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目を開けると、見慣れた天井が見える。体に馴染んだベッドの上にコータローは横たわっている。ここは自分の部屋だ。知らない都会の公園でも、薄暗い森の中でも、石畳の路地裏でもない。コータローは上体を起こして、目覚まし時計を見る。6時25分。目覚まし時計が鳴り出す前に目を醒ますなんて、普通じゃ有り得ない。6時間は寝ている。それ程睡眠時間が短い訳じゃない。なのに頭も体も重い。ベッドの上で宙を見つめて暫くぼんやりする。
何だか、すっきりしない。あれは何だったんだ?夢だ。そりゃ、夢だと分かっている。だが、それにしては、やけに手が込んでいて、その上何だか説教されている感じだった。
朝に余裕は無い。コータローは気分を切り替えると、勢いよくベッドを降りて学校に行く身支度を始める。いつもの様にそうしながら、頭の中はまだ夢に引っ張られている。
ブヨブヨのモンスターは自分の分身だった。格好悪いのは、自身に対するコンプレックスの表れだろうか?まあ、態度と性格が卑屈なのは確かだろう。だけど、エカテリーナは何だ?自分の中に自覚していない『白人大好きな自分』がいるのか?いやいや、正確には、『金髪大好きな自分』か?それも、幼女から年上までってなんだよ。彼女等のお願いは、どこから湧いて来たんだ?もし、万一、百歩譲って、自分が金髪大好きだったとしても、あんな手の込んだ設定要らないだろ。普通に仲良く、イチャイチャする夢で十分だ。
考えてもキリがないので、荷物を持って、リビングに向かう。
「おはよ。」
朝飯の支度をしている母ちゃんの背中に向けて挨拶する。
「コーちゃん、パジャマ洗うから、洗濯籠に出しておいて。」
ちらりと目の端でコータローの存在を確認すると、背中を向け直して、料理をしながら言い放つ。
「え~。」
思いっきり面倒臭いのを表明するが、完全無視だ。
パジャマ、部屋に置いてきちゃったじゃないか、また取りに戻るのかよ。
「とーちゃん、会社はよ。」
父ちゃんは普段着のまま、ソファでくつろいでいる。
「今日は、リモート。」
「チッ。」
通勤しなくて良いからって、いい気なもんだ。
コータローは、荷物をリビングに放り出すと、自分の部屋に取って返す。
学校もリモートで良くないか?いちいち集まらなくても、オンライン授業で良いじゃないか。そうすりゃ、高山に会わずに済む。あいつが、石川さんに会う事も無い。あ、でも、俺も石川さんに会う機会が無くなるか。SNSでやり取りする関係じゃないし。あれ?もしかして、お願いしたら俺とSNSやってくれるかな?
パジャマを洗濯籠に放り込み、そのまま洗面台で歯を磨く。
結局、行動しなきゃ駄目だ。逃げてちゃいけないんだ。高山にも宣言して、石川さんとも…、チャンスがあるかな。どうやってチャンスを作ればいい?夢で決心した様には上手くいかないか。
歯を磨きながら、洗面台の鏡に映る自分の顔を見る。寝ぼけた様な締まりのない顔が映っている。
これじゃ駄目だ。もっと気合いれなきゃ。
磨く手を止め、両手で頬をパンパンと二度叩く。もう一度、鏡に映る自分の顔をまじまじと見る。
少しは気合入ったか?まずは、高山に宣言だ。あと、自分の意思はしっかり持って。
歯磨きは、適当な所でやめて口をゆすぐ。今度は顔を洗って、もう一度自分の顔を鏡に映してみる。
まだまだだ。全然気合が入らない。そう言えば、誰かに後悔しないようにって言われた気がする。このままじゃ、明日の朝も同じ様に、この鏡の前で『今日こそ』って思っている自分がきっといる。早くも弱気モードに突入だ。
たまに気合注入してもらうのに、エカテリーナと会うのも良いかもな。
鏡を覗いたまま、コータローはにやりと笑った。
了