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【短編】マ○ドでJKが言っていた

 このごろ「『○○ってマ○ドでJKが言っていた』という話はたいていデマ」というのはほとんど常識みたいになっていると聞く。それどころか最近ではネタ話のオチに「、ってマ○ドでJKが言っていた」ってつけるのまであるらしい。不思議なのはこのフレーズでの"場所"はあくまで「マ○ド」で他のハンバーガーチェーン店が出てくることはないし、間違っても「スタ○」なんかじゃない。話していた"人間"も「JK」で他の学生ではないし、まかり間違っても「人妻」なんかじゃない。まあ、そっちはそっちでくわしく聞いてみたい気もするが。


 だからいまこの物語を読んでいる君たちも「○○ってマ○ドでJKが言っていた」と聞くと、「はいはい、またデマね」とまゆにツバを3回ぐらい塗りたくっているかもしれないが、これから話すことは俺がこの目で見たこと聞いたことなんだから、どうかそのつもりで聞いてほしい。と言いつつ信じてもらえなくても俺は一向いっこうに構わんわけだが。


 最近は例のウイルスのおかげで世の中すっかり道行く人も減ってしまったが、あのころはまだ街中には行き交う人の姿があった。マスク姿は以前に比べてずっと増えてはいたけれど、自粛ムードはそれほど広まってはいなかったし、外食チェーンもそこそこ人で埋まっていた。


 季節は春に向かっていたとはいえ、日が落ちるのはまだまだ早い。あのときは夕焼けが空を染める日暮れ近くだったと思う。夜6時過ぎ上映予定の映画に行くつもりだった俺は、その前にきっ腹を多少なりとも満たしておくことにした。どこでも良かったが、ちょうどマ○ドが見えたので入った。マスクをしている俺の声はどうやら相手にはくぐもって聞こえるらしく、店員に何度か注文を間違えられそうになったが無事注文でき、ビックマ○クの載ったトレイを持って、近くの空いている席に腰を下ろした。


 食べる前にこのあと行く映画のことなんかをぼんやり考えていると、俺のちょうど目の前の席からの話し声が耳に入った。若い女性のふたり組で、制服を着ているのでJKだと判断した。この時間帯ということは部活帰りあたりか。シェイクか何かを飲みながら話に夢中になっている。


「そんでさぁ、私絶対差別だと思うんだよね」


 JKのひとりが言った。「差別」とはなかなかにおだやかじゃない。JKのセリフとしては違和感があったから耳に入ったのかもしれない。なお、これ以降「差別」と言った方をA子、もうひとりをB美と表記する。


「そうかな。A子の考え過ぎじゃない」

「絶対そうだって。ほら、例えば『口裂け女』とか。B美、知ってる?」


 おいおい、こんどは「口裂け女」かよ。「差別」に「口裂け女」、このふたつにいったいどんな関係があるというんだ。


「知ってるよ。ほら、あれでしょ。マスクしたまま突然目の前に現れて『私きれい?』って聞くやつ」

「そうそう。そんでこっちが『きれいです』って答えたら、『これでも?』って言ってマスク取ったら……」

「口が耳んとこまで裂けてるんでしょ。子どものころ聞いて気持ち悪かったなあ」

「そう、それ。で、B美、おかしいと思わない」

「ん? なにが」

「気持ち悪いお化けとかって、みんな女じゃん」


 どうやら「口裂け女」のようなお化け系に女のキャラが多いのが、A子からしたら「差別」だと言いたいようだ。


「ええっ、そうかなあ」

「そうだって。ほら、幽霊とか」

「幽霊って、あの『うらめしや~』ってやつ?」

「そう」

「男の幽霊もあるっしょ」

「でもそれって最近じゃん。昔からある『お岩さん』とか、お皿を『一枚、二枚』って数えるやつとか、全部女じゃん」

「うん、まあそうかな」

「そうだって。それから『貞子』。あれも女じゃん」

「貞子って幽霊なの? よく知らないんだけど」

「だから幽霊だけじゃなくてお化けとか気持ち悪い系のやつ全般の話」

「お化けだったら男のキャラいるよ。『鬼太郎』とか、あれもお化けっしょ」

「あれアニメだし。そうじゃなくてもっと昔からあるやつ」


 最近のJKは鬼太郎が貞子より前からあるの知らないのか。


「アニメとかじゃなく、ホラー映画になるやつとか。ほら、『トイレの花子さん』とかも女だし、映画になってるし」

「ホラー映画で男のキャラとか全然あるっしょ。『ジェイソン』とか」

「あれ外国ものじゃん。私が言ってるのは日本のやつ」


 だんだん対象が限定されてきたな。


「わかったわかった。A子の言うとおり」


 とうとうB美の方が折れた。それにしてもこのA子、かわいい顔に似合わず簡単には意見を曲げない頑固者のようだ。


「でさあB美、私思うんだけど、男のキャラで気持ち悪い系のお化けとか、いていいというか、いないとおかしいと思わない?」

「おかしいかどうかはよくわかんないけど、別にいてもいいんじゃない」

「いないとおかしいって。例えばさっき言った『口裂け女』の男バージョンで、『口裂け男』とか」

「なにそれ『口裂け男』って。それちょっとヤバくない?」


 ツボに入ったのか、B美が腹を抱えて笑っている。


「『口裂け女』がいるなら『口裂け男』がいてもおかしくないじゃん』

「全然」

「そんで『口裂け女』って見た目美人ですらっとしてるじゃん」

「うんうん」

「だから『口裂け男』って、絶対イケメンでスタイルいいと思うんだよね」

「イケメンって、ジャ○ーズ系とか」

「うーん。ジャ○ーズ系っていうよりイケメン俳優ぽいイメージ」

「ああ、はいはい」

「で、そういうのがマスクして言うんだよね。『俺、きれい?』って」

「うわあ、そんなんだったら私絶対『きれいです』って言っちゃいそう」

「で、そしたら『じゃあこれでも?』って言ってマスク取ったら口が耳元までざっくり」

「うわあ。……でもイケメンだったら許せるかな」

「ええっB美、そうなの」

「だって俳優のTくんみたいなのに言われたら許せそうな気しない? A子、タイプだって言ってたっしょ」

「あー、言われてみたらそうかも」

「でしょ」

「むしろ出てきてほしいくらい」


 なんじゃそら。


「でもA子、よく考えてみたら私らの前には出てこないような気しない?」

「なんで?」

「ほら、『口裂け女』って子どもの前にしか出ないっしょ」

「ああ、たしかに」

「だから『口裂け男』が『口裂け女』の男バージョンだったらやっぱり子どもの前にしか出ないんじゃ」

「ええっ、それダメじゃん」

「でしょ。私らの前にこそ出るべきだと思わない?」

「思う思う」

「Tくんみたいなイケメンの良さがわかるのは私らくらいからだよね」

「だよね。ガキにはわかんないよね」

「でも『口裂け女』がきれいですらっとしてるからって『口裂け男』がスタイルいいとは限らないんじゃない」


 話の主導権がいつの間にかB美に移ってきたぞ。


「どういうこと?」

「ほら、『口裂け女』がきれいですらっとしてるのは、その方が魅力的に見えるからっしょ」

「うんうん」

「で、魅力的な男って何もスタイルいいのに限らないと思うんだよね」

「へえー。スタイルいいのに限らないけどイケメンは外せないんだ」

「うん、外せない」

「でもスタイル良くなくても魅力的な男っている?」

「いるっしょ。例えばスポーツやっててやたらがたい(・・・)がいい人とか」

「ラグビーの人とか、筋肉体操とか?」

「そうそう。筋肉ムキムキで口が裂けてる」

「なにそれ。超ウケる」

「で、マスク姿で突然現れてムキムキの筋肉見せつけながら聞いてくんの。『どう、切れてる?』って」

「ギャハハハハ」

「そこで『切れてます』って言っちゃったら……」

「ギャハハハハ」

「『じゃあ、ここは?』って言ってマスク取ったら口も切れてるっていうの、どう?」

「ちょっとやめてよ。想像しただけで笑いが止まんないんだけど」


 おやおや。ようやく俺はふたりの会話から耳をそらした。最初の「差別だ!」という割と真面目な話だと思ったのが、いつの間にか大喜利になってしまったからだ。さしずめお題は「口裂け男が現れた。どんなの?」といったところか。


 俺は目の前のビッグマ○クに手を伸ばした。話に聴き入っている間にすっかり冷めてしまっていたがしょうがない。食べるのにマスクを外そうとしてふと気づいて手を止める。物を食べるときに口の中が周りに見えるのはマナー違反だったよな。あごの方からマスクと口の間に手を入れてマスクを顔から浮かす。マスクと顎の間にできた隙間からどでかいビッグマ○クを口の中に放り込む。うまい。どれだけでかくても俺の口は耳まで裂けているから問題はない。ん? 何か文句があるなら聞こうじゃないか。

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