九話 狐の嫁入り〜機械ノ音〜
狐の嫁入り〜鈴の音〜の続き、第二章。
鈴の音で登場した”イッセイ”を主人公とした物語。
舞台は、”カナン”が帰った後のお話。
イッセイとおじいちゃんの言葉が被った。
「ぬぅわ!!お前!なんでそれを?!」
「彼女、手首に出生バンドがついてたんだ。その文字が読めたんだ。彼女の時計の文字は一切読めなかったのに。ちょっとまだわからないこともあるけど、バンドの文字はしっかり読めた。この世界の生まれだよ」
「嬢ちゃんに出生バンド?」
「そう、王女に出生バンドなんてつけると思う?赤子の渡し間違いなんて絶対起こり得ないでしょ、王女だよ?」
「・・・王女なのか?!」
「ちょっと、お前さん話入ってこないでさっさと太郎に連絡して」
最上がイッセイとおじいちゃんの会話に入ってきたが、おじいちゃんが即座に遮る。
「・・・そう、あちらの世界では、王女だったようです」
「お前も最上と会話せんでいいから。とにかく、イケメン太郎をおさえるからな。それまですまないが上手く逃げてくれ。破損物なるべく出さん様にな!」
「・・・機関の車20台前後、片側の窓ガラス全部割っちゃったけど、なるべくに入る?」
「入る、入る、30台まではなるべくの内じゃから!まだOK!」
「・・・機関の車が外に出ると言うことは、破損が付き物だ・・・仕方ない」
「物分かりいいのはわかったんじゃが、早く太郎と話してくれん?おじいちゃん怒るお?」
前方を走っている、異世界人の少女を乗せた車。ぎりぎり視界にまだ入っていてくれている程度だったが、段々
とスピードが落ちている様にも見える。バッテリー切れが近いのか?チャンスだと思い、神風は二輪車の速度を上げたその時、着信が入った。
二輪車の場合は、電話端末と連携しているヘルメットのシールドに表示される。透明なシールドはモニターになっていて、文字が映し出される。操作は音声で可能である。着信の主は上司の最上である。
《Do you want to respond?(応答しますか?)》の文字の下に、
《Yes(出る)》《No(出ない)》の文字がある。どちらかを読み上げるだけで端末は繋いでくれる。
「Yes,」
神風は迷わずに繋いだ。
「はい、神風。対象まであと180メートルです」
「すまない、きちんと話すから、まず対象を確保することを辞めてくれ」
「なぜですか?!最上さん一人に全て背負わせるなんてさせません」
「彼女はこの世界の人間なんだ」
「最上さん、今回おかしいです!あれほどまで熱心に探していた異世界人です!!」
「お前が先ほど失敗したと思っている、網膜スキャン。あれは成功している。ただ、神風の端末にデータが戻る前に兵器で破壊された様だが。彼女のデータはある。この世界の人間だ。」
「なぜ今回に限って!相手が子供だからですか?!魔法を使う世界の人間ですよ!?5年前の魔法が使える男と同じ服を着ているんですよ?!魔法で網膜まで模している可能性だってあるじゃないですか!」
「!?」
「は?!その考えはなかった!!魔法で模している・・・?!」
今度は最上と神風の会話におじいちゃんが割り込んだ。しかし、確かに、魔法の精度はわからないが、網膜まで模していた場合は登録されている人間ならそのデータが出てくる。
「僕はもう御免被りますよ、魔法で同僚を失うなんて・・・!!」
神風の悲痛な叫びが聞こえる。ヘルメットを被っているからだろうか。声がこもったり割れたりしている。
「”魔法が使える世界からきている”と言う可能性がこれほどまでに高い状態で、引き下がる理由はありません。”魔法”の限界を僕は知りません!なんだってできるなら、この世界の人間になりすますことだってできるかもしれないじゃないですか!!!」
「・・お前の部下、頭いいな。発想が発明家向きじゃよ。スカウトしたいくらいだわ。」
またも面食らっている最上の隣で、おじいちゃんは窓の外を向きながら頬杖をついて言う。
現在の通話状態は、イッセイがおじいちゃんと、最上が神風と、スピーカーで通話をしている。
そして、おじいちゃんと最上は同じ車の隣同士にいる。つまり、4名が会話ができる状態である。
「最上さん・・」
イッセイが隣にいるリリがしっかりと両耳を閉じて会話を聞いていないことを確認して言う。
「なんだ」
「話した方がいいんじゃないですか?最上さん、手荒にしたくない理由を」
「・・・」
「おい、イッセイどういう」
「言おうとしたが、君のおじいさんは話を最後まで聞こうとしないんだ。それに、今の神風の魔法の仮説で自信を無くしてしまった。我々が立てていた仮説、憶測が、”魔法”で全て根拠がないものとなってしまった」
「さっき言ったじゃないですか。出生バンドがあるって。この世界の人間ならデータはある。DNA鑑定でもなんでも受けてもらえばいいじゃないですか」
間におじいちゃんが入るが、最上とイッセイの会話が続いた。リリがこの世界の人間である事を証明できる方法を探そうというのである。
「魔法が!魔法の存在が!!全てを不確定に変えるんだ!もう何も信じる根拠にはならない!!」
神風は頑なに自分の意見を曲げない。
しかし、神風の意見も一理ある。この世界には魔法がない。魔法という言葉は存在しているが、それは作り話の物語の中のものだと思われている。作り話の中の魔法は、なんでもできる、とても万能なものであった。無から有を生み出すことも可能という認識である。それが魔法というものなら、もし、異世界で使われている魔法というのならば、この世界の人間になりすます事だって可能だろう。
「最上さん、申し訳ないですが、今回は僕が納得するようにさせてもらいます。貴方は一人でなんでも抱え込みすぎなんです」
「これは、抱え込むというか・・・」
「もう何回もそのセリフ聞いてますよ、最上さんの希望通り、何もなければ手荒な真似はしません。ただ、周りに危害を加えようとしたら、制圧はします」
「・・・そうか、できれば手錠もかけないでもらいたい」
「相手次第です」
最上と神風の間で話がついた。
「つーことは、イッセイは車を止めて、嬢ちゃんを太郎に渡していいんか?」
おじいちゃんが、この先の話を持ちかけた。相変わらず、窓の外の遠くを見ている。地下通路の上半分はガラスである。この状況にそぐわないとても青い空が見える。これで空気が綺麗なら言う事ない素敵な世界だ。
「イッセイ君・・・車を止めてくれるかい?」
最上がイッセイに言う。
「ちょっと待った」
おじいちゃんが止めに入った。
「なぜだ」
最上がすぐに問う。
「あ、車は止めてもいいんじゃが、太郎に質問だ」
「僕ですか?」
「魔法でなんでも模すことができるなら全てのものが証拠にならない。ってことだよな」
「はい、そうですけど」
「じゃぁ、模せない事と、模せないモノがわかればいいんけ?」
「それが証明できれば」
「ヨーーーーシ!イッセイ!工場に行け!!」
「え、なんでよそろそろ第三工場着くよ?」
「廃工場行ってもなんも機械がねぇんだ。最新の設備はあのーえーっと、普段から通ってるワシが作った凄い発明品のあるあの工場じゃないとな」
「わかったよ」
「で、ワシらはちょっと寄り道してから行くかんな、太郎と仲良く工場で待っていておくれ」
「それは俺じゃなくて、神風さんに言って」
「太郎、よろしく頼むぞ、いいか?」
「善処します」
「なんでじゃよ!?お前さんを納得させるためにこちとら色々考えたんに?!おい!お前のイケメンどうなってんじゃ?!」
おじいちゃんは神風が素直に返事をしないことに腹を立てて隣の最上に怒る。
「神風、頼む。聞いてくれ。聞きたくない、従いたくないのは百も承知の上だ」
「なんでワシらこんな言われようなの?お前さんたちの仲違いを解消させてあげるのに?」
「じゃぁじいちゃん、工場向かうから、切るよ」
イッセイは通話を終了させて、他の車が近くを走っていないことを確認してから来た道を戻り始めた。
急回転をかけた為、リリが「わぁ!」っと大きな声を出す。出して、怯えるようにイッセイを見た。
イッセイは、リリが両耳に当てている手に触れて、そっと耳から離してあげる。
「もういいよ。通話も終わったし、危ない追いかけっこも一旦休戦だから」
「喋っていいって事?」
「うん、どうぞ。思う存分喋ってください」
「やっと終わったわ〜。本当にもう怖くて怖くて」
「もしまた再開したら言いますからまた喋らないでくださいね」
「まだあるかもしれないの?!」
「ワシが聞きたくないと喚いたが、多分知っておいた方が事の進みが良い話しがあるみたいじゃな」
イッセイと通話を終了したおじいちゃんが、運転席に座っている最上に言った。
「その、対象が本当にこの世界の生まれで、かつその本人であった場合の話だ」
「証拠がない以上は話しても意味がないのか」
「混乱させるだけになるかもしれん」
「聞きたくないのは面倒だからであって、わしゃそんなに弱くないぞ、むしろタフだ」
「いや、通話を繋いだままだと神風も聞いている。確証のない要らぬ情報はまだいうべきではない」
「でもなんかここまで聞くと逆に気になっちゃうんですけどおじいちゃん」
「あれほど喚いて聞きたくないと言ったのに」
「まぁ、いい。とりあえずは嬢ちゃんの証明じゃ。ほれ、行くぞ、車運転せい。わしゃ他人の車は運転しない主義だかんな」
「良いけどどこに?」
「産婦人科」
工場に移動しているイッセイとリリ。車の速度は法定速度である。
そして、その後ろをピッタリとつけている二輪車が神風である。信号待ちで止まるたびに、神風は運転席の隣まできて停車する。そして、発車する時は、車を先に行かせてから自分が発車する。
「あの、そんなにピッタリくっつかなくったって、俺逃げないですから。貴方が何か仕掛けない限り」
イッセイが嫌味も攻撃性も感じられないように話す。普通は嫌味に取られるが、話し方か、なんなのか。神風も淡々と返す。
「僕も何もするつもりはない。対象が何か危ない力で仕掛けない限りは」
「それって、私の事?」
会話が聞こえたリリが不服そうな顔をして神風の声がする方向を見た。しかし、顔が見えるのはイッセイだけである。上着を被っているからだ。
「リリさん」
咎めるようにイッセイが名前を呼んだが効果はないようだ。先ほどの緊張と恐怖から解放された今、そして何よりイッセイからの圧がなくなった為、ベラベラとイッセイの家に来た時のように喋る。
「それは、私だって、磁場砲を撃ったのは悪かったと思ってる。けどね?!そもそも同じような危なそうなのを向けてきたのは貴方たちだったんですからね?!先に仕掛けてきたのはそっちよ!!大体、こんなか弱い少女に武器を向けるなんて、男性として本当になってないわね?!男は女性を守るものなのよ?!」
「なんですか、その時代錯誤。貴方こそまだ僕の半分も生きていない若者でしょうに、頭が随分と硬いんですね」
「何よ?!貴方の半分くらいは生きてるわよ?!貴方だってイッセイと同じくらいでしょ?!イッセイは19歳なんだからね!?私は11歳よ!半分は生きてるわ!ちょっとお顔立ちがいいからって貴方生意気よ?!イッセイをご覧なさい!イッセイだってこんな綺麗なお顔立ちしているけど、さっき貴方に追いかけられた時以外は本当に優しくしてく」
信号が変わった為、イッセイが車を発進させた。
「ちょっと!!なんで!今話しているでしょう?!」
「車を発進させろと合図が変わったのでね、すみません」
飄々として車を運転しながらリリの言葉に適当に返す。
「何よ!あとちょっとだったのに!イッセイももっと言い返しなさいよ!年も変わんないんでしょ?!」
「神風さん、若そうに見えて33歳だから。リリさんは半分以下ですよ」
「え・・・」
リリは驚愕した。この世界の男は見た目が若いのだろうか・・・と。
前方で、何を話しているのかはわからないが、騒いでいる車の対象を見て神風は呟く。
「本当に魔法が使えないんだろうか・・・」