恋花・続
美しく麗らかな庭園の昼下がり、ガッツリ政治色濃いめな女子会にてきゃっきゃうふふと当然のように恋バナ談義へと会話が変遷していく最中。
明らかに少女漫画な可愛らしい背景に溶け込み切れてないだろう、威圧的な龍姿の皇女様が無理やりその輪に参戦させられてしまった。
――今回、招待を受けてやってきて早々に見つけた皇女の姿に「まさか、堂々と皇女の目の前に会場を設置して晒し者の見世物にするとは……」と心底驚いた。
しかし、あれほど存在が目立っているのに入場した誰もが多少驚きはしても全く何も言わない、話題にしないので「あ、これ触れちゃいけないやつだ!」と、モブらしく自然と空気を読んで右に倣えでスルーしていた。
そしてその後、のじゃ姫様が登場したことやそのまま皇女の身体の真横にある席へ着席したことに再びぎょっとしつつも、けれどやはり誰も触れないまま政治色濃厚なやり取りが普通に開始されてしまったので、見過ぎないように意識をちょいちょいトリップさせつつも空気に徹していた。
「――姫殿下はいかがで。この国に滞在してもう間もなく半年を過ぎますけれど、素敵な出会いなどはございませんこと?」
「妾かえ? さあのう、今は特に興味無いのう。お主はどうじゃ?」
こんなの無視すればいいのに、何故かぐるるる……と唸るように牙をチラチラ見せながら律儀に答えてくれる皇女。
『――相手などと……この身の上では考えも、』
まあそうだろうなあ、それどころじゃないだろうなあ……と内心で頷く私を面白そうに見ながら、のじゃ姫様が聞こえているのが二人しかいないのをいいことに、皇女の言葉に被せるように代わりに答えた。
「引く手数多で困っておるそうじゃ」
ねつ造が酷すぎる。そして反応に困る。
「まあ、まあ!」
カトレアが心底驚いた、というような顔色でわざとらしく大げさに声を出した。
そして無遠慮に、皇女の龍姿をぱさ、と華麗に開いた扇子で目以外を隠しながら眺め、しみじみとした様子で絶妙に聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで独り言風に呟く。
「――何故か、隣国のしがない辺境貴族の令息にいたく御執心でいらっしゃると噂で伺っておりましたもので、すっかり勘違いしておりましたわ。てっきり……」
皮肉が効き過ぎてる。そして反応に困る。
『グルルル……理由あってのことだ。もう興味を持つ意味は失せた』
「大層あっぱれな美男子で気付けば口説いていた、だそうじゃ」
だからねつ造が酷過ぎますって、ベラ姫様。
「……あら、私としたことが。お耳汚し、大変失礼致しましたわ」
恥ずかしそうに顔を扇子で隠し、殊勝な態度で謝罪するカトレア。
……いや絶対わざとだろうに。
『面白おかしく好き勝手に流布される戯言などは、最初から気にしてなどいない。謝罪は不要だ』
「……ふむ。噂なぞ気にしておらぬから、謝罪は不要だそうじゃ」
あ、それはちゃんと訳すんだ。
「それよりも、お主らの恋の話をもっと色々と聞いて参考にしたいそうじゃ」
あ、やっぱりねつ造しちゃうんだ。
「色々と参考に、ですか。……贈り物の話以外ですと、やはり先程したナズナ様のお話が一番参考になるのではないかと」
「確かにそうよね。告白は恋愛の醍醐味だもの――ねえ、ナズナ」
「カトレア様……」
一回はなんとか誤魔化し流して回避出来たが、回避したつもりでいただけで、カトレアは根掘り葉掘り聞く気満々だったらしい。
自分の大好きでお気に入りな騎士様の恋愛話に、瞳をきらきらと輝かせながら隙の生じさせない、あまりに素早い包囲網……食いつきようであった。
ちなみに興味深々なのはカトレア以外もそうであるので、この和やかで楽し気な女子会の雰囲気の中で、まさか空気を読まずに水を差すような拒否は出来ない。
ナズナが仕方なさそうな諦めの苦笑を浮かべ、語るために口を開く。
「大した話ではないが……」
そう恥ずかし気に前置きしたナズナに、微笑ましい気持ちになりながら耳を傾ける。
……が、微笑ましかった心地は次の衝撃的な言葉で凍結する。
「花言葉を贈り合う、一般的な告白だ」
…………はなことば、いっぱんてき。
「貴族としては大したことない、普通以下の稚拙な内容だった」
…………たいしたことない、ふつういか。
「咄嗟に出たにしては、それなりの出来だったと思いますよ」
「ありがとう、アイリス」
…………あれが、それなり。あれで、それなり。
「本番前の練習だと思えば、それで充分でしょう。練習は大事よ」
「あぁ、かなり粗削りではあったが。おかげで次はもっと貴族として、騎士としても素晴らしい告白が出来そうだ」
ほんっ……ほんば……っ!? な、な、なんですとぉ……っ!?
……さっきまでコタツでぬくぬく温まって幸せに浸っていたはずなのに、気付けば何故か、突如として永久凍土に裸一貫で放り込まれてしまっていたかのような絶望的な気分に陥る。
すぐさま気付いた……この話題はまずい。非常にまずい、と。
「なんぞ、かように素晴らしき詩でも思いついたのかえ?」
「ああ、その時は稚拙なまま発した己の信念だったが、それを軸に――」
ぴぴぴ、ぴーんち!
「どうかしたかのう、シオン」
一層盛り上がる女子たちの空間から、徐々に空気に徹するように距離を置いていたのを、のじゃ姫様がその私の異変に目敏く気付いて声を掛けてくれる。
やめれ。今は話しかけないで。私は空気。だたの空気なの。推したちの空気に、この度めでたく生まれ変わったのだ。
――なので決して! 決して!
シオン・ノヴァ=デルカンダシアなどという、諸事情により幼少以前の前世から恋愛ジャンルとかいうものに触れられず、この歳になるまで魔法オタ全開で気付けばただの女子力底辺な俗物となっていた女子の紛い物などではありません。ええ。
「……いえ」
とは勿論言えず、震えるか細い声で曖昧に微笑んで返答を誤魔化す。
「なんぞあれば、遠慮なく申すがよいぞ」
「いえ……」
今は本気でいらないです、その気遣い……。
――皇女のねつ造に集中しててどうぞ!
「ふむ、そうかえ……?」
なんとかのじゃ姫様にスルーしてもらうことに成功? したまではいいが、目の前ではどんどん話の内容が高度なものへとエスカレートして――なんだ、何が起きている。まさかこの目の前の会話全てが、お花に関する何かの専門用語や単語で、ただただそれらが羅列されているだけの会話だというのか……!? 恐ろしい未知の言語だ。エリカ様はどこだ。お前が犯人だろ。とパニックになっても、もはや難解な呪文と化した女子たちによって繰り広げられる恋話とは言えない、あまりに専門的過ぎる恋話は相変わらず目の前に存在する光景なわけで――どうやってこのピンチを乗り切るべきかと思考を高速回転させまくった。
させまくったがどうしても半分以上がパニックで埋まったまま名案は浮かばず、震えて止まない手で掴んだ素敵なカップの中身を波立たせるだけで飲んだフリで誤魔化せるのはいつまでかと、やはり気が気でなくひたすらパニックに思考が傾いていく――なに、一般的に告白が花言葉って。一般常識? 初耳だよ!
――私は花言葉なんて、何一つとして知らない!
「――?」
ふと、何かの残像が脳裏をかすって――ひらひら、散っている。
……花、びら? 見たことあるような……でも、何の花? あれ?
「――――」
――花に名なんて、あったっけ?
「……幼少に婚姻を結んだからか、堂々としておるわ。既婚者の余裕じゃなお主」
はっ――それだ! ナイスのじゃ姫様! さっきは邪険にしてごめん!
「ええ。ふふ……」
鶴の一声とはまさにこのこと。
混乱していた思考が、ひとつの方向性を得て一気にすっきりした。
――そうだそうだ! 私は全部すっ飛ばして6歳で結婚したんだぞ!
この世界の一般的な恋愛ルートなんて、知る必要なかったんだからね!
「そうだったわ――シオンはとても特別な婚姻を結んでいたのだったわね」
きらん、とターゲットを狙う猛獣のような静かな眼差しでカトレアが言う。
「特別な婚姻……」
その言葉が決め手だったのか、カトレアに追従するように私たちの位置する席だけでなく、会場でそれとはなしに聞き耳を立てていた多くの御令嬢がたが静まり返って耳を傾けた。
え。なにこの空気。え。
「神に誓う婚姻というのはさぞ、いつまでも特別な記憶となるのでしょうね」
言葉の裏からは雄弁に、詳しく教えろ――と権力者の圧力が滲み出ていた。
あ……イエス、はい。
「……ええ。とても神聖で、特別なものでしたわ」
まあ! きゃあ! と静かに盛り上がる乙女たち――と、何故か遠巻きに肩身狭く乙女の花園から距離を置いて管を巻いていたおじさまたち。
あ、例のハゲもときめいてる。
……あれってそんな老若男女問わずにきゅんきゅんするものだったの?
「…………」
まずい。相手の顔以外に、全然ときめいた記憶がねえやっ!
というかただの救助活動だったし。
例えれば……河原で場違いにも金魚すくっちゃって綺麗で目を奪われたけど、よくよく見れば金魚は瀕死で、なんとか水を与えて救命措置をとってから名前を調べたら疲れが限界に達して気絶したようなもんだよ?
しかも起きたら、いつの間にか金魚は自然の海に帰ってました――ってお前、自然界に存在してない上に淡水魚の枠だろ、これもう死んでるわ! な状況だよ?
そんな状況でときめくとか、ハードル高過ぎだって。どんな変態だよ。
「……我が領地には『ニグルムカバラ』と呼称される湖がございますわ」
――などと。そんな身も蓋もトキメキもない暴露はしない。
「代々、その地の民によってまことしやかに言い伝えられ、古くから在った湖ですのよ。おほほ……」
何がおほほだ。内心ではとほほ、だよ!
なにせこの妙に一部地域からのプレッシャーが特に凄まじい中で、そんなトキメキっ! のトの字も、きゅんっ! のきの字も存在しない事実をぶっちゃけるわけにはいかない――出来ないのだから。
なので、なんとかそれらしい情報を小刻みに小出しで絞り出して場を繋げようと苦心する。
「神の憩い間に繋がる神聖な湖、とも伝えられていて……」
「――聞いたことがありますね」
えっ、あの場所って地元民しか知らない系ご当地スポットかと思ってた……。
「黒い伝承……暗黒の神が住まう湖の話を。まさか、実際にデルカンダシア領にそれが存在していたとは――」
え、何ソレ!? そんなのが住んでたなんて、全然知らなかったんですけど。
……もしや地元民失格?
「暗黒の神……不穏な響きね。それは危険なものなのかしら? アイリス」
少し眉を顰めて為政者が出てきちゃうカトレア。
……もしや、その暗黒の神に婚姻を取り持ってもらった私は異端として火炙りの刑なのだろうか。魔女だし。ガクブル。
「……いえ。危険というわけでは」
「そうなのね。興味あるわ、続けなさい」
一旦、為政者を引っ込めて話の続きを催促するカトレア。
私は火炙りの刑を回避した。一時的だけど。
「むしろ異様なほど、なんでも願いを聞き届けて下さる存在だったそうです」
……頼むぞ、アイリス。
あなたの弁護次第で私はこの後、火炙り宣告か無罪放免かの運命が決まるのよ!
「ただ、何でもホイホイと快く願いを聞き届けてくれるのはいいのですが、一度聞き届けてもらえたら、それを取りやめる為にはかなりの試練が必要だった為に、やがて願う者は少なくなっていったと……」
それは知ってる……だって解除条件が無理過ぎて諦めた派だもん……。
試練、無理ゲー過ぎて諦めちゃうしかないの超分かるぅ……!
「まあ……! なんて身勝手なのかしら。神にまで頼んでおいて、無責任にやっぱり止めたいだなどと――神に願うほどの切羽詰まった想いなのでしょう? それを、覚悟を持たずして願うなど言語道断。試練は自業自得ね。むしろ神に願いを叶えてもらえる対価としては優し過ぎるくらいだわ」
と、辛辣なカトレア。ぐふ……そ、それは私に深く突き刺さります。
当時が6歳だったという言い訳は通じない。あまりに具体的で俗な願いだった。
前世の精神年齢含めても、内容があまりに欲望に忠実過ぎて自分にドン引き。
……調子乗ってしょうもないこと願ったくせにナマ言ってすいやせっしたー!
「そうですね。……ただ、願うのが赤子であっても制限なく老若男女と分け隔てなく願いを叶え、たびたび凄い混沌に陥っていたらしいです」
「あら……」
赤ちゃんの願うこと……ミルクお腹いっぱい飲みたい、とか?
「…………」
牛乳の雨が降り注ぐカオスを想像してしまい、うげっとする。凄い臭そう。
「おそらく、土地の支配が今のデルカンダシア領主へと代わってから件の湖を管理することで秩序が保たれ、それが長い年月を経て存在不詳の噂や伝承となったのでしょう」
「まあ……」
……さすが作中一の情報系。古い文献は全て我が家にしかない。
そして管理者として代々、あの湖の管理を引き継いでいるのもそうだ。
情報の質が凄い。ただの隠れ観光名所の湖だと思ってた私と大違いだ。
――時代はどこぞのエセな青より、本物の翠だな!
「では、シオンの婚姻は本当に神が叶えて下さったのね」
「……ええ。そうなりますわ」
あちゃー、そうだった。そんな話してたんだった!
すっかり歴史ミステリーに聞き入ってしまっていた。
これ恋話中だったよ、そういえば……! と気付いて再び内心で盛大に大量の冷や汗をかいて焦っていれば――。
「――現在は、どのような場所にあるのかしら」
「……領地に。我が家の近くにございますわ」
ん……? とカトレアの言葉にすぐ違和感をもつ。
そして言葉のニュアンスというか雰囲気に遅れてまさか、――と目上に対してはウケが非常に良いと自負する私の勘がビンビンに反応して、危険信号を受信した。
「まあ素敵。今度、お伺いしてみたいわ」
「あ……そのぉ……」
――嫌だ! ただでさえ戦後処理の合間をぬってやってきたのに!
高貴なお貴族様たちを迎えるための準備? 過労死どころの話じゃない!
「もしや、みなさまおそろいで……」
「ええ。本日、ここにいらしている中で興味があるという方のみですけれど」
――しかも! 付け加えて!
貴族ひとりのおもてなしで一体いくら掛かると思ってるんだ、冗談じゃない!
「じ、実は恥ずかしながら……我が家は、どなたかを大勢御泊め出来るほどに立派な造りなどはしておらず――!」
「まあ大変だわ。それなら宿泊する車を各自持参すればいいわね。ああ、そうだわ。私の我儘なのだから、我がエーデルワイス家所有の車を貸し与えることもしましょう。これなら、広い場所だけ貸してくれれば後は私たちのことは気にせずで全く問題ないわ」
わぁお。ザ・おセレブっ! 太っ腹ぁ!
「……ですが、我が領は魔獣の潜む森に隣接しているので危険で、」
「まあ当然だわ。辺境に赴くのだから、そのくらいの自衛は貴族として出来なければ。つい先ごろ、実践訓練は済みましたばかりでしょう? それにもし、少しの訓練では対応出来ないほどの最悪の事態が起こったとしても、我が家の精鋭たる護衛たちが対応致しますわよ」
くっ……というかそもそも、切実に人手が圧倒的に足りないんだよ!
まだまだ自転車操業の火の車状態のままなんだから! 無理だって……!
「……申し訳ございません。実は現在、皆様にご対応出来るほどの領地の者はおらず――」
「まあ心外だわ。エーデルワイス家で車を貸し与えるのだから、使用人も共に貸し与えるに決まっているでしょう。大切な家臣の負担になるような酷い真似はしないわ。場所を少しの間だけ貸してくれるだけでいいのよ――それとも、何か他の不都合でもあるのかしら」
「いえ……かようなまでのお心遣いを頂くのですから。これ以上、遠慮するのは失礼というもの。伏して感謝申し上げ、有難くご厚意を享受致しますわ……」
カンカンカーン! K・O――ッ!
「ええ。気にせず気楽に迎え入れてちょうだい」
恋話で墓穴を掘らないよう必死だっただけなのに、一体どうしてこうなったし。




