25食目:三つのベリー
「ちょっと待って! 今、ビブラオケルンって言った?」
コルザおねえちゃんがすごく驚いた声で、白いプルプルを指差しながら、メルに聞く。
「んだにぃ」
「ビブラオケルンって、あの青いブルーベリーに似ている、ビブラの実のことよね?」
「にゃんだ。コルザはあれがどんなやつか知ってんにょか。にゃら話は早い。そだに。そのビブラの実だ」
そう聞いたコルザおねえちゃんは、こっそりスープにニンジンが入っていたのを見つけた時みたいな、嫌な顔をした。
「じゃあこれ、食べられないもののはずでしょう」
「え? このプルプル、たべられないの?」
「だってビブラの実で出来ているんでしょう? ビブラの実はブルーベリーによく似ているけど、ものすごく渋くて、苦くて、美味しくない木の実だもん。一つでも間違えて食べたら、その日は一日中、ずっとビブラの実の味が口の中に残って、他のご飯の味がしなくなるのよ?」
ぼくは白いプルプル、ケルンモチから離れた。
「メル、ぼくたちにうそついたの?!」
「嘘ついてにぇって。たしかにこのモチの原料は、コルザの言う通りビブラの実だけど。ちゃんと食えるようにしたから、こういうモチの形ににゃってるんだぜ?」
メルはナイフを取り出すと、お皿のプルプルを一口で食べられるぐらいの大きさに切り分けようとしているけれど、ケルンモチはプルプルとして柔らかそうなのに、なかなかナイフが刺さらない。
刺さっても、ナイフに白いプルプルがくっついてしまっていて、なんだか切りにくそうだ。
白くて、柔らかそうだけど、ベタベタとくっついてくる。
「……“ささみぞうすい”みたい」
「……おみゃあ、雑炊知ってるのか?」
「ゾウスイ? 何それ」
メルはぼくが呟いたあの白いべちゃべちゃについて知っているみたいだけど、コルザおねえちゃんは全然わからないし、言葉の言い方もちょっと変だ。
「ねぇ、メル。ぞ」
「ほれ、切れたぞ。物は試しだに! 二人とも食ってみろ」
メルは無理やり、お話をケルンモチの方に戻したような気がした。
メルがこうやって無理やりお話を戻したり、変えたりする時は、だいたい獣憑きについて誰かに隠そうとする時だ。
ぼくは黙ってメルが小さい木の棒を指してくれたケルンモチを一切れ手に取って、口の中に入れる。それが今、ぼくが出来ることで一番いいことだから。
口の中に入れたケルンモチは、プルプルというより、さっきメルがナイフで切りにくそうにしていた通り、口の中でベタベタとくっついて、前にコルザおねえちゃんに内緒でもらったキャラメルみたいだった。
違うのはただ一つ。
「ねぇ、メル。これあじがないよ」
ぐにぐにとケルンモチをずっと噛んで、噛んで、すごく噛んだのに、ケルンモチからはコルザおねえちゃんが言ったような不味い味もしなければ、特別美味しい味もしない。
似ていると思ったささみぞうすいは、ささみの味と一緒にすごく甘い味がしていたし、人間のルカになってからたくさん食べるようになった茶色のパンだって、甘い中に酸っぱい匂いが混ざっているのに、この白いモチからは何の味も、すごく気になるような匂いもしない。
これを、「美味しくない」って言うんだろうなとぼくは思った。
だから早く飲み込んで口の中のケルンモチを無くしたいのに、ケルンモチはスープに入っているお豆や、買ってきてから少し時間の経ったパンと違って、噛んでも、噛んでも、なかなか口の中で小さくならない。いつ飲み込めばいいのかまるでわからない。
コルザおねえちゃんも同じみたいで、ずっと口が動いているけれど。飲み込んではいないみたい。困っているからか、だんだん顔が怖くなっていく。
メルはそんなぼくたちを見て笑い出す。
「にゃははははっ! おみゃあら、いつまで噛んでるんだにゃ!」
「だって、これ、今飲んだら、喉に詰まりそう」
「かんでも、かんでも、なくならないよ」
「そのまま飲み込むにゃよ。コルザの言う通り、喉に詰まったら息ができなくなって、死ぬからにゃ」
「うぇっ?!」
「ほれほれ、頑張って噛んで小さくしにゃ。そしたら次は美味いもん食わせてやるぜ?」
メルの言葉を信じ切れないまま、ぼくはとにかく頑張ってケルンモチを噛んで、噛んで、もう大丈夫かな、と思った小さいのをちょっとずつ飲み込んで、口の中から無くして行く。
ちょっとずつ、ちょっとずつ口の中からなくなって行くケルンモチがお腹に入るたびに、ツッカバオムを食べた時のようなぽかぽかが、ちょっとずつお腹に広がって行くのを感じる。
コルザおねえちゃんの方が先に食べ終わったみたいで、難しい顔をしたまま残ったケルンモチを睨んでいる。
メルは何かの瓶を二つ持ってきて、そのうちの一つを開けようと頑張っている。
「メル、このケルンモチってどうやってつくったの?」
「んにゃあ。ビブラの実をまず天日干しにすんだ。んで、カラカラに乾いた実を叩いて、潰す。潰れた実を水に入れてよく混ぜる。水は綺麗なやつじゃねぇとダメだからにゃ」
「みずにまぜるとこのしろいのができるの?」
「半分はずれで、半分正解だにゃ。そもそもケルンの実がとんでもなく渋いのは、ケルンの実を青くさせている成分のせいだ。だから最初の一回目は青い皮の部分を浮かせて、ざるで漉して取る。でもそれだけじゃ残った水も、水の中に沈んだ実の中身も渋い。また一晩置いて、青い水の上澄みだけを捨てる。そうすると水の底に、実の中身が粉ににゃったもんが残る。そこにまた水を入れて、よく混ぜて、一晩置く。これを何回か繰り返していると、そのうち青かった水も、残った粉も白くにゃってくる。水が濁らなくにゃってきて、残るものが白くにゃったら、食えるようににゃる」
「……つまり、ケルンの実から青を抜いたら、食べられるようになるってこと? ただし、ものすごく渋くなくなる代わりに、他の味もなくなるけれど」
「そういうことだにぃ」
「何の味もしないのに、栄養があるの?」
「味がするからって、栄養があるわけじゃにぇ。味がしなくても栄養はある。それにとんでもにぇ味はするけど、実は栄養がある食べ物だってあるだろ?」
「それは、そうだけど。でもこれは味がなさすぎない? それなのに、ずっと噛んでないといけないし……」
「んにゃあ。だから、これを、使うんだ、にっ!」
ポンッと、音がして瓶の蓋が空いた。ちょっと鼻を動かすだけで甘い匂いがするのがわかる。
メルは瓶の中にスプーンを入れると、そこから黄色いトロトロとしたジャムをケルンモチにかける。
「味がにぇんにゃら、味をつけりゃあいい。これは今日教えたい食べ物から出来たジャムだ」
「黄色って事は、モモ? プラム?」
「んにゃ。先に教えちまうとつまんにぇから、食ったら教えてやるよ」
メルはニヨニヨと口の端を上げて、ぼくたちが黄色いジャムのかかったケルンモチを食べるのを待っている。
ぼくは甘い匂いがするから大丈夫だと思えるけれど、コルザおねえちゃんは甘い匂いがわかりにくいのか、手を伸ばそうとしない。
「コルザおねえちゃん。だいじょうぶだよ。このきいろのやつ、あまいにおいしかしないもん」
「甘い匂いがするからって、安全とは限らないじゃない」
「だけど、ケルンモチはあぶないたべものじゃなかったよ? メルは、いたずらがすきだけど、あぶないものをたべさせるようなことはしないよ」
「そうだにぃ。薬屋が毒なんか盛ったら、信用ガタ落ち、商売できにぇぜ」
「本当に大丈夫?」
「そんにゃに心配にゃら、にぃも食う。それでいいか?」
「じゃあ、みんなでいっしょにたべようよ!」
「んー……わかった。じゃあみんな一斉にケルンモチを持って」
コルザおねえちゃんの声に合わせて、ぼくたちはケルンモチに木の棒を刺して、手に取る。
「いくよ。いっせーのっせっ!」
ぼくたちは一緒にケルンモチを口に入れる。メルは「のっ」のところで口に入れた気もするけれど。
ぐにぐにというケルンモチを噛んだ感触は変わらないけれど、そこにツッカバオムに負けないぐらいに、甘くて、トロけるジャムが口の中いっぱいに広がった。頑張って飲み込めば、さっきのケルンモチを食べたときよりも、ずっとあったかいのがお腹中に広がるのがわかる。
一緒に食べたコルザおねえちゃんも甘いのがわかって、目をまん丸にして口を動かしている。
「にゃ? 騙してにぇだろ?」
「……すごく甘い! でも、モモでもプラムでもないよね? 違う味がすると思うんだけど」
「コルザはグルメだな」
「グルメ?」
「んにゃ。こっちの話。コルザの言う通り、モモでもプラムでもにぇ。こいつの正体はハルトシュタイン。ハルトの実だに」
「嘘?! これが?!」
コルザおねえちゃんはものすごく驚いているけれど、ぼくには何が何やらわからない。
メルはコルザおねえちゃんの驚く顔がとても面白かったみたいで、ニィッと口の端がさっきより上がっている。
「ハルトの実は、皮が硬くて鳥だって食べやしにゃい黄色の木の実だからにゃあ」
「そうだよ。どうやったって、硬くて食べられないから、みんな食べるためには拾わないんだよ」
「みんにゃ食べ方を知らにぇんだにゃ。ま、おかげでにぃたちは、甘いこの実を食えるわけにゃんだが」
「ジャムにすればたべられるの?」
「まず、ジャムにする前の準備がいるにゃ。ハルトの実は、皮はものすごく硬いけど、中身は食えにぇわけじゃにゃい。硬い皮さえ剥いちまえば、中には甘い果実か詰まってるんだからにゃ」
「でもハルトの実は硬すぎて、ナイフの刃も通らないじゃない。どうやって皮を剥くのよ」
「水に浸けておきゃあいい」
コルザおねえちゃんはポカンとした顔でメルを見ていた。
「それだけ?」
「それだけだに」
「本当に?」
「本当だに。ハルトの皮は、水に浸けておくとふやけて、ぐずぐずににゃるんだ。だから、一晩か二晩、水に浸けて待ってりゃいいだけ。皮が剥けたらそのまま食ってもいいし、こうやってジャムにしてやりゃ、ケルンモチとかパンとかに乗せて食える」
「知らなかった」
「それと硬い皮が中の実を守っているから、拾ったのをそのまま置いておける保存食にもにゃる」
「そうなの?!」
「にゃはは! びっくりしただろ!」
「本当に。さっきからずっと驚かされっぱなしだよ」
「そんだけ驚いてもらえるにゃら、にぃも教えていて楽しいにぃ」
ニヨニヨとした顔じゃない。口の端が思いっきり上がっていない。本当に、心の底から楽しくて、嬉しいという笑顔になっているメルを見て、ぼくも嬉しくなってきた。
「にゃんだルカ。ハルトジャムが美味すぎたんか? 顔がだらけてんぞ」
「うぇ? ちがうよ!」
「ルカは甘いもの好きだよね。誕生月のツッカバオムケーキも丸パンも、あたし達よりたくさん食べるし」
「だからそんだけむっちむちに太るんだにゃ」
コルザおねえちゃんとメルの顔が、ちょっと意地悪そうにニヨニヨとして、こっちを見てくる。
ボクはムッとして、またケルンモチを口の中に入れて噛む。
「ケルンモチは普通の飯よりよく噛んでからじゃにぇと食えねぇだろ? これも、おみゃあのダイエット食ににゃるぜ」
メルに言い返そうにも、口の中のケルンモチがなくならないから、口を開くことができない。
ぼくが一生懸命に口を動かしている間に、メルはもう一つの瓶の蓋を開けた。
蓋が空いた瞬間、ツンと鼻につくタマネギの臭いをいっぱい、たくさん、集めたような、辛い臭いが漂ってきた。
「それも覚えるもの?」
「そうだにゃ。……あー、ちにゃみにコルザは辛い食いもんって、食えるか?」
「馬鹿にしないでよね。もう八歳よ。それに、町のサンドイッチにはマスタードとか、胡椒のついたハムとか挟まっているんだから!」
「んじゃあ、これちっと舐めてみるか?」
「いいわよ」
メルはスプーンにちょっとだけ瓶の中身をつけて、コルザおねえちゃんに渡す。イチゴのジャムみたいに真っ赤で、美味しそうに見えるけれど、あれは絶対に食べたらいけない臭いがする!
ぼくはコルザおねえちゃんを止めるために、急いで口の中に入っているケルンモチを飲み込もうとしたけれど、間に合わなかった。
コルザおねえちゃんはスプーンを口に入れてすぐに、顔がぎゅっとなって、それから顔が真っ赤になった。メルが急いで水を入れたコップをコルザおねえちゃんに手渡すと、コルザおねえちゃんは一気にそれを飲み干した。
「何これ! ものすごく辛いっ!」
「一応、辛いもん食えるかって、聞いたぜ?」
「それは常識の範囲でって事だよ! これは! 常識を超えている辛さだよ! 何を使ったら、これが出来るの?!」
「グラナティヒトの実、ってわかるか? あれを潰して、塩とハーブを入れて、煮詰めたソースにゃんだけど」
「……ねぇ、メル。もしかしてだけど、メルは拾ってきちゃいけない三つのベリーを知らないの?」
「みっつのベリーって?」
「あ、そっか。ルカはまだ森に行ったことないから、教わってないんだった」
コルザおねえちゃんはまだ辛い味が残っているのか、少し咳をしてからぼくとそれからメルにも教えようとしてくれる。
「森にはいろんな木や草、花が生えていて、そこからいろんな木の実やきのこ、ハーブが取れます。だけど気をつけないといけません。取れるものの中には、毒があるものや、毒がなくても食べられないものがあります。特に気をつけないといえないのは、三つのベリーです」
コルザおねえちゃんは三本の指を立てて、真剣な顔をしている。
「一つ目は、真っ赤なグラナの実。クランベリーに似ていて、美味しそうだけれど、ものすごく辛い実です。ツヤツヤの皮が破けて潰れたところから出てくる汁は、手に染みてとても痛いです。触る前に気を付けましょう」
だから瓶からタマネギがたくさん集まったみたいな臭いがしたんだ。
ぼくは一人でなるほどなぁと思っていた、
「二つ目は、黄色いハルトの実。黄色くてツヤツヤのクリみたいな実だけれど、皮が硬くてどんな動物も食べません。拾って遊ぶのはいいけれど、食べられないので気をつけましょう」
「でもみずにつければ、かわをむいてたべられるんでしょう?」
「それは、さっき聞いたばかりの新しい知識なので、今は置いといてください」
「おいとく?」
「とりあえず黙って聞けってことじゃにぇの?」
「んぅ。わかった」
「じゃあ最後ね。最後の三つ目は、ケルンの実。ブルーベリーに似ているけど、バッテン模様はありません。一口でも食べれば、しばらくその苦くて渋い味がお口の中から消えません。絶対に拾わないようにしましょう」
「でもいろいろしたら、たべられるんだよね?」
「それも一旦置いといてください!」
「えー」
コルザおねえちゃんがちょっと怖い顔でぼくを睨む。また何か言ったら今度は怒られそうだなと思ったぼくは、口をぐっと閉じる。
「とにかく、赤、黄、青の三つのベリーには気をつけましょう。よくよくみんなと見せ合いっこしてから持って帰りましょう! ……が、普通の教え方なんだけど」
「んにゃあ。全部食えるって、証明がここにあるにゃ」
「グラナの実はダメだったじゃない!」
「そりゃあ、生のグラナはもっとやべー味がするし、そにょまま食ったら腹壊すけどにゃ。にぃが今出したのは、ちゃんと味付けしたソースだったろ?」
「あれで?!」
「あれで。ま、コルザにゃ、ちと早かったんだにぃ」
メルはそう言うと辛い臭いのする瓶に新しいスプーンを入れると、ちょっと掬ったのをケルンモチにつけて食べる。
「んにゃぁあっ! この辛いのがたまらんにょよ!」
嬉しそうに辛い真っ赤なグラナソースのかかったケルンモチを食べるメルに、ぼくだけではなくて、コルザおねえちゃんもびっくりして、何も言えなかった。
まるで進んでおりません。
やべーなとは思っております。
いい加減そろそろ三才を抜けようと計画中です。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




