第3豚 豚公爵、獲物を得る
とある世界の、とある国の、とある公爵領の、とあるスラム近くの、とある森にて。
「ぬう、やはりダメか!」
何匹目かの獲物を粉微塵にした公爵令息が、悲痛の声を上げる。
何やら体にスプレーを、シュッと吹き掛けるのを忘れない。
「……だったらあの子供たちみたいに、魔法の調整をすれば良いじゃないですか」
「それでは我輩が負けたことになる。
あくまで現在の魔法で、獲物を取らなくては!」
公爵令息の言葉に、メイドは心の中で感心する。
確かにここは、魔術師として引いてはいけないところである。
引いては、相手の魔法が正しいと言っているような物であるからだ。
考えてなのか、本能なのか、そこを理解している公爵令息に、メイドは舌を巻きながら、言葉をかける。
「……そうは言っても、獲物はみんな、粉微塵じゃないですか」
「そうだな、粉微塵にならない獲物を、見つけなくては、なあ」
公爵令息は、再度、スプレーを、シュッと吹き掛けた。
「……おい、お前、何のスプレーだ、それ?」
メイドはガチギレモードで公爵令息に声をかける。
「……ぶひょ、ぶひょ。
ぶひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!」
公爵令息の大魔法。
それで粉微塵にならない物など、並の獲物では無理だ。
例えばそう、今まさに、彼方の空から此方へと、空を飛び向かっている亜龍種の群れ、即ち……。
「わ、ワイバーン……」
メイドは理解する。
この公爵令息は、自分の魔法に耐えうる獲物を得るために、あろうことか、『ワイバーン寄せの粉』を自身の体に振り掛けていたのだと……!
「メタボル様、お逃げください!」
メイドの悲鳴も聞こえないふりを決め込んで。
公爵令息は、叫んだ。
「上昇気流!」
超広範囲における、超自然の上昇気流。
上下が分からなくなったワイバーンの群れは、ぶつかり、羽ばたき、悲鳴をあげながら、全力で地面に激突していく。
地面に叩きつけられ、辛うじて息のあった物も、再度羽ばたき、改めて地面へと激突を繰り返している。
「……ふん、やはり、ワイバーンの生態を考えれば、これが最適解だな」
半死半生で地面にて痙攣する6匹のワイバーンの前で、公爵令息は、呟いた。
「う、うそ……ワイバーンを、倒すなんて……!」
メイドはへたり込みながら呟く。
獣や魔獣の範疇で言えば、恐らく最強レベルの相手である。
それを六体、纏めて倒すとは……もはや、訳がわからない。
「お、おい、これを、お前が?」
現れたのは、子供たちを率いるリーダー格の少女であった。
頭に鍋を被っているところを見ると、決死の覚悟でワイバーンを撃退しに来たのであろう。
「そう、これを、我輩が。
どうだ、獲物には、不足か?」
「馬鹿を言え、助かったよ。
以前の私の非礼を詫びよう、本当に済まなかった」
少女は笑顔で手を差し伸べたものだから。
「ふ、ふむ、非礼を許そう」
思わず公爵令息は、そう答えて、その手を握るしかなかった。
そう、とても、言える雰囲気ではなかったのだ。
ワイバーンを呼び寄せたのが、自分だ、なんてことは。
「私達の魔法に興味があるんだったな。
私が出来ることがあるならば何でも教えよう。
何が知りたい?」
「ふむ、では」
公爵令息は、ゆっくりと、訪ねた。
「貴様の、名前が、知りたい」
少女は、しばらく呆気に取られる。
「そ、そんなことより、魔法についての質問は、ないのか?」
「そんなことより、貴様の名前が、知りたい」
公爵令息の問いかけに『あ、え、わたし?』と、一頻り慌てた後。
顔を若干赤くする。
「キサイ、だ。
よろしく、な」
……後に『メタボルの妻』と言う代名詞の筆頭格として世界にその存在を知らしめる少女……キサイは。
そう答えた後、ぎこちなく笑った。