19食目:身体強化と交換こ
もうすぐ月の色が変わりそうだけれど、今日も今日とて、ぼくは果樹園でメルと追いかけっこをする。
今まではメルが果樹園に来たのをぼくが見つけたら追いかけっこを始めていたけれど、最近はメルが来たのがわかったら、先に走ることにして見ている。
ゴールはもうすぐ実が収穫できるツッカバオムの木。
メルの薬臭い苦い匂いが鼻に届いたら、ぼくは一目散にツッカバオムの木まで走っているのに、結果はいつもメルの勝ちで、ぼくはクタクタに疲れて負けて寝そべるしかない。
「メルはずるい!」
「にゃにがだにぃ」
メルはぼくとわけっこした、にんじんのサンドイッチにかぶりつきながら、ぼくの方をチラッと見る。
ぼくはレタスとささみをほぐしたサンドイッチの最後の一口を飲み込んで、メルの何がずるいのかを話す。
「だって、メルはけものつきのまほうつかっているでしょ? それで、きをとびうつったり、はやくうごいたりできるんでしょ? ぼくはそんなことできないのに!」
「獣憑きの魔法じゃにゃあて、身体強化の魔法にゃ。ずるいって言うが、にぃはそれができるのが当たり前だし、それに、にぃはおみゃあみたいにゃ高性能の鼻レーダーはにぇ。おみゃあ、にぃが果樹園に足を踏み入れたら鼻で感づいて、先に走ってんだろ? それ、ずるじゃにゃあの?」
「それは、そうかもしれないけど……」
でもそのずるをしても、ぼくはメルに追いつけないし、いっつも負けてばっかり。身体はクタクタになるし、サンドイッチのお昼ごはんだけじゃ足りない。
追いついた先のメルは全然疲れてないし、いっつも木の上から負けたぼくを面白そうに見下ろしてくる。
「……でもやっぱり、メルはずるい」
「んにゃ、理不尽にゃ」
「ぼくがメルにかてるほうほうをおしえてくれないなら、これからおひるのサンドイッチ、わけてあげないから!」
「にゃんちゅう、横暴さだにぃ……」
最初のうち、メルはぼくのことを呆れ返った目で見ていたけど、今日のサンドイッチの最後の一欠片を食べて、指を舐めているうちに、目と目の間をぎゅっと寄せて、うーんと考え込み始めた。
考え込みすぎて、ぎゅっと目までつぶってしまって、何にも話さなくなってしまったから、寝てしまったのかなと、顔を覗き込んだ途端に、パッと目が開いて、驚いたぼくは後ろに転がってしまった。
「しゃあにぇ。タダ飯に変えられるほどの対価はにゃし。教えてやる。その代わり、今日の分のおやつも多めにもらう」
「うぇ?」
「魔力を使うと腹が減る。おみゃあも知ってんだろ?」
「そういえば……」
「にぃはおみゃあみたいに、大量に飯が食える環境じゃにゃあからにぃ。おみゃあに教えるために、魔力使ったら、さっきのサンドイッチと今日の飯だけじゃ賄えにゃい。わかったら、後でおやつも寄越しにゃ」
「……わかった」
ぼくが返事をすると、メルは嬉しそうに口をニィッと上げて、スッと立ち上がった。
「ほいじゃ、まずはおみゃあがどうやって、その高性能な鼻レーダーを使っているのか、教えてもらおうかにぃ」
「どうやって?」
「そう。犬みたいに鼻が効きゃいい、だけ以外にも、おみゃあがやってることを見せてみにゃ」
「えぇっと……」
ぼくはいつもみたいに、鼻がよく効くようにと考える。それからお腹の中がポカポカと暖かくなったら、それが身体中に広がるのを待つ。身体中がポカポカになったら、犬だった時のように鼻を動かそうとすれば、メルがツッカバオムの木に、果樹園のどの木を使って来たのか、スヴェンおじさんの今日のお昼ごはんもぶどうのパンだったことや、おばさんたちが今どこのりんごの木をお世話しているのかがわかる。
「……にゃるほど。ルカ、にぃは今日、どっから来たか、言ってみにゃ」
「……はしがある、かじゅえんのいりぐちのあるそばのもりから、サクランボのきをななつつかって、あっちのきから、ツッカバオムまでとんできた」
「よし、やめていいぞ。しっかし、鼻の精度は本当に高いにゃあ」
「せいかい?」
「にぃがここに来るまでの道順はあっているにゃ。だけどおみゃあ、魔力の使い方は、だいぶ下手だにぃ」
「うぇ?」
「今の使い方のままじゃあ、にぃとおんにゃじ動きは絶対できにぇにゃ!」
メルは楽しそうにケケケと笑うけど、ぼくは楽しくないし、嬉しくない。
「ぜったいって、じゃあぼくはメルにぜったいかてないってこと?! かてるほうほうおしえてくれるんじゃないの?!」
「今のままじゃ、勝てにぇけど、これから勝てる方法を教えてやるんじゃにゃーか」
「……ほんとうに?」
「約束は守る。おみゃあんとこの上の姉ちゃんが作る飯は美味いからにゃ。それがこれから食えにゃくにゃるようなこたぁ、にぃはしにぇよ」
メルはぼくの苦手なニンジンが挟まっている方のサンドイッチを食べてくれるし、タマネギの酢漬けの方もちょっと嫌な顔をしても食べてくれる。
メルが教えてくれないなら、ごはんをわけないって言ったけど、そうすると嫌いな中身が入っているサンドイッチを食べなくちゃいけなくなるから、ぼくもちょっと困る。
だからぼくは、サンドイッチのためにメルがちゃんと教えてくれるって言ってくれたことに安心して、メルのそばにきちんと座り直した。
「ほいじゃ、教えてやるかにぃ。おみゃあ、魔法はどうやって使うんだと思う?」
「どうやって?」
「おみゃあの考える魔法ってやつがどうして使えるのかを、話してみにゃ」
「え、えーと。いぬのときみたいにはながきけばいいってかんがえると、おなかがあったかくなって、からだもあったかくなるから……からだがあったかくなると、つかえる?」
「感覚は間違ってにゃいにぃ。その身体があったかくなる感覚ってにょが、にぃたちの身体の中に蓄えられた魔力を動かすって感覚だに」
「まりょくを、うごかす」
メルは頷くと、指を使って簡単な人の絵を地面に描いて、お腹を指差す。
「にぃたちは、食ったもんから魔力をもらう。だから魔力は腹の近くに溜まりやすい。その溜まった魔力を使うために動かすから、腹から身体に力が広がっていくように感じるんだ」
「じゃあ、あったかいのは、まりょく?」
「そうだに。そうやって魔力が使いたいところに行き渡ると、身体強化の魔法が使える」
「あれ? じゃあ、ぼくのつかいかたは、まちがってないの?」
「間違ってはにゃい。けど、使い方が下手にゃんだ」
「へた?」
「おみゃあ、身体中に魔法が満ちるまで待つだろう? それだと、効率が悪いし、力も使いにくいんだ」
「こうりつがわるい? つかいにくい?」
「んだにぃ。おみゃあ、鼻の時とおなじように、身体中に魔力が行き渡ってから、そだにぃ……」
メルは立ち上がると、ツッカバオムの木の正面にある木へ、ぴょっと跳んでいって、大きな声でぼくを呼んだ。
「ここまで、犬みたいに走りたいと思って来てみにゃ」
「いぬみたいに、はしる」
ぼくは身体中があったかくなってから、犬だった時みたいに足が動けって考えてから、走り出してみた。
足はいつもよりも強い力で地面を蹴れた。しばらくはいつもよりも早く走れたような気がするけれど、すぐにいつもみたいに疲れて、息ができなくなってくる。地面も強くは蹴れなくなる。
結局、いつものように疲れ切って、ぼくはメルの足元にべちゃっと寝そべるだけしかできなかった。
「全然、走れにゃかったろ?」
「……さいしょは、ちょっとできた、もん」
「ちょっとだけだろ? おみゃあほどの高性能鼻レーダーが使える魔力量があんにゃら、本来にゃら、あのツッカバオムの木から、この木までにぃみたいに跳んで来られるはずだに」
「そうなの?」
「そうだにゃ。だけども、今のおみゃあにそれはできにゃい。にゃんでだと思う?」
「……メルがいっていた、こうりつがわるくて、つかいにくいから?」
「その通りだ。賢いじゃにゃあか」
メルはニッと笑う。ぼくはメルに褒められて、ちょっとだけ嬉しくなる。
嬉しくなるともうないはずの尻尾が揺れている気持ちになって、お尻がむずむずする。なんだかくすぐったく思えるけど、嫌いじゃない。
「身体中に満ちる程の魔力があんにょは、悪いことじゃにぇ。そんだけ強い力があって、出来ることが多いって事だからにぃ。んだけど、身体中に魔力が満ちてるって事は、それだけ魔力が分散しているとも言える」
「ぶんさん?」
「あっちこっちに散らばってるって事だに。見てろ」
ぼくが言う通りにメルを見つめると、メルの身体中がぼやっと光って、苦くて香ばしい匂いがすると、メルはツッカバオムの木へ向かって、跳びだした。
だけどメルはツッカバオムの木にたどり着けないまま、ちょうど木と木の真ん中ぐらいのとのろで、停まってしまった。
メルは真ん中から歩いてぼくのところまで戻ってくる。
「今のが、魔力が分散して、身体強化が上手く使えてない状態だに。魔力が分散すると、使いたくない場所にも力が伝わって、魔力が身体中から漏れちみゃう。だから、身体強化が上手く使えにゃい」
「でもぼく、はなはよくきくよ? それでもうまくつかえてないの?」
「にぃから見たらにゃ。おみゃあ、身体中から魔力が漏れてんだ。それでもあれだけ鼻が効くってこたぁ、おみゃあの魔力の量は多いんだ。多いから、魔力が分散して漏れてても、鼻にちゃんと魔力が周って、高性能ににゃってる。鼻は一つしかついてにゃあし、顔の真ん中から動きもしにぇ。おみゃあにとっては、ちょっと頑張って集中させれば、できることにゃんだと思うにぃ」
「じゃあ、はしったりするのもおんなじようにすればいいの?」
「んにゃ、走るときはあれじゃあダメだにぃ。足は二本あるし、走ろうと思ったら動かさにゃいとダメだ。そうすると今みたいに魔力が分散しているままじゃあ、魔力がどんだけあっても途中で足らにゃくにゃるし、魔力が渡って欲しいところに行き渡らにぇ」
メルはもう一回身体に力を込める。苦くて香ばしい匂いはするけれど、身体中が光ってはいない。足元だけが、ちょっと光っているような気がする。
メルがグッと地面を蹴ると、パッと跳び上がって、最初に見せてくれたみたいに、ツッカバオムの木まで跳んで行って、また同じように足だけが光っているまま、ぼくの隣に帰ってきた。
「メル、いまあしだけひかっていたね」
「お、わかったか。それにゃら上等、上等。にぃは猫だからにゃ。走るってより、跳ぶって方がイメージしやすいし、やりやすい。跳ぶときは膝をバネにして、地面を蹴るからにゃ。地面を蹴る足に魔力を集中させて、蹴る時に一緒に魔力を外に向かって出してやってんにょさ」
「まりょくをけると、とべるの?」
「まぁ、そにょ考え方でだいたい合ってるにゃ。つまり、おみゃあがにぃみたい、というより、犬みたいに走りたきゃ、足に魔力を集中させて、足から魔力を出すにゃり、足が早く動くようにするにゃり、まぁいろいろやってみにゃ」
「うぇ? おしえてくれるんじゃなかったの?」
「教えたじゃにゃーか、身体強化のやり方を」
「あしにまりょくをあつめて、じめんをける?」
「そう」
「それだけ?」
「それだけだにぃ。にぃは地面を蹴る時に魔力を足の先から出して、強く蹴るって考えると上手くいく。でもこれは、猫の、にぃのやり方だにぃ。おみゃあに合うやり方かどうかは、わからにゃい。だから、やってみろ。なんかおかしかったら教えてやる」
「えぇ……」
「にぃだって暇じゃにゃい。日が暮れる前には、家帰って夕飯の支度をしとかにゃいと、ばっちゃに怒られるんだから。にぃが見てやれるうちに、ほれやってみにゃ」
「……わかった」
ぼくはメルの言う通りに、お腹のぽかぽか、まりょくが足に集まるように考えてみる。
足がずっとぽかぽかしてきたのを感じて、ぼくは人間の走る時の格好を作って、足を踏み出す時に、そのぽかぽかと一緒に足を思いっきり蹴った。
ぼくはバランスを崩して思いっきり転んだ。
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身体強化の魔法をメルに教わってから、ぼくは毎日その練習をする。
魔力で地面を蹴るやり方をすると、蹴る力の方が強くなって、身体が、次の足を出すのが間に合わなくてバランスを崩している。というのが、横で見ていたメルの注意だった。
だからぼくは地面を蹴るんじゃなくて、足に魔力を込めて、魔力に身体を助けてもらいながら走るやり方を練習することになった。
それでも、足を出すのが間に合わなかったり、出した足に次の足を引っ掛けたりして、ぼくはよく転んだ。魔力で力が上乗せされているから、普段転ぶよりもうんと強く、勢いよく転ぶ。
最初のうちは転び方も下手くそだったみたいで、顔から思いっきり転んだり、鼻を地面にぶつけたりして、顔が血だらけになった。
だんだん転ぶのも上手くなってきて、手をついて転んだり、身体を倒して転んだりできるようになってきたけど、転んですり傷だらけになるのは変わらなくって、お家に帰ると毎日おかあさんやコルザおねえちゃんに癒しの魔法をかけてもらって治してもらった。
「ルカはこんなに毎日すり傷ばかりつけてきて、果樹園であの魔女の子と何をしてるの?」
「メルはまじょじゃないよ?」
「じゃあ魔女じゃないメルと何しているの?」
「……かけっこのれんしゅう」
ぼくが身体強化の魔法を使えるのは、家族にも内緒にしておいた方がいい。と、メルは言った。
身体強化の魔法は、獣の精霊様の加護があるか、上級以上の魔力量がないと使えない魔法で、獣の精霊様の加護があれば、普通の人は獣憑きじゃないかを疑うし、上級以上の魔力量を三歳の、それもぼくみたいな村に住んでいる子どもが持っているのも、他の人たち、家族すらも不安にさせてしまうらしい。
だからぼくがもうちょっと大きくなるまで、身体強化の魔法が使えることも、その練習をしている事も、家族にも内緒にしておかないといけない。
コルザおねえちゃんはすり傷をたくさん作ってくるのを不思議そうに思いながら、癒しの魔法をかけてくれる。
サージおねえちゃんは、最初のうちはヨハン先生のところに連れて行こうとしたくらいに驚いたけど、最近は心配そうな顔で、癒しの魔法をかけているコルザおねえちゃんや、おかあさんの後ろから覗き込むくらいになってきた。
今日はおかあさんが手のひらにできたすり傷を、ぼくの両手を包み込んで魔法で治してくれた。
おかあさんはぼくの怪我を治しながら、心配だけど、ちょっと優しく笑って、お話してくれる。
「上手な転び方を覚えて、怪我が少なくなるのは、ルカにとっていいことよ。だけど、あんまり無理をして大きな怪我をすると、母様もコルザも治すことが出来ないから、充分気をつけて練習してね。約束よ」
「うん」
あったかいおかあさんの魔法の光が、手のひらから身体中に伝わって、ぼくを守ってくれるような気がした。
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月の色が明日にも変わりそうな日。
ツッカバオムの木には大きな実が生って、枝が垂れ下がっている。
ぼくはいつも通り、メルと身体強化の魔法を練習していて、転ぶことは減ったけど、どうしても早く動くことができなくて悩んでいた。
「……んにゃあ、なんで早くにゃんにぇんだろにゃあ」
寝転んでいるぼくの側にしゃがんでいるメルは、両手でほっぺたを支えて、ぼくを見下ろしながら言う。
「魔力量も問題なし。やり方も変えたし、魔力集中もしっかりできてるはずにゃにょににゃあ……」
「ぼく、もう、きょう、おなかへってうごけない……」
「上に生ってるツッカバオム、採ってやろうか?」
「ダメだよ。むらのツッカバオムだもん。つきのいろがかわったら、メルもいっしょにおてつだいして、とればいいんだよ」
「んにゃあ。村の奴らの前だと、跳ぶわけにいかにゃいから、ちと面倒にゃ……んにゃ?」
メルはぼくを見て、それからツッカバオムの木を見て、またぼくを見る。
「ルカ、おみゃあ、ちと身体強化でジャンプして、あの枝にぶら下がってみにゃ」
「だからまだツッカバオムは……」
「実を採れって言ってんじゃにぇ。ジャンプしてみろって言ってんだ」
「ジャンプ?」
ぼくは身体を起こして、メルの指差している木の枝を見る。それから、身体中の魔力を足に集めて、グッと踏み込んで、地面を蹴る。
ぼくの指はツッカバオムの枝にあと少しで届きそうな所で止まって、そのまま落ちて尻もちをついた。
「いったぁい!」
「そうか、そうだったんか。やっとわかったにゃ!」
ぼくが痛い思いをしているのに、メルは嬉しそうに笑ってぼくを見る。思わずムッとして、メルをギリっと睨むけど、メルはニヨニヨしている顔を止めない。
「わかったぞ! おみゃあが早くならない理由がにゃ!」
「なんではやくならないの?」
「おみゃあほどの魔力量も力もありゃ、あの枝にぶら下がるくらい、にぃと同じでわけにぇ。簡単にできちまうはずにゃんだ。でもできにゃい。そりゃそうだ。おみゃあとにぃは違うんだからにゃ!」
「いぬとねこってちがい?」
「そっちじゃにぇ。おみゃあ、にぃより、うんと重いんだ」
「……うぇ?」
メルはぼくにビシッと指を差して言う。
「おみゃあ、太り過ぎで身体が上がんにぇんだ!」
子どもの頃、転ぶと、身体中のあっちこっちにすり傷作っては、
大泣きして周囲の大人を困らせた記憶があります。
転び方が大変下手な子どもだったのだなぁと、今なら思えます。
今は、まぁまぁ転び方が上手い大人になったと思います!←
さて、いよいよ若干放置されていた肥満に向き合うこととなりました。
どうなることやら。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




