23食目:マイスライデボール
毎日、毎日、段々と暑くなってきた日。
ぼくとコルザおねえちゃんは、村の中央広場でメルを待っていた。
コルザおねえちゃんの抱えている大きなカゴの中には、たくさんのサンドイッチや、瓶に詰まった酢漬けの野菜に、ジャム、それから、黄色いマイスライデを乾かしてできた粉で作った丸いお菓子、マイスライデボールも入っている。
コルザおねえちゃんは、なんだかうきうきしながらジマーマンさんの工房の横に置いてある木の上に座って足をぷらぷらと動かしている。
「コルザおねえちゃん、すごくたのしそうだね」
「だってメルのおばあちゃんは薬売りで、……魔女なんでしょう?」
コルザおねえちゃんは一度キョロキョロと周りを見渡してから、魔女って言葉を小さい声で言う。だけどその声はすごくワクワクしている。
「たぶんそうだけど、どうしてそれがたのしいの? ……まじょって、こわいんじゃないの?」
「怖いと思っているのは、魔女の事をちゃんと知らないから。魔法の先生はそう言ってた」
「じゃあコルザおねえちゃんは、こわくないの? その、まじょのこと」
「もちろん! 魔女は怖くない。それどころか、偉大存在なんだから! 魔女はね、上級以上の魔力を持っているから、すごく強い癒しの魔法だって使うことができるの。あたしがこれから覚えることができるどんな癒しの魔法よりも、強くてすごい魔法が使えるの。だからお城に住むことだってできるんだよ!」
コルザおねえちゃんは、魔女が怖くないみたい。それよりもすごく強い魔力を持っている魔女に会えるかもしれないことをとても楽しみにしている。
もしかしたら、コルザおねえちゃんはぼくが獣憑きだってわかっても怖がらないかもしれない。
「ねぇ、コルザおねえちゃん。もし、ま……」
「それ以上“魔女”って言うと、さすがに他の人間に聞かれるかもしれにぇぞ」
ぼくの耳のすぐ近くで急にメルの声がして、ぼくはびっくりして座っていた木の上から転がり落ちてしまった。
「もう! メル、びっくりさせないでよ!」
「にゃはははは! ちょっと新しいこと練習していてにゃ。びっくりさせられるか、試してみたんだ。おみゃあの反応みるからに、大成功ってとこだに」
「あたしもびっくりした! メル、何の音も立てずに出てきたし、急に声がしたんだもん。どうやったの?」
「んにゃあ……そだにぃ……。“忍び足”の練習だにゃ。最近ちょいとコツを掴み始めたから、驚かせようと思ってやってみたんだに」
メルの目がコルザおねえちゃんを見ようとしないで、キョロキョロしていた。
ぼくがちょっとだけ鼻を効かせると、苦くて香ばしいメルの匂いがすぐにした。
「メル、もしかしてしのびあしって、ま」
「しっかし、デッカいカゴだにゃあ。何が入ってるんだ、これ」
たぶん、“しのびあし”はメルが新しくできるようになった、身体強化の魔法なんだと思う。
でもメルは魔法のことは出来るだけ内緒にしたいから、ぼくが魔法って言う前に、わざとコルザおねえちゃんに話しかけたみたいだった。もしかしたら、そんなことをしなくてもいいかもしれないのに。
ぼくはメルにそう言おうかなと思ったけれど、コルザおねえちゃんが先にお話を始めてしまったから、言えなくなってしまった。
「おねえちゃんが張り切っちゃって、サンドイッチだけじゃなくて、マイスライデボールもたくさん作ったの」
「マイスライデボール? にゃんだ、そりゃ」
「マイスライデの粉で作ったクッキーだよ。まん丸で、ボールみたいなクッキーだから、マイスライデボールって言うの」
「へぇ! 菓子か! にぃ、あんま食べたことにぇや」
「え、じゃあ普段甘いものとか食べないの? 何食べているの?」
「んにゃあ。そにょ話の続きは、にぃんちでやろうぜ。そもそも、それを教えるために、今日はルカだけじゃにゃくって、コルザにも来てもらったんだからにゃ」
本当に教えてもらうのは、メルが何を食べているか、じゃなくって、何を食べたら魔力が溜まりやすいのか、なんだけど、ぼくもメルも魔法のことはまだ秘密にしたいから、おねえちゃんたちには、薬売りさんのお家に住んでいるメルが、普段食べている身体にいい食べ物を教わる、ってことになっている。
メルが出発しよう、と手を動かしたから、コルザおねえちゃんも木の上から降りて、嬉しそうにちょっと走ってメルの横に並ぶ。
ぼくも置いていかれないように、慌てて二人の後ろへ走って付いていく。
「カゴの中はサンドイッチと菓子でパンパンにゃのか?」
「あ、そうだった。母様もね、これからメルにも、メルのおばあさまにもお世話になるからって、うちで作った酢漬けとかジャムのお裾分けも入っているよ」
「大盤振る舞いだにゃあ。にゃんか、やっぱし、そんにゃに気を遣わせて悪いにゃ」
「気にしなくていいよ。本当は母様も一度、メルのおばあさまには挨拶したかったみたいなんだけど、癒しの日なのに、父様と一緒に急に町に行く仕事ができちゃって。夜には帰ってくるみたいだけど」
「んにゃあ。にぃんち、そんなにデカくにぇから、人がたくさん来るにゃあ困るぜ」
「じゃあ、今日は丁度いい感じ?」
「んだにぃ。それにコルザとにゃら、にぃも話しやすい」
「あたしも、メル話しやすくて好きだよ! あーあ、学校にもメルが居たらなぁ。そしたら楽しいのに」
「にぃはまだ五歳だから、学校には行けにぇよ」
「え、そうなの?!」
「ルカから聞いてにぇのか?」
二人の目がぐるりとこちらを見る。
ぼくは怒られている気持ちになって、つい二人から目を逸らしてしまった。
「……だってコルザおねえちゃん、メルのとしのおはなしはしなかったよ。いっつも、『どっちがかけっこでかったの?』とか、『はしるのじょうずになったの?』とかばっかりで」
「ルカだってメルのことは、『意地悪だー!』とか、また『笑われたー!』とか、そんなことばっかりしか話さないじゃない」
「へぇ、意地悪にぇ?」
メルがニヤリと笑いながら、ぼくの方をジッと見つめてくる。怒ってはいないけど、いつか絶対にこの事で、ぼくにちょっといじわるな事を言ってくることだけは今でもわかった。
「も、もういいじゃないか! メルのいえにはやくいこうよ!」
「んだにぃ。おみゃあらに覚えてもらうこたぁ、結構多いからにゃ。さっさとにぃんちまで歩いて行って、覚えてもらわにゃあ、カゴん中のサンドイッチも食えにぇ」
「多いって、どれくらい多いの?」
「そりゃあ、おみゃあ、今採れるやつから、秋に集めとくやつとか、あ、保存の方法とか、料理の仕方によっても、いろいろ違ってくるからにゃ。とにかくたくさん。だにゃ」
とにかくたくさん覚えなければいけない。
そうわかったコルザおねえちゃんは、すごくがっかりした顔になった。
「あたし、そんなに覚えるの得意じゃないんだよなぁ。おねえちゃんなら、得意なのに」
本当なら、お料理のことも、お買い物のことも詳しくて、本の内容なら何度か読めば覚えてしまうサージおえねえちゃんが、ぼくと一緒に行くはずだったんだけど。
「……にゃあ、聞いてもいいか? にゃんで、サージ様はにぃんち、というか、たぶん森、だよにゃ? にゃんで、あんにゃに森を怖がっているんだ?」
あの日、ジョゼットがさっさとおうちに帰ってしまってから、ぼくたちはいつメルのお家へ行くかお話したんだけれど……
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「それで栄養のある食べ物について、教えてもらうために、メルちゃんのお家へわたしとルカが行けばいいのね? お弁当を持って」
「んにゃあ、そんにゃにお気遣いいただかにゃくて、いいですにゃ……」
「いいの。わたしがしたいんだから。ところで、お家はどこにあるの?」
「森の近くの小屋をお借りして、そこに住んでいますにゃ。誰も使ってにぇって言うし、ばっちゃの作る薬には、森で採れる物も使うから、採りに行きやすくて……サージ様?」
サージおねえちゃんの顔が怖くて固まってしまっていた。
サージおねえちゃんは森が怖い。
それはぼくが人間のルカになった時からずっとそうだったし、昔ほどじゃないけれど、森って言葉がちょっとでも聞こえると、サージおねえちゃんは怖くて固まってしまう。
家族だけじゃなくって、この村に住んでいる人は、何故だかみんなそれを知っているみたいだから、サージおねえちゃんの前で森のお話はしない。
でもメルはそれを知らないから、サージおねえちゃんの顔が怖くて固まってしまった訳がわからなくて、困っている。
「あの、サージ様?」
「あ、ご、ごめんなさい。その、わたし……」
「ねぇ、メル。それ、あたしが代わりに行ってもいい?」
困っている二人の間にぴょこっと割って入ってきたのは、コルザおねえちゃんだった。
「メルのおばあちゃんって、薬売りさんなんでしょう? あたし、癒しの魔法の勉強をしているから、薬の材料とか、身体にいい食べ物とかにも興味あるんだ。ね? だから、いいでしょう?」
メルは今度、コルザおねぇちゃんの勢いに困ってしまっている。
「えーと、にぃはそれでも構わにぇけど……」
「じゃ、決まりね! 行くのは……次の癒しの日でいい? 癒しの日はみんなお休みだから、あたしも学校ないの!」
「それは一旦ばっちゃに相談してみにぇと……」
「じゃあ、決まったらルカに伝えておいて! おねえちゃんもルカもそれでいいでしょ?」
「わたしは構わないけれど……」
「メル、ほんとうにだいじょうぶ?」
メルはちょっとだけ悩んだけれど、サージおねえちゃんをチラッと見てすぐに答えた。
「大丈夫だ。ばっちゃに次の癒しの日で問題なゃいか、ちゃんと聞いておきますにゃ」
メルがそう言った次の日には、コルザおねえちゃんがお願いした日で大丈夫だと、ぼくはメルから聞くことになった。
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「この村は四方八方が基本的に森に囲まれてる。町に行くにしても、森を抜けにぇと出られない。おみゃあたちの家がいくら丘の上にあって、森と少し距離があるってったって、森と生活は切り離せにぇだろ? にゃにょに、サージ様は言葉を聞くことすら怖がっている様に見えた。余所者のにぃが聞いていいことじゃにぇ気もするけど、気ににゃってにゃ」
「……そういえば、ぼくもきいたことない。サージおねえちゃんが、なんでもりがこわいのか」
「……おみゃあ、家族のことくらいは知っておけよにゃ」
「だってサージおねえちゃん、もりってちょっとでもきこえると、すぐにこわいっておもっちゃうんだもん。おうちできけないよ」
「んにゃあ……それもそうか……」
「だから、コルザおねえちゃん。ぼくとメルがきいてもいいならおしえて? どうしてサージおねえちゃんは、もりがこわいの?」
「えーと、うーん」
ぼくとメルはコルザおねえちゃんがうんうんと唸って、腕を組んだり、空を見たりするのをしばらく見ていた。
ようやくコルザおねえちゃんが話してくれそうになった時には、もう村の広場はずっと遠くになっていて、ぼくたちは森の入り口のすぐ近くまで歩いてきていた。
「……あたしも、実は詳しいことは知らないの」
「え?」
「そういうもんにゃんか?」
ぼくとメルは思わず顔を見合ってしまった。
「あのね。二人とも不思議そうにしているけど、あたしだってあの時はまだ四歳だったし、お留守番もしていたから、そんなに詳しく覚えてないものなの! ……それに、ルカの言う通り、うちで森の話は出来ないもん。おねえちゃんが怖がるのもあるけど、母様も父様も、その話はしたくないみたいなの」
「大人ですら、話したがらにゃいような、何かがあったってことにゃんか?」
「そう。あたしたち子どもたちが教えてもらえたのは、三つのルールだけ。
三人より少ない人数で森へは行ってはいけない。
必ず七歳より年上の子どもが一人はいなければいけない。
十の月になったら、子どもだけで森へ行ってはいけない。
この三つを必ず守ること。さもないと……」
「さもないと……?」
コルザおねえちゃんの足がピタッと止まった。どうしてだか、ずっと下を向いていて、動かない。
「……コルザおねえちゃん?」
ぼくがコルザおねえちゃんの顔を覗き込もうと近づいたら、急にコルザおねえちゃんがガシッと、ぼくの肩を勢いよく掴んで、ガバッと怖そうな顔でぼくを見ていた。
「さもないと、夜の精霊様が月の裏側へ連れ去ってしまうからよぉおおおお!!!!」
ぼくもメルもちょっとびっくりしたけど、びっくりしただけだった。
コルザおねえちゃんは、びっくりしただけのぼくたちに逆にびっくりして、目をパチクリとさせた。
「……あれ? 二人とも怖くないの?」
「にぃはぜんぜん、怖くにぇけど」
「なんでよるのせいれいさまは、つきの、うらがわ? につれていっちゃうの? つきのうらがわにはなにがあるの?」
「ルカにいたっちゃ、何が怖いにょかもわかってにぇにゃ」
「えー! 何それ、つまんない。他の小さい子はみんな怖がるのに。……というか、ルカは何でわからないの? おねえちゃんがたまに精霊様の絵本読んでくれているのに」
サージおねえちゃんはおかあさんが忙しい時には、ぼくが寝る前に絵本を読んでくれる。
だけど、
「だってすぐねむくなっちゃうんだもん……せいれいさまのおなまえはちょっとわかるけど、ほかのところはねちゃっているから、おぼえていられないよ」
「寝つきのいい坊ちゃんにゃんだにゃあ」
「ルカがお話を覚えてないから怖くないのはわかった。メルはなんで怖くないの? お話は知っているんでしょ?」
「んにゃあ。たしかにばっちゃが話してくれっから、大概の話は知ってるけどにゃ。そんにゃ子どもだましの話よりも、旅をしていた時に顔を合わせたあれこれにょ方が、もっと怖いにゃ」
「ふぅん。そっか。旅をしていたから、メルはちょっと大人みたいな話し方が出来るんだ?」
「……ま、そんにゃもんだにぃ。んだけど、コルザだって学校行ってるにょもあるからだろうけど、しっかりした話し方するよにゃ」
コルザおねえちゃんはちょっと困った顔になった。
「町の学校で少しでも魔力を持っている生徒は、みんな年上なんだもん。みんなと話をするためには、大人みたいな話し方が出来ないと……仲間に入れてもらえないの。そ・れ・に、こう見えてもあたし、一応、村長の娘だから、しっかり話せないと、ね!」
ふふん。と、コルザおねえちゃんが笑うのを見たメルが、それに引っ張られたようにニッと笑った。
「んにゃら、そのうちルカも、しっかり話せるようににゃらにぇとダメそうだにゃ」
「そうね。まぁ、そのうちに。だけど」
「んぅ? ぼくはちゃんとおはなししてるよ?」
犬だった時とも、赤ちゃんだった時とも違って、ぼくの口は上手く動いて喋れるようになった。まだよくわからない言葉はあるけれど、それでもちゃんとお話は出来ていると思う。
それなのに、コルザおねえちゃんとメルはお互いに顔を見合わせて、クスクスと笑う。
「なに? なにがおかしいの?」
「今はなんでもなーい」
「んだにゃ。にゃんでもにゃい、にゃんでもにゃい。そんにゃことよりも、ほら、着いたぞ」
メルが指差すその先にあったのは、ボロボロに見える小さなお家で、そこからはメルからよくするとても苦い臭いと、香ばしいお日様の匂いが混ざってぼくのところへ届いた。
「これが村長様からお借りしている、にぃとばっちゃが住んでる家で、ばっちゃの工房だ」
メルはとても嬉しそうに笑ってぼくとコルザおねえちゃんを見た。
「ようこそ。メリシェ工房へ」
そんなわけで、お宅訪問しようと思ったら、
お宅の手前で終わってしまいましたね。
次こそ、レッツお宅訪問!
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




