24食目:メルのとっておき
森とそうじゃないところの間に、メルのお家、“メリシェ工房”はあった。
コルザおねえちゃんは、メルが“工房”と言ったその小さくてボロボロのお家を、目を大きく開けて、輝かせながら見ていた。
「これが、魔女様の?」
「そうだにゃ。ばっちゃは工房って呼ぶのはあんまり好きじゃないみたいだけどにゃ」
メルはお家に続く細くて、狭い、そこだけ草が生えていない土の道をスイスイと歩いて行く。ぼくとコルザおねえちゃんもその後ろを付いて、歩く。
道の側に生えている草は、果樹園に生えている草と違ってぼくの膝より上くらいまで伸びていて、歩いているぼくたちの足をこしょこしょとくすぐってくる。
ぼくは足がむずむずするたびに、立ち止まってかいかいしたいのを我慢して、メルの後ろを遅れないように着いて歩きながら、気になっていることを聞いてみることにした。
「ねぇ、なんでメルのおうちはこうぼうってよぶの?」
「そりゃあ、魔女は自分が留まる所を“工房”って呼ぶからだにぃ」
「どうして?」
「おみゃあがさっき座っていた木が置いてあったとこは、村の木工工房だろ? そんにゃ感じで、魔女は魔法を使っていろいろ作る。うちのばっちゃは薬を作っているってわけだに。だから魔女が何処かに留まったら、そこは魔女の、魔法の工房ににゃるってわけだ」
「……ふぅん?」
「……おみゃあ、絶対わかってにぇだろ」
「……わかっているもん」
何かを作るための場所を工房って呼ぶのはわかっているし、メルのおばあちゃんが薬を作る場所だから、メルのお家を工房って呼ぶんだってこともわかっている。
だけどその工房にコルザおねえちゃんが、目をキラキラさせて喜ぶ理由がわからない。工房が素敵だと思うなら、広場にあるジマーマンさんの木工工房の方が、正直に言ってしまうとメルのお家よりもすごく大きいし、綺麗なはずなのに。
わからないなぁと思っているうちに、メルのお家の玄関に着いたけど、そこでコルザおねえちゃんの足が止まってしまった。止まったコルザおねえちゃんの顔を見ると、さっきまではあんなに楽しそうに目をキラキラさせていたのに、今はコルザおねえちゃんには珍しく、心配そうな顔をして、ジッとメルのお家のドアを見つめている。
「コルザおねえちゃん?」
「……ねぇ、本当にあたしたちが入ってもいいの?」
「んにゃ? ばっちゃからもちゃんと、許可はもらってるぞ」
「でも、工房なんでしょう?」
「一応にゃ。でもただ単に、ばっちゃがここにいるから、工房って名乗らざるを得にゃくにゃっただけって感じだけどにぃ」
ぼくはメルとコルザおねえちゃんが何をお話しているのかわからなくて、首が傾いてしまう。
「どうしてはいっちゃダメなの? メルのおうちでおしえてもらうことがたくさんあるから、おうちにいかないといけないし、そのためにサージおねえちゃんがたくさんサンドイッチとか、マイスライデボールとかをつくってくれたのに」
「それは、そうなんだけど! ……でも、やっぱり工房は大事なところだから」
「んにゃあ。あれだろ? コルザが心配してんにょは、工房が持つ技術の秘匿とか、そういうのを破るんじゃにぇかってやつだろ?」
ぼくにはまるでわからない話だけど、コルザおねえちゃんが何を心配しているのか、メルにはわかったみたい。メルが言った難しい言葉にコルザおねえちゃんは首を縦に何度も振って頷いている。
「学校で習ったの。どんな工房でも、それを作るためにたくさんの秘密の技術を大切に、大切に守って来たんだって。どんな工房でもそれを守るために、自分の工房で働いている人以外にはその技術を教えたりしないし、その秘密が外に出てしまわないように、簡単に人を工房へは入れたりしないんだって」
「それが魔法の工房にゃら、さらに工房が持つ秘術やら、独自の魔法やらがそこらに溢れている。だから普通の工房よりも、もっと気を付けにゃきゃ! だろ?」
「うん。ましてや、魔女様の工房だもの。いくらその工房がメルの家で、あたしたちには教わることがたくさんあるとしても、本当に入っていいのか……」
「にゃははは! コルザはサージ様と違って、勢いがあるから、そんにゃこと全然気にしないんだと思ってたにぃ」
「失礼ね! あたしだって常識ぐらい知っているし、馬車を呼べるだけで、村中で威張って踏ん反り返っているジョゼットなんかより、ずっとものを考えられるんだから!」
「んにゃあ、そうみたいだにゃ。にぃはまだあんまし、あにょいけ好かにぇお嬢様のこたぁよく知らにぇけど、コルザにょが賢そうだと思う。ばっちゃも同じ考えさ。だから今日、おみゃあらがうちに来ることも、入ることも、ばっちゃは許している。仮におみゃあらが、ここでのことを知っても、悪いようにゃしにぇだろうしにゃ」
メルがボロボロで小さい木のドアを押すと、暗いお家の中から、たくさんのすごく苦い臭いと、お日さまで乾かしたものの香ばしい匂い、それから時々、おとうさんが飲むおさけからするツンっと鼻に突き刺さるような臭いが、勢いよくぼくの鼻に入ってきて、ぼくは思わず鼻を両手で押さえてしまった。
ぼくの横に立っているコルザおねえちゃんも、鼻に皺が寄るぐらいに顔をしかめている。
メルはそんなぼくたちを見ると、ニシシと笑いながら、手でぼくたち呼ぶ。
「薬臭ぇかもしんにぇけど、そんにゃん気にする暇もにぇぐらい、こん中で覚えるもんが待ってるぜ」
コルザおねえちゃんは、ほんの少しだけ悩んだけれど、ギュッと、サンドイッチたちが入っているカゴを握ると、足を前に出した。
ぼくも鼻を両手で押さえたまま、メルのお家に入る。
ボロボロの小さな木の扉が、メルの手でギギギィと言わせられながら、閉められた。
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メルのおうちの中は外よりも暗くて、そのせいで、ぼくの目はちょっとだけ見えなくなった。
見えないままちょっとだけ歩いたら、何かに思いっきり顎をぶつけてしまった。
痛くて思わずしゃがんだら、今度はおでこもぶつけて、思わず鼻を押さえていた両手を離したら、苦くてツンとする臭いがぐんっと鼻に入ってきて、痛いのと臭いのとで涙が出てきた。
「ニシシッ、おみゃあら無闇矢鱈に動くにゃよ。暗がりに目が馴染むまで待ちにゃ」
「な、なんで、メルのおうちはくらいの?!」
「うちにゃあ、日に当てちゃ良くにぇ薬の材料とかがたくさんあっからにゃ。あんま明り取りの窓は開けられにぇんだ」
「でも、暗すぎて困らないの?」
「んにゃあ。慣れりゃあ全然だに。おみゃあらもそろそろ慣れてきたんじゃにぇ?」
メルの言う通り、ぼんやりとぼくの目はメルのお家の中が見えるようになってきた。
ぼくがぶつかったのは、テーブルだったみたい。
でもメルのお家のテーブルの上は、ぼくの家と違ってパンの入っているカゴは置いてなくって、なんだかぼくの知らない物がたくさん置いてあった。
小さい白いお皿が三つ、そこには何に使うのかわからないスプーンよりも小さな木の棒が刺さっている。これでスープを食べるのは難しそう。
真っ黒で、大きなパンを半分にしたみたいなお皿には、時々見る馬車の車輪みたいな丸いものが入っている。
それからたくさんの茶色や青や緑色の小さなビン。中になにがはいっているのか全然わからないし、何か文字の書いてある紙が貼ってある。
どれもこれも、ぼくが見たことのないものでたくさんだった。
「ルカ、テーブルの上のもんに触んにゃよ。落ちたら割れるし、割れたら薬を作れにゃくにゃるからに」
「……さわらないよ」
「ねぇ。このぶら下がっているのも、薬の材料なの?」
コルザおねえちゃんが見上げる方を向くと、いろんな形の草が紐で縛られて、まるで天井から逆さに生えているみたいにぶら下がっていた。
「半分くらいはにゃ。もう半分は、薬と食いもんの両方だに。コルザ、カゴはテーブルのどっか空いているとこにでも置いてその辺の椅子に座ってくれ。ルカもだ」
「置きたいのは山々なんだけど、このテーブルの上の物に触らないと難しいと思う」
「んにゃあ……じゃあそこのすり鉢、白いやつにゃ。そいつをくれよ。こっちによかすから。薬研は重いからにぃたちじゃ無理だ。薬研はその黒いやつにゃ。薬ビンどもは薬研の側に寄せといてくれ」
コルザおねえちゃんがメルの言う通りに物をどかしている間に、ぼくは座れる椅子を探した。
たぶんこれが椅子なんだろうと思う物を二つ見つけたけれど。
「メルー! いすのうえにたくさんほんとか、ぬのとか、カゴとかのっているんだけど、どうすればいい?」
「んにゃあ、そっちもか。割れそうにゃもんにゃいよにゃ?」
「たぶん」
「んじゃ、そこらの棚か、木箱によかしてくれ」
メルはそういうけれど、椅子の上に乗っている物を、どこか別のところへどかすのはなかなかに大変なお仕事だった。
なぜなら、どこか他のところには、もう別の何かが置いてあるし、別の何かは平らじゃないから、本やカゴは乗せられない。それに本はサージおねえちゃんが読んでいるものよりもずっと大きくて、ひとつ持ち上げるだけで精一杯。
布も思ったよりも重たいし、ちゃんと抱えているはずなのに、どうしてかぼくの腕から逃げるように滑り落ちていく。
結局、テーブルの上を片付け終わったコルザおねえちゃんとメルが手伝って、ようやく何もなくなった椅子にぼくとコルザおねえちゃんが座れるようになった。
「さてと、これでやっと本題に入れるにゃ」
「本当に、やっとね」
「ぼくおなかすいちゃったよ……」
「でもまだお昼には早いんじゃない?」
「まぁ、ちょっと早いかもしれにぇけど。おみゃあらが普段どんなもん食ってんにょか、にぃも知っておきてぇし、早めの昼飯ってのも悪くにぇよにゃ」
「んぅ? サージおねえちゃんのサンドイッチは、メルもいつもたべているじゃないか。ぼくがなにたべているのかも、このあいだおはなししたよね?」
「……察しの悪ぃ坊ちゃんだにゃ」
「んぅ?」
「あたしはそこまで察しが悪くないから、早めのお昼ごはんに賛成!」
「っしゃあ! そうこにゃくっちゃにゃっ!」
メルはそう言い終わるよりも早く、テーブルの上に置いてあるカゴの中へ手を伸ばしていた。
メルはカゴからたっぷりのガルバ鳥のお肉が挟まったサンドイッチを選んで取り出すと、何故か両手をパンっと合わせてから「いただきます」と言って、かぶりついた。
「メルのいただきますは、なんだかぼくたちのとちがうね」
「メルが来たっていう、西の国だと、そういう方法なの?」
「……んにゃあ。たしかにこの辺りの国のやり方じゃにぇ、らしい。ま、おみゃあらは慣れたやり方でやりゃあいいにぃ。いただきますは、どこの世界でも大事な事だろ?」
ぼくもコルザお姉ちゃんも、よくわからないまま、いつもみたいに、“いただきます”のお祈りを両手を組んでする。
ぼくはニンジンとタマネギの入っていないサンドイッチを探して、見つけたハムとチーズの挟まっているサンドイッチに手を伸ばすと、コルザおねえちゃんも同じサンドイッチに手を伸ばしていた。
「ルカ、あんたたまには、ちゃんと野菜を食べた方がいいわよ。この間倒れたんでしょう? 栄養が足りてないのよ」
「コルザおねえちゃん、きのうのよるはベーコンのおかわりをしたでしょ? ぼくはベーコンがまんして、やさいスープをたべたもん。おひるはハムとチーズがいい」
「あたしは朝ご飯にもちゃんとトマトとロケッタも食べたもん。お昼にお肉食べないとお腹が膨れないじゃない」
「ぼくニンジンとタマネギのすづけたべられないもん!」
「あたしだって苦手だもん!!」
「そんにゃに嫌にゃら、にぃがもらうぜ」
そう言って、メルはニンジンとタマネギのサンドイッチを持って行ってしまった。
残ったのは、ぼくとコルザおねえちゃんが取り合いをしていたハムとチーズのサンドイッチと、トマトとベーコンとロケッタのサンドイッチだけになってしまった。
トマトは嫌いじゃないけど、ロケッタは食べる前から苦い臭いがずっとする葉っぱの野菜で苦手だ。ぼくはこっちも食べたくない。
それはコルザおねえちゃんも同じで、ぼくたちはしばらくハムとチーズのサンドイッチのために睨み合っていたら、メルがサンドイッチを食べ終わった手を舐めながら、なんて事もないようにぼくたちに話しかける。
「にゃあ、そんにゃんで睨み合うにゃら、おみゃあらはにぃが普段食べてるもんを食ってみにぇ? そもそも、今日はそれを覚えに来たんだろ?」
「……たしかに」
「……そうかも」
「んじゃ、これは全部にぃがもらうにゃ」
ぼくたちがサンドイッチから手を離した途端に、メルはカゴを引っ張って行った。
ぼくとコルザおねえちゃんは思わず、顔を見合わせてから、メルを見つめてしまった。
「にゃ、にゃんだよ。あ、カゴか? カゴはすぐに返さにゃいとダメにゃんか?」
メルが慌ててぼくたちとカゴを交互に見るから、思わずコルザおねえちゃんがぷっと笑う。
「カゴはサンドイッチとマイスライデボールを全部食べてからでいいよ。今、全部食べちゃうのは大変でしょ?」
「にゃ、にゃあ……そうだに。食べ終わったら、ルカに渡して、返すにゃ」
メルはちょっと恥ずかしそうにしながら、カゴから手を離して、元の場所に戻した。
ぐぎゅゅゅるるる……
「……相変わらず、おみゃあの腹には魔物が住んでんにゃ」
「だから、ぼくのおなかはぼくのものだってば。でも、おなかすいた……」
「んじゃ、にぃのとっておきを出してやるにゃ」
メルはそう言うと、部屋の隅に置いてある、水瓶の中を覗き込んで手を伸ばすと、一枚の木じゃないお皿を取り出して、ぼくたちの前に置いた。
お皿の中には、なんだか白くてプルプルとした見たことがないものが乗っていて、ぼくもコルザおねえちゃんも首を傾けてしまった。
「メル、なぁにこれ?」
「あたしも見たことない。本当に食べ物なの?」
「ちゃんと食べ物だぞ。しかもすごくたくさんのま……栄養があって、腹持ちもする」
「なんていうの?」
「んにゃあ……こっちだとにゃんだったっけかにゃあ? ぶーにゃんじぇとか、にゃんとかって、ばっちゃが言っていたけど、にぃはそっちよりも、モチって呼び方の方がしっくりくるにゃ」
「もち?」
「んだにぃ。ビブラオケルンって木の実から作った、ケルンモチだに」
進まない本編。
まぁ、のんびりやらせてくださいな。
ルカくんが意外と何も知らないのと、
メルちゃんがやたらとなんでも知っている秘密については、
いつ、明かされるのやら。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




