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「ねえ、知ってる?」
目眩、吐き気、倦怠感、頭痛――命が擦り切れていく感覚の中、彼女の声は透き通るように耳へと届いた。何度も鼓動が飛ぶせいで朦朧としていた意識が、ほんの少し鮮明になる。どんな特効薬よりも彼女の声は僕に響いた。
「昔の映画でね。余命僅かになった二人が、天国で海の話をするために、車を盗んでギャングと警察に追われながら海を見に行く話」
「知らないな」
現代的なストーリーではないので、きっと何十年も前の映画だろう。今の時代でその映画を上映すると、不謹慎だという苦情が殺到するに違いない。
この時代、余命という言葉はもっと繊細に取り扱わなくてはならない。
「なんかさ、その二人組は海に行くためにメチャクチャするんだけど、最終的には全部許されるんだよね。余命僅かになると色んなことが許されるのかな? だったら私たちも何かやってみない? 富士山を登るためにヘリコプターを奪ってみるとか」
本当はそんなつもりないくせに思わせぶりな発言をするのは、きっと彼女の心が弱っているからだった。実際はただ単に不安を消したいだけなのだろう。でも彼女は気丈に振る舞いたいから、その感情だけは表に出したくないのだ。
今更、そんなことしなくてもいいのに。
僕たちは互いのことを理解している。だから、取り繕う必要なんてない。
「それが許されるのは最初の二人だけだよ。もし僕らが同じことをすれば、僕らは許されるかもしれないけれど、代わりに後に続く皆が疑われてしまう。『こいつもいつかメチャクチャなことをするかもしれない』ってね」
「そっか。……皆に迷惑かけちゃ駄目だね」
「うん。この世界に何万人といる、他のマモンたちに迷惑はかけたくない」
真綿で首を絞めるような、拒否権のない哀れみの中で生きてきた僕たちは、せめて同類の皆には迷惑をかけないよう気をつけていた。
僕たちは弱者だった。健康な人たちにとって、僕たちは同情に値する存在だった。
一年前の僕はそんな境遇に耐えることができず、普通の人に反発することで自分を強く見せかけていた。でも、やがて彼らと向き合うことが本当の強さなんだと知って、それからは自分の気持ちを堂々と周りに伝えることにした。
僕たちは弱者だ。でも、そんな僕たちの間にも、確かに青春と呼べるものがある。
マモンという弱者の烙印を押された僕たちにも、尊くてかけがえのない、キラキラした青春を謳歌することはできるのだ。同情も憐憫も必要ないのだ。
それを皆に知ってほしくて、僕は隣にいる少女と一緒に戦ってきた。
戦いの末に、この世界はどう変わったのか。残念ながらそれを知る前に僕らは限界を迎えてしまった。でも、僕は自分の行動が間違っていないと確信している。
せめて祈ろう。
どうか、願わくばこの世界が気づいてくれるように。
僕たちマモンも、幸せに生きることができるのだと――――。
◆
映画を観に来たけれど、券売機の前に行列ができていたので帰るか悩んだ。
いつどの映画を観るかは敢えて決めないことが僕の主義だったので、こういう状況にはよく陥る。きっと人気の作品が上映されたばかりなのだろう。映画館は普段よりも賑わっていた。
「いらっしゃいませ」
仕方ないのでカウンターでチケットを買うことにする。受付の女性に近づくと、すぐに向こうから声をかけられた。
適当に鑑賞する映画を決めて、タイトルを係員に伝える。係員の女性は慣れた様子でパネルを操作し、空いている席を教えてくれた。
「お席はどちらにします?」
「ここで」
「畏まりました」
先にチケットがトレイの上に置かれる。
僕はチケットを受け取り、そのまま立ち去った。
「お客さん! 料金のお支払いが!」
女性の声が聞こえたので、左腕を掲げる。
僕の左手首には銀色の腕輪が巻かれていた。一見、腕時計かと勘違いしてしまいそうな見た目だが、これはそうなるよう意図的にデザインされていた。
腕輪によって僕の身分を知った女性は、顔を青白く染めて頭を下げる。
まるで、言ってはならないことを言ってしまったかのような……見てはならないものを見てしまったかのような態度だった。
「見て、あの子。マモンよ」
「え、うそ」
全身に視線が突き刺さった。指をさされ、話のネタにされている。
だからどうした。僕は所有している権利を行使しただけで、後ろめたいことは何もない。堂々とすればいいのだと自分に言い聞かせた。
突き刺さる視線を無視して目的の部屋に向かい、スクリーンの前に座る。まだ何も映されていない画面を見ながら、溜息を吐いた。
西暦二〇三一年。日本は医療の発展により、死産と流産の数を半減することに成功した。免疫異常に効く薬や、染色体異常の根本的な治療法ができたからだ。
だけど、そうして生まれた命は長くなかった。医療の発展によって死産や流産は確かに減ったが、全ての問題が解決したわけではない。
それらの医療のもとで生まれた子供たちは、寿命が短かった。まるで神様が「運命からは逃がさない」とでも言っているかのように、彼らは長生きできない肉体で命を授かる。その寿命は長くても十八歳までだった。
いつしか彼らはマモンと呼ばれるようになった。旧約聖書や新約聖書に現れる言葉で、不正な財を意味するそれは、確かに丁度いい名前だと思う。誰がそんな名前をつけたのかは知らないが、マモンという名はあっという間に人々へ広まり、そして差別用語として使われてはならない言葉となった。
それから三十年ほど時が経ち、今は西暦二〇六四年。
この世界には――たくさんのマモンが生きていた。
「ねえ。前に座っている子、マモンだよね?」
映画が終わり、スタッフロールが流れている最中、背後からカップルの話し声が聞こえた。
「うわ、ほんとだ。無料で観てんのかな」
「いいな~」
カップルは小声で話していたが、その内容は僕の耳にしっかり届いていた。
マモンという言葉は差別用語とされているが、実際はこの通り多くの人が気軽に口にしている。彼らも悪気はないのだろう。マモンに代わる呼び名が定着していないのだから仕方ない。
マモンは、公共施設をはじめとする多くの施設を無料で利用することができる。ただしその権利を使うためには、国が用意したマモンであることを証明するための銀色の腕輪をつけなくてはならない。
死産や流産が減ったとはいえ、母体への負担がなくなったわけではない。特殊な生まれ方をした僕たちマモンは母親がいなかったり、母親とは離ればなれで暮らすことを強いられたりしていた。公共の施設をただで使えるのはそのための措置と考えれば妥当かもしれないが、多くの人はそこまで考えない。
多くの人は、マモンが可哀想だからそういう仕組みになっていると思っている。
「ちっ」
舌打ちすると、背後のカップルたちが息を潜めたことが分かった。
そうなることを期待していたくせに、僕の気持ちは晴れるどころか何故か沈んだ。胸がすくと思ったのに、自分でも意味が分からなかった。
居たたまれない気分になって早足で映画館の外に出る。沈み始めた太陽の光を浴びながら、スマートフォンを取り出し時刻を確認した。
今日は日曜日。明日は学校だ。
面倒臭いけれど、行かなきゃならない。
マモンが学校に行かなければ、体調不良ではなく心の問題だと思われる。
僕はそれがたまらなく嫌だった。
◆
翌朝。僕はいつも通り銀色の腕輪をつけて学校に登校する。
僕が通う都立桜宮高校は、僕の家から自転車で行けなくもない距離だが、マモンは無料で電車に乗れるため電車通学にしていた。
桜宮高校は駅から向かうと商店街を通り抜けねばならない。登校時はともかく下校時は特に人の目に触れやすい通学路だが、入学当初ならともかく、二年生になった今はこちらに注がれる視線の数は減っていた。
マモンが公共施設などを無料で使うにはこの腕輪をつけなければならないが、実際にこの腕輪をつけて毎日生活しているマモンは珍しい。少なくとも僕は僕以外の例を知らない。
この腕輪はよくも悪くもマモンであることを証明する道具だ。だから、腕輪をつけていれば周りから注目されてしまうし、裏を返せば腕輪さえつけなければ一般人のフリをすることができる。ほとんどのマモンは後者を選ぶのだろう。
マモンはこの国に一万人しかいない。たったそれだけだ。にも拘わらず堂々と腕輪をしている僕は、一時期この学校でとても有名になった。しかしそのおかげで周囲の関心が薄れるのも早かった。上級生と下級生にも噂が広まり、酷い時は廊下を歩くだけで辺りに静寂が生まれるほど注目されていたが、そのうち誰かが注意を促したのだろう。「話題にするのは不謹慎」という空気がやがて蔓延し、気づけば僕は無遠慮な視線から解放されていた。
しかし代わりに、今度は誰も僕に関わろうとしなくなった。偶に「おはよう!」と元気よく挨拶されるが、大抵僕はその人のことをよく知らないし、その人も挨拶するだけで僕と仲良くなりたいわけではなさそうだった。そういう人は僕と話したいのではなく、相手がマモンでも臆することのない自分のかっこよさを周囲にアピールしたいだけだった。
うんざりする。僕は肝試しの道具じゃない。
教室に入り、鞄の中から本を取り出した。
いつも通り読書に集中して外部の世界を遮断する。
「カズキ君はどう思う?」
本を読んでいると、唐突に声をかけられた。
同じクラスの女子が、僕の顔を上から覗き込んでいる。
「何が?」
「もう、聞いてなかったの? 文化祭の出し物について皆にアンケートを取ってるの」
「何でもいいよ」
この女子は――皆からユズと呼ばれている少女は、僕のクラスで一番人望のある生徒だった。まん丸な瞳と少しふっくらした頬が特徴的な可愛らしい見た目で、髪は肩甲骨まで伸びている、元気な性格の同級生だ。彼女はいつもクラスの中心にいて、クラスメイトたちの意見をまとめていた。
でも、僕はどうせこの女子も他の奴らと同じなんだと思っていた。マモンである僕にも臆することなく話しかけることで、自分の株を上げているのだ。
今更そんなことに苛立ちはしないが、鼻につくには違いないので素っ気なく話を切った。人気者のユズにそんなことをしたら、本来ならクラスメイトたちから酷く憎まれるはずだが、僕は問題ない。
何故なら僕はマモンだから。疎まれることはあっても、嫌われることはない。
そういう空気を作ったのは僕ではなく、お前たちだ。
いつも通り授業を受け、いつも通り昼休みが訪れた。
教室を出て、購買でパンを買ってから校舎裏に出る。校舎裏のフェンスはその気になったら簡単に越えられる高さだった。近くには用務員が使う物置があり、僕はそこから小型の脚立を取り出してフェンスを超える。
かれこれ一年以上こうして昼休みは学校の外へ抜け出しているが、今のところバレていない。この学校は防犯意識が低いのだろうか。
学校の裏には小さな山がある。雑に舗装された坂道を上ると、その先には木造の小屋があった。僕はその小屋の中に入り、ガタガタと揺れる椅子に腰を下ろし、一息つく。
「ふぅ」
昼休みはこの小屋で誰とも関わることなく過ごすのがルーティーンだった。どうしてこんなところに小屋があるのかは知らない。山の所有者が建て、そのまま放置しているのだろうか。僕以外にこの小屋を使っている人もいなさそうだ。
偶に掃除しているので小屋の中は綺麗だった。とはいえ誰かを招くつもりはない。ここは外界と隔絶された僕だけの楽園だ。他者が存在しない、自然の静けさに溶け込んだ聖域である。
そう思っていたのに、
「カズキ君」
サンドウィッチを食べていると、名前を呼ばれた。
そんなはずがないと思いつつ顔を上げる。
目の前に、ユズが立っていた。
「昼休み、いつも教室にいないと思ってたけどこんなところにいたんだね」
「……いや、なんでここに?」
「追いかけちゃった。ごめんね」
ユズは可愛らしく笑った。
意味が分からない。混乱する僕に、ユズは楽しそうに再び問いかけてくる。
「どうしてここでご飯を食べてるの?」
「別に、なんだっていいだろ。一人が好きだからだよ」
「ほんとに? 同情されたくないだけじゃなくて?」
急に踏み込んできたので、僕は目を見開いた。
この少女はもっと距離感を大事にする性格だと思っていた。だから人気者だと思っていた。
もしかして、僕がマモンだからその手間を省いているのだろうか。
そう思ったら怒りが湧いてきた。
「分かったような口をきくなよ」
「分かるよ。だって私も同じだもん」
乱暴な口調で告げた僕に対し、ユズは訳の分からないことを言った。
ユズはスカートのポケットに手を突っ込み、中から銀色の腕輪を取り出した。
「ほら、これ。お揃いでしょ?」
それは紛れもなく、マモンであることを証明する銀色の腕輪だった。
ユズは満面の笑みを浮かべながら、僕と同じように左手首に腕輪を装着する。身分詐称を防止するために、腕輪を装着する際は持ち主の指紋でロックを解除しなければならないが、ユズはそれを極めて自然な手つきで解除してみせた。
嘘だ。
咄嗟に心の中でそう叫ぶ。
でも、嘘だと決めつけられる根拠なんて一つもなかった。
勝手に思い込んでいたのだ。クラスの人気者で、こんなに明るい性格の人が、まさかマモンのはずがないって――――。
「マモン、だったのか」
「そう。同情されたくないからずっと隠してたの。学校で知ってるのは先生だけ」
ユズは腕輪を撫でながら言った。
あまりつけ慣れていないのだろう。違和感があるようだ。
「だから、いつもカズキ君には勇気を貰ってたよ。私と違って自分がマモンであることを堂々と皆に示しているから。そういう生き方って凄くかっこいいなって思ってた。いつか二人で話してみたいと思ってた」
本当に、心の底から尊敬されているのだと分かるくらい純粋な眼差しを注がれた。
でもすぐにその瞳は、罪悪感に満たされる。
「ごめんね。今まで黙ってて」
「……いや、いいよ」
正直、まだ困惑していてそれどころではなかった。
マモン同志で会話するのはこれが初めてだった。多分ユズもそうだろう。
別に僕は、自分がマモンとして正しい振る舞いをしているとは思わない。むしろ客観的には僕よりもユズの方が正しいだろう。ユズはマモンなのに、皆に好かれている。僕とは正反対のような存在だ。
「僕は別にかっこよくないよ」
ユズの勘違いを、僕は指摘する。
指摘せずにはいられなかった。
「本当に堂々としているなら、こんなところに来ない。普通に教室で食べてる」
「じゃあ、どうして腕輪をつけてるの?」
訊かれて、悩む。すぐに言語化できるものではなかった。
でも、多少苦労してでも伝えてみたいと思った。何故なら目の前の女子は、僕と同じマモンだから――分かり合える相手かもしれないから。
「……空気に、抵抗したいから。マモンは、息を殺して生きなくちゃいけないっていう、暗黙の了解に一矢報いたいから」
多分それが僕の本音だった。
僕にとって腕輪を外すということは、マモンであることを隠し、普通の人のフリをして生きていくという決意表明だ。
それはまるで、普通の人たちに頭を下げて、仲間に入れてもらうようなものではないだろうか。
僕にとってそれはとても惨めなことだった。
自分が弱者だと認めているに等しい行為だった。
「僕の方こそ、誤解させてしまってごめん。僕はただ、弱い奴だと思われたくないだけなんだ。ちっぽけなプライドに突き動かされているだけだよ」
学校は疲れる。でもそれを周りに悟られたくはなかった。もし僕が皆の前で疲れた様子を見せたら、マモンだから何か辛いことがあったのかな? と思われるから。
律儀に皆勤賞を守っているのも、学校に来なくなった時、マモンだから何かに悩んでいると勘違いされたくないからだ。
己の罪を告白しているかのような気分だった。
さぞや失望しただろう。そう思い、ユズの方を見る。
しかしユズは、慈愛の込められた笑みを浮かべていた。
「でも、そのプライドのおかげで私は救われたよ」
優しい声音で、ユズは言う。
「カズキ君。私ね、ずっとやってみたかったことがあるの」
ユズは微かな緊張と共に告げた。
「マモンだけの秘密基地を作ろう!」
「秘密基地?」
「そう。マモンによる、マモンのための、マモンだけの秘密基地!」
ユズはいたずらを思いついた子供みたいな顔で言う。
その瞳は希望に満ちていた。
「マモンには、皆、例外なく生きづらさがあると思う。だからそれをマモン同士で分かち合えるような居場所があったらいいなって考えてたの」
優しくて親しみやすい、教室でいつも見ていたユズそのものだった。
ユズはマモンでもユズのままだった。
「カズキ君は例外だったけど、多くのマモンは正体を隠して社会に溶け込んでいる。でも正体を隠しているってことは、心の中では孤独なんじゃないかな」
私みたいに、とユズは小さな声で呟いて続けた。
「その孤独を、少しでも和らげることができたらいいなって思うの。カズキ君が私にしてくれたみたいに」
「僕が?」
「カズキ君が堂々とその腕輪をつけているおかげで、私はいつも独りじゃなかった。この学校には、私と同じ人がいるんだって安心して過ごすことができた。その気持ちを、私は他のマモンにもお裾分けしたいの」
少しずつ、ユズの言葉には熱が込められていった。
「孤独に苦しんでいるマモンに、寄り添える集まりを私は作りたい。だからお願い、カズキ君も協力して。カズキ君がいてくれたら百人力だよ」
ユズは僕の顔を真っ直ぐ見つめた。
僕なんかがいたところで力にはなれない気もするが、注がれる視線には、簡単に拒否できないほどの大きな信頼が込められていた。
マモンには色んな悩みがある。僕だってそうだ。時にはその悩みを同じマモンに共有したくなる。ふとした時に感じる孤独もその一つだ。
でも、そんなことすれば周りの皆に同情される。マモンだけで集まれば、普通の人たちから「あいつらは傷を舐め合っている」と思われる。それが嫌なのだ。
ユズもそれが分かっているから教室ではなくこの公園で、二人きりになったタイミングで声をかけてきたに違いない。
大人になれば達観して、こんなふうに周りの目を気にしなくても済むようになるのだろう。でも僕らは大人になれない。子供のまま死ぬのだ。
僕たちマモンに、手本にできる大人はいない。
だから僕たちは、子供なりに自分たちの考えを貫くしかない。
「いいよ」
考えた末、僕は答えた。
「協力する。ここに、マモンだけの居場所を作ろう」
「ほんと!? やったーーー!!」
ユズは飛び上がるように喜んだ。
「でも、他のマモンはどうやって呼ぶつもりなんだ?」
「あんまり目立っちゃうと秘密基地の意味がないから、それとなく噂を広めてみようと思うの。ここでマモンの集会が開かれているって感じで」
「そんな簡単に噂なんて広まるものかな」
「大丈夫。私、これでも顔が広いから。他校にも友達がいるし、バイト先でもたくさん言ってみる。SNSとかチラシも利用してみよっか」
あらかじめ作戦も考えいたのだろう。ユズの提案は現実的で、効率的に感じた。
僕は今まで、僕なりにマモンのことを考えて行動しているつもりだった。マモンは弱者だというイメージを払拭したくて、心を強く保っていた。
でも、こうしてユズの話を聞いていると、僕よりも彼女の方がマモンについて真剣に考えているような気もした。
「いきなりここに呼ぶのはやめよう」
気づけば僕は、目の前のユズと同じように頭を捻って意見を出していた。
そうしなければ彼女の隣に立つことはできないと思った。
「そのまま噂を流すと関係のない人たちも来ると思う。だからまず、秘密基地の場所は近くの公園ということにしよう。そこで集まった人たちの中にマモンがいたら、本当の秘密基地であるここに招待する」
「そっか。マモンであることを証明するのは簡単だもんね」
僕は首を縦に振った。目の前で腕輪のロックを解除してもらえばいい。
「これからよろしく、ユズ」
敬意を言葉に込めて伝える。
するとユズは目を丸くした。
「いきなり下の名前で呼んでくれるんだ」
「あ、いや、だって普段そう呼ばれてるから」
「そうだね。うん、そう呼んでくれたら嬉しいな。私もカズキ君って呼んでるし」
ユズはちょっとだけ頬を赤く染めて頷いた。
こうして、僕たちはマモンの秘密基地を――マモンだけの居場所を作ることにした。
不思議と心が軽かった。
誰かと一緒に何かをするのは、生まれて初めてのことだった。