 ――リアルタイムアタック。

 主にゲーム等に使用される言葉で、どれだけ早くゲームをクリアする事が出来るのかを競う、ある種の競技のような物だ。


 タイムは命より重い、なんて割とクレイジーな言葉が存在している事は知っているものの、余り詳しくは知らない。

 と言うか、何故異世界でそんな言葉が出て来る?

 頭の中は疑問符で一杯だった。

 そんな祐司の心の声が顔に出ていたのか。フゥ、と少女は息を吐いた後「ついて来て下さい」と言う。


 正面にある扉を開け、先に出て行ってしまう。

 慌てて祐司は少女の背中を追いかける。

 教会らしき一室に負けず劣らず、廊下もまた豪奢だった。窓から差し込む陽光によって、心なしか廊下は輝いている様にも見える。

 どこぞのお城なのだろうか?


「かつて世界は『魔王』によって虐げられていました。『魔王』の力は巨大で、世界中の戦力を総動員しても尚、『魔王』を打ち倒す事は不可能でした」


 異世界召喚ものでは割とよくある話だ。

 相槌を打ちながら少女の話を聞く。


「危機的な状況を打破する為に、別世界から『勇者』を召喚し、その『勇者』の力を以てして『魔王』を倒して貰おうと言う方法が取られました」


 成程、と祐司は呟く。


「そして『勇者』を召喚した後。その数時間後に『魔王』は見事打ち倒されました」

「ちょっと待とうか」


 話が飛びすぎでは無かろうか?

 と言うか、たったの数時間で『魔王』が打倒された? 世界中の戦力を以てしても倒す事が出来なかった『魔王』を?


「どうかなさいましたか? 『勇者』様。まるで、初代『勇者』様が成し遂げた功績を一気に省き、結果のみを伝えた事に対して混乱しているかのようですが」

「まるでじゃ無くて、実際にその通りなんだよ! え? 何? 『魔王』って、たったの数時間で倒されたの!? そんな、隣の県に日帰り旅行するような感じで!?」

「はい。初代『勇者』様曰く、明日は大事ならいぶがあるとの事だったので、RTAを駆使して『魔王』を打ち倒されました。勿論、初代『勇者』様は元の世界にお帰りになっております」

「……ちょっと待ってくれ。意味が分からない」


 想像が付かない。

 明日、ライブがあるから『魔王』を爆速で討伐って……。普通、いけるのか? だって、異世界だぞ? そして『勇者』って肩書があるんだぞ? 普通だったら、はしゃいだり驚いたりする所だろ?


「駄目だ。頭が痛くなってきた」

「ご安心下さい。『勇者』様。私も含めた、この世界の住人達も完全には理解出来ておりませんので。突如しゃがみこんだかと思えば、同じ動作を幾度となく繰り返し高速でしゃがみ込みが行われ、気付けば初代『勇者様』の姿が消えてしまう、と言った事がありましたが。当時の状況を知っている私でさえも、頭が混乱してしまいましたから」

「う、うん。それが正常……だよな?」


 祐司は一度、深く考えるのをやめた。


「何はともあれ『魔王』は討伐されました。これによって、再び世界は平和を取り戻す……筈でした」


 不穏な言葉だ。

 次に続く内容が、何となく予想出来てしまう。


「しかし、数年後に再び『魔王』は復活。世界はまたもや『魔王』の対処に追われる事となり、結果として前回と同じく。『勇者』を召喚する事になりました」

「……確かにそれが普通だとは思うけど、流石に二代目の『勇者』もRTAが使えたって訳じゃないんだろ?」

「『勇者』様のおっしゃられた通りです。二代目の『勇者』様には、RTAに関する知識がございませんでした。しかし、初代様はそのような状況を見越してなのかRTA攻略本なる物を残していたのです」

「えぇぇー」


 多分、初代『勇者』はそんな事を見越していない。単に、そう言うのを書くのが好きだっただけに違いない。

 が、ツッコミを入れるのは野暮なので、口にしたりしない。


「二代目の『勇者』様も、初代様の残してくれた『RTA攻略本』によって、見事に『魔王』を討伐なされました。しかし、幾度となく復活してしまう『魔王』。それに対抗すべく、我々は今も尚『勇者』様を召喚し続けています。無論、今現在は『RTA攻略本』以外にも様々な物を残されております。その一端こそが、この書庫に眠っております」


 少女が足を止める。

 目の前に存在するのは、重厚な見た目の木製の扉。

 少女は懐から鍵を取り出す。

 意匠が施された銀色の鍵。

 鍵穴に差して軽く捻れば、閉ざされていた扉は開く。


「どうぞ、お入り下さい。『勇者』様。この書庫に秘されている書物は全て、歴代『勇者』様達によって集められた物。いわば『勇者』様の遺産でございます」


 ズラリと並ぶ本棚。

 幾つもの本が収まっており、その内の一冊を手に取る。

 ――世界中の伝説の武器、呪われた武器のまとめ。

 ――キャラクターの好感度の稼ぎ方。好きな物や、好感度の上がり易いスポット網羅。

 ――㊙抜け道。これさえあれば、時短も楽勝!

 威厳の在りそうな書物の見た目とは裏腹に、内容は俗っぽいと言うかなんというか。ゲームの攻略本のような感じだ。

 内容は読み易い上に、分かり易い。

 歴代の『勇者』達は総じて優秀だったらしい。


「如何でしょうか? 『勇者』様。初代『勇者』様は、如何に早く『魔王』を討伐するのか? と言う点を重きに置いておりましたが、幾人もの『勇者』様達の手によってRTAは様々な開拓が為されてきました」

「……因みに聞いておくけど、他にどんな感じで『魔王』は倒されているの?」

「そうですね。例を挙げるとすれば、出会った人々の好感度を全員100%にした状態で『魔王』を討伐でしたり。チートやバグ技有りで『魔王』討伐。世界に秘されている、最弱の剣で『魔王』討伐、と言った偉業も為されています」

「な、成程……」


 どう言うリアクションを取るのが正解なのだろうか?

 もう、良いじゃん。

 普通に『魔王』と戦えば良いじゃん。冒険して、仲間と出会って、経験を積んでそれで『魔王』を倒せば良いじゃん。

 そう言う普通では駄目なのか?


「『勇者』様が召喚される前。前回の『勇者』様は、ウサギ飛びなる歩行法を用いて『魔王』討伐に向かわれました。ウサギ飛びを続けるのは辛かったそうですが、無事に『魔王』を討伐しています」

「そっかぁ。今の『魔王』って、ウサギ飛びでも討伐されちゃうんだぁ」


 何だか『魔王』が可哀そうに思えて仕方がない。

 と言うか、ウサギ飛びでどうやって『魔王』を討伐するんだよ。戦う以前に、移動するだけでも一苦労だろうが。

 どうして『魔王』を倒せるんだよ。


「……『勇者』様。どの様なRTAで『魔王』を討伐するのか迷っている様でしたら、一度この国の王に謁見されるのは如何でしょうか」

「え? ……いや、確かにそうだな。一応俺は『勇者』な訳だし、王様とは会っておかないと駄目か」


 恐らく、祐司が召喚された場所は何処かの国のお城なのだろう。

 だとすれば、この城の主である王と謁見するのは普通。

 何故か一瞬、僅かに目を見開く少女。

 しかし、それも一瞬の事だ。


「かしこまりました。王の所まで案内いたします」


 書庫を後にし、再び廊下を進む。

 内装は先程と変わらなかったが、異なる点は数多くあった。


「……なあ、アレって一体、何なんだ?」


 豪奢な廊下にはそぐわない、安っぽく、簡素な見た目をした看板達。書かれている言語は日本語であり『スコア』や『タイム』の下には具体的な数が記されている。

 どう言う物なのか、何となく理解は出来るが、聞かずにはいられなかった。


「見ての通りです。歴代の『勇者』様達が成し遂げた偉業です。『勇者』様達が手ずから作り、ここに設置しています」

「これ、全部『勇者』の手作りなのかよ!?」


 無骨な見た目な物もあれば、派手な物や、随分と手の込んだ物まで置かれている。読んでみると中々に興味深いが、それと同時に「こいつらの頭は大丈夫なのか?」と心配になってしまう。

 後『魔王』をたったの1時間で討伐した記録は、一体どのような方法で果たしたのだろうか? マジで気になる。


「……そう言えば、今までに召喚された『勇者』って何名くらいなんだ?」


 書庫に並べられていた本の数や、看板の数を見る限り、両手で数える程度は軽く超えている事だろう。


「そうですね。現在の『勇者』様の数を含めないのであれば、合計で159人にも上ります」

「ひゃくごじゅう……!? それは、また……何と膨大な。って言うか、それだけの数『魔王』も討伐されているって事か。ガッツあるんだな。『魔王』って」

「……とは言え、歴代の『勇者』様達は仲間を連れて行く事なく、たった1人で『魔王』の討伐を果たされました。RTAが可能である『勇者』様も同じく、1人で『魔王』を討伐なされる事でしょう」


 棘のある言い方だった。

 横目にジロリと睨みつけて来る少女。

 別段、祐司が悪い事をした訳ではないが何だか申し訳なくなってしまう。とは言え、同郷の人間が色々と好き勝手しまっているのだから、責任の一端位は感じた方が良いのかもしれない。


(あれ? と言うか、今の言葉の意味って……)


 一瞬、少女の言葉に引っかかりを覚える。

 しかし、何故引っ掛かりを覚えたのか? その理由が分からない。


「着きました。『勇者』様」


 王が居るであろう、扉の前まで来た。

 書庫の扉と比べる事さえ烏滸がましい。赤色と金色のコントラストによって作り出されている、威厳に溢れた扉だ。

 この先には、高貴な人が待ち構えていますよ、と分かり易く教えてくれる。

 思わず唾を飲み込む。


(だ、大丈夫かな? こちとら平民、庶民な訳だから礼儀作法とか全然分からないけど。本当に大丈夫かな!? うっかり、無礼を働いて処刑とかにならないよな!?)


「大丈夫ですか?」

「え? あ……ちょっと待って貰っても……」

「大丈夫そうですね。開けます」


 何故、大丈夫か? と質問したんだ! と、大きな声でツッコミたい所だったが、祐司は口を噤むしか無かった。

 何せ、扉を開いた先に広がっているのは、一般庶民では到底足を踏み入れる事すら難しい豪華絢爛な空間だったのだから。

 部屋の中央。

 物々しい玉座に座っているのは、威厳に溢れた男性だ。頭部には金銀宝石があしらわれた王冠を付けており、彼こそが王様なのだろう。


 その隣には、少しグレートダウンした玉座に座る王妃の姿が。

 身辺警護の為か、幾人もの騎士が配置されている。堅牢そうな鎧を見に纏い、手には強力そうな武器が握られている。

 煌びやかな見た目に反して、室内の空気は重々しい。

 呼吸する事さえ忘れてしまいそうなプレッシャーが、祐司に重く圧し掛かって来る。

 出来れば、今すぐ回れ右をして帰りたい所だが、そうは問屋が卸さない。

 祐司は世界を救う為の『勇者』であり、案内役の少女が既に扉を開けてしまっている。逃げられない。


「陛下。失礼致します。『勇者』様の召喚に成功しました事を、ご報告させて頂きます。並びに『勇者』様を連れて来ました」


 ガチガチに緊張している祐司と異なり、案内役である少女は落ち着いている。


「「…………」」


 少女の報告は至極普通だった。

 にも関わらず、王と王妃の2人は互いに顔を見合わせる。

 まるで予想外の事が起こった、とでも言わんばかりに。


「……えっと。もしかして、お邪魔だったでしょうか? でしたら、全然俺に構わずとも大丈夫ですから」


 寧ろ、王様と謁見出来ない方が嬉しい。

 なんて不敬な事を考えつつ、その場からフェードアウトしようとする。

 手首を少女に掴まれる。

 逃げられない。


「いや、すまないな。初代『勇者』を召喚してから今日に至るまで。『勇者』は全員、私と謁見をする暇もなく『魔王』を討伐しに行っていたからな。……少々、感覚がおかしくなっていたのやもしれん」


 疲労を感じたのか、眉間を抑える王。

 引っ掛かりを覚えた。

 王の発言に対して。


 ――初代『勇者』を召喚してから今日に至るまで。


 まるで、初代『勇者』を召喚した現場に居合わせたかのようでは無いか。

『勇者』を召喚するスパンは『魔王』を討伐した後から、復活を果たすまでの数年間。仮に、1年と定義したとしても、今まで召喚された数は159人。

 あり得ない。

 今、祐司を除くこの場に居る全員が、人外と言う可能性も無い訳ではないが、人間であればとっくに死んでしまっている。

 これは一体どういう事なんだ?


「……君は今、何歳なんだ?」


 隣にいる少女に。

 祐司は質問をする。

 神妙な面持ちの彼に対して、少女の反応は淡泊だった。


「ああ、そう言えば『勇者』様にはお伝えし忘れていましたね。私は……いえ、この世界に存在する全てが同じ時間を繰り返していると言う事を」

「……は?」


「確か、こう言った現象をループと言うのでしたっけ?」そんな前置きをしてから、少女は経緯を話してくれる。

 世界がループを繰り返す理由を。

 複雑な話ではない。


 召喚された初代『勇者』は、無事に――と言うよりはRTAを駆使して、難なく『魔王』を討伐する事が出来た。

 しかし『魔王』は自分が殺されてしまった、万が一の事態に備えて保険を用意していた。

 時の巻き戻し。

 自身の死をトリガーとして、数年前に時を戻す魔法だ。

 これにより『魔王』が死ぬ事はない。

 誤算があるとすれば『魔王』以外の人々も、時間が巻き戻されても尚、記憶が保持されていた点。

『勇者』達が残した、情報を始めとする成果物は時間が巻き戻されても尚、その場に残り続ける点だった。『勇者』が生み出した物は、この世界に存在している物とカウントされないらしい。


『勇者』しか『魔王』を討伐する事が出来ない、と言う事は既に証明されている。

 だからこそ、それ以降も世界は『勇者』を召喚し『魔王』を討伐しては、時間が巻き戻されると言うサイクルを繰り返している。

 他の方法を模索するにしても『勇者』が居なければ『魔王』は圧倒的な強者だと言う事実も災いしていた。

『魔王』に好き勝手されるくらいなら、同じ時間を延々と繰り返した方がマシ。それが世界の選択だった。

 無論『魔王』側も只々やられるだけではなく、色々と手を尽くした。

 しかし『勇者』達が残した成果物によって全てはご破算。

 以降、同じサイクルを繰り返し続けていると言う訳だ。


「……それはまた。何と言うか……マジで?」

「はい。大マジです。私の年齢は15歳ですが、実際の年齢は3桁にも上ります」

「これからは敬語をとかを使った方が良い?」

「不要です」


 衝撃的すぎる事実に、思わず絶句してしまう。

 先駆者達は、この衝撃的な事実を聞き、一体何を思ったのだろうか?

 と言うか、精神年齢が三桁と言う事は、祐司の目の前にいる少女は実質ロリババアと言っても過言では無いのだろうか?

 なにそれ。萌える。


「今何か、邪な視線を感じたのですが」

「……気のせいです」


 ジト目で見つめられる。

 祐司は顔を逸らす。


「とは言え『勇者』殿が気にする必要はない。確かに、この世界は同じ時間を幾度となく繰り返しているが、我々――世界その物が選択した事だ。それよりも『勇者』殿はどのようにして『魔王』を討伐するのかが気になる所ではあるな。前回の『勇者』はウサギ飛びなる歩行方法を使い『魔王』を討伐していたが、もしかするとその更に上を行く討伐方法を見つけ出してくれるやもしれぬ」

「……いや、ハードルを上げるのは勘弁して下さい。と言うか、ウサギ飛びの上を行くって、何ですか? まさか、逆立ちしたままた『魔王』討伐に迎えって言いませんよね? ソレは流石に罰ゲームが過ぎる……!」

「まあ、具体的な方法は後で考えても問題はない。何方にしても『勇者』殿が持つスキル『RTA』は途轍もなく強力であるからな」

「え?」


 思わず声が出た。

 スキル『RTA』?

 一体何なのだろうか? それは?


「「「…………」」」


 場が沈黙に包まれる。

 悪い意味で。


「……『勇者』殿。確認したいのだが『勇者』殿はスキル『RTA』を持っているか?」

「いえ、持っていない……ですね。と言うか、自分が持っているって、どうやって確認すれば良いのでしょうか?」


 ステータスオープン! って叫べば良いのだろうか? 或いは何か、特定の動作を行えば出てくる?

 しかし、歴代の『勇者』全員が所持しているとなると、召喚された直後に分かっていてもおかしくはない。

 無論、祐司は自分がスキル『RTA』を持っているかなんて分からないし、多分持っていない気がする。


「ふむ。歴代の『勇者』達は、全員スキル『RTA』を所持してはいたが……そこら辺の所は話に聞いていない。『勇者』によって、見え方が異なっていると言う話は聞いた事があるが……さてはて。一体全体、どうしたものか」


 何だか不味い流れだ。

 歴代の『勇者』達はスキル『RTA』を所持していたからこそ『魔王』を討伐する事が出来た。つまり、スキル『RTA』を持っていない『勇者』である祐司は使い物にならないと判断され、その場で処分されてしまう――なんて可能性も。

 だったら、自ら動くしかない。


「でしたら普通に『魔王』討伐に向かうのはどうでしょうか?」

「うん? 普通と言うのは、一体どう言う事だ?」

「『魔王』の下まで向かい、その過程で経験を積み、仲間を揃え、武器を集め、『魔王』と戦う。その様な方法では駄目なのでしょうか?」

「…………」


 王の顔は険しい。

 祐司を処分し新しい『勇者』を召喚すべきか否か。

 天秤にかけているのだろう。


「……殿下。私からも宜しいでしょうか?」


 今まで黙って事態を見ていた案内役の少女が口を開く。

 祐司と異なる点は、しゃがみ込み、片膝を付き、頭を下げている点。


「歴代の『勇者』様達は国に……いえ、この世界において、多大なる功績を残してくれました。その情報を利用すればスキル『RTA』を持っておらずとも『魔王』を討伐する事は可能だと考えます」


 横目に、少女の顔を見る。

 先程見た無表情とは異なり、少女の顔は真剣そのものだった。

 何故、祐司の為にここまでしてくれるかは分からない。しかし、祐司の為に助けてくれる人が居る。

 だったら、祐司がここで折れる訳にはいかない。


「どうか、お願いします! 確かに俺は歴代の『勇者』達に比べれば、劣ってしまうかもしれません! しかし、約束致します。必ず『魔王』を討伐すると!」


 腹から声を出す。

 学校生活を送っていた時でさえ、ここまで大きな声は出なかった。

 頑張って声を張り上げる。


「「…………」」


 反応は、無い。

 誰も彼もが口を閉じている。

 冷たい瞳は祐司へと注がれている。

 それこそが、彼らの回答なのだと祐司は理解してしまった。


(……畜生。駄目、だったか)


 出来る事は全てやった。それでも手が届かないのなら、諦めるしかない……なんて、納得出来る訳がない。

 無理だったなら、いっその事城を飛び出して自分一人でも『魔王』討伐を……。


「ちょっと。貴方、また何時もの悪い癖が出ているわよ。全く、物思いにふけると時間を忘れる上に、顔まで怖くなってしまうのだから」


 突如玉座を立ちあがったかと思えば、王妃は王様の頭を思い切り叩いた。勢いが強すぎた為か、バシン! と大きな音が鳴る。

 頭にかぶっていた王冠が落ち、首がグキッ! と直角に曲がった。


「……おい。俺はこの国の王なんだぞ? もう少し丁寧に、優しくするとか無いのか?」

「有りません。取り敢えず、貴方の悪い癖のせいで誤解してしまった彼らに対して、説明するのが先なのでは?」


 そう言って、祐司達に視線を向ける王妃。


「陛下。……勇者様はスキル『RTA』を持っていない為、新たな『勇者』を召喚する……と言うおつもりでは無いのですか?」


 恐る恐る、少女は聞く。

 質問に対して、王は不思議そうに首を傾げる。


「うん? 何故そんな事をしなければならない? ……と言うか、此方の都合で呼び出したにも関わらず、不要になったら捨てるなど人としてどうなんだ?」

「え? ……いや、それは……そう、なんですけど……」


 王様がそうしようと思っていました、と口にすれば不敬罪になってしまう。その為、少女は二の句が継げなくなってしまった。


「では、あなた。一体、何を考えていたのかしら? 頭の中で考えていても、臣下たちは分かりませんよ。ちゃんと、説明してくれないと」


 見かねた王妃が助け舟を出してくれる。

 とても有難い。


「うん? それは勿論、どのようにして『魔王』を倒すのか? について考えていたに決まっているであろう? いやぁ勇者殿の意見は、全くもって正しい。寧ろ、たった1人で。それも数時間程度で『魔王』を討伐していた歴代の『勇者』達の方が異常だと言うものだ。だからこそ、事は慎重に進めねばならない。歴代の『勇者』達によって有用な情報は沢山得る事が出来たが、それで果たして『魔王』が倒せるか? と聞かれれば、答えは否だ。奴の悪辣さ。残虐さ。強力さは、今も尚、忘れた事はない。決して、油断は出来ぬ相手よ!」


 ああ、成程。

 王様の変わり様を見て、祐司はようやく理解出来た。

 考えてみれば当然だ。

 歴代の『勇者』達は、全員『魔王』の討伐を成し遂げている。しかし、それによって得た者は恒久的な平和では無く、数年間の安息。


 ましてや、時間を巻き戻しているのだから、同じ日々を繰り返していると言っても当然だ。どれだけ積み重ねたとしても、ある日を境にして全てが元通り。

 世界はそれでも良いと許容し、似たような日々を繰り返していたが、それでも変化を求めていたのだ。

 そして今、スキル『RTA』を持っていない勇者の召喚によって、世界そのものが大きく変化するかもしれない。

 予感しているからこそ、ここまで興奮に露わにしているのだろう。


「クククク。ハハハハハハ! どうしてなかなか、面白くなって来たでは無いか! さあ、勇者殿! これから勇者殿には『魔王』を倒して貰う為に、様々な試練を課さなければいけなくなる。或いは、冒険に向かわせるのも一興か? ……ふふふ。面白い、面白いぞ! 全くもって、こんな事になろうとはな!」

「貴方は一旦、落ち着きなさい」


 やや暴走気味の王様。

 王妃が頭を思い切り叩く。

 王様の頭部は地面にめり込み、そのまま気絶する。


「この人を連れて行ってくれるかしら?」


 家臣たちは特にリアクションも取らずに、王妃の命令に従い、気絶した王様を何処かへと運んでいく。

 王妃は玉座へと座り直し、こう言った。


「改めて勇者殿。どうか『魔王』を討伐する為に、我々に力を貸してはいただけないでしょうか?」


 断わる理由なんて、無い。


「はい。俺で良ければ。どうか、喜んで」


 祐司の返答に対して、王妃は微笑を浮かべて頷く。


「勿論、早速今日から、とはいきません。勇者殿専用の部屋が存在している為、今日はそこでお休みなさって下さい。……後は、そうね。やはり頼もしい仲間も集めないといけないわね。とは言え、全ては勇者殿の気持ち次第。今の内に、誰か仲間にしたい人を決めておいても良いかもしれないわね」


 持っていた扇を手に取り、口元を隠す王妃。

 視線は、祐司では無く誰かを見つめていた。


「私は王の看病をしなければいけない為、ここで失礼させて頂くわ。案内役、勇者殿を部屋まで案内しなさい」

「――かしこまりました」


 王妃の威厳のある命令に対して、少女は恭しく一礼をしながら答える。

 返答に対して満足そうに頷いた後、王妃はその場を去る。

 と言うか、王が気絶した原因を作ったのは紛れもない王妃だったのだが、誰もツッコミを入れたりしないのだろうか?


「此方です。勇者様」


 そんな疑問をよそに、少女は祐司が暮らす部屋まで案内をしてくれる。

 一時はどうなるかと思ったが、晴れて祐司は『勇者』として正式に認められた。『魔王』を倒す為にこれから過酷な訓練が待っているのかもしれないが、喜びをかみしめる位は大丈夫だろう。

 少なくとも今日は。


「……そう言えば、どうして俺を庇ってくれたんだ? 君からすれば、俺は赤の他人……いや、でも『勇者』だから助けたって可能性も……」

「一言言っておきます」

「へ?」


 思い切り胸倉を掴まれる。

 少女は祐司の胸倉を掴んだまま、自身の顔に近づける。


「私が貴方を助けた理由は『勇者』だから、ではありません」

「……えっと、すみま、せん?」


 他にも言いたい事はあった。

 どうして突然胸倉を掴んだ? とか。どうしてそんなに不機嫌なんだ? とか。何か気に障るような事をしてしまいましたかね? とか。

 しかし、少女の射殺すような睨みつきによって、上手く声が出ない。

 謝罪は反射的だ。

 凄く怖い。


「私は貴方の事が嫌いです。『勇者』様達も好ましくありませんでしたが、貴方は断トツで嫌いと言っても良いでしょう」


 掴んでいた胸倉を離す。

 ようやく自由を取り戻す祐司。

 大きく深呼吸を行い、呼吸を整える。


「あー、そう言えば。話は変わるんだけど……」

「どうかしましたか? 勇者様。何か、私に御用でも。それとも、私の不敬な態度に対して、何かモノ申したい事が……」

「君さ、俺の仲間になってくれない」

「…………は?」


 一瞬、何を言われたのか分からない、とでも言いたげな表情を浮かべる少女。

 祐司は悪戯が成功した子供のように笑う。


「な、何を言って……」

「前に、王様と会う前に話してたじゃん。歴代の『勇者』達は、1人で『魔王』討伐に云々かんぬん、ってさ。もしかして、君は冒険に出たいんじゃないのか?」

「ッ! 違いま……!」


「まあ、俺の勘違いだったらそれでも良いんだ。でもさ、俺は君を一目見た時から、何となく思ってたんだ。もしも冒険するなら、俺の仲間になってくれないかな? って」

「…………」

「そう言えば、自己紹介ってまだだったよな? 俺の名前は祐司。斎藤 祐司って言うんだ。宜しく」

「……私の名前はナー。ナー・ビゲッドと言います」


 祐司が手を差し出せば、渋々と言った様子で応じるナー。

 握る力が強いのは、せめてもの抵抗か。

 少なくとも、心の距離を埋める事ができた。そう解釈しても良いのではなかろうか? 祐司はナーに笑いかける。

 忌々しそうに顔を歪ませて、手を握る力が更に強くなった。

 未だ『未来』がどうなるのかは分からない。それでも、案外如何にかなるのでは無いか? そんな事を、祐司は考えるのだった。





「ママ! お話の続き! 今日も、早く! 早く!」


 ベッドに勢いよくダイビングした幼女。

 布団の中に潜り込み、顔を出す。

 白髪の髪に、幼いながらもクールな顔立ち。

 尤も、無邪気な笑みを浮かべている為、鋭い目つきや端正な顔立ちから威圧感は感じられない。


「はいはい。分かっていますから。そうやって急かさないで下さい」


 そんな幼女の傍。

 椅子に座るのは、幼女と似た顔立ちの女性だ。

 髪色は同じ。


 異なる点は、幼女の髪が短いのに対して、女性の髪は肩に掛かる程に長く伸びている事。顔立ちも大人びており――と言うか、大人だ――若々しい。

 2人が並べば、年齢の離れている姉妹と勘違いしてしまう人も現れてしまうかもしれない。2人は紛れもない親子だ。


「早く! 早く! 何の特徴もなくて、面白味のない! 『普通』って言う言葉がとても似合う勇者様のお話を早く!」

「……貴方は本当に口が悪いですね。将来が心配です」

「ママ譲りだから大丈夫!」

「…………」


 自分の口が悪い事は自覚しているものの、まさか娘からソレを指摘されてしまう時が来てしまうとは。

 一応、娘が真似しないように、奇麗な言葉遣いを心掛けてきたつもりだったのだが。


(大方、奴のせいでしょうね。全く、目を離している隙に変な事を吹き込んで。あの角、へし折ってしまいましょうか?)


 そんな事を考えつつも、愛娘の要望に応えて女性は話を聞かせる。

 とある勇者にまつわるお話。

 今思い返してみれば、あっと言う間だった。


 辛い事はあった。苦しい事はあった。大変な事はあった。

 しかし、それを上回る程の楽しい思い出に恵まれた。

 冒険をして、仲間と出会って、人助けをして、経験を積んで。

 たった数年の日々は、今では女性にとって掛け替えのない思い出だ。


「……そして、勇者たちはとうとう『魔王』の住まうお城へと辿り着いたのです。ここから先は、『魔王』との激しい戦いが待っている。そう思われていましたが……」

「え!? 違ったの!? 高笑いしながら、傲岸不遜な感じで、痛々しい前口上と共に登場とかしなかったの!?」

「はい。残念ながら、そのような事は起こらなかったんです」


 一番衝撃的な出来事は何だったのか?

 そう聞かれれば、迷わず『魔王』との最終決戦と答える。

 旅を続けてきたが、まさかあんな結末を辿るとは思いもよらなかったからだ。


「『魔王』が持つ『魔法』が原因で、世界は同じ時間を繰り返している、って言う話は覚えていますか?」

「うん! 勿論だよ! 『魔王』の癖に、死んだら時間を巻き戻して自分の敗北を無かった事にしようとするなんて『魔王』の風上にも置けないチキンな戦法だよね!」


 子供の容赦のない意見。

 全くもってその通りなのだが、純粋無垢の権化である娘の言葉の切れ味は凄まじい。

 事実。

 何処からともなく「聞こえておるぞー!」と、若干涙声混じりの声が聞こえてきた。幼女は全くもって気にしないだろうが。


「勇者達は不安や緊張を噛み殺しつつ『魔王』との最終決戦に望みました。しかし、いざ待っていたのは白旗を手に持つ『魔王』の姿が。『魔王』は私達に対して、降伏してしまったのです」


 原因としては、今まで『魔王』を討伐して来た159人の先代『勇者』達の功績が大きかったと言えるだろう。

 彼らが幾度となく『魔王』を討伐してくれたお陰で、他でもない『魔王』の心が折れてしまった。

 皮肉にも、世界が選んだ選択こそが『魔王』を苦しめる最大の要因となったらしい。


「いや、だってマジで意味分からんのじゃぞ? アイツら。攻撃仕掛けても当たらないのに、向こうの攻撃は滅茶苦茶痛い。おまけに、コッチがパワーアップしたら向こうも出鱈目染みた強さになるし。……しかも、前の『勇者』とか変な歩き方でワシの事倒して来たし……もう、嫌! ワシ『魔王』辞める!」


 前の『勇者』はウサギ跳びなる歩行方法で『魔王』を討伐した、と言う話は聞いていたが、恐らくはソレがトドメとなったのだろう。

『魔王』は『魔王』である事を辞めた。

 勇者たちは戦わずして『魔王』に勝利したのだ。

 尤も、当の本人達は勝利したと言う気がしなかったのだが。


「……それで、世界は……平和に……なったの?」

「恒久的な平和は難しいので、ささやかな平和ですかね」

「ふふ。世界って、ままならない……ね」


 舟をこいでいた娘が眠った。

 目を閉じて、可愛らしい寝息を立てながら。

 愛娘の頭を優しく撫でた後、女性は娘の部屋を後にする。


(さて。これからする事は、洗濯物を取り込んだり、部屋の掃除。……ああ、もう。やる事は沢山ありますね)


 その時、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 誰が帰って来たのか。

 女性はすぐに分かった。

 逸る気持ちを抑えつつ、つとめて冷静に。それでも、少しだけ早足で。女性は――ナーは玄関まで向かう。


 ナーは勇者の事が嫌いだった。

 否、正しくいうのであれば『勇者』の事が嫌いだった。

 何でもかんでも、1人で簡単にこなしてしまう。

 自分達を見ているようで、見ていない。

 でも、あの勇者は違った。


 世界が召喚した、最後の勇者は余りにも『普通』だった。『普通』だったからこそ、その『普通』さがたまらなく愛しく思えてしまった。

 ちゃんと、自分を見てくれる。

 一緒の歩幅で歩いてくれる。

 世界と向き合ってくれる。

 ナーはようやく、自分が思い描いていた理想の勇者に出会う事が出来た。それでも尚、嫌いと言い続けたのは下らない意地のせいだ。


 彼こそが自分の理想だと認めたくなくて、否定してしまった。

 そんな、捻くれ者の少女にさえ『普通』に接してくれた。

 だからこそ、少女は『案内役』以外の何かになる事が出来て、『魔王』であった少女と分かり合う事だって出来た。

 玄関につく。


 目の前にいるのは、黒髪の平々凡々な容姿。

 それでも、たまらなく愛おしい。

 大人になっても、自分は相も変わらず捻くれ者だ。

 言葉にする事は難しい。

 気恥ずかしい。

 だからこそ、行動で精一杯示す。

 貴方の事を愛しています、と。


「お帰りなさい」


 そう言いながら、ナーは笑顔を浮かべるのだった。

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