第2豚 豚公爵、虚勢を張る
とある世界の、とある国にある、とある公爵領の、とある公爵領家図書室。
「……シスコネ、我輩は、退屈であるぞ」
「おや、珍しい。
図書室はメタボル様の一番のお気に入りの場所であるというのに」
公爵令息の溜め息に、メイドはそう答える。
「図書室にある魔術の本を、全て読み終わってしまったのだ」
「……復習、してみては」
「既に全て5周は読んでいる」
「化け物かよオイ」
公爵令息の計り知れないスペックに、メイドは思わずタメ口で突っ込みを入れた。
「それでな、少し、外の世界に出てみたい」
「外……ですか?」
「ああ。
目当ては、ココだ」
公爵令息の指差す地図の先を見て、メイドは溜め息を吐く。
「……なんで、スラム、なんですか?」
「知れたこと。
魔法で人を殺しても、問題ない場所だからだ」
「……まぁ、良いですけど」
実際に現地に赴いて、あまりの惨状を目の当たりにすれば、流石にそんなことはしないだろうという目算を持ってして、メイドは頷いた。
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「メタボル!
メタボルはどこなの!」
そして、公爵家内では、またもや、公爵令嬢の叫び声が木霊するのであった……。
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公爵領内・スラム街にて
「ほう、ここが、スラム街、か……」
公爵令息は、思った以上の環境の悪さに絶句する。
「……変な悪徳カルテルとかが絡んでいるせいで、トランプ公爵の改革も進んでいない場所、ですからねぇ」
メイドの言葉を聞いているのかいないのか、メタボルは嬉しそうに声を上げた。
「お、おい!
子供たちが森の中に入っていったぞ?
森の中なら、人が死んでも、不思議じゃないよなあ?」
「……なにかしそうだったら、全力でぶん殴りますかね」
走り出す公爵令息に、メイドはそんな言葉を呟いたのであった。
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森の中では、おかしな光景が、繰り広げられていた。
「引き付けて、引き付けて……今!」
数名の前衛と、数名の魔法狙撃主。
とは言っても、それらは、全員が、子供。
「前衛散開、後衛は打って打って打ちまくれ!」
そして、相手しているのは、大人が数十人掛かりでも倒せないような、巨大な熊であった。
「よし、両目とも潰したぞ!
後衛も散開、引き続き打ちまくれ!」
指揮をする声に反応して子供たちは集まり、離れて、熊を追い詰めていく。
「な、なんだ、あの魔法は……?」
公爵令息はまるでレーザーのように放たれる魔法の数々に、驚愕の表情を浮かべていた。
それは、かさ上げして圧縮して、実用に耐えうる程度にまで昇華させた、単なる初級魔法であった。
しかし公爵令息は、気づく。
自分が学んでいた上級魔法では、この単なる初級魔法に、敵わないと。
魔法の全てを理解したとすら考えていた公爵令息にとって、この現実はハンマーで殴られるような衝撃であった。
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倒した熊をソリのような板に載せ、回収しようとするスラムの子供たちに向かって、公爵令息は叫んだ。
「子供達よ、喜ぶがいい!
貴様らには、今使用した魔法について説明させる機会をやろう!」
「え、はぁ、要らないです」
指揮を執っていた少女が、間髪入れずに断った。
「ぬな、お、お前……我輩は、」
「私たちのチームに入りたいなら、方法はひとつ」
少女は、空に向かって、指を指す。
「キェ~!」
変な声をあげて、変な鳥が落ちてきた。
それを右手で掴むと、少女は公爵令息に、背中を向ける。
「一人で、獲物を一つ、チームに献上しな。
話はそれからだ」
「ぐ……。
わ、わかった、狩ってやる」
「まぁ、私達は毎日大体この時間にこの辺で狩をしている。
何かあればいつでも来い。
公爵令息、樣?」
少女の言葉に、公爵令息は、息を飲む。
「ほう、我輩を、公爵令息と知っての、狼藉か」
「天才魔導師との御名も高き公爵令息樣には、少し簡単すぎる課題、かもなぁ?」
少女は知っていた。
頭でっかちの彼では、獲物を取ることは出来ないと。
公爵令息も、理解していた。
今までの自身の魔法知識は、単なる机上の空論似過ぎなかったのだと。
だから。
「……ぶひょ、ぶひょ。
ぶひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!」
公爵令息は、嗤った。
この世界の魔導師は、大きく分けて、二つに分かれていた。
一つは、原理を追求し、書物に没頭する、高貴なる者。
もう一つは、磨きをかけて、日々の糧を得る道具として使う、下賤なる者。
どちらも正しく、どちらも間違っている。
そして。
高貴なる者は。
下賤なる者に。
こう、叫んだ。
「言ったな、間抜けめ。
ぐうの音も出ないほどの獲物を渡してやろう。
せいぜい震えて待つが良い!」