冬の2人
第三話 冬の2人。 冬になると、恵美は中々布団から出て来なくなる。
「恵美〜〜!もう昼だぞ。そろそろ布団から出て来なよ」
「......うるさいかいちゃん」
「...痛っ」
投げられた枕と共に、痛い言葉が海斗の心を刺す。「『うるさい』って...。それは酷くないか...」
「だって今日授業無いし、起きてもかいちゃんと遊ぶくらいしかやる事ないじゃん」
「うぐっ...」
海斗に70のダメージ。しかし彼には、切り札があった。
「あーあ。折角今日は、恵美が行きたがってた所でデートしようと思ってたんだけどなぁ...。行けないなんて、残念だなぁ...」
海斗かチラッと視線をやると...
「すぐ準備してくる!」
そこには、ベッドの上でファイティングポーズをとる恵美の姿があった。
2人が訪れたのは、最近隣町にできた小さなカフェ。古い民家を改装したらしく、温かみのある造りになっている。店内には、民家特有の懐かしい匂いと美味しそうな香りが漂っていて、店長選曲のジャズがレトロな雰囲気を醸し出す。
「わぁ〜!かわいい...」
「大学の友達とは、こういう所来ないのか?」
「誘われたら行くけど...折角ならかいちゃんと行きたいなって」
上目遣いでそう言う彼女の髪を、くしゃくしゃっと撫でる。可愛いやつめ。
「あーお腹減った!何にしようかな〜。かいちゃん何にする?」
「俺はサンドイッチにしよかな。恵美は?」
「う〜ん、迷うけど...パンケーキにする!」パンケーキ。女子大生らしいチョイスで、思わずふふ、と笑ってしまう。
「じゃあ頼んじゃうね」
「うん」
呼び鈴を鳴らして店員を呼ぶ。こういうのは、なるべく俺がやってあげたいんだよね。
「サンドイッチと、パンケーキ1つ。あと、ホットコーヒー2つください」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「はい」
「かしこまりました」
店員が去っていくと、水の入ったグラスをいじって、場をつなぐ。こういう時、他のカップルは何話してるんだろうな...。
「...ねぇかいちゃん」
「ん?」
「今の店員さん、可愛かったね」
...そうでもなかったぞ。俺からしたら恵美の方が100倍可愛いんだけど。
「急にどうした恵美?」
「...いや、私もあれくらい可愛かったらさ、かいちゃんも結婚許してくれるのかな〜って」
恵美の視線は、こっちを向かない。俺がもてあそんでいるグラスを、物憂げに見ている。そんなに結婚出来ないのが辛いのか...。
「...もう冬だし、あと数ヶ月で恵美も卒業だろ?ほんの少しの辛抱だよ」
「...今結婚しても、そんな変わらないじゃん。早く結婚したいのに...。」
彼女を不安にさせたくはないし、そんなことさせたら彼氏失格だ。視線がどんどん下がっていく恵美の手を、俺は優しく握った。
「...恵美。結婚は、卒業してからって約束したから、それは変えられない。でも、俺は恵美を悲しませたくないんだ。なんでか分かる?」
「...なんで?」
「恵美のことが、一番大切だからだよ。俺は恵美のことが大好きだし、大事に思ってる。だからさ、今すぐに結婚は出来ないけど、結婚する時のシミュレーションをしない?」
「シミュレーション...?」
「そう。何色のドレスを着て、式場はこういう所で、籍はいついれるか...っていうのを、2人で考えるんだ。どうかな?」
期待を込めて恵美の顔を覗き込むと、ぱぁぁぁぁ!と、顔が明るくなっていくのが分かった。
「する!!シミュレーション、しよう!」
「お、元気出た?良かったよかった」
「お待たせしました。ホットコーヒーと、サンドイッチとパンケーキです。失礼します。」
「ありがとうございます。...さ、食べながら話そ?恵美はどんなドレスが良いの?」
「あのね...」
パンケーキを頬張りながら、彼女は理想を語る。今年の冬は寒いってニュースで聞くけれど、俺にとっては暖冬だ。だって、恵美と一緒に過ごせるのだから。恵美と過ごす冬は、優しくて、暖かい。来年も、再来年も、ずーーっと恵美と一緒にいれるといいな。...そんなことを考えながら、結婚の「シミュレーション」をするのだった。