莎奈羅〇〇ーッ〇!
シーン、と戦闘音が止んだ間隙の、思わず固唾を呑みたくなる異様な空気に、けれどまるで気負った感じもなく声が出る。
「『――よォ、クソ女。醜い悪足掻きはこれで終わりかよ』」
クソガキ……。ガキなの? まあ17歳はガキんちょか……。
「『……お前に私が何かを答える義務は無いわ、化け物』」
て誰ー!? 明らかにアイリスじゃないよ声がっ! じゃあうんちぃから出て来たのは一体誰なんだ!?
……て、ん? なんかこの声、どこかで聞いたことがあるような……?
ヒュンッ!
と、なんか小人さんのお知り合いっぽいし、ここから待ちぼうけ会話ターンが始まるんだろうなぁと、こっそり明後日に思考を飛ばそうとした――瞬間、顎が反り返るようにして真上に跳ね上がった。というか、気付いたら視界が真上を向いていた。えっ。
内心で混乱している最中、ゆっくりと何事も無かったかのように真正面へと顔を戻した小人さん操る私が、ふといつの間にか何かを歯で挟んでいる感触に気付く。
が、すぐさまそのまま何の躊躇も無くガリゴリッと得体の知れないその何かを噛み砕いた感触もした。ううぇっ?
――何これ、うぇええ、ぺっぺっ!
内心の私に呼応するように「『クソ不味ィ』」とかぼやいた小人さんが嫌そうにその辺へお行儀悪くブツを吐き出した。よく見えなかったけど、なんか残像が黒っぽかった。
……まさか虫じゃないよね!? 違うと言ってお願い!
「『――オイオイ、オレ様が公平だからって勘違いして調子乗ってんじゃねェぜクソ人間が』」
「『化け物……』」
「『バカの一つ覚えかよ。んなオモチャがオレ様に効くはずねェってあん時思い知ったろォが、学習しねェマヌケがよォ』」
何やら推測するに攻撃されたらしい。そして小人さんが「効かねぇ!」とばかりにいつの間にか対処したらしい。と、いうところまでは何とか会話内容から読み取れた。
――てさっきの、やっぱり何か攻撃されてたんだ!? 不意打ちとかいうやつ? 全く予兆とか分からなかったよ、私。なんて危ない……。
「『気は済んだかよ? テメェの後始末もお守りも全くうんざりだぜ。――癇癪も大概にして観念しやがれや。クソ女が』」
「『――ッ誰が』」
そろそろ視界が晴れ、見通しが良くなった煙幕の向こう側――鬼の形相で憤るアイリスが居た。でも、アイリスではない。見た目はアイリスだが、なんというか雰囲気? 声? 口調? ……まあつまりなんか違和感しかないのだ。
今は小人さんに身体を貸しているせいなのか、もうちょっとで分かりそうだけど分からない感じのギリギリ見覚えがある風の違和感だ。
「『――何故お前が私の邪魔をするのよッ化け物ッ!』」
思い通りにいかなくて憤懣やるかたない、とでも言いたげな恐ろしい形相で分かりやすく地団太を踏みながらアイリス(仮)が小人さんをなじる。
何故邪魔を……って。え。実は元仲間的な? 見解の相違で仲違いしましたが実は、的な? 何ソレそこんところもっと詳しく……!
「『何故ってそりゃぁ――残念だが、テメェが故意に秤を揺らした時点でテメェが請える慈悲なんざもうとっくの昔に跡形もなくなってんだよ。気付けよ、バァーカ』」
「『はァ!? そんなの、私に限って万一にも有り得ない話じゃない! この大嘘つきッ!』」
「『――おう、今さら気付いたかよ』」
相手の顔真っ赤っかぁ~な憤りざまを見てククク、とわざとらしくいかにもなめちゃくちゃ悪役っぽい感じでニヒルに笑う小人さん、というか私。
……いやあの笑うのは全然良いんですけどでもソレ私の身体でやられるとこう――ものすっごく恥ずかしいんだってばやめてよもうッ! ぐわあああああ。悶える。悶えたい。悶えられない。なんてジレンマっ。
「『――ッもういいわ。今さらお前に私を止めることは出来ないもの。それに、そう、ちょうどいいわ。お前を私の役に立たせてあげる、化け物。光栄に思いな、さいッ!』」
カチャチャチャッ!
えっ――。
「『さすがのお前も、コレならどうかしらっ?』」
上下しっちゃめっちゃかに重なるように、突如としてアイリスの背後からアイリスの周辺を囲むようにたくさんの武器が出現する。
一見、でたらめに重ねただけにみえるそれらの武器の筒先はしかし、しかと全てこちらに向けられていた。
「『またソレかよ、んなもんでオレ様がビビるかよ。全く懲りねェガキだぜ』」
いやビビります。私はビビります。むしろチビりますです。はい。
だだだ、だって! ――銃! 明らかに銃ッ!
何故に近代兵器というか文明の利器がここにっ!?
いや今まで確かに魔動車とか家具道具類でそれっぽい利器は確かにちらほらあったと認めるけどもっ!
でもさすがに兵器や戦闘関係に関しては魔法のほうが主流、優位というか、真理。そこは流石にファンタジーさんが頑張ったというかなんというか……!
――つまり、現時点のこの世界で私の知る限り「銃」は存在しないのだ。
「あれはッ! まさか、あの伝説のッ――!?」
うぉう!? きゅ、急にそんないかにもな大声を上げて一体どうしたというんだナズナさんや……。
今まで空気を読んでか、というよりも存在をうっかり忘れるくらい静かにしていたナズナが急に上擦った、というか裏返ったような声を上げて内心で驚いた私だけがびくつく。
……小人さん? ああ、うん。余裕そうだった言葉とは裏腹に、声を零したナズナに一切の視界も注意も向けず、アイリス(仮)から全くもって目を離してませんが何か。
「あの、古来より王国を支える影の一族と噂されるほど過去より貢献し続けたという伝説の、ポーリュジャン家にのみ代々伝わるというあの“暗器魔法”だとでもいうのか……ッ! 高難度の魔法である為、扱えるものは歴代でも極僅かと聞いていたが――まさか、それを使えるとは流石だ」
ナズナが、続けざまに色々と端的で誰にでも分かりやすいご丁寧な解説をしてくれた。わあーアリガトー。私アレ何かなあって気になってたんダー。わー教えてもらえて助かったナー。
若干、何かメタ的な陰謀の匂い――というかぶっちゃけご都合主義的なアレ――を感じなくもないが、ここはそもそも乙女ゲーの世界だしナズナは攻略対象者だ。
ついついそういう行動をとっちゃうのだろう、きっと。
「『――そう、そこのお前よく分かってるじゃない。この器は紛い物にしてはそこそこ使える器なのよ』」
と、何故かアイリス(仮)が急に機嫌良くなる。おだてに弱いのかな。
「『――だから、こぉーんなことも出来るのよ』」
キキキンンッ!
「ぐあ……」
「ナズナ!?」
気付けば、甲高い音と共にナズナが剣を盾にして今にも崩れそうになっていた。
「先程よりもなんて重い……くっ」
「しっかりしろっ! ナズナぁ!」
水色が……じゃなくて。ジニアが、ナズナの背後から崩れ落ちるナズナを支えようと慌てて出て来て両脇に手を入れたが、支えきれずに一緒に崩れ落ちる。
どうやら、状況から鑑みるにナズナがジニアを庇って負傷したらしい。剣の音っぽいのはナズナたちのほうから聞こえたが、アイリス(仮)から視線を外していないのに攻撃とかの予備動作はまるで見えなかった。
ライフルっぽい見た目な上に、全銃口がこちらに向いてるのに。
どうやってアイリス(仮)の斜め横に居るナズナたちに向かって攻撃が出来たのか――などと不思議に思っていると。
急に私の両手が目の前で車の雨避けのようにザッと上げられ、まるで「いえいえ、大丈夫ですっ! 必要ないですっ!」と涙目ながらに及び腰で必死に、こちらよりも更に腰低くも手を揉み揉みする怪しいセールスマンからの怪しい商品の売り込みに決死で遠慮(抵抗)する日本人式お断り――でも結局断り切れない応対したのがそもそもミス――ジェスチャーが如くシュババババアアアッッ!! と激しく振られた。ほわぁい?
「『――おっと、悪ィ。つい条件反射で悪趣味な贈り物を受け取っちまったぜ』」
そう言った小人さん操る私の両手が、わざわざ見やすいようにと配慮してか視界の目の前にまで持ってこられた。有り難くも遠慮なく確認。
どれどれ……ほわ!? こここ、これは……!
ばら、ばらばらばら――。
「『ッこの化け物』」
私が確認したのを確認したのか、器用に全ての指の間や掌に数個ずつ挟むよう大量に掴んでいたブツを、もう用済みだとばかりに少し力を抜いて指の間から零れるようにわざとらしく落とし、そのまま小馬鹿にしたような嘲笑の表情プラス鼻で笑いながら、更に追加でアイリス(仮)へとわざわざ見せつけるようにして恨めしお化けポーズをとり、指をおちょくるようにそれぞれ別々にこちょこちょと動かした。
その小人さんのザ・煽りMAX! な無言の仕草のせいで、とばっちりで私がアイリス(仮)から更に憎々し気に睨まれている気もするが、そちらの状況をしっかり認識しつつも内心で今はそんなことよりも目の前で起きた事にまだ唖然として動揺していた。
いやだって今、両手の指からばらばらに零れ落ちたのって、もしかしなくとも明らかに銃弾なのではっ?
え? 今さらだけど、なんか無駄に殺意高くね? 私だけ弾多くね?
「『オレ様が化け物なら、テメェはただの小物以下だぜ』」
小人さんが口でも煽るように半笑いで挑発した、が。
それを内心から眺めるだけの私はといえば――。
いくら小人さんが操ってるとはいえ、よく私の身体に備わる基本能力だけであれだけ大量の銃弾なんてものを無傷で掴めたな、とか。
そもそも銃声が何も聞こえなかったけど、サイレンサー的なの付いてるにしても音とか予備動作とかあと発射後の反動とかどうなってんの、とか。
まさか、ナズナも同じように大量のアレを全部捌いたのか? でもだからジニアを庇って負傷を……でも気のせいじゃなきゃあちらにそこまで大量の――私の足元に零れ落ち、山となって地面を覆う勢いでゴロゴロするほどに――銃弾とか落ちてないな、うん。とか。
――ツッコむべき箇所は他にもたくさんあったのだろうけども。
まずもって相手の想像外な殺意のあまりの高さに、驚きと動揺でツッコミなんてものはすぐさま引っ込んでしまったのだ。
小人さんの言動のせいでちょいちょい雰囲気クラッシャーされてるけど、そういえば今ってば現在進行形で結構重めに命のやり取りをしてるめっちゃシリアスな場面だったよ! 容赦無い攻撃に、おかげでうっかり忘れてた恐怖心を思い出せたよありがとう!
ひぃぃ……ッ! 怖ぃぃぃ……! 私、空気読める子察せる子……ッ!
「『――来いよ』」
内心で再び恐慌状態に陥りかけてる私を知ってか知らずか、小人さんがクイクイッと挑発するように掌を上に向け指を立てた。
ついでに小首も傾いでまた上から目線で嘲ってみせた。――ひぃぃッ!
「『格の違いってェもんを見せてやるぜ』」
煽り大好きですね小人さんっ?! でも自重! 自重してお願いだからっ! 私の身体使って無駄に相手煽んないで後が怖いからっ! 後で万が一にも何かあったとき、私じゃ絶対対応出来ないからっ! 死ぬよ!?
無理だから! 今お兄ちゃんたちいないし絶対死ぬからマジで――てひぃぃっ……! 何あのめちゃくちゃこわい顔っ! どうしよう既に手遅れ感満載だやっほぉーいっ?! て、――あ。
「『――ふんっ、戯言はもういいわッ! お前は絶対に許さないからッ! この私にふざけた態度を取ったこと、せいぜい後悔することねッ。こうなれば、尽く私の邪魔をするお前たちを無様に這いつくぶべばッ』」
あ、…………………………えっ。
「『……アホらし』」
ブォオオン、ブォンブォオオオン――と。
――いつの間にか。アイリス(仮)の背後から静かに忍び寄り、躊躇することなくかなり強烈なアタァーック! をぶちかましてアイリス(仮)を前のめりに思いっきり地べたへ下敷きにし、戻りかけてたシリアスを見事再びクラッシャーしてくれたのは、かなりどぎつい蛍光ピンクな色をしたバイク様――思わず様付け――だった。
おそらく気のせいでなければ、アイリス(仮)の上に乗ったまま胸を張るようにして誇らしげにドヤ顔――バイクに胸や顔とは? などのツッコみは一旦置いておくとして、もうそうとしか見えない聞こえない雰囲気――だ。
もうここぞとばかりにキレッキレのどやぁ、だ。どやぁ。
「『……空気読めよ、アホが。思わずクソ女に同情しちまいそうになったじゃねェかクソ危ねェ』」
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッ!?
なんとも言えない空気感の中、バイク様の猛烈な抗議? が木霊した。




