4食目:ザラザラのにんじんとたまねぎのポタージュ
初めてマッシュポテトを食べた次の日、サージおねえちゃんとぼくがおうちでお留守番をしている間に、おかあさんとコルザおねえちゃんがたくさんおかいものというものをしてきてくれた。
おかいものの中には、パンだけじゃなくって、犬だった時のおかーさんからよくもらっていたレタスみたいな食べ物の他にも、ぼくが見たことのない色や形をしているもの、”おやさい”って呼ばれているものがたくさんあった。
ぼくはその中にある、犬だった時に見たことがあるレタスに似ているおやさいが食べたくて、物置へ持って行かれる前に触りたかったけれど、まだまだ食べたいものの側へいける力が足りなくって、床をズリズリと動いているとすぐにでもサージおねえちゃんにかまどのそばのかごに戻されてしまう。
あれからマッシュポテトはよくおうちで出るようになった。コルザおねえちゃんに皮むきのお手伝いを覚えて欲しいと、おかあさんが言っていた。コルザおねえちゃんも初めてお芋を剥いた時よりもずっと早く皮をむけるようになってきていたし、指を切る回数も減った。
でもやっぱりサージおねえちゃんの方が皮むきは早いし、指を切ることもない。指を切っては、おかあさんにおまじないってやつをしてもらっていたコルザおねえちゃんは、ちょっと悔しそうにサージおねえちゃんを睨む事が増えた気がする。
ぼくはよく口を動かして食べることで、前よりもいっぱい食べられるようになったような気がする。
よく口を動かして食べるとおかあさんがいっぱい褒めてくれるから喜んでもっと食べるようになった。
それに、よく口を動かして食べるとパン粥もマッシュポテトももっと味がするような気がして美味しい。
このまま、もっといろんなものを食べられたらいいな。
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今朝は、パン粥だった。
飲み込めないちょっと大きい塊が入っていて、それを潰すために必死に口を動かしていると、おかあさんは嬉しそうにぼくを褒めてくれる。
お皿からパン粥がなくなったら、朝のごはんを食べ終わったサージおねえちゃんがお皿を一緒に片付けてくれる。
「そろそろ、ルカももっと口を動かして食べられるご飯を始めてもいいかもしれないわね」
おかあさんがぼくの口の周りを綺麗にしながら、ちょっと小さい声でお話する。でも、サージおねえちゃんには聞こえていたみたいで、サージおねえちゃんはお皿を片付けながらおかあさんとお話を始める。
「でもまだ、わたしたちみたいに普通のご飯を食べる訳にはいかないのでしょう?」
「そうね。歯が生えかけていても硬い物を食べられる訳じゃないから、まだ舌で潰せるくらいに柔らかい食べ物じゃないと……」
「スープはダメなの? お豆はよく煮れば柔らかくなるよね」
おかあさんは優しく首を横に振った。
「まだなるだけお塩を使わない方がいいから、スープはダメなのよ。それにお豆は薄皮が残っちゃうから、ダメよ」
「そしたらまた野菜を煮て、お乳と合わせる、のかしら。でもお芋は最近やりすぎているから、そろそろルカも飽きちゃうんじゃないかしら」
さすがサージおねえちゃん。ぼくのことをよくわかってくれている。
ぼくは犬だった時よりも美味しい物を食べられると、知らない人から聞いて人間になることにした。犬だった時よりもいろいろなものが食べられるのだから、いろんなものを食べたい。
それに、犬だった時だって、いつものごはんの他に、リンゴやミカン、おやつのボーロちゃんに、はみがきガム、時々ささみだって貰えていた。
ずっと同じものばかり食べていたら、ぼくだって飽きてくる。
「そろそろ六の月に色が変わって、お野菜が増えてくるから、物置にある古めのお野菜は使い切っちゃいましょうか」
「そしたらにんじんと……たまねぎで、ポタージュを作ればいいんじゃない? ポタージュなら、野菜を潰して煮込んでスープにするから、ルカも食べられるんじゃない?」
「そうね。そのくらいなら口を動かす練習にもなるわね」
サージおねえちゃんが作ろうと言っているごはんにおかあさんは喜んでいるけれど、まだ朝のごはんを食べている途中だったコルザおねえちゃんは、ものすごく嫌そうな顔をした。
「うぇ~~~コルザ、ニンジンきらい」
「コルザ、好き嫌いしていたら大きくなれないわよ?」
「……それでも、ニンジンはきらいなの。おてつだいもイヤ」
嫌そうな顔をするコルザおねえちゃんを見たサージおねえちゃんは、大きく息を吐く。
「じゃあコルザは手伝わなくていいわよ。わたし一人でやるから。その代わりコルザはお皿を洗って、テーブルの掃除をしてよね」
「……それがおわったら、あそびにいっていい?」
「お手伝いが終わったら行けばいいんじゃない?」
サージおねえちゃんのちょっと嫌そうな声に、コルザおねえちゃんは嬉しそうに座っているところからぴょんと降りると、みんなが食べた後のお皿を抱えてお家の外へパタパタと走って行った。
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コルザおねえちゃんは洗い終わったお皿をお日さまの光がいっぱい入ってくる窓の側に並べて、テーブルの上を布でゴシゴシしたら、その布をお皿と同じように綺麗にして、窓の側にぶら下げると、忙しそうに物置へ行って、ぼくがすっぽりと入ってしまいそうな大きさのかごを背中にくっつけて出て来た。
その姿を見たサージおねえちゃんのほうきっていうのを動かす手が止まった。
「コルザ……それ……」
「うん! コルザ、もりに……」
「ダメ!」
サージおねえちゃんはほうきを放り投げると、いつもよりも大きくて、いつもよりも慌てた声でコルザおねえちゃんに駆け寄ると、その身体を掴んで止める。
「森なんて……森なんて、危ない場所にまだ行っちゃダメ! 六の月が来るまでコルザはまだ四つなんだよ! 森はもっと大きい子が……」
「でもマリアちゃんだって、エリザちゃんだって、もうおにいちゃんたちといっしょにもりにいってるし、コルザだってもうおねえちゃんだもん! もりくらいいけるもん!」
「森はそんなところじゃない!」
サージおねえちゃんの声は、ものすごく怖い気持ちをしている声だった。ぼくは、どうしてサージおねえちゃんがそんなに怖いと思っているのかがわからなくて、でも、サージおねえちゃんの声から感じる怖いって気持ちが伝わってきて、泣いてしまった。
ぼくの泣き声を聞いたおとうさんが慌ててお部屋の中に入って来た。でもおとうさんは泣いているぼくを見て、ただオロオロするだけで、ぼくを急いで抱き上げたのはおかあさんだった。
おかあさんはぼくをポンポンと叩いて、揺らしながら落ち着かせようとしている。おとうさんは、おかあさんにお願いされて、サージおねえちゃんが放り投げたほうきを拾ってお家の壁にそっと置くと、サージおねえちゃんをいすってやつに座らせた。
「サージ、落ち着いた?」
「だって母様、コルザが森に……」
「たしかに、心配かもしれないけれど」
泣きそうになっているサージおねえちゃんに、おとうさんが落ち着かせようとしているのか、静かにお話をする。
「サージ、コルザだってそろそろ森へ行っていろいろ覚えないと、これから父様も母様も、サージも困る事になる。もうすぐ六の月になったら、コルザだって五歳だ。村にいる他の子はもっと早くから森へ行って、採って来るものを覚えたり、ナイフや鉈の使い方を覚えたり……獣に対する正しい対応を覚えようとしている」
“けもの”という言葉に、サージおねえちゃんがびくりと身体を跳ねさせるのが見えた。サージおねえちゃんが怖いと思っているのが伝わって来る。楽しみな気持ちでいたコルザおねえちゃんも、だんだん不安そうになっている。
おとうさんはそれでもサージおねえちゃんにお話をするのを止めない。
「サージ、覚えることを覚えなければ、危ない思いをするのはコルザだ」
「……でも、森は」
「今の森は、木の実がたくさん出来ている時期で、大きな獣は木の実を食べるリスやハーマオネを狙っている。人間が獣に襲われることは少ない時期だ」
「……でも」
「それに、今日は父様の他にも大人が付いて森へ行く。子どもだけで行くわけじゃない。……それじゃあ、安心できないか?」
サージおねえちゃんは、ギュッと手を丸くして座っている。まだ怖くて不安だという気持ちでいっぱいだけれど、それを抑えて、震える声でおとうさんに返事をした。
「……父様の他にも大人がいるなら、安心、できるわ」
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コルザおねえちゃんはおとうさんと一緒にお家を出て行った。
サージおねえちゃんは、それをやっぱり不安そうに、それでも黙っておかあさんと一緒にドアからコルザおねえちゃんとおとうさん見ていた。
「コルザと父様が森へ行って頑張ってくれるのだから、サージは母様と一緒に美味しいご飯を作って待ってあげましょう。ルカも食べられるくらいに柔らかいポタージュを作るなら、早く始めないと。さ、お掃除も済ませてしまいましょう」
「……はい」
サージおねえちゃんは静かにお家の中へ入って、おとうさんが拾ったほうきをまた手に持って動かし始める。
おかあさんも泣き止んだぼくを赤ちゃんのベッドへ戻すと、サージおねえちゃんを気にしながら、コルザおねえちゃんがゴシゴシしなかった場所をゴシゴシし始めた。
サージおねえちゃんがほうきを持って物置へ行って、ほうきじゃなくて、かごに火の色みたいな長いおやさいと、お芋に似ている色をしているけど、ちょっと尖った丸いおやさいを持ってきた。
鼻を動かすと、ツンとした臭いがする。酸っぱいパンとは違う臭いで、鼻から臭いが入って来たのに、どうしてか目がチカチカして、何故だか涙が出てくる。
「じゃあ、ポタージュを作る準備をしましょう。サージ、野菜を全部みじん切りにしてちょうだい」
「わかったわ」
サージおねえちゃんは、まず火の色みたいな長いおやさいをナイフで切る。火の色みたいな長いやつがサージおねえちゃんの手でどんどん小さくなっていくと、家の中が変な臭いでいっぱいになる。たまに、コルザおねえちゃんがお外から帰って来た時に「草の汁だらけじゃない!」って、おかあさんが叱る時みたいな臭いだ。
この臭いは、苦手だ。
サージおねえちゃんが長いものを切っている間に、おかあさんはツンとする臭いのおやさいをぺりぺりと音立てながら皮むきをするみたいに剥いていく。お芋と一緒で皮がむけると、中から白いところが出てくる。だけど、お芋と違って、これは白いところが出て来るとものすごく臭い。ツンとした臭いで涙がたくさんでてくる。
あんまりにもたくさん涙が出てくることにびっくりして、ぼくはまた泣いてしまう。
「ふぇ、ふぇえええ……ふぇええん……」
「あらあら、どうしたのルカ? お腹が空いたの?」
おかあさんはツンとするやつを置いて、手を洗ってからぼくのところへ来てくれた。
長いやつを小さくし終わったらしいサージおねえちゃんは、おかあさんの代わりにツンとする臭いのやつの皮を剥いていくと、それもナイフを使って小さくしていく。
サージおねえちゃんがそれを小さくすればするほど、ツンとした臭いがどんどんそれから出て来て、ぼくは鼻も目も痛くなっていく。
サージおねえちゃんも目に涙を浮かべながら、そのツンとする臭いのするやつをまた一つ、また一つと、小さく、小さくしていく。
サージおねえちゃんは全部を小さくし終わったようで、小さくしたおやさいをお鍋に入れると、水がめからお水を入れてかまどの火の上にぶら下げて、お鍋に棒、この間“おたま”って言っているのが聞こえたやつで、くるくるとかき混ぜている。
中に入っているお水からコポコポという音が聞こえてきても、ツンとした臭いはなくならなくって、むしろ酷くなっている気がする。長いやつからもあの「草の汁」みたいな臭いが出て来ているのか、ツンとしたのと混ざって、どんどん嫌な臭いになっていっている気がする。
本当に、サージおねえちゃんが今作っているのは、ご飯になるの?
「サージ、なるだけ火から遠ざけてゆっくりと火を通さないと、お鍋の底で焦げるわ」
「わかったわ」
サージおねえちゃんは、お鍋を火からちょっと離しながら、くるくるとかき混ぜるのを止めない。
泣き止んだぼくをおかあさんはまた赤ちゃんのベッドへ戻すと、サージおねえちゃんが混ぜているお鍋を見に行く。
「……そろそろいいかしら。サージ、お野菜がおたまで潰れるか試して」
「はい」
サージおねえちゃんがかき混ぜていたおたまにちょっと力を入れる。たぶんお鍋の中のおやさいが、おかあさんが言ったように、おたまで潰れたのだと思う。嬉しそうな顔でおかあさんを見上げる。
「母様、出来たわ!」
「そしたらルカの分はまだお塩を入れる訳にはいかないから、小さいお鍋に移して、お乳を入れて仕上げてちょうだい」
「……母様、みんなの分のポタージュもわたしが仕上げをしてもいい? 父様も……コルザも、森へ行って、頑張ってから帰って来てくれるから、わたしは家で出来る頑張れることをしたいの」
「……そうね。頑張れるところがあるのは、良い事だわ。きっと父様もコルザもたくさん頑張ってから帰ってくるわ。美味しいポタージュにしましょう」
「じゃあ、今日はツィーフェルのお乳を使ったポタージュにしましょう! きっと、とっても甘くて美味しいポタージュになるわ!」
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お日さまの光が窓から入って来なくなった頃に、コルザおねえちゃんとおとうさんは帰って来た。
コルザおねえちゃんの背中のかごからは、さっきサージおねえちゃんが小さくしていた長いおやさいみたいな臭い、草の匂いがたくさんするのがわかった。それぞれから違う匂いがしているけれど、嫌な匂いだなと思うやつも、いい匂いだなと思うやつもたくさんある。
コルザおねえちゃんはその中から、つやつやに光る丸くて甘いものと、お芋みたいな匂いのする長い棒を取り出すとおかあさんとサージおねえちゃんに自慢を始める。
コルザおねえちゃんは長い棒をぼくにも見せようとしたけど、おかあさんが「土がついていて汚いから、明日綺麗にしたら見せてちょうだい」と言ったので、長い棒はお家の外へ持って行かれた。お芋みたいな匂いは土の匂いだと言うことをぼくは覚えた。
おとうさんが森で取って来たという、”とり”を片付け終わってから、ぼくもおかあさんに抱っこされて、家族みんなでテーブルに座って、夜のごはんになる。
ぼくたちはサージおねえちゃんが作ったポタージュの入ったお皿をみんなで囲む。ぼく以外の家族はポタージュの他にも、パンと焼いたベーコンとキノコに、サラダって呼ばれているおやさいも並んでいる。
みんなが座って落ち着いたら、おとうさんが静かにお話をはじめる。
「我々の生きる糧を与えてくださった精霊様たちへ、最大の感謝を込めて、この食事をいただきます」
おとうさんのお話に続いて、おかあさんもサージおねえちゃんも同じようにお話する。コルザおねえちゃんは、最後の「いただきます」だけをしっかりと言って、スプーンに手を伸ばす。
ぼくもおかあさんが運んでくれたスプーンを、口を大きく開けて待つ。
コルザおねえちゃんとぼくがサージおねえちゃんの作ったポタージュを口に入れたのは、同じくらい。
そして、
「「うぇえええ……」」
口からポタージュを出したのも、同じくらいだった。
長い火の色みたいなお野菜の苦手な草の臭いに、ツンとする臭いのお野菜は食べてはいけないと身体のどこかで思わずにはいられない。そこにツィーフェルの甘いお乳が混ざって、余計にお野菜の嫌な臭いがする気がする。
おたまで潰したお野菜は、パン粥のようなドロドロとも、マッシュポテトのようなもちもちもなくて、ザラザラとした塊がたくさん口の中に入ってくるのを感じて、思わずぼくはポタージュを口から出してしまった。
コルザおねえちゃんも口からポタージュを出して、隣に座っていたサージおねえちゃんを睨む。
「おねえちゃん、これなに?!」
「にんじんとたまねぎのポタージュよ。ツィーフェルのお乳で作ったの。美味しいでしょ」
「おいしくないよ!」
「それはコルザがにんじんが嫌いだからじゃないの? 父様は食べているじゃない」
「ん。ぅん。サージが作ってくれたからな、残したら悪いからな」
そういってスプーンを動かすおとうさんも、あんまりいい顔はしていなかった。
おかあさんはぼくが口から出したポタージュを布で綺麗にした後に、またにんじんとたまねぎのポタージュを掬ったスプーンをぼくの口に近づけるけど、ぼくはそれを口に入れたくなくて、スプーンを避けるために顔を動かす。
もう絶対に、にんじんとたまねぎのポタージュは口に入れないぞ。
その日の夜は、おかあさんのお乳を飲んだ。
でも、ぼくはもうおかあさんのお乳だけでは、お腹はいっぱいにならない。
コルザおねえちゃんもそれからポタージュは食べないで、おとうさんの前にポタージュのお皿を置いた。
おとうさんはちょっと困った顔で、コルザおねえちゃんのポタージュも食べ切った。
サージおねえちゃんはその様子に、不思議そうに首を傾げる。
「……美味しいのに」
「そうおもっているのは、おねえちゃんだけだよ!」
その日から、サージおねえちゃんがにんじんとたまねぎのポタージュを作ることはなかった。
みんなー!嫌いな野菜はあるかなー!?
わたしはねー!トマト!!!
どうもレニィです。
うちのお犬様は、犬の割にレタスが好きだったり、
きゅうりが好きだったりと、野菜が好きだったのですが、
唯一、何故かニンジンだけは上げると口に入れて、ペッて出したんです。
わたし自身がにんじん好きなので、にんじん嫌いが実はあんまり理解できてません。
妹曰く、青臭くて嫌らしいです。
次は、もっとファンタジー感を出したい。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!