18食目:おかえしハーブのラタトゥイユ
「……おそれられるって、なに?」
「……は?」
メルの冷たい雪の日みたいな青い目が、ぐらりと揺れた。
「ぼく、そんなにたくさんのことば、まだしらないの。メルのおはなしはむずかしいことばがおおいから、たまにわかんないの」
「……マジか」
「まじ?」
「んにゃ、それは覚えにゃいでいい。しっかし、わからんっておみゃあ……犬だから仕方にゃいのか?」
メルはなんだか難しい顔でブツブツ言い始めたけれど、それもぼくにはわからない言葉や考え方ばかりで、ぼくは首を傾ける。
メルは両腕を組んで、空を見上げてうーんと唸ると、またぼくの側にドサッと座った。
「おみゃあ、何がわからなくて、何がわかるんだ?」
「えっとね。けものつきのことはしらない。でも、まじょはこないだきいた。せいれいさまとおはなしできるから、すごくつよいまりょくがあって、すごいまほうがたくさんつかえるひとをそうよぶって……そういえば、メルのおばあちゃん? ってまじょなの?」
「おみゃあ、それ、にぃ以外のやつの前で絶対に言うにゃよ」
そう言うとメルは周りを気にしてキョロキョロする。警戒している時の動きだというのが、すぐにわかった。
ぼくも同じようにキョロキョロしてみたけど、すぐ近くには誰もいないし、おじさんたちはぼくたちのいる木よりも離れたところで、お仕事をしていた。
メルもそれがわかって、ちょっとホッとして、警戒している様子を少し弱くした。
メルの様子と、この間のおかあさんの不安そうな姿がちょっと似ていると思って、気がついた。
「……もしかして、まじょとか、けものつきってことばは、きいたひとが、ふあんになるからいっちゃいけないの?」
「にゃんで、そういうことはわかってんのに、恐れられるとかは知らんのかにぃ」
メルは大きくため息を吐く。
「だれかがふあんになっているのは、いぬだったときからわかるから、かな? ふあんとか、こわいとかはわかるよ? だから、メルのおばあちゃんがまじょかもしれないっていったおかあさんが、ふあんだったのはわかる。おそれられるって、だれかをふあんにさせるってこと?」
「……んにゃあ。だいたい合ってるにゃ。人間ってのは、自分よりも強い力を持ってるやつがいると、その強い力で何をされるかわからなくて、不安ににゃって、怖くなる。そんな風に怖がられることを、恐れられるって言うにゃ」
「ふぅん」
メルの話を聞いて、恐れられるって言葉が、やっとわかったような気がした。
「みんなはつよいちからをもつまじょがこわいから、まじょはおそれられるの?」
「そうだにゃ」
「けものつきも、つよいちからがあるから、おそれられるの?」
「だいたいそうだにゃ」
「でも、それならたぶん、ぼくはけものつきじゃないよ。さっきもいったけど、ぼくつよくないもん」
ぼくはちょっと走ればすぐにヘトヘトになるし、まだ重たいものもコルザおねえちゃんみたいに持つこともできない。木登りの仕方もわからないし、お家のお手伝いや、果樹園のお手伝いだって、大人と同じことはできない。
だからけものつきが魔女みたいに強い力を持っているなら、ぼくはメルの言うけものつきじゃないと思う。
けれど、メルはゆっくりと首を振ると、小さな声で話をする。
「単純にゃ力だけの話じゃにぇんだ」
「まじょとおなじなのに?」
「魔女が大きな力を持つのは、精霊様に気に入られていて、魔法が使いやすいからだに。火の精霊様に気に入られれば、山一つ燃やす事だって指先一つで出来ちまう。でもそれは魔女だけの力で出来てるんじゃにぇ。精霊様が気に入って、手助けしてっから、出来ちまう。だから、自分で思っている以上の魔力と魔法が使えちまうのが、魔女の怖いとこだにゃ」
「けものつきも、おなじなの?」
「獣憑きは、獣の精霊様に、特に気に入られたやつのことを言う。魔女と違って、身体の力が強くなるやつが多くてにゃ。例えば、熊みたいに強い力が欲しいと思った獣憑きが居たら、そいつはにぃたちの隣にあるこの木を、人間の身体を使って真ん中から真っ二つに折ることだって、根っこごと引っこ抜いたりすることだって出来ちまう」
「えっ?!」
ぼくはびっくりして、思わず隣に立っているさくらんぼの木を見る。
周りを囲む森の木より細いけれど、それでも果樹園のおじさんたちのような大人が、休憩のために木に寄りかかっても、木を折ってしまったことはない。
それに木の根は、地面のずっとずっと下まで伸びているから、強い風が吹いたりしても、そう簡単には抜けないと、カールおじいちゃんに聞いた事がある。
メルの話が本当なら、けものつきはこの木を簡単に、折ったり、引っこ抜いたり出来てしまうのだ。
ぼくは怖くなった。けれど、それでも果樹園を守るために、聞いておかないといけないと思って、お腹にグッと力を入れて、メルの青い目を見て、聞いた。
「……メルも、そういうことができるの?」
「うんにゃ。今のにぃに出来ることは、高いところに跳び乗ったり、身体のバランス取って高いところから落ちないようにしたり、降りる時を楽にしたりとか、そんにゃくらいだにゃ」
「じゃあ、かじゅえんのきをおったり、ぬいたり……」
「しにゃい。しにゃい。というか、できにゃい。それは、おみゃあもおにゃじだろ?」
メルはぼくの鼻に指をピトッと当てる。
苦い匂いと、香ばしいお日さまの匂いを嗅ぎとるぼくの鼻。
でも、ぼくの鼻で出来ることは、匂いを嗅いで覚えたり、美味しいものかどうかを知ろうとしたり、無くした物を探すことぐらいだと、気がついた。
「にぃは、猫だったから、猫のように身体を動かすことは頭の中で考えられるし、どうやって動けばいいかも覚えてる。だからそんくらいにゃら出来るけど、すごく強い力の出し方はわからにゃいからできにゃい」
「……ぼくは、いぬだったから、いぬみたいにはながきけばいいなとおもえばできるけど、このきをおったり、ぬいたりするほうほうはわからないから、できない?」
「そういうことだにゃ」
なるほど、と思うのと一緒に、あれっ?とも思った。
「それじゃあ、どうしてけものつきってだけで、みんなおそれるんだろう。メルもぼくも? こわいことできないのに」
「でも怖いことをされるかもしれにぇって、考えたろ? ついさっきおみゃあもにゃ」
「あ……そっか……」
メルが木を抜かないと教えてくれるまで、ぼくはメルにもそんな怖いことができるんじゃないかって思って、怖くなった。
けものつきがおそれられる理由は、きっと、けものつきが何ができるのかを、お話してくれないとわからないからなんだ。
「にぃは猫。おみゃあは犬。まだ人間としては子どもで、歳を取ってなくて、知っていることも少にゃいから、使える力もほとんどにゃい。にぃたちが獣憑きだとバレることはそうそうにぇと思うけどにゃ。バレないようにする方が身のためだに」
「…….もし、けものつきだって、むらのひとにしられたら、どうなるの?」
「良くて村からの追放。悪けりゃ、どっかの獣憑き兵として、一生飼い殺しだにゃ」
ぼくにはどちらも、あまり良い事じゃないってことだけが、メルが遠くを見つめる顔からわかった。
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「ただいま」
「おかえり、ルカ。今日は早いのね」
お家にはいつも通り、サージおねえちゃんが出迎えてくれた。
まだお日さまの光が窓から入ってくる時間だから、テーブルの上に本を置いて読んでいたみたい。
ぼくはお昼ごはんを入れてもらっていた籠をサージおねえちゃんに渡すために、隣に座る。
「りんごのね、てきかがこないだおわったから、あんまりおてつだいがないの」
「そっか。じゃあ、晩ごはんの準備手伝ってくれない? 今日、母様はヨハン先生のところへお手伝いに行っているし、コルザもまだ学校から帰って来てないから」
「うん!」
ぼくはすぐに椅子から降りて、物置へ向かう。
サージおねえちゃんはお昼ごはんを入れてくれていた籠を、一緒に物置に入れて片付けようとして、今日のおみやげに気がついた。
「……ルカ、このハーブ、どうしたの?」
「メルのおかえし」
「メルって、あの薬売りさんのお孫さんよね。一緒に遊んでいたの? ……森、じゃないわよね?」
「うん。きょうもかじゅえんでおいかけっこしたんだよ。つかまえたのに、おいかけっこするほうがたのしいからって、メルはきに……」
メルが木に跳んで登れることや、木から木に跳び移って追いかけっこが出来ることは、きっとけものつきが出来ることだから、言わない方がいい。
ぼくが急いで口を閉じると、サージおねえちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「追いかけっこをしたのに、どうしてハーブがおかえしなの?」
「えっとね。おいかけっこしたら、おなかがすいて、ぼくおひるごはんをたべたんだけど、メルはおひるごはんもってなかったから、ツッカバオムケーキをひとつわけっこしたの。そしたらかえるまえに、もりでたくさんとりすぎたからあげるって、ハーブのおかえしもらったの」
「そう……分けっこしてあげたの。偉いわね」
サージおねえちゃんがふかふかのぼくの頭を撫でてくれる。
撫でられると嬉しい気持ちになる。もうないはず尻尾が、ぴょこっとお尻に生えて揺れているような、気持ちになる。
サージおねえちゃんは、メルがくれたハーブを見て、匂いを嗅いでいる。
ハーブが何か知りたいんだと思ったぼくは、メルに教えてもらった通りに、嗅ぎ分けてどっちがどっちか、サージおねえちゃんに教える。
「そっちのね、においがつよくて、ツンってするほうはローズマリーっていってた。で、こっちのにがそうなにおいがするほうがタイムだって」
「……匂いで覚えたの? 葉っぱの形じゃなくって?」
「うん! ……あ」
メルに言われたことを忘れていた。
普通、みんなはまず葉っぱの形から覚えて、それから匂いで判断するんだって。
もし、サージおねえちゃんが、ぼくが他の人よりも匂いでいろんなことを知っているってわかったら、ぼくの鼻が人と違うことに気がつかれちゃったら。
ぼくはそっと、サージおねえちゃんを見てみる。
見上げたサージおねえちゃんの顔は、変な顔をしてはいなかったし、ちょっと不思議だなと思ってはいるけど、怖いとか、不安だとかは思っていなかった。
サージおねえちゃんはそっとハーブをテーブルの上に置くと、ぼくの頭を撫でてくれた。
「すごいね、ルカは。森に行ったことがないのに、ハーブの見分けがつくなんて」
サージおねえちゃんは、ツンとする匂いのローズマリーを手に取ると、さっきまで読んでいた本を開いて見せてくれる。
「去年の冬越しの前に、父様が買ってきてくれた本なんだけど。別の国のお料理の作り方が載ってる本なの。この中にローズマリーやタイムを使うお料理があったから、今日はそれ作ろうと思うの。どう?」
「あたらしいごはんってこと?」
「そう。お手伝いしてくれる?」
「うん!」
サージおねえちゃんは大きいザルを手に取ってから、物置の扉を開けてくれた。
「ちょっと早いけど、夏野菜をドロテーさんから頂いたの。今日はそれも使ってごはんを作るわよ。えっと、まずタマネギ。それからナスと、黄色のプリリカとグルキーニ。あとトマトが必要かな。ルカ、見つけられる?」
「うん。えっと、タマネギはこのぶら下がってるので、ナスはむらさきのたまごみたいなやつ。トマトはまっか……プリリカは、このきいろいやつ?」
「そうよ。三つくらいお願い」
ぼくは黄色い野菜を掴む。プリリカの形は、誕生月のお祝いや、カールおじいちゃんのお別れの時に、広場を明るくするためにいっぱいぶら下がっていた灯りに似ている。匂いを嗅いでみると、ちょっと苦い匂いがする。
「グルキーニはどれだろう……」
「緑色で長いやつよ」
「みどりいろで、ながい……これ?」
「そう、それよ。二本でいいかな」
ぼくはキュウリに似ている野菜を手に取る。グルキーニはキュウリに似ているけど、キュウリについてるブツブツがなくて、スベスベしている。匂いも水っぽさを感じない。
ぼくはサージおねえちゃんのザルに見つけた野菜を入れていく。
ザルに野菜が山盛りになったところで、もういいよと言われた。
「じゃあ野菜を洗いに行こうか。ルカ、井戸のポンプ押せる?」
「できるよ!」
野菜を洗うときや、冬じゃない時に手や顔を洗う時にはお家の外にある井戸の水を使う。ぼくは井戸のポンプを押せるように、おとうさんが作ってくれたふみ台を持ってきて準備する。
水が出るところにサージおねえちゃんが、タライを置いたので、ぼくは頑張ってポンプを上から下に、下から上に動かす。何回か動かして出た水がタライに溜まった頃にサージおねえちゃんが、もういいよって教えてくれる。
ぼくはポンプを押すのを止めて、野菜を洗うのを手伝う。井戸の水がまだ冷たいのが、気持ちよくて、嬉しかった。
お家の中に戻ってサージおねえちゃんが洗った野菜を切っている間に、ぼくはタマネギの皮を剥くお手伝いをする。
タマネギの鼻をチクチクさせる匂いは苦手だけど、ぼくはまだナイフを使えないから、頑張って皮を剥く。
サージおねえちゃんのナイフを動かす手は早くて、あっという間にいろんな野菜が一口で食べられる大きさになる。ぼくが皮を剥いたタマネギも、一口で食べられる大きさになっていく。
ぼくはタマネギがあんまり好きじゃないから、もうちょっと小さくしてほしいなと思って、聞いてみた。
「きょうはおやさい、ちょっとおおきくきるんだね」
「そういうお料理だって、書いてあるからね」
「……タマネギ、もうちょっとちいさくならない?」
「あんまり小さいと、タマネギだけ焦げちゃうわよ」
サージおねえちゃんはそう言うと、いつもスープを作っているお鍋に油をちょっと入れてから、トマト以外の野菜を全部入れて、かまどのお鍋を掛けるところに引っ掛けて、炒めていく。
しばらくはジュウジュウ言っていたお鍋が、だんだんくつくつ言い始めてきた辺りで、メルからもらったハーブをちぎって入れていく。
ハーブのスンっとした香りがしてきた頃に、トマトを入れると、サージおねえちゃんはトマトをちょっと潰すようにしてお鍋の中を混ぜていく。
「ただいまぁ」
「コルザおねえちゃん、おかえりなさい!」
「おかえり、コルザ」
「あー良い匂いする。今日の晩ごはん何?」
「きょうはね、サージおねえちゃんが、あたらしいごはんつくってくれてるの!」
「新しいごはん?」
コルザおねえちゃんもぼくと一緒にお鍋を覗き込む。コルザおねえちゃんはちょっと見て、なんだかがっかりした顔をする。
「なんだ。ただのトマトスープか」
「トマトスープじゃないわよ。ラタトゥイユって言うの」
「ラタ、トゥーユ?」
「ここよりも西の方の国のお料理なんですって。ルカがお友だちからハーブをおすそわけしてもらったから、作ってみたの」
「へぇ」
コルザおねえちゃんはもう一回お鍋を覗くと、匂いを嗅ぐ。
「……いつものスープよりも、なんかすっきりした匂いがするかも」
「ローズマリーとタイムがはいってるんだよ」
「へぇ、ローズマリーって、お肉の匂い消し以外にもこんな使い方があるんだ」
コルザおねえちゃんは森へ行って、ハーブを集めてくるから、どのハーブを何に使うのかも知っている。
ぼくもハーブの嗅ぎ分けかただけじゃなくって、使い方も覚えられたらいいなと思う。
「あ、お肉といえば、コルザ、晩ごはんのお肉焼いてちょうだい」
「えー! なんであたしが!」
「わたしはラタトゥイユ煮込んでるし、これにはベーコンもソーセージも入ってないの。お肉なしじゃ、コルザとルカと父様は足りないでしょ? 自分の食べるものなんだから、そのくらい焼いて」
「……あたしの好きなお肉選ぶからね。それも好きな厚さにするから!」
「はいはい。好きなの選んで、好きに切っていいから準備して」
コルザおねえちゃんはちょっと不満そうな顔で物置に歩いて行った。たぶんベーコンが出てくると思うけど、明日の朝ごはんの分を考えると、あんまり厚いベーコンにはならないんじゃないかなと思う。
「ねぇ、サージおねえちゃん。このラ、タ、トゥ、イユって、にしの、うみのある、くにのおりょうりなの?」
「そうだと思うわ。あの本には、お魚の料理も載ってたから」
「そっか」
メルはにしの方のうみがあるくにから来たって言ってた。
もしかしたらこれは、メルが食べたことのあるお料理なのかな。
ぼくはハーブをおすそわけしてくれたメルにありがとうと、この野菜がたくさん入ったスープことをお話するために、料理の名前がスラスラと言えるように何度も繰り返した。
ぼくがラタトゥイユを綺麗に言える頃には、家族みんなが帰ってきて、晩ごはんの時間になっていた。
トマトの酸っぱさとスッキリとしたハーブの匂いがするラタトゥイユは、パンと一緒に食べるととっても美味しくて、ぼくは野菜がたっぷり入ったラタトゥイユをたくさんおかわりした。
ラタトゥーユ?ラタトゥイユ?
ラタトゥイユにしとこうか。
どうもレニィです。
近所に野菜販売所がたくさんあるので、
季節の野菜を楽しんだりしています。
最近はトマトがたくさん置いてある。
夏になると、ナスとかズッキーニとか置いてくれるので、
ありがたーく買っては、ラタトゥイユを作っています。
切って、ぶち込んで炒めて、(トマト缶)で煮るだけなので、
結構簡単に作れるし、次の日グラタンとかドリアとかにできるので
おすすめです。
さて、ちょっと不穏なお話をしたので、
次は、楽しいお話を
そんな感じです。
どうぞよしなにー!!!




