五話 狐の嫁入り〜機械ノ音〜
狐の嫁入り〜鈴の音〜の続き、第二章。
鈴の音で登場した”イッセイ”を主人公とした物語。
舞台は、”カナン”が帰った後のお話。
「このtimingで!!!」
おじいちゃんが叫んで全速力で玄関に向かう。
「あらあら、この状況であの子が来るなんて・・・」
おばあちゃんも驚いておじいちゃんの後から向かう
「本当、発信機でもつけておくべきなんだろうな」
イッセイが膝につけた腕に頭を乗せて項垂れる
「何よ、何が起こったのよ?」
リリは第三者の登場に驚いて狼狽える
その間にイッセイはソファから立ち上がり、テーブルを超えてリリのいるソファまで寄ってきた。
リリとテーブルの距離だって物凄く近いのに、その間にイッセイが入る。リリは王国のお姫様で、大事に育てられ、遠目に見るだけならば多くの男性を小さい頃から見てきた。しかしながら、年頃を同じくした貴族の男の子ですらこんなに近くに寄ったことはない。ドキドキとしていると、自分が先ほどあれほど要求したにも関わらず、いざ言われると心にとんでもない衝撃を食らうことをリリは知る。
「大丈夫ですよ、リリさん、必ず守りますから」
リリは、ここで初めて近くでイッセイの顔を見た。
貴族や身分の良い男性、王宮の警備の男性しか見てこなかったが、今やっと初めてまともに見たこの男性の顔はなんと造形物のように整って美しいのだろう。そう認識したら、高飛車な態度をとっていた事が少々恥ずかしくなったり、これからどう喋りかけようか一瞬戸惑った。このタイミングでである。
「じいちゃん!ばあちゃん!久しぶ」
「セイタ、いい子だから今日はお家に帰りなさい」
おじいちゃんがセイタの挨拶を遮って、目の前に立ちはだかる。
「じいちゃん!久々に会った孫になんて事を!!ばあちゃん!じいちゃんが冷たいよ!」
「セイちゃん、あのね、今日ばっかりはちょっと・・・来週辺りにおいで?」
「ばあちゃんまで!?なんで?!なんで?!」
「一昨日来やがれより良かんべ?!来週はOKなんじゃから!さあ!家へおかえりなさい!!」
このタイミングで家に来たのは、おじいちゃんとおばあちゃんの孫であり、イッセイの従兄である警察官の”セイタ”だ。正直で思ったことをそのままに言い、自分の意見を大事にして、人の事も大事にできるとても良い青年と評判がいい彼だ。しかし、その代償なのかなんなのか、とてつもなくタイミングが悪い時がある。
セイタが絡むと碌なことがないとおじいちゃんは以前カナンが来た時にイッセイに言った。事実、セイタの網膜スキャンのせいでカナンが、異世界人が来ているとバレてしまったのだから。そう、またも異世界人が家にいる状態でセイタが来るなど何か予定が狂いそうな前兆であるとしか思えない。
「今日は!遊びに来た孫じゃ無いんだかんな!仕事で来たんだ!警察の、なんか俺とは違うこちらの特別な課の方達が、1年前の事で話しがあるって言うから俺が!俺が!案内しに来ました!玄関の扉を開けるまでが俺の役・・・」
「警察だ。令状がある。1年前の事件について事情聴取をする」
「なんでまた俺遮られ?!」
言いながら玄関に入ってきてセイタの前に一人の男性が立った。おじいちゃんの目の前で警察手帳証明書と捜査令状を出している。他にも男が二人、後ろで待ち構えている。
「お前さん・・・
指揮官、最上の右腕、『イケメン太郎』じゃねぇか。ワシ、イケメン好きじゃないんだけんど?
なんでお前さんがわざわざ事情聴取に?」
「何その駄菓子みたいな名・・」
「指揮官の命令です。この家で事情聴取をするか、機関まできてください」
セイタのツッコミがまた遮られる。
「じゃぁ、ワシが機関まで行くわい。あと、イケメンと言われたのはちゃんと否定しなさい。」
「言われ続けるとどうでも良くなるんです。あ、お孫さんもご一緒に」
「え?俺?」
「君じゃない、発明家の方のお孫さんだ」
「イッセイは用事があるから行けん。ワシで十分だろう」
「いいえ、【同行していたのは】彼なので、どちらかといえば貴方よりお孫さんを」
「・・・ちょっと待っとれ準備してくる。ばあさんも一旦居間に来てくれ」
彼は、おじいちゃん命名の【イケメン太郎】こと神風。「モデルですか?」と知らない女性から声をかけられるのが日常茶飯事である程、顔の造りがとても美しい。青年に見えるが壮年である。
そして、機関の指揮官である最上の右腕である。もちろん、機関の人間なので”異世界人”の事は知っている。
また、イッセイがカナンと行動を共にしていた事も知っている。知っていて【同行していたのは】と、セイタがいる手前、伏せながらも牽制として直球を投げてきた。
ここで変に渋るより、リリをおばあちゃんに預けて、自分とイッセイが機関に行く段取りを立てようと作戦会議を立てるべくおじいちゃんは居間に戻ろうとする。
おばあちゃんも、それを悟り、「はい」と返事だけして一緒に居間に向かう。
「と、言うわけで、変に渋るよりさっさと行って、適当に話して帰ってくるべ?」
「その間、家から出ずに私がリリちゃんと一緒にご飯食べて待ってますから」
「うーん・・・まあそれが一番かな」
「なんの話をしているの?」
3人がなんの話をしているか毛程もわからず関心もないリリは、自分の後ろにいる3人に言葉を投げるだけ投げて、おじいちゃんとおばあちゃんが戻ってきた玄関に続く扉に近づく。
「嬢ちゃん!あまりその扉に近づくな!」
「リリ様よ!」
「声も出すんじゃない!磨りガラスとはいえそれだけ近寄ったら人がいるのがバレる!もしセイタになんてバレたら」
「俺がどうかした?」
言ってるそばからセイタが扉を開けて話しかけてきた。
「なあああんで入ってくるんじゃ馬鹿者ーーー!!!!!」
おじいちゃんは大声で怒鳴る。しかし、時すでに遅し。
リリを目の前にしたセイタは思った事を口にする。大きな声で。
「あああああ!!イッセイまた新しい彼女連れてる!!なんでイッセイばっかり!去年だってよく知らない女の子連れてたのにさぁー!!」
「もういい!!黙れ!とにかく黙れ!!よし、じいちゃんのこの腕力でセイタの口を・・・」
リビングのソファに座っていたおじいちゃんとイッセイが勢い良く扉の前に向かっていく。
おじいちゃんはセイタを、イッセイはリリをそれぞれがあとちょっとで捕まえるところでセイタがトドメの言葉を発した。
「へぇ〜!可愛い子じゃん!見ないデザインの服着てるね!なんか知らない世界から来た人みたい〜!」
その言葉を皮切りに、玄関から大人三人分の素早い大きい足音が迫ってきた。
三人が扉の所まで辿りつく間、おじいちゃんはセイタの口を掌で物理的に封じた。
イッセイもリリの腕を掴んで自分の方へ引っ張った。
引っ張り切る前に三人が辿りつき、イケメン太郎こと【指揮官の右腕】である神風を筆頭に全員がリリへ網膜スキャンを向けて引き金を引いた。
キュイーーーーーン!!!!!
ジジッ・・・ジジッ・・・・・ピーーーーーーー
警報が鳴らない。
イッセイは抱き寄せたリリを見ると、彼女の手には網膜スキャンと似ている何か銃のようなものが握られていた。
「何・・・それ?」
イッセイが驚きながらも自分の腕の中にいるリリに聞く。勿論顔、もとい目を見られたりしないように注意しながら少しだけ体を離した。
「これ?実は護身用に王宮から黙って持ってきたの!弾が出るタイプの銃じゃ無いんだけど、電気や通信機械を磁波で狂わせることができるって!持っててよかったわ!」
警報が鳴らなかったという事は、彼女の方が早く引き金を引いたという事なのか。
そんな俊敏な動きができるとは思えないが、もしかしたら機械の性能が良かったのだろうかとイッセイは考えを巡らせた。
網膜スキャンを狂わされた三人だったが、予備のスキャンを取り出した。
「まだ持っとるんか?!」
おじいちゃんは驚いてセイタの口をさらに強く握った。
「彼女の身元を照合する。網膜スキャンを行う。顔を出してもらおう。」
「必要ありません。今の動きも言葉も、小学校での学芸会の劇の練習です。子供の言うことを気にしないでください」
目を絶対に相手に向けないように再びイッセイに抱き寄せられて言われた言葉に、「異世界人」とは言っていないものの、先ほどの発言が自分の命を自分で危険に晒してしまったとリリは気づき、これ以上は喋らないとつぐんだ。
「必要あるかないかはこちらで決める。どこの小学校だ?この辺りだとD地区か?C地区か?何年生だ?名前は?それくらいは自分で言えるでしょう?お嬢さん?」
「こら!イケメン太郎!!発言と態度と性格がイケメンじゃないぞ!!」
おじいちゃんが怒る。
「神風です。性格は悪くても問題ありません。」
職務を全うしようとするのは良いが、ここまでくると機械染みている。これは逃げるのが大変そうだとイッセイとおじいちゃんが考えていると、携帯電話の着信音がした。
「セイタ!空気読めと携帯に学習させろ!」
「じいちゃん!俺のじゃないよ!」
「え?この間の悪さはお前かと」
「・・・僕だ」
イケメン太郎こと神風の仕事用の携帯電話の着信だ。
彼は、スキャンを下げる事もせず、イッセイとリリの方に向けたまま、その腕についている携帯電話と連動している時計型の機械で操作して対応をした。
「はい、神風です。現在、新しい対象らしき人物を発見。この場で確保して署に戻ります」
電話の相手がわかっていて、名乗ると同時に現状を手短に報告する。
対象らしきとは、リリのことだろう。
網膜スキャンが破壊されて身元が判明しないとて、明らかに言動がおかしい。そして、見たことも無い服を着ている。デザインだけの問題ではなく、生地が見たこともない生地である。網膜スキャンを使わずとも異世界人であることを露見している様なものだ。
「そうか、緊急事態だ、とにかく今すぐ一旦署に戻ってくるように」
「はい、対象を確保してすぐに署に戻ります」
「いや、確保しなくてよい、すぐに戻ってくるように」
「え?何をおっしゃってるんですか?最上さん、正気ですか?」
「正気だ、今すぐ戻るように」
カナンを追ってきた時と熱量が違う機関の指揮官の最上。
いつもは異世界人を探して捕まえる事に躍起になっている指揮官が、異世界人を差し置いてまで自分達に帰ってこいと指示を出す程の事態なのか。しかし、子供とて異世界人は異世界人。野放しには出来ないと神風は考える。
その、神風や他2人の部下がたじろいだ瞬間をイッセイは見逃さなかった。
「きゃああああーーー!!!」
イッセイが近くに置いていた自分のジャケットをリリの頭に被せて、横抱きにした。そして、ソファを超えて家の奥に走った。突然の事にリリは悲鳴をあげる。お姫様なのだが、お姫様抱っこをされた事はない。驚いているのである。
「じいちゃん!」
「よし!Type,Cで行くぞ!」
「何そのプランCで行く!みた」
機関が新しい指示で動けないこの瞬間にイッセイは家から工場に行く為に、地下駐車場へ向かおうとした。それを察知したおじいちゃんは、【Type,C】と乗り物を指定した。ちなみにType,Cは隠語である。
そこに、よくドラマや漫画である「プラン◇◇で行く!」のセリフと思いツッコミを入れようとしたセイタをじいちゃんが吹っ飛ばしたのである。
吹っ飛ばされたセイタはおばあちゃんに受け止められた。
そして、機関の3人はその場でイッセイとリリ、そしておじいちゃんが家の奥に走り去っていくのを追いかける事が出来なかった。