八話 狐の嫁入り〜機械ノ音〜
狐の嫁入り〜鈴の音〜の続き、第二章。
鈴の音で登場した”イッセイ”を主人公とした物語。
舞台は、”カナン”が帰った後のお話。
(こわい!こわい!!こわい!!!)
リリはシートベルトを握りしめて、怖くて目を開けたくないと思いながらも薄く瞼を開けて正面を見る。
馬車しか乗った事がないリリには信じられない程早く、恐怖心が増していく。なのに、どうして隣の男は平然とこの高速の、また圧のかかる乗り物を軽々と運転しているんだ、怖くないのかと疑問であった。
「少しこの状態が続きます」
イッセイが突然リリに言った。
「嘘でしょ?!嫌よ!!早くどうにかして!」
「これが一番早い方法であることと、あなたにとっての最善です。あと会話をするつもりじゃなくてただの報告ですから喋らないでください。舌噛んだら大変ですから」
言われてリリは自分は意見を言ってそれを聞いてもらえる状態じゃないと思い出した。とにかく、怖くても黙って時が過ぎて落ち着くことを待つしかないのである。
リリは、乗り物の両端についている鏡で後ろを見ると、後ろの追いかけてきている乗り物との距離はどんどん離れてきている。このままいけば早く解放されるかもと期待を持つ。
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。とある角を曲がったら前方に沢山の乗り物が並んでいるのだ。
それも、赤いランプが回転しながら点灯している。自分世界では見たことのない光景でランプの光り方だが、リリは見ていていい気がしなかった。何より、前方に沢山乗り物が並んでいて、この先に進めない。
「神風さん、機関の応援を呼んだか・・・」
イッセイがボソッとつぶやいた。しかし、それでも焦る様子などがない。
「ねぇ!前いっぱいよ!これじゃ通れないわ!後ろのに追いつかれ」
「まだ終わってません、口を開けないで」
凛とした態度のままイッセイが言い放った。優しい顔つきなのに本当に目が冷たくて怖い。例えるなら氷より冷たい感じだとリリは思った。冷気が目から出そうだ。
「扉の取っ手と前のボードについている取っ手に捕まって」
リリはよくわからないながらもとりあえず掴める場所を次ぐに探して目一杯握った。その瞬間
「横に倒れますので気をつけて」
それだけ言うと、イッセイは車内にあるレバーを勢いよく引っ張った。
機械的な音ではなく、「ガコン」というなんとも物理的で原始的な鈍い音と、車体に何か衝撃が加わった。
それと同時に、今までずっと握っていたハンドルの下にあった、もう一つのハンドルを回すと車の片側だけが浮いて傾いた。片輪走行だ。
車は片輪のまま渋滞待ちのようにずっと縦に並んで待ち構えている赤灯の機関部隊の車の列に向かって行った。
リリは、信じられないと恐怖と疑問と絶望に苛まれたが、それでも言いつけ通りに言葉は発しない、口を開けない。その代わりに悲鳴のような唸りをずっと続けている。
「ちょっとぶつかりますけど、まぁ大丈夫でしょう。細い道だから仕方ないです!!」
言って、イッセイは道路の壁と車の間を片側の車輪だけで進んでいく。赤灯の車の窓ガラスは浮いた方の車輪がぶつかり見事に順番に割れていく。窓ガラスは割れるし、車のボディもへこむ。それを見たリリは、人が怪我しないか不安になりながらも、この事態を招いているのはおそらく自分の存在であること、そして、ここで口をひらけば舌を噛むかもしれないこと、あと、もうこの怖い、冷たい目をしたイッセイと話をしたくないのでまだ黙る。
ガシャンーーガシャンーーーーー
20台ほど機関の車の横をすり抜けてやっと、赤灯のついている車がなくなった。
きっと、神風が妨害の為に応援として独断で呼んだのだろう。そう、独断だ。きっとお咎めを食らうのは自分だけじゃない。神風も道連れだ。
そう考えながら、通常の運転用のハンドルの下にある、車体を傾ける専用のハンドルの位置を戻した。
邪魔な車はもうない。これで、通常の運転に戻れる。通常とは、垂直運転のことだ。神風は二輪車であるから、車の脇を余裕で通り抜けられる。つまり、追いかけっこはまだ終わらないのである。
しかし、なんとか早く撒いて第3工場へ向かわなければ、リリの緊張とストレスは計り知れない。隣で顔を青くしながら自分に怯えている少女の顔を盗み見て、イッセイは決着をつける段取りを運転しながら考え始めた。
「嫌じゃ!!もう聞かん!!聞かんぞ!機関の話は聞かん!!おじいちゃんがとっても面白い駄洒落を言っている優しい間にもうこの話はおしまい!!今からイッセイに連絡するから!もうそこまでわかっとるんだったらいいじゃろ!
嬢ちゃんがこの世界の人間なんだったら!お前さんもイケメン太郎をさっさと引かせろ!
嬢ちゃんのことは全部オタクらに引き渡す!ワシとイッセイはどっちかっていうと巻き込まれた被害者だからな!被害者ヅラしちゃうかんな?!」
最上がまた深刻そうな顔をして話をしようとしたため、おじいちゃんは頑なに聞きたくない意思表示をした。捲し立てて最上が喋れないようにする。
「彼女は・・・」
「はいはい!この世界の子!魔法が使えるかもしれない!でもそれワシらに関係ない!この世界で生きるも元の世界に還す・・・方法や手段をオタクらが持ってるかどうかは知らないけんど、まぁ、嬢ちゃんと話せ好きにすれば良い!」
自分が次元移動装置を完成させた事は世間には伏せてある。大体公表したらとんでもないことになる。今更ながらもしらばっくれながら話す。
「元の世界に還す?」
最上が自分が話したい事があるのにおじいちゃんの言葉に食いついた。
「そりゃそうじゃろ。彼女はこの世界の生まれだからと言って、生きていたのは異なる世界じゃ。こっちの世界の方が異世界という認識だぞ。生きていて、思い入れのある世界に還って生きたいというなら、彼女の意思を尊重するべきだろう。オタクらは、異世界からきた人間が、この世界の人間に危害を加えるから、処刑したのだろう?嬢ちゃんにその意思も何もなく、ただ帰りたいという願いしか無ければ還してやるのが筋じゃろ。どうやって還すのかその方法と手段は知らんが」
しらばっくれながらも少々優越感を醸し出しながらおじいちゃんは最上に言う。
「この世界で生きていくと言う選択肢以外考えていなかった」
鳩が豆鉄砲を食らった方な顔をした。
「お前さんね、さっきから「考え付かなかった」とか天然アピールしてるのそろそろ腹たってきたのよおじいちゃん。イケメンハイスペックのイケおじの顔面で茶目っ気出して、天然キャラを確立して新しいファン層増やそうったってそうは行かないかんな!!!」
「自分が生まれた本当の世界に来たんだ。この世界で生きていくのが彼女の幸せだと思い込んでいた」
「まぁ、異世界から来た人がこの世界でこの先暮らしていく事を『幸せ』だと思う、君の愛国心はいい事だと思う。ただな。毎日松坂牛のステーキが食えることを幸せと思う人間がいれば、ステーキよりもケーキを毎日食べたいと言う人間もいるわけじゃ。価値観は人それぞれじゃ。世界が違えばなおさらじゃぞ。本人に決めさせるも何も彼女は11歳らしい。決めるにはいささか重すぎる内容じゃ」
「・・・そうか。11歳か・・・。本人がそう言ったのか」
「そうじゃ、会話は通じるが、11歳から、この世界で生きるための勉強のし直し。文字の書き取り。歴史。この世界でのルールなんかを1から学ばないといけない。まぁ、他の国に住むことになったと思えば良いかもしれないが、嬢ちゃんがそれを望むかどうかは別じゃ。お前さんは、彼女がこの国生まれだから”保護したい”に近い感覚なのかもしれん。じゃがな、嬢ちゃんの・・”嬢ちゃんが望む幸せ”を選択させてあげるのが、我々の役目じゃねぇのか?」
「だが、彼女は11歳だろう?11歳の少女にそんな重大な決断を」
「まぁ、そもそも元の世界に還す方法とか手段があればだけどな」
おじいちゃんがニシシと笑い、最上は少し目を細めて目の前の発明家を睨んだ。
「11歳のわがまま非常識生意気嬢ちゃんに説明するのは大変じゃぞー」
「生意気なのか?!」
「あの、イッセイが手を焼いてたからな、頑張ってくれたまえ。
指揮官様」
言って、おじいちゃんはお尻のポケットから端末を取り出して、若人に負けないスピードで操作を始める。
「イッセイに電話する。お前さんも、イケメン太郎に連絡して引かせてくれ」
「あ、それで言っておかなければならない事なんだが」
「ここまで話がまとまったんだからワシらはもう何も知らなくていいの!!ワシらに関係ないじゃろ?!」
「直接は関係ない。ただ、頼みたいことがあるから事情を知ってほし」
「作業だけやる!作業だけは依頼されれば多額の金でやるから!!理由と詳細いらないから!」
「多額は払えん」
「じゃぁやらない!!」
「では無理矢理話す」
「わかった!少額でいいから引き受けるから話さんでええ!!頼む!!」
そんなやりとりの間にもイッセイの端末へのコール音が鳴る
車のモニターに映し出された《おじいちゃん(ノーベル賞取る予定の方)》の文字。
イッセイはこの状況の電話にもかかわらず、特に顔色、表情一つ変えずにモニターに触れて通話を開始する。
「今、結構大変なところ。神風さん撒いてる。第三工場まで時速90キロであと5分だから」
「イッセイ、追いかけっこはもうおしまいじゃ。最上にイケメン太郎を引かせる」
「なんで?」
「あーーーそうじゃな、えっと、状況が変わったんじゃ。うーんとな、えーっと」
イッセイが必要最低限の情報しか言ってこないことに対して、おじちゃんははっきりとものを言わない。イッセイの口ぶりから時間にも運転操作的にもそんなに余裕がないことはわかるだろう。それでもはっきり言わないのは、”はっきり言えないから”とイッセイは考えた。基本、おじいちゃんも想定しているであろうこの追いかけっこ状態で端末を耳に当てて通話をすることは考えない。スピーカーだ。スピーカーで話せないと言うことは、リリに聞かれては困る、またはまだ聞かせられないことなのだろう。
「リリさん、返事はいらないから。そのまま喋らず、耳も塞いでください」
隣にいたリリは、両手で両頬を叩くかのように、瞬時に両耳を叩きながら塞いだ。
大きな耳飾りごと押しつぶしてきっと痛いだろうに。大き過ぎるため、ちゃんと塞ぎ切れているのかと少し疑問に思いながらもイッセイは話しを続ける。
「じいちゃん、OKだよ」
「あぁ、サンキューな。で、最上と話をして、新事実の発覚と、今後について話した。取り急ぎ、今最上からイケメン太郎に連絡させる。奴を引かせるから、スピードを落としてくれ。で、嬢ちゃんは機関に任せることにしたんじゃ。嬢ちゃんは」
「「この世界の人間だから」かな?」