3(前)
目が醒めた。薄暗い。また、洞窟の中か?いや、違う。夕闇が迫る雲一つない空が見える。藍色と赤紫のグラデーションの空の隅で一番星が輝く。ここは何処だ?
コータローは頭を持ち上げて周囲を窺う。
広い砂利道、植え込み、噴水。向こうに大きさも高さもまちまちなビルが肩を寄せ合って並んでいる。
現代の都会だ。ここは、公園?
「あ、起きた。」
声が頭の上からする。首をひねって声の方角を見れば、若い女性がベンチに座っている。深い紅色のサマーセーターを着た金髪ショートヘアの女性が、コータローを見下ろしている。コータローが女性の座るベンチの上に寝転がっているからだ。
あれ?また知らない人。
コータローは、そこはかとない気不味さを感じながら、ゆっくり起き上がる。
「ども。」
情けない作り笑いで誤魔化す。
「こんな所まで落っこって来るなんて、何やらかしたの?」
女性は、体をひねって、コータローに顔を近づける。
顔近い、近い。
「来たからには、探してもらうわよ。」
あ、またそのパターンか。
「あの、えーと、俺、お姉さんと知り合いなんですよね。」
一応確認。
「何?関わりたくないの?」
「いや、そう言う訳じゃなくて、俺が目覚める前の記憶がないもんで、その辺教えて欲しいなぁとか、思って。」
「記憶ぅ?あんた、大丈夫?今までホント何して来たの。」
「だから、それを…。」
「良い?」彼女が、人差し指をコータローに向ける。「私の為に『羽毛のペンダント』を探しなさい。」
「今度は、ペンダントですか…。」
「そ。簡単でしょ。」
いや、そんな簡単だとは思えない。
「一応、訊きますけど、それって、俺がお姉さんに探してあげるって約束したとか、そういう設定ですかね。」
「設定って何よ、それ、当たり前でしょ。それがあんたの使命なんだから。」
そうか、使命なんだ。
「じゃ、もう1つ、教えてください。その、何とかのペンダントって奴は、どんな形のもので、どの辺を探せば有りそうですかね…。」
「『羽毛のペンダント』。…そうね、見た目は普通のペンダントなんじゃない?羽毛って言うくらいだから、柔らかい感じかも。ペンダントを探すのにどこを探したら良いかなんて、訊かなきゃ分からない?」
ですよね~。今まで2回は、見つける前に終わってしまった。今度もその内終わってしまうのだろうか。でも、今度は探す場所の見当はつく。噴水の向こうに見える、夕闇の中で明かりが灯り始めたビル街に行けば、店があるだろう。
「さあ、じゃ、探しに行くわよ。」
彼女は勢いよくベンチから立ち上がる。
「はい。じゃ、行きましょう。えっと…」
訊かなくても、この人の名前は分かる気がする。だけど、やっぱり一応訊かないと。
「あの、名前も教えてもらえますか?」
「えぇ!それも分からないの?ホント、何して来たんだか。…エカテリーナ。」
やっぱり。幼かったエカテリーナが内気な少女になり、更に色香漂う大人の女性に成長したってところか。
「じゃ、何て呼べば良いでしょう。カチューシャ?カーチャ?」
「なに、生意気言っているの。愛称で呼ぼうなんて十年早い。エカテリーナ様とお呼び。」
おお、女王様に成長なされたか!
「様はちょっと。エカテリーナさんで勘弁してください。」
「それでも自己主張出来るのね。良いわ、それで。さ、それはどうでも良いから、早く行くわよ。」
エカテリーナは、先に立って歩き出す。これなら、別にコータローがついていなくても、自分で捜索出来るのと違うか?
コータローは頭に浮かんだ言葉を口にせずに、彼女に追い付きながら公園を後にした。
「さ、どこに行く?」
夜の街をコータローとエカテリーナは並んで歩く。
「ペンダントだから、アクセサリー屋ですかね。特別なペンダントでしょうから、宝飾店の方が良いかな。」
「それで、どこにあるの?」
「それが分からない。誰か掴まえて訊かないと。」
「そうやって、探して来たのね。」
「それでも、訊ける対象になる人が居れば良いですけどね。森の中だったりすると、そう言う人もいなくって…。」
あれ?ちょっと待て。この人は、さっきから、こういう発言をしている。
「エカテリーナさん、俺がこれまで何をしてたか知っているの?」
「いいえ。」彼女は、あっさりと首を振る。
「でも、そうやって探してきたっていうのは、このペンダント探しの話じゃないですよね。その前にも俺が何か探していた前提でしょ?」
エカテリーナはコータローを見てニコリと笑う。
「勿論。そうじゃなきゃ、ここにコータローは居ない。ここに居るって事は、そう言う事だから。…あ、あの人とかどう?」
エカテリーナが指差す先に、サラリーマン風の男が1人歩いている。しっかりとスーツで身を包んだ姿は、いかにも生真面目そうだ。
「あの、すいません。」
コータローは、男に駆け寄りながら声を掛ける。男は、その声に立ち止まる。
「あの、この辺で宝飾品を売っている店を知りませんか?もしくは、アクセサリーショップの様なところでも良いんですが。」
「アクセサリーショップ?さぁて。…ああ、宝石を扱っている店なら分るよ。」
「それです。教えてください。」
男は、店までの道順を丁寧に教えてくれる。
「あの、つかぬ事を訊きますが、『羽毛のペンダント』って知りませんか?」
「さぁ、聞いた事ないな。」
「ありがとうございました。」
コータローは礼を言って、エカテリーナの元に戻る。
「分かった?」
「ああ。まず、聞いた店に行ってみましょう。」
歩き出すと、エカテリーナがコータローの腕に腕を回す。
「え、ちょっと。」
そう言いながらも、逃げる様な素振りをしたら機嫌を損ねそうで、エカテリーナの好きな様にさせておく。微かに甘い香りが漂う。
「あら、嫌だった?」
「嫌じゃないですけど…。」
「じゃ、OKね。楽しく行きましょ。」
「分かりました。それでさっきの話ですけど。」
「さっきの話?」
「そう。ここに俺がいるのは、『羽毛のペンダント』以外の探し物をしていた前提だって話。」
「ああ、それ?実際そうでしょ?」
「そうです。でも、なんでエカテリーナさんがそれを知っているんですか?」
「フフン。」彼女は、前を見たまま、不敵な笑みを浮かべる。「まず最初に、ここが夢の中だって理解している?」
「ああ、やっぱり。」
そうじゃないかと思っていた。歩き回っても疲れない。暑くも寒くもない。なにより、脈絡の無い話。でも、だとしたら、何故毎回探し物をさせられているんだ。
「そして、ここは3階層目。」
「?」
「ここまで来ると言う事は、2回失敗しているって事でしょ。別に、今までコータローがどんな風に探し物をして来たかなんて、聞かなくてもそれくらい分かる。」
「え?じゃあ、2回、探し物に失敗したから、俺は今ペンダントを探しているって訳?」
「そう。ここで失敗したら、4階層にまた落ちちゃうから。」
驚いているコータローの表情を面白そうに眺めて微笑む。
「ちょっと、落ちるってどういう事?終わりはいつ来る?」
「私達の探し物を見つけてくれなきゃ。私を含めたこれまでの3人の探し物を見つけてくれないと、コータローは夢から醒めない。」
なんてこった。自分の夢なのに、そんな勝手なシステムが出来上がっているってなんだよ。でも、それも夢の設定なんだから、結局朝になれば、目覚めるんだろ?
「兎に角、今は私の探し物に集中して。」
店はもうすぐな筈だ。
すっかり陽が沈んだ街は夜の顔に変わって、夫々の店の明かりで活気づく。眩しいくらいの明かりで店の入り口を照らす電気店、小さなドアの上と店前の看板だけが静かに妖しい光を放つバー、赤を基調にした店構えと旨そうな食品サンプルがショーウインドウを飾る中華料理屋…。ごちゃごちゃとあらゆる店がひしめく通りに、こじんまりとした宝飾店の飾り気のないガラスドアはあった。
大人の女性を連れているとはいえ、いや、寧ろこんな自分とは不釣り合いな色気を放つ若い金髪女性と腕を組んでこんな店に入ったら、どう思われるだろう。店前でコータローの足が止まる。
「どうしたの?ここ、見るんでしょ?」
エカテリーナが絡めた腕を引く。
「…うん。」
コータローは素早く周囲に目を走らせ、他人の目が無いのを確認すると、思い切って店に突入した。
「いらっしゃいませ。」
中年の女性が愛想良く出迎える。コータローとエカテリーナを見て、この女性が二人の間柄をどう想像しているのかが気になる。
「あの、『羽毛のペンダント』ってありますか?」
こんな高校生の自分に不釣り合いな店の中でいつまでも晒し者になっていたくない。声を掛けられたのをきっかけに女性に問い掛ける。
「『羽毛のペンダント』。さあて、どんなものかしら。」
中年女性はペンダント類が陳列されているエリアに2人を誘導する。
「良いわ、私探す。」
コータローの耳元で囁くと、エカテリーナがそれまで組んでいた腕を解いて、自分でショーケースの中を覗き込む。
助かる。これなら見付けられるかもしれない。一心にペンダントを見つめるエカテリーナと中年女性を見て、何だか肩の荷が下りた気になる。4つの眼よりも6つの眼。分からないなりにも、コータローもショーケースの中を覗く。
それ程時間が経たない内に、エカテリーナが顔を上げてコータローと目を合わせて首を横に振る。如何にも暗い表情をしている。
「…そうですねぇ、そのものずばりではないですが、こんな感じでしょうか。」
商魂を発揮して中年女性は、それらしいデザインのペンダントをショーケースから取り出す。
「あの…」
コータローが思い切って声を上げる。中年女性の視線がコータローに向く。
「どうも、探しているものは無いみたいなんで、また今度寄せてもらいます。」
今度は無い。そんな事は分かっているけど、こうでも言わないと解放してくれそうに思えない。
「そうですかぁ…。」
中年女性は如何にも残念そうに言葉にする。
「すいません、お手間かけました。」
そそくさと店の入り口に引き返す。礼を言ってエカテリーナと2人店の外に出るが、直ぐにコータローだけ店の中に戻って、中年女性に声を掛ける。
「あの、ここ以外でペンダント扱っていそうなお店知りませんか?」
人の良い女性は、2、3件宝飾品を扱う店の名を挙げてくれる。それをコータローは頭に叩き込むと、最初に挙げられた店の場所を訊き出す。
「さあ、次。」
店の前で待っていたエカテリーナと連れ立って、次の店に向かう。
「あんた、こんな風に探してたの?」
コータローの腕を取り、並んで歩きながらエカテリーナが口にする。
「いや、必ずしも店で売っている物じゃないから、その時その時で違います。」
「そうじゃなくて、私達に『これを探して』って言われたら、『はい、そうですか』って探してたの?」
「え?他にどうすれば良い?どのエカテリーナも欲しい物の詳しい情報は持っていないから、手あたり次第に探すしかないでしょ。」
こんな言い方じゃあ、お姉さんのエカテリーナに対する当てつけみたいに聞こえるだろうか。
「違うの、私達がなんでそれを欲しいかは訊かないのかって言っているの。」
「欲しい理由?」
「そう。」
金髪ショートのエカテリーナが真面目な顔でコータローを見つめて頷く。
エカテリーナが何を欲しいのか、それがどんなものかは気にしたが、何故それを彼女等が欲しがっているのかは気にしなかった。何故だろう。他人が欲しがる理由などどうでも良いと言うよりは、他人の事情に踏み込んでは失礼だと思う気持ちの方が強かったと思う。
「訊いて良いのか分からないから。だから、敢えて訊きませんでした。」
「でも、それじゃ、相手の気持ちが分からないじゃない。」
「そこまで踏み込んで良いんでしょうか…。」
「本気で探してあげようと思うなら、訊かなきゃ。もし、言いたくなければ、そう言うわよ。」
そう言うものなのか。そう言われてから訊くのも抵抗があるが、これは、訊いて欲しいと言う事なんだろう。
「じゃ、エカテリーナさんが『羽毛のペンダント』を探しているのは何故?」
「『羽毛のペンダント』には不思議な力があるの。それを身に着けている者は、会話している相手の気持ちを理解出来る。その力が欲しいのよ。」
大人の女性の雰囲気を持つエカテリーナが静かに遠くを見つめている。
「ええ!魔法のアイテムって事?うわ、嘘くさい。」
「そんな事、思っても言っちゃ駄目!相手に失礼でしょ!ここはあんたの夢の中、何だってアリよ!」
そうそう、つい忘れていたが、ここは俺の夢の中…。ちょっと待て、て事は、この金髪お姉さんも俺が夢の中で生み出しているって事か?いやいや、エカテリーナ全員、俺のイメージの産物?俺、自分で気付いてないけど、洋モノ好き?目覚める?目覚めちゃう?
「ね、ちゃんと聞いてる?」
「あ、うん。勿論!」
「そう言うのが駄目。女の子に嫌われるから。」
「駄目って何が。あ、そこ。そこのお店を見てみましょう。」
2人は、ジュエリーショップに入って、『羽毛のペンダント』を探していると告げる。が、店主は心当たりがないと言う。それでも折角来たのだから一通り探してみる。ここでもエカテリーナは懸命に探してくれる。結局、それらしい物は見付からない。2人は店を後にして、次の候補先を目指す。流石は大人の女性だ。コータロー任せにせず、自分でも積極的に動いてくれるから効率的に進む。移動時間はかかるが、店での滞在時間は10分とかからずに結論が出る。結局、4件の店を回ったが、『羽毛のペンダント』に関する情報すら手に入らなかった。
「疲れた。」
最初に音を上げたのは、エカテリーナだった。コータローは全然疲れていない。夢の中だから、疲れ知らずだ。
「じゃ、ちょっと休憩しましょう。」
目に付いたコーヒーショップに彼女を連れて行く。飲み物を手に入れると、エカテリーナは空いている席に崩れる様に座り込む。
「あんた、余裕じゃない。」
彼女は恨めしそうな顔をしている。
「まあ、疲れてませんから。」
「そうじゃなくて、これで見付けられなかったら、どうなるか分かってる?」
「さっき、エカテリーナさんが、夢が終わらないって言ってませんでしたっけ。」
「そう、その意味分かってる?あんた、目覚めないのよ。」
「朝になっても目覚めないって事ですかね。俺、男だけど、眠れる森の美女ってパターン?」
「あんた、ほんと分かってないなぁ。起きないなんて事は無いって思ってるでしょ。」
図星だ。
コータローが黙ったままでいると、エカテリーナは自分が注文した飲み物を口に運んで、顔をしかめる。
「うわ、このラテ甘過ぎ。」
「だって、夢は完結しなくても、朝になれば目が醒めるものでしょ。ちゃんと最後まで見れる夢の方が有り得ない。夢は途中で醒めるもの。」
「あんた、やっぱり分かってない。これがなんの為の夢なのか。」
「なんの為?夢に目的なんかあるんですか?」
「良いから、さっきも言ったでしょ、私達の願いを達成しないと、コータローは永遠にこの夢の中に閉じ込められる。ここで私の願いを叶えられなければ、もう一層下の階に落ちて行く事になる。どんどん、お仕事が増えて行くんだから。」
「ちょい待った。朝になっても俺が目覚めなかったら、母ちゃんが騒ぐでしょ。救急車で病院に運ばれて、強制的にでも目覚めさせられるんじゃないの。」
「そもそもの時間の観念から間違っているわね。」エカテリーナはテーブルに片肘を突き、その掌を自分の額に当てる。そうして一つ大きく溜息をついてから、彼女は顔を上げた。「良い?理解してもらえるか分からないけど、説明するわね。」
彼女の目は真剣だ。視線に圧力を感じる。
「寝ている人に火を近づけたら、熱がって飛び起きて、火事の夢を見たっていう話聞いた事ない?その人が熱かったのはほんの一瞬なのに、その人は火事になった随分長い夢の話をしたりする。つまり、現実の時間の流れと、夢の中の時間の流れは別物なの。…きっと、コータローは明日の朝になれば、いつもの様に目覚めるでしょ。でも、それは現実の世界のコータローの時間。今のあんたは、夢の世界の時間を過ごしている。現実の世界の1秒の中に、無限の夢の時間を閉じ込める事が出来るのよ。」
何だかぼんやりしているコータローの表情に、エカテリーナは冷たい視線を浴びせる。
「え?」コータローは椅子の背もたれから上体を前のめりに起こす。「じゃ、俺、ミッション達成しないと、起きないって事?」
「だから、さっきからそう言ってるでしょ。」
「まさか。ハハハ、だってこれ、俺の夢でしょ。俺の思い通りに…」
「ならないわよ。」
「ええ!」
「だってそうでしょ。自分の見たい夢を見た事ある?むしろ、自分が無意識に不安に思っている事なんかが夢になるんじゃなくて?そうじゃなきゃ、悪夢にうなされる人なんていない。」
返す言葉が無い。じゃあ、どうしたら良い?夢の中で何が出来る?
「なんだよ。誰か俺を叩き起こしてくれ。朝になったら母ちゃん早く起こしてくれ!」
「まだ良く分かっていない様ね。それで起きるのは、現実世界のコータローでしょ。一瞬でも寝ている時間があれば、限りなく永遠に近い夢の中の時間をそこに詰め込む事が可能なんだから。…時間なんて、物事の変化を測るための物差しに過ぎないから、幾らでも伸び縮みさせられる。」
「なんだか良く分からないけど、自分でこのミッションを達成するしかないって事?」
軽くエカテリーナは頷く。どこか楽しそうに見えるのは気のせいか。一気に疲れが押し寄せてくる。
「のんびりしている場合じゃないかも。」急に不安になったコータローをエカテリーナがあおる。「見付けられる見込みがないと判断されたら、もう一階層下に落とされちゃう。」
「ええ!残り時間はどのくらい?あと、どのくらい時間が残ってますか?」
「もう、しょうがないなあ。時間は当てにならないの。いつリミットが来るかは、コータローの中のもう一人が決める事。」
「俺の中のもう一人…。」
「だって、コータローの夢じゃない。」
頭の中が混乱しているコータローにエカテリーナは笑顔で答える。
「兎に角、こうしてる場合じゃないって事でしょ。さ、エカテリーナさん。て言うか、エカテリーナ、行くよ!」
「急に呼び捨てって、酷くない?せめて愛称で呼んでよ。」
「カチューシャとか、カーチャとか、全然名前と結びつかない愛称を強要されて、これ以上ややこしいのは分かんなくなるから駄目!貴方はエカテリーナで行きます!」
コータローはそそくさと席を立ち、ぐずるエカテリーナの手を引いてコーヒーショップを後にした。それから宝飾店をいくつも訪ねて回り、ほぼこの街のそれらしい店は訪ね尽くした。行く当てが無くなった2人は、結局公園のベンチに戻って来ていた。
「今更だけど、このやり方じゃ、見付からないと思う。」
エカテリーナは、深刻な顔つきになる。
「じゃ、どうすれば良い?」
「コータローは、結局、何故私が『羽毛のペンダント』を欲しいのか理解している?」
それと探し方とどうつながると言うのだ。
「理解しているつもりだけど。ペンダントには話し相手の気持ちを理解する力があるんでしょ。」
「そうだけど、…それだけ?」
それだけも何も、それしか聞いていない。
「何かそれ以外にも力があるとか。」
「そうじゃなくて、それを私が欲しい理由。」
彼女は苛立つ。
「そんな力がもらえるなら、誰だって欲しいだろ。」
「そう?コータローは欲しいと思う?」
「ああ。」
石川綾香さんの気持ちが知りたい。俺の事をどう思っているのか、少しでも俺に好意を持ってくれているのか。高山をどう思っているのか、俺とあいつなら、どっちの方が好きなのか。
「でも、本当に分かっちゃったら、傷つかない?」
エカテリーナの言葉にギクリとする。瞬間、全身を電気が駆け巡る。
傷つく?どうして?相手が自分に嫌な感情を持っている場合だってあるからか?自分は、少しは仲良しのつもりでいたけど、本当は、面倒臭い相手だと思われていたりするとか…。それだけじゃない。自分より高山の方に好意を持っていると分かったら、それをひっくり返そうとするだけの気力が奮い起こせるのか?
「でも…、それでも、相手の気持ちが知りたいのが普通でしょ。別にエカテリーナさんだけじゃないと思う。」
「そう、良かった。…何か、ほっとした。コータローに聞いてもらって良かったかな。」
「俺、別に役に立ってないし。」
「私、我儘でしょ。自分の事ばっかりで、相手の事を考えられない。」
そう言われてみれば、そんな所があったかもしれない。
「だから『羽毛のペンダント』が必要なの。私は、それを身に着けて、やっと人並みになれる。」
公園の街灯は遠く、話す彼女の顔は淡い闇の中。公園の向こうに立ち並ぶビルは、もうその輪郭を闇に呑まれ、明かりの点いた窓だけが並んで見える。それを見つめる彼女の瞳が微かに輝いている。
「そうかな。そんな物必要な程、エカテリーナさんが相手の事を考えていないとは思わないけど。」
この階層に落ちて来た自分に対して、親切に色々教えてくれたのは彼女だ。
エカテリーナは首を振る。
「駄目なのよ。『羽毛のペンダント』が無かったら、いずれ私は心無い間違いを犯してしまう。」
そんなに深刻に考えているのか。
「分かりました。もっと、よく考えて探しましょう。」
「ありがと。その意気よ。」
コータローを見て微かに笑う。
よく考えてと言ったが、どうすれば良いだろう。
「まずは、作戦を練ってから動きましょう。闇雲に動いても、エカテリーナさんが疲れてしまうだけですから。」
そしてまた、疲れたと文句を言うだろう。
「『羽毛のペンダント』の存在を、エカテリーナさんはそもそもどうやって知ったんですか?」
「コータローに教えてもらった。」
本人を目の前に、さも当たり前の様にさらりと言ってのける。
「俺?俺がいつそんな事教えましたっけ!」
「ああ、あんたじゃない。もう1人のコータロー。」
「もう1人?」
「ここはあんたの夢の中でしょ?登場人物は結局あんたの中の何物かに由来している訳。」
「それじゃ、エカテリーナさんも俺の中の何物かから湧いて出たって事になるじゃないですか!」
「正解。湧いて出たなんて人を虫のように言わないで。」
「俺、金髪年上の女性に興味ないですけど。」
「さあ、それはどうかな。」
「えぇ…。」頭に石川綾香さんの顔が思い浮かぶ。「いや、絶対そんな事ないです。」
「なぁにぃ?やけに自信たっぷりに言うじゃない。さては、意中の女の子がいるのね。」
「良いじゃないですか。兎に角、この話はお終いです。」
「あら、そんなに意固地にならなくても良いのよ。どうせ誰にも分からない、あんたの夢の中なんだから。」
「駄目です。自分の気持ちの問題です。」
「ふーん。ま、それは、置いておいて、誰に聞いたのかが考えるヒントになるの?」
「そう思ったんですけど、それが自分じゃあ、ほんとは俺が分かっていなけりゃならないって事でしょ。」コータローは頭を振る。「でも、さっぱり何も分からない。」
「ねえ、そんな簡単に諦めないで。根っこは同じ一人の人間なんだから、よく考えれば何か思いつくかも。」
「そんな急に言われても…。今感じているのは、さっきエカテリーナさんも言ったけど、このまま宝飾店やアクセサリーショップを虱潰しに探したって、見付けられる気がしないってだけ。」
「そうね。でも、なんでそう思うの?」
「え~、だって、『羽毛のペンダント』には特別な力があるんでしょ?そんなもの、そこらの店で売っているとは思えない…。」コータローの頭の中で、こんがらがった糸の先端が見えた気がする。「そうか、最初から探すところを間違えていたのか…。新しい物しか売っていない店にそんな力を秘めた物なんか売っていない。」
「じゃ、どこを探せば良いの?怪しげな占いの館とか?」
「いやぁ、それはそれで、まともな物は無さそうだし。」
「骨董屋とか?アンティークショップとか?」
「いや、そう言うんじゃないと…。」
上手く言えない。只、エカテリーナが求めているのは、どこかで売っているような物じゃないと思えてくる。
「困ったじゃない。これからどこを探せば良いの?」
確かにそうだ。でも、闇雲に宝飾店の様な店で探し続けるのじゃ見付けられない。振り出しに戻ったのじゃなくて、少しは前進したと思った方が良い。そうか、まだ訊くべき相手がいるじゃないか。
「じゃあ、動きましょう。」
コータローは立ち上がる。
「どこへ?」
エカテリーナは、不安そうにコータローを見上げる。
「場所は分かりません。」コータローは、自信有り気にエカテリーナを見つめる。「でも、俺の勘に従って動きます。付いて来て下さい。」
「分かった。」彼女は立ち上がると、当たり前の様にコータローの腕を取る。「行きましょ。」