第6豚 豚公爵、最終兵器の破壊力に怯える
とある世界の、とある公爵領内の大広間にて
「公爵領土内で炊き出しを行ったのは記録に残っている分で318回。
炊き出しを行った同日の窃盗や強盗、殺人の件数を他の年の同じ日にちと比較して見て頂ければ、一目瞭然かと思われます」
「こ、これは……」
公爵令嬢であるカテーテル・ピッグテヰルの提出した書類をめくりながら、公爵令息 メタボル・ピッグテヰルは度肝を抜かれていた。
1週間がかりでまとめ上げたという公爵令嬢の書類は、過去数十年分のデータから弾き出されたガチガチの理論武装がされていたのだ。
費用対効果、治安上昇、領民の人心掌握目的……他にも、他にも。
どのデータを見ても、スラムへ配給を行わないメリットなんて、見当たらない。
激情家が本気を出せば、こうなるのか……。
公爵令息は、目の下に隈を作って幽鬼の様にプレゼンを続ける自身の姉に対して、その評価を著しく上方修正する他なかった。
しかし、それらの文書を見て、父親である公爵は、こういった。
「なるほど、良く調べている。
だったら、何故私が、そうしないか、わかるね?」
公爵令息が父親の言葉の意味を考えるより先に、公爵令嬢が答える。
「重鎮にも、いるんですよね。
裏社会の連中と、ズブズブの方々が」
公爵令息は、ハッと気が付く。
スラムは危険な反社会組織の根城にもなっている。
彼らにとっては、スラムの治安は悪い方が良いのだ。
「うん、そういうワケだから、私が先頭に立ってスラムの改善に乗り出すことは、出来ないんだよ。
いろいろなところから、ストップがかかるからね。
ただ……」
「ただ……
バカな公爵令嬢が、激情にかられて、身銭を切ってスラムに配給を行うというのであれば。
これを止める者はいない……ですよね?」
公爵の言葉を引き継ぐように、公爵令嬢が微笑みを浮かべながら答えた。
「うん、正解だ。
というわけで、スラム配給へのお金は出せないけど。
カテーテルに購入する貴金属やドレスの量を3倍に増やそうかな。
お小遣いは5倍にしよう」
令嬢は頭の中でそろばんを弾きながら小さく呟く。
「普通にしてても3か月、節制したら半年くらい持つわね。
それだけできれば……」
「あと一応何があるか分からないから、護衛も倍にするよ。
よし、お話は終わりだ、私は仕事に戻るよ。
あ、あと、これは独り言だけど」
公爵は立ち上がると、家族に聞こえるくらいの大きさで、独り言を呟いた。
「スラムをどうにかするのは、公爵になってからではしがらみが多すぎて無理だった。
……感謝、する」
「お……お父様!」
「カテーテル!」
父と娘が、ヒシッと抱き合うさまを、母親がハンカチーフで涙を拭いながら見ていた。
弟だけが、どこか無表情な顔で家族団欒を眺めているのであった。
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こうしてスラムへの配給が本格的に開始した。
「さあみなさん、昼食の準備をしましょう!」
公爵令嬢が音頭を上げると、教会の孤児たちは材料を切ってスープを作る手伝いを始めた。
そして……余った材料の端っこをこっそり口に入れて笑いあったりしている。
「ふん、ふん!」
「お、お姉様。
材料が無駄になるので、手伝わない方が良いかと……」
「ぐぬぬぬ!」
下手糞な皮むきをしていた公爵令嬢に、公爵令息が無慈悲な突っ込みを入れていると。
部屋の奥から、着物の少女が姿を現した。
「あ、あんたは……」
「あら、こんにちは。
わたくし、今日から、スラムの配給を始めることにしましたので、よろしくお願いしますね」
「くく、あんた、ホントのバカだったんだねぇ。
聞いたよ、自分の小遣いとか服とか売りまくってお金作ってるんだって?
こんなの、数日も持たないでしょうよ。
……まあ、タダで食事が貰えるなら、私はどうでも良いんだけどね」
公爵令嬢があいさつすると、着物の少女は冷たい言葉を投げかける。
まあ、これは恐らくスラムに暮らす全員が思っていることであり……。
……つまりは、公爵令嬢の、思い通り、だった。
「ふふふ、大丈夫よ、見てなさい!
私を邪魔する奴なんて、おしりペンペンしてやるんだから!」
相変わらずガッツポーズを決める姉を、少し頼もしいと感じてしまった公爵令息は、その考えをかき消すかのように頭をブンブン振り回すのであった。
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スラムへの配給が始まって一週間が過ぎた。
スラムの人々は、公爵令嬢に半信半疑であった。
反社会勢力の面々は、公爵令嬢の間抜けさに、爆笑していた。
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スラムへの配給が始まって一か月が過ぎた。
スラムの人々は、公爵令嬢に「よく続くなあ」と呆れていた。
反社会勢力の面々は、公爵令嬢が売りに出したドレスや宝石の数を報告しあって下卑た笑みを浮かべていた。
そして……。
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スラムへの配給が始まって半年が過ぎた。
スラムの人々は、公爵令嬢に対して信仰に近いほどの尊敬を寄せていた。
反社会勢力は、スラムの治安が良くなりすぎて、全滅した。
……。
全滅、した。
反社会勢力の皆様、マジでおしりペンペン、されたのであった。