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とある公園でマモンの集会が行われているらしい。そんな噂を流して一ヶ月が経ったが、成果はまだ出ていなかった。
噂を流して半月後、最初に噂を聞いてやって来たのはマモンではなく、興味本位でマモンの集会を覗き見しに来た二人組の一般人だった。
予想した通りの結果だ。公園のベンチで仲間を待っていた僕らは、彼らの玩具になることを避けるため、自分たちも覗き見しに来ただけの一般人であると嘘をついて解散した。僕はその時、本音を言うと腕輪を隠すことに抵抗があったが、それ以上にユズに迷惑をかけたくなかったのでポケットに手を入れて腕輪を隠した。
その後も見物目当ての一般人は何組か来たが、マモンと思しき人はいっこうに来なかった。一般人である彼らは僕らをマモンだと疑うことはない。彼らにとってマモンとは日陰の住人であり、こうして表だって集まるような人種ではないという先入観があるのだろう。だからこそ集会があると聞いて興味本位で訪れたのだ。
「なかなか来ないね」
「そうだね」
この日も僕らは公園でマモンが訪れるのを待っていたが、今日は誰も来なかった。
「今日はもう遅いし、駅前の書店でも寄って解散する? ほら、カズキ君の行きつけの」
「なんで僕の行きつけを知ってるんだ」
「私はカズキ君のファンですから!」
どう反応したらいいのか分からなかったので、僕は無視した。
一ヶ月前、僕は自分が堂々としているのは虚勢を張っているだけだとユズに説明したはずだが、それでもユズは僕に対して尊敬の念を抱いているようだった。
気持ちは嬉しいが、間違ってもこれを男女の恋愛的な感情だと受け取ってはならない。彼女はあくまで一人のマモンとして僕を尊敬しているだけだ。それでも分不相応ではあるが。
駅前の商店街に向かい、その中にある書店へ僕とユズは入った。
店内に僕らと同じ制服を着た学生が何人かいた。彼らを見た瞬間、ユズの表情が微かに強張った。
普通の人の仮面を作ったのだ。
ユズはいつも自然体だと思っていたけれど、こうして一緒に過ごすようになり、マモンとしての彼女を見れば見るほどそうじゃなかったんだなと気づく。会話が上手で、こんなに明るい性格のユズでも、一線を引かないと普通の社会には馴染めない。
それでも、馴染もうとしない僕と比べると遥かに優秀だった。
「ユズは普段どんな本を読むの?」
「実はあんまり読まないんだよね。本よりは映画の方が好きかも」
「映画なら僕もよく見るよ」
「ほんと!? 私、昔の映画が好きなんだけど、カズキ君はどんな映画見るの!?」
「最近の映画かな。マモンなら映画館が無料だから」
昔の映画ということは、多分劇場ではなく家で見ているのだろう。微妙に趣味の範囲がズレている気もしたが、これなら本屋よりも映画館に行くべきだったかもしれない。
でも、それを提案するのは少し勇気がいることだった。異性と二人きりで映画館に行くなんて、まるでデートみたいだから。
早く三人目のマモンは来ないだろうか。そしたら気軽に行けるのに。
「カズキ君?」
誰かから声をかけられる。
振り向いた先には、ユズと同じ制服に身を包んだ女子がいた。
「立花?」
サラサラの髪をポニーテールにまとめた同級生の女子だった。色白で、大人しそうな雰囲気で、視線はいつも正面ではなく斜め下を向いている。
「カズキ君の知り合い? 同じ学校だよね?」
「あ、えっと、立花です」
「ども! 私はユズです!」
立花は小さな声で「知ってます」と呟いた。
まあ、知っているだろうな。ユズはうちの高校では有名人だ。勿論いい意味で。
互いに自己紹介したはいいものの、特に話題はない。よく分からないけどユズが立花に興味を抱いているようなので、適当に補足しておくことにした。
「立花とは同じ中学校の出身なんだ」
「へ~! そうだったんだ!」
教室にいる時の僕はあまり他人と会話しない。でも立花は違ったから、ユズは不思議に思ったのかもしれない。
「あの、二人はなんで、一緒に?」
立花が僕らの顔を見て訊いた。
どう答えればいいんだろう。悩む僕の隣で、ユズがいたずらっぽく笑う。
「秘密!」
「えっ」
目を丸くする立花の前で、ユズが僕の手を引き「行こっ!」と店の外まで歩き出した。
結局、本を一冊も買わないまま店を出た僕は、ユズの横顔を見つめる。
「なんか誤解されそうな気がするんだけど」
「されたらどうしよっか? いっそ誤解じゃなくて事実にする?」
「変なこと言うなよ」
慣れない冗談を言われて少し動揺した。
「あの子、カズキ君のこと好きかもね」
「は? なんで?」
「だってさっき、何をしてるのじゃなくてなんで一緒にいるのって訊いてきたでしょ? 立花さんにとって、カズキ君が私と一緒にいるのは凄く気になることだったんだね」
そんなのはこじつけだ。
そう思ったが、一瞬だけその可能性を考慮してしまい、返事の機会を失ってしまう。
立花とは少し複雑な関係だった。僕の方は特に何も思うところはないが、向こうがどうかは分からない。好意を向けられているとまでは言わないけれど、彼女はまだ僕に恩を感じているのかもしれない。
「じゃあカズキ君、また明日!」
「うん、また明日」
駅のホームでユズと別れる。
この一ヶ月、次の日が待ち遠しくなるような毎日を過ごせていた。
◆
翌日の放課後も、僕らは公園に向かった。
「それじゃあ、今日も辛抱強く頑張ろっか」
「そうだね。頑張ろう」
ベンチに腰掛けて、時折雑談しながら他のマモンが来るのを待つ。
最初の一週間は、頑張ろうなんてお互いに言わなくても頑張っていた。しかし思ったよりも成果が出なくて、いつしか互いに励ます回数が増えていた。
「飲み物を買ってくるよ。何がいい?」
「紅茶! レモンの方!」
気分を変えたくて、飲み物を買ってくることにする。
近くにあった自販機が偶々マモンなら無料で使えるものだったので、ポケットから腕輪を出して装着した。腕輪の機能で飲み物を二つ買う。
このまま誰も来なかったらどうしよう。
もしかすると、この街には僕たち以外のマモンはいないのだろうか。……それならそれで悪くないかもしれない。マモンなんてそう多くない方がいいのだから。
でも、もしそうならユズは残念に思うだろう。
それはちょっと嫌だった。
「あ、やっぱりお前だったか」
その時、背後から声をかけられた。
背筋が凍る。振り返った先にいたのは、ジーンズをはいた厳つい雰囲気の男だった。大柄で、がさつそうで、言葉を選ばずに言ってしまえば不良っぽく見える。
「……誰?」
間違っても知り合いではないその男は、僕の顔と、僕が今しがたつけたばかりの腕輪を交互に見て笑っていた。
マモンをからかいに来たのだろうか。
そう思って男を睨むと、男は不思議そうな顔をした。
「あれ、覚えてないか? 半月前に会っただろ?」
男の発言を聞いて僕は「あ」と声を零した。
そうだ。この男は確か、初めて公園を訪れた二人組の一人。興味本位でマモンの集会を覗き見しに来た奴だ。
「悪いな。正直、噂が本当か疑ってたから、前は一般人のフリして友達と一緒に来たんだ」
そう言って男はポケットから銀色の腕輪を取り出した。
「落合ワタルだ。私立南尾学園の三年で、お前と同じマモンだよ」
男は――ワタルは、腕輪のロックを解除して、それを右腕につける。