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アスターガール  作者: 本知そら
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プロローグ

   プロローグ



 それは、とある日の日曜日。


 せっかくの晴れた休日だというのに、今日は大事な用事があると言う両親のせいで、僕はどこかに出掛けることもなく、父さんと一緒にぼーっとテレビを眺めて、暇な時間を弄んでいた。

 テレビではバラエティー番組の再放送をやっていた。大して面白くないのに、父さんはお腹を抱えて笑っていた。笑いのツボが違うらしい。

 その番組が終わりに差し掛かった頃、ふいに来客を告げるインターホンが鳴った。「時間通りね」と、キッチンにいた母さんがそれに応じた後、父さんを連れてリビングを出て行った。

埜乃のの。ちょっといらっしゃい」

 しばらくして、玄関の方から母さんの声が聞こえた。呼ばれて行ってみると、そこには母さんと同い年くらいの女の人と、小さな女の子が立っていた。

 女の子は、女の人のスカートをぎゅっと握りしめ、体半分を背に隠してこちらを見ていた。

「野々瀬埜乃ののせのの君ね。こんにちは」

「こんにちは」

 挨拶を返すと女の人はにっこりと微笑んだ。

 野々瀬埜乃。前から読んでも後ろから読んでも「ののせのの」。それが僕の名前。男としてはどうだろうと首を傾げたくなる名前だけど、自己紹介の時に便利だから案外気に入っている。

「この子は佐伯桔梗さえきききょうよ。埜乃君と同じ5歳。二日前に近くに引っ越してきて、明日から君と同じ幼稚園に通うことになっているの。だから仲良くしてあげてね。桔梗、ご挨拶は?」

 女の人に促され、桔梗と呼ばれた女の子がおずおずと前に出る。恥ずかしいのか、視線は下を向いたままだ。

 僕と同じ5歳だと言ったけど、近所のどの子よりも小柄で華奢な体からは、とても同い年には見えなかった。淡いブルーのワンピースから伸びる手足はほっそりとしていて、少しも日焼けしていない真っ白な肌と合わさり、彼女を儚く見せていた。

 お人形さんのようだ。僕は彼女を見てそう思った。

「……こ、こんにちは」

 しばらく待って聞こえたのは、自己紹介も「よろしく」もない簡素な挨拶だった。それでも彼女なりに精一杯頑張ったのだろう。前でぎゅっと握られた手は緊張からなのか、フルフルと震えていた。

 精一杯頑張った彼女に応えるように、僕も精一杯の笑顔で手を差し出し、「こんにちは」と返事した。ビクリと体を震わせた彼女はゆっくりと顔を上げ、しばらく僕の顔をまじまじと見つめ、やがてふわりと微笑んで僕の手を握りしめてくれた。


 こうして僕と桔梗は出会った。

 その後桔梗は度々僕の家に泊まりに来た。彼女の両親が仕事の都合で頻繁に家を空けるからだ。彼女のことをとても愛していた両親なだけに、体の弱い一人娘を自分達の都合で出張の度に連れ回すのは、気が引けて出来なかったのだろう。

 幾度となく僕の両親に預けられた桔梗は、幼稚園が同じと言うこともあって僕と時間を共にすることが多くなり、自然と僕達は仲良くなっていった。桔梗と僕は同い年だけど、僕の方が一ヶ月だけ生まれたのが早かったことや、桔梗が引っ込み思案で、いつも僕が彼女の手を引っ張ってリードしていたことから、いつからか頼られるようになり、気付けば彼女の兄のような存在になっていた。

 病気がちの彼女と遊ぶのはもっぱら家の中で、本やテレビを見たり、ごっこ遊びをして過ごすことが多かった。たまに外へ出ても散歩程度だったけど、それだけでも僕も桔梗も充分楽しかった。


 ――ああ、なんだ。これは夢だ。


 唐突に理解した。夢を夢だと認識すること。誰もが一度は経験したことがあるだろう不思議な感覚。それが夢だと気付いても、夢の中の僕はまるで舞台役者のように、変わらず自分を演じていた。

 これは今からずっと昔の記憶。幼かった僕の大切な思い出。小学生の時に家族で山の河原でしたキャンプや、中学生の時に大阪、京都、奈良と巡った修学旅行、たった一度だけ優勝した体育祭や、昨日食べた食堂の売り切れ必至のプレミアムジャージー牛乳プリン。思い出はたくさんあるけど、これは特別だった。

 ……夢だなんて気づかなければ良かった。気づかなければ、もうしばらくはこの楽しい時間を過ごせたのに。

 別に桔梗が遠くへ行ってしまったとか、桔梗と絶交したとか、そういうことではない。桔梗は今も僕の傍にいて、唯一無二の親友であり、幼馴染みだ。何も変わっていない。桔梗も、僕との関係も。


 変わったのは、僕自身だ。

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