1食目:おかあさんのおちち
ぼくが人間のルカになってからだいぶたった。
人間って、最初は犬より、目も見えないし、耳も聞こえないから困った。
特に、鼻が犬の時よりも効かないのはすごく困る。だって鼻が効かないと、美味しいモノがきてもわからない。
知らない人は、人間になれば美味しいモノが食べられるって言っていたけど、ぼくが今食べているのは、人間のルカのおかあさんのお乳だけ。
知らない人は噓を付いたのかな? そんな人には見えなかったけれど。
ぼくは毎日、おかあさんからお乳をもらっている。
おしっこやうんちが出て、気持ちが悪いなと思ったら、人間の泣き声で鳴いて、綺麗にしてもらっている。犬だった時も、ぼくは綺麗好きだったから、おしっこをしたらすぐにトイレを綺麗にしてもらっていたんだ。
そうやってしばらく、暮らしている内に、少しずつ、目が見えてきて、犬の時よりもいろんな色が見えるようになってきた。
耳もだんだん聞こえてくるようになったけど、犬の時みたいにたくさんの音は聞こえない。でも、そのおかげで人間のルカの家族の姿や、声がわかるようになった。
おかあさんの名前は“フレディス”っていうみたい。ぼくにお乳をあげている時に、誰かにそう呼ばれて、返事をしているのが聞こえた。
フレディスおかあさんは、お日さまみたいな色のふわふわした毛が生えていて、灰色の目が優しくぼくを見つめては、笑ってくれる。いい匂いがいつもしていて、ぼくがお尻にしているトイレ……じゃなくて、おしめを綺麗にしてくれて、お乳もくれる。
ぼくはフレディスおかあさんが大好きになった。
それから、ぼくにはまたおねえちゃんがいる。それも二人も。
“サージ”おねえちゃんは、おかあさんと違って、ツルツルした、長い毛が生えている。色もおかあさんと違って、いつもぼくが側にいるとあったかいな思っている、かまどってやつの中にいる、ゆらゆら動いているやつみたいな色をしている。
サージおねえちゃんは、ぼくが泣くとすぐに気がついて、おかあさんと同じ灰色の目でぼくを見つめては、おしめなのか、ごはんが欲しいのかをおかあさんに教えてくれる。おかあさんが来られない時は、サージおねえちゃんがぼくのおしめを綺麗にしてくれる。
サージおねえちゃんは、ぼくの欲しいものをわかってくれるから大好きだ。
“コルザ”おねえちゃんは、サージおねえちゃんよりも小さいけど、サージおねえちゃんよりも元気いっぱいに動いている。ぼくが寝ていても、起きていても、泣いていても、くるくるに生えているおかあさんと同じお日さま色の毛を、飛び跳ねさせながら走ってくる。
ぼくが今寝ている、赤ちゃんためのベッドから見えなくなったと思ったら、急にパンの外側みたいな色の目をパッチリ開けて飛び出てきたり、ぼくの足や手がムズムズするまで触っては、笑ってくれる。
ぼくは元気なコルザおねえちゃんのことも大好きだ。
それから、ぼくが寝ていると急に出てきて、ぼくをジッと見てくる人がいる。
“リヒト”おとうさんだ。
おとうさんはたまにぼくを抱っこすると、サージおねえちゃんと同じ色で顔に生えているチクチクの硬い毛で、ぼくにスリスリする。ぼくが痛いよって、泣くとコルザおねえちゃんみたいな目がびっくりして大きく開いて、すぐにおかあさんにぼくを渡す。
だけど、おとうさんの大きな手は、家族の誰よりもあったかくて、抱っこして貰えるとちょっとだけ安心する。
ぼくは犬だった時と変わらないくらいに、新しい人間の家族に大好きだよってされている。
だからぼくも、新しい家族のことは大好きだ。
だけど、そろそろお乳ばかり飲むのは飽きてきた。
ぼくがお乳を飲んでいるすぐ側で、サージおねえちゃんとコルザおねえちゃんは、人間の鼻でも、すごくいい匂いがするものを食べている。ぼくはそれが欲しくてたまらない。
たまにそっちへ手を伸ばすけど、いつもおかあさんに「まだだめよ」って言われて抱っこされちゃう。
ぼくはおかあさんに抱っこされながら、いつそれが食べられるのか、ジッと見続けているしかなかった
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おかあさんのお乳に飽きてきて、まただいぶたった気がする。
優しくて、あったかくて、いい匂いがするおかあさんに抱っこされて、お乳をもらうのは嫌じゃないけれど、お乳ばかりのごはんには飽きてきている。
ぼくは犬だった時も、美味しいモノが好きだった。家族からも「ルーちゃんはグルメだね」と、褒められたりしていたのだ。
そんなぼくが、いくらおかあさんが大好きでも、おかあさんのお乳だけで満足できるわけがない。
ぼくは作戦を実行することにした。
作戦その一。
まずは、ぼくがお乳以外のモノを食べたいとアピールすることだ。
やり方は簡単。ぼくの食べたいモノを持っている家族の側に座って、ジッと見つめるだけ。
この作戦が成功することは多い。
なんで知っているかって?
だって犬だった時に、大成功だったからだ。
作戦を成功させるために、大切なコツは二つ。
いい姿勢と、目を大きく広げて見つめることだ。
ものすごくしっかり背中を伸ばすだけで、家族は喜ぶし、目を大きく広げて見つめると、家族は勝てないとばかりに美味しいモノをくれる。
ぼくは賢いから、それをわかっている。
犬だった時のおかーさんは、必ず冷蔵庫から、レタスやきゅうりをくれたし、妹分のぴょんは、甘くて美味しいりんごやみかんをくれた。
おねーちゃんは、おてとおかわりもしないといけなかったけど、それでもものすごく美味しい、パンの一番柔らかい白いところをくれた。
ぼくは美味しいモノを食べるためなら、そのくらい簡単にできる。
そう、思っていたんたけど。
「あー……うー……」
ぼくが身体を起こして座っているのは、赤ちゃんのベッドの中だ。
なんで赤ちゃんのベッドの中に、ぼくがハウスしているのかというと、ぼくのいつもの作戦が、なんでか成功しなかったからだ。
おねえちゃんたちの夜のごはんの時間、おねえちゃんたちのごはんを食べるところは、かまどの側にあるテーブルというところだ。
赤ちゃんのベッドにいない時間は、ぼくもかまどの側で柔らかいクッションと一緒に、かごの中にいる。けど、そのかごからテーブルは遠くて、離れている。
でもぼくはそのかごの中で、ふらふらする身体をがんばって伸ばして、まずはコルザおねえちゃんを見つめてみた。だって美味しいモノ食べたいからね。
だけどコルザおねえちゃんは、ぼくが見ていることに、全然気がついてくれなくて、ずっと口を動かしてごはんを頬張っていた。これじゃあ、美味しいモノは貰えない。
ぼくはすぐにサージおねえちゃんに狙いを変えた。ちょうどよくサージおねえちゃんは、パンを手に持っていた。
犬だったときのおねえちゃんは、たまにだけど、パンをくれた。サージおねえちゃんもくれるかもしれない。
ぼくは、パンをちぎるサージおねえちゃんの手をジッと見つめた。すると、サージおねえちゃんはぼくが見ていることにすぐ気がついてくれた。やっぱりサージおねえちゃんはぼくのことをよくわかってくれる。ぼくはそのまま、サージおねえちゃんの目を見つめた。ここで、おねだりの声が出ればよかったのだけれど。
「あっ、うっ、うー!」
人間の赤ちゃんは、キューンと高い声でおねだりができない。どう頑張っても、「あー」とか「うー」とかになってしまう。それでも、ぼくがちょっと声を出すと身体は喜んでくれるから、ぼくはできる限り可愛く声を出すようにしている。サージおねえちゃんは、声を出したぼくに気がついて、にっこりと笑ってくれた。
これは、貰えるな。
サージおねえちゃんはにっこり笑った顔をまたパンの方に向けて、ちぎったパンを、
そのまま、口の中にいれてしまった。
「あぅ?」
なんでだろう。ぼくは一生懸命、姿勢を良くして、目も大きく開けたし、おねだりの声だって出したのに。
サージおねえちゃんはそれからも、もくもくとパンと一緒に夜のごはんを食べ続けて、ぼくにくれる様子がない。
もしかして、もっと近くにいないとわからないのかな?
そう思って、ぼくはサージおねえちゃんの側に行こうと、身体を動かしたら、ゴロンと、かごから落ちてしまった。
そこからは、大騒ぎ。サージおねえちゃんはパンを放り出して、ぼくはあちこちをサージおねえちゃんの冷たい手で触られた。その後コルザおねえちゃんが呼んできたおかあさんに抱きあげられたぼくは、そのまま赤ちゃんのベッドの中にハウスされてしまった。
犬だった時はハウスをすればおやつが貰えたのに、人間の赤ちゃんはおやつも貰えない。ぼくは赤ちゃんのベッドの柵に顔を押しつけて、おねえちゃんたちの夜のごはんが終わるのを、ただただ、見ていることしかできなかった。
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作戦その一が失敗したの次の日。
目が覚めたぼくは、作戦その二を実行することにした。
これは本当に、どうしても嫌な時しかやらなかったことだけど、ぼくはもうお乳にどうしても飽きている。
だから、やるしかない。
ぼくは朝のおしめを変えてもらって、いつものとおりにおかあさんからお乳をもらう時間になった。おかあさんは、お乳をぼくに近づける。
だけど、
「……あら? ……おかしいわね」
「母様、どうしたの?」
「ルカが、いつもみたいにお乳を飲まないのよ」
「……それは、おかしいね。いつもならすぐに吸い付くよね」
そう、作戦その二。
それは、どんなに美味しそうなごはんがあっても、食べないことだ。
犬だった時、ぼくのごはんには、たまに嫌な匂いのするものが混ざっていた。ぼくはそれが嫌で、嫌で、ごはんを食べたくなくって、ごはんが目の前に山盛りに置かれても食べなかった。そうすると、おねーちゃんがぼくのごはんに、美味しいモノを載せてくれる。ささみとか。
まぁ、嫌な匂いのするものは、結局おねーちゃんが無理矢理、ぼくをギュッとして、口の中にいれられたんだけど。それでも、ささみがたくさん貰えるから、この作戦は絶対に成功する。
今度こそ、ぼくは美味しいモノを食べる。そのためには、絶対に口を開けるもんか!
ぼくが口を開けないから、おかあさんは困った顔で、大きく息を吐くと、ぼくを赤ちゃんのベッドへ戻した。
おかあさんは、顔に手を当ててぼくを見つめて考えている。
いいぞ、これなら……
「どこか調子でも悪いのかしら」
「ルカ、病気かもしれないの?」
「うーん、熱とかはないのよね。それに、おしめもいつもと変わらないし……」
「でも、何かあったら嫌だよね。念のために、ヨハン先生を呼ぶ?あそこまでなら、わたし一人でも走って行けるし……」
“せんせい”という言葉に、ぼくは聞き覚えがあった。
“せんせい”それは、ぼくの身体が痛かったり、なんだか気持ちが悪いなって時に限って、おねーちゃんたちが連れていく、“びょういん”というところにいる、ぼくの敵だ。
ぼくが触られたくないところを絶対に触ってくるし、“ちゅうしゃ”とかいう痛いものをたくさんしてくるし、他にも動きにくくなる大きな首輪や、冷たいモノを身体にいれてくる紐なんかをたくさんつけてくる。
ぼくは“せんせい”ってのが、大っ嫌いだ。
それなのに、今、おかあさんとサージおねえちゃんはその“せんせい”を呼ぼうとしている。
これはぼくにとっては、とっても困ったことになる。
「あ、あうあう、あーっ!」
ぼくは、赤ちゃんのベッドの中から、おかあさんたちを止めようと声を出した。
けれど、そんなぼくの声を家族は誰も聞いてくれなくて、気が付けば、サージおねえちゃんは家を飛び出してしまっていた。
旅してねぇじゃん……
どうもレニィです。
えぇ、題名には旅が入っておりますが、赤ちゃんから始まるので、
しばらくはふくふくと育つまでが続きます。テヘッ
わんこの転生なので、人間の目線で知っている言葉より、
わんこ目線で書ければと、四苦八苦しております。
伝わりにくい表現ばかりだったらごめんなさい。
わんこに人間の食べ物はあまり上げない方がいいとされておりますが、
時々、あげるとすごく喜ばれるのがかわいくてな……
味を占めてしまうのはわんこも人間も変わりませんな。
次は、犬の敵、せんせいとの対決です。
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!