8食目:ハーブの香るフォレレーゲン
晩ごはんを食べている途中で、コルザおねえちゃん食べたものが口の中から出そうな勢いでお話をはじめる。
「みずうみってところがね、もりのなかにあるってきいたの。おみずがいっぱいあって、はちのつきなのにそこはすずしくていいところだって、ヨゼフおにいちゃんがいってたの! コルザもみずうみにいってもいい?!」
「ダメに決まっているでしょ!」
いつも通り、サージおねえちゃんが怖がって、コルザおねえちゃんを止める。
コルザおねえちゃんは、どうしてサージおねえちゃんが止めるのかわからなくて、不満そうな顔をする。
「どうしておねえちゃんはそうやって、すぐにダメっていうの? コルザ、もうごさいだよ。マリアちゃんもエリザちゃんも、さんさいのときからもりにいって、みずうみだって、まえのとしにいったって、いってたよ。ふたりとも、ちょっとおよげるって」
「だって、湖は森の奥に近いところにあるじゃない。コルザはまだわかってないみたいだけど、森の奥は危ないの。そんなに簡単に行くようなところじゃないの」
「でもそんなにおくのほうじゃないって、ヨゼフおにいちゃんがいってたもん。それにおよぎだっておしえてもらえるし、おさかなもとれるって」
「レーヴァルト村は山に囲まれていて、海もないのに、泳ぎなんか覚えても意味ないわよ。それに魚だって、道具がないと釣れないのよ」
「うちには道具がないじゃない」と、サージおねえちゃんは呆れてコルザおねえちゃんに言うと、晩ごはんの続きを食べるためにスプーンを動かす。
でもコルザおねえちゃんは、サージおねえちゃんの今のお話で終わりにするつもりはまるでなくて、まだみずうみへ行くために、今度はおとうさんとお話をすることにしたらしい。
サージおねえちゃんより、おとうさんの方がコルザおねえちゃんの言うことを聞いてくれるからだ。
「ヨゼフおにいちゃんのほかにも、おおきいこたちがもっとついてきてくれるっていってるの。はちのつきでまいにち、まいにち、あついから、すずしいところにいってみたいの。ねぇ、いいでしょう?」
「うーん。父様は構わないと思うけど……」
「わたしは反対だからね! 父様!」
「サージ、ちょっと落ち着きなさい。コルザも、お口の中に物が入っている時は口を閉じなさい」
おかあさんはぼくのベタベタになった手を拭きながら、サージおねえちゃんとコルザおねえちゃんにお話をする。
「サージ、たしかに湖には危ないところも多いけれど、ヨゼフが行くなら、ペーターやドロテーの目もあるでしょうし、それに他の子も行くのにコルザだけ行かないとなったら、コルザだけがお留守番になってしまうわ」
「ならお留守番すればいいじゃない」
「ぜったいにイヤ!」
コルザおねえちゃんは椅子の上に立ってまで、サージおねえちゃんに嫌だと言う。その様子を見て、おかあさんは大きく息を吐いて、サージおねえちゃんの方を見る。
「こんなに嫌がっているコルザが大人しくお留守番をできるわけないわ。お留守番できなくて、勝手に森へ行ってしまう方が危ないと思うわ」
「……それは」
サージおねえちゃんは何も言えなくなって、黙ってしまった。
「ねぇ、サージ。そんなに心配なら、あなたもコルザと一緒に湖へ行ったらどう? 八の月だもの、家の中に籠っているよりも、涼しい水辺に行ってみれば気持ちいいと思うけれど?」
「……わたしは、森へは行きたくないの。村の中に流れる川の側だって涼しいわ。コルザ、わたしと一緒に川へ行かない?」
「イ・ヤ!」
コルザおねえちゃんは、イーと歯を剥きだしにして嫌がる。
何を言っても嫌がるコルザおねえちゃんに、サージおねえちゃんはみずうみへ行くなと言うのを止めることにしたようだ。大きく息を吐いて、スープをまた口に入れるとその後はお話することもなくなった。
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次の日、コルザおねえちゃんは背中にいつものカゴを背負うと、お家で姿勢良く椅子に座って、誰かを待っていた。
しばらくすると、お家のドアをコンコンと叩く音が聞こえてきて、コルザおねえちゃんが急いで椅子を飛び降りて、ドアを開けに行く。サージおねえちゃんは、何故か急いで物置へ行ってしまった。
ドアからはサージおねえちゃんよりも、大きい男の子と女の子が一人ずつ顔を覗かせていた。二人ともぼくが初めて見る顔で、男の子からは酸っぱいパンの匂いが、女の子からは土の臭いがいっぱいした。
「おはようございます、フレディス様。コルザちゃんを迎えに来ました」
「おはよう、ヨゼフ、ドロテ―。今日はコルザをよろしくね。他にも見ていなきゃいけない子もたくさんいるでしょうけど……」
「安心してくださいフレディス様。ヨゼフとあたし、それにペーターとジルケもいますし、午後からはアルバン兄さんやタビタさんも来てくれるって言っていました」
「あら、アルバンは成人したばかりなのに、忙しくないのかしら?」
「本当は、アルバンとタビタさんだけで湖に行くつもりだったのを、ちびっ子たちが聞きつけてしまって」
「あらあら、それはちょっとかわいそうね」
おかあさんはかわいそうって言うけど、ちょっと面白がっている声がする。
コルザおねえちゃんは、早くみずうみに行きたくて仕方がないのに、ヨゼフとドロテーって呼ばれた大きいおにいちゃんとおねえちゃんは、まだお家の中を見ている。
「フレディス様、サージちゃんはやっぱり?」
「……えぇ、仕方がないわ。あれだけの事は、そう簡単に忘れられないものだから」
みんながなんだか悲しそうな顔をしたけれど、コルザおねえちゃんがドロテーの腕を引っ張って、三人はみずうみへ出発した。
サージおねえちゃんは三人が楽しそうに話している声が全然しなくなった頃に、ようやく物置から箒を抱えて出て来てくれた。
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お日さまがまだ窓から入って来ている時間なのに、おかあさんはサージおねえちゃんにお願いして、お水しか入っていないお鍋をかまどの火の上にかけるように言った。サージおねえちゃんは、お鍋とは別に大きな盥をかまどの近く用意するとそこにもお水を入れる。その用意にはぼくにも見覚えがある。
お風呂の準備だ。
犬だった時もぼくは月に一度、お風呂に入って、毛を綺麗に切ってもらっていた。
お風呂は身体があったまって、痛いところが良くなったり、いい匂いがするから家族のみんながぼくを抱っこしてくれるようにもなる。
毛を綺麗に切ってもらうと、見える場所が増えるし、手も足もしっかり踏ん張る事ができるようになる。それに、ぼくをお風呂に入れてくれたり、毛を切ってくれたりしてくれたおねえさんは、すっごく優しくて、ぼくも大好きだった。
ぼくもお風呂に入りたいなと思って、盥の中に手を入れてみようとしたら、バタバタという足音が聞こえてきて、ドアがバーンっと開いて、びちゃびちゃのコルザおねえちゃんが帰って来た。
「ただいまっ!」
そしてコルザおねえちゃんが帰ってきた途端に、ぼくの鼻に変な臭いが届いて、思わず手で鼻を抑えてしまう。
ものすごく、くさい!!!
今まで嗅いだことがない臭いにおい。
草の汁の匂いがするにんじんより、目がチカチカするたまねぎの倍も臭い。
たまにお肉を焼いたりしていると、ちょっと臭いなって思う時もあるけど、そんなものよりももっと臭いのだ。
コルザおねえちゃんは、ニコニコの笑顔で帰って来たけど、たぶん臭いのが他の家族にもわかるんだと思う。サージおねえちゃんは、すっごく嫌な顔でコルザおねえちゃんを見るし、おかあさんもものすごく困った顔でコルザおねえちゃんをお家の中へ入れる。
コルザおねえちゃんはいつものカゴと一緒に帰って来たけど、そのカゴがまたものすごく臭い。さすがのぼくも、今日はカゴの中を見ようとは思わなかった。
「コルザ、あんた本当に湖に行っただけなの? すごい臭いよ」
「え、そう? カゴのなかのおさかなのせいかな」
「え、お魚?」
「うん、おさかな。すっごかったんだよ、とちゅうできたアルバンさんがね、つりざおってぼうといとでね、みずうみのなかからおさかなをとっていくの。それでね、とちゅうでとうさまもきて、おおきいおさかなをとったからカゴにいれてもらったの!」
おかあさんが「まったく、あの人ったら」と大きく息を吐きながら言う。サージおねえちゃんも「今日も父様の帰りは遅くなりそうね」と、呆れたように言う。
おかあさんはべちゃべちゃになったコルザおねえちゃんのお洋服を脱がせると、急いでお風呂になっている盥へ追いやる。
コルザおねえちゃんはあんまりお風呂が好きじゃないみたいで、嫌そうに盥のところへ歩いて行く。
「かあさま、コルザきょうみずうみにはいったのに、おふろにはいるひつようあるの?」
「みずうみはおみずでいっぱいのところだったよ」と、コルザおねえちゃんがおかあさんにお話するけれど、おかあさんは首を振ってコルザおねえちゃんを盥へ向かわせる。
「えぇ、湖の水とお風呂のお湯は違いますからね。お風呂に入って、石けんも使って綺麗になさい」
「……はぁい」
コルザおねえちゃんは仕方なく、おかあさんが差し出した石けんを手に取って盥の中に足を入れた。
ぼくはコルザおねえちゃんのお風呂で一緒に濡れてしまわないようにって、赤ちゃんのベッドへ戻されてしまった。
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コルザおねえちゃんがお風呂で綺麗にしている間に、サージおねえちゃんとおかあさんはカゴにはいっていた。おさかなを取り出した。
おさかなはキラキラと光っていて、たぶん綺麗なのだろうけど、さっきコルザおねえちゃんがお家の中へ入って来た時よりも臭いにおいがする、ぼくはまた鼻を手で抑えた。
サージおねえちゃんはテーブルの上におさかなを絶対に置きたくないみたい、どこに置いたらいいのかわからなくて、手で持ったままおかあさんに聞く。
「母様、この大きなお魚なんなの?」
「……フォレレーゲンだわ。よく魔魚なんて釣り上げられたものね」
「それね、とうさまがすっごい、すっごい、がんばってとったの! じかんがかかったけど、とうさまがんばったのよ!」
コルザおねえちゃんが嬉しそうに盥の中から立ち上がる。石けんの泡や盥のお水が辺りに飛び散ったのを見て、サージおねえちゃんが困った顔をして、コルザおねえちゃんに盥へ戻るように言う。
おかあさんはフォレレーゲンを小さな盥の中に移すと、困ったように見下ろす。
「さてと、フォレレーゲンだなんて、どうしたらいいのかしら」
「母様もお料理の仕方わからないの?」
「あまり食べないけれど、一応、捌き方は覚えているわ」
「どうするの?」
「鳥に羽毛があるように、魚には鱗があるからそれを取って、内蔵も取り出せばいいのよ。でも難しいから、サージはまだ見ているだけにしておいてちょうだいね」
「わかったわ」
おかあさんは小さな盥のなかで、ナイフを使ってバリバリと音を立てながら、フォレレーゲンのキラキラしているところを取っていく。
バリバリが終わったら、フォレレーゲンの白いところにナイフを入れて、中に入っているものをどんどん取っていく。中に入っているものが出てくれば、来るほど、お家の中が臭いのでいっぱいになる。
「母様、臭いわ。……血抜きする前のお肉よりずっと」
「そうね。魔魚だから、余計に臭いのかもしれないわ。サージ、匂い消しのハーブを物置から取って来てちょうだい」
「はい、母様」
サージおねえちゃんは急いで物置へ取りに行く、物置へ行くサージおねえちゃんにおかあさんは「塩もお願い」と頼んだ。
おかあさんはなんとかして盥の中のフォレレーゲンを綺麗にしてから、テーブルの上に板を置いてフォレレーゲンを置くと、ゆっくりだけど小さく切って、分けていく。
小さく切って分けたフォレレーゲンに、サージおねえちゃんが持ってきたいい匂いのする草と塩をフォレレーゲンにいっぱい付けると、窓の側へ置く。
「フォレレーゲンはこのまましばらく置いておきましょう」
「臭い、取れるかしら?」
「お肉もこれで臭いが取れるから、きっと大丈夫よ。さ、父様は釣りをした分、帰りが遅くなるでしょうから、ゆっくりとお夕飯の支度をしてもいいでしょう。コルザ、お風呂が終わったなら手伝ってちょうだい。今日はマッシュポテトも用意しましょう」
「やる!」
コルザおねえちゃんは盥から飛び出て、子ども部屋へ走って行くと服を着替えてから、ナイフとジャガイモを持って来て、前よりは早いけど、サージおねえちゃんよりはゆっくりとその皮を剥いていく。
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おとうさんはお日さまが隠れてからだいぶ経った頃に、帰って来た。
「腹ペコだ」というおとうさんに、おかあさんは「お仕事を放り出してまで釣りをすれば、それはお腹も空くでしょうね」と言うと、おとうさんは気まずそうな顔で静かにいつもの椅子に座った。
フォレレーゲンは、鉄板の上で焼かれることになった。
パチパチ、ジュウジュウという音と一緒に、香ばしい匂いも漂ってくる。
さっきまでの臭いにおいは、サージおねえちゃんが物置から持ってきたいい匂いのする草と塩をたくさん付けたおかげか、気にならなくなっていて、むしろいい匂いのする草のおかげでよだれが出そうなくらいにいい匂いが漂ってきている。
「母様、臭い消し上手く行ったみたいね」
「えぇ、最初はどうなるかと思ったけれど、これなら大丈夫そうね」
「おぉ、今日も美味そうな夕飯だ」
「うまそう!」
「あう!」
ぼくもその美味しそうな匂いのする晩ごはんを食べたい。でも、さっきたくさんいい匂いのする草とお塩を付けていたから、たぶんぼくのところにはこない。
人間の赤ちゃんは、まだお塩とか草がたくさんついているご飯は食べたらダメなんだって、おかあさんがよくぼくにおこぼれをくれようとするおねえちゃんたちにお話しているのを聞く。
食べたいなぁ。美味しそうな匂いのする、フォレレーゲン。
ぼくの分のマッシュポテトがいつものお皿に入る。すると、おかあさんがそこへ焼きたてのフォレレーゲンを少し崩して、入れてくれた。
「母様いいの? このお魚、お塩もハーブもたくさん使ったでしょう? 赤ちゃんはまだお塩がたくさん使ったご飯を食べちゃダメなのでしょう?」
「あんまりたくさん使ったものはまだよくないけれど、そろそろちょっと使ったものなら大丈夫よ。ルカも大きくなってきているからね。今日のフォレレーゲンも外側じゃなくって、内側の身の方ならそんなに塩もハーブも染みてないはずだから、大丈夫よ」
おかあさんはフォレレーゲンの焼き色が付いているような所は避けて、中の方のところを細かくして、マッシュポテトの中に混ぜてくれた。
「さぁ、食べましょう。リヒト、食前の挨拶をお願い」
おとうさんが食べる前のお話、あいさつをしたらみんなでご飯を食べる。
ぼくは急いでフォレレーゲンの混ざったマッシュポテトに手を伸ばして、口に入れる。
甘いマッシュポテトの中から、ささみに似ているけど、もうちょっと味の濃いものが出て来た。
きっとこれが、フォレレーゲンだ。
フォレレーゲンは噛めば、嚙むほど、濃い味が出てきて、口の中でよだれがいっぱい出てくる。
これがきっと、お塩の味だ。
いい匂いのする草のおかげで、さっきのものすごく臭いにおいもなくなって、食べやすくなっている。
ぼくは夢中でフォレレーゲン入りのマッシュポテトを口へ運ぶ。
「これでルカも、もっといろんなものを食べられるわね」
「とうさま、またみずうみでおさかなとろうね!」
「父様、仕事もしてちょうだいね」
「う、うーむ」
おとうさんは困った顔でフォレレーゲンを口へ運んだ。
フォレレーゲンはおいしかったけど。
ぼくはその夜、マッシュポテトを掴んだ手を鼻に近づける。
「あぅえぇ……」
いい匂いのする草だけじゃ、完璧に臭いのは消えなかったみたい。
ぼくの手からはしばらく、フォレレーゲンの臭いにおいがしていた。
白身魚の香草焼き食べたい。
どうもレニィです。
去年書いてた話が海の側だったので、
今回は山の中にしたけど、献立的にお魚が欲しくなったので、
淡水魚を出しました。
お魚は臭み取りのために、塩やお酒を使うので、
うちのお犬様にあげた事はなかったなと思い出しました。
お話の中だけど、味わってね。
さて、サクサクと秋に進めます。
ホクホクと甘い物の季節ですね。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!