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汚物


 皆さんこんにちは。私の名前はシオン・ノヴァ=デルカンダシア。

 ちょっと特殊な事情がある辺境出身のしがないモブな辺境伯令嬢です。

 そんな平々凡々な私から突然ですが一言。


 ――只今、風になっております。


「ぎぃぃぃぃやあああああああああぁぁぁぁ……――ッ!」


 右、左、右、右、下、右、上、左、下、下、上、左、右――。

 木々という木々、岩や倒木なんてなんのその、な感じで進行の障害になる障害物にぶつかっては粉砕、ぶつかっては穿孔(せんこう)、そうしてあちこち縦横無尽に移動するバイクに身を委ねてからどのくらい経ったか。


「ぎぃぃぃぃやあああああああああぁぁぁぁ……――ッ!」


 身体を操られてるせいなのか、ちょっと慣れてきて移動中の景色が分かるようになるほど余裕の出て来た内心の声と、未だに色々な恐怖で開いた口が塞がらない身体という、乖離(ギャップ)が凄まじいことになっていた。

 まるでぷち幽体離脱してる気分だ。というか現実逃避ってやつ? てか物凄いスピードであちこち方向転換して移動してるけど、いつまでたってもナズナたちの元に辿り着かないんですがこれは……まさかあんな意気揚々と飛び出しておいて迷子になってるとかじゃないだろうし……まさか違うよね?


「ぎぃぃぃぃやあああああああああぁぁぁぁ……――ッ!」


 ――そんなわけで。恐怖に声が引き攣る絶叫からお察しな通り、なかなかにデンジャラスな移動を結構な長時間していた。何度も息継ぎの度に叫んでるけど、よく声枯れないな私。ある意味凄いぞ。全然嬉しくないけども。

 ……誰だって、何度も何度も目と鼻の先寸前にまで木とか岩とか地面とかが毎秒コンマで迫っては消し飛んで、迫っては吹き飛んで、とされたら流石にどんな強心臓や鋼メンタルの持ち主でも普通にビビると思うんだ……。


「ぎぃぃぃぃやあああああ『うっせェ! 口閉じやがれ!』ッ!?」


 口を封じられた。やばい。身体のほうで発散してた恐怖がッ。

 あばばば……ぴぃぃぃぃぎゃああああああああぁぁぁぁ……――ッ!


「『――見つけたぜ、っと!』」


 それは何よりぃぃぃぃひゃぁぁぁあああああああああああああ――ッ!


 いつの間にか山登りしていたようで、一瞬だけ急停止した。が、小人さんは私が正気に戻って一呼吸の休憩を取る刹那も与えず、ナズナたちを見つけてしまったようで、すぐさま自由落下のような浮遊感が鳥肌となって全身を襲った。

 う、浮いてるよ! 車体? がちょっと浮いてるよっ! ひぃっ、後輪しか地面についてない……っ!


 カキン、キキンキン、キ――。


 内心でプロのスタントでもきっと真っ青になるだろう光景に、スタントですらないド素人である私があまりの恐怖でひぃひぃ言ってる間に、かすかに剣戟の音へと近づいているのが分かった。

 まあバイクのブォォンって闇夜に轟くエンジン音と、恐怖でバクバクする私の心臓がめちゃくちゃ耳に響いてうるさいから、本当にかすかだけども!


 キキキィィィィィィ――ッッ!!


「『っと、到着だぜ。盛り上がっててちょうど良いとこじゃねェか』」


 ズザザザザアアァ、と土埃をど派手に散らしながら横滑りブレーキという、その道のオタなら誰もが拍手喝采だろう超かっちょいい到着を決めた私の身体――私単体では絶対無理だ――にちょっと感動したものの、それも小人さんの言葉――私の声だから違和感あるけど――で周囲を確認してすぐさま引っ込むこととなった。

 ひぃぃっ! なにあれなにアレ何アレぇぇぇぇええええええっ!!??


「――オオオオォォォォォォオオオオオォォォォォオ゛オ゛オ゛」


 暗闇からにゅるっと這い出て来たソレらの、あまりに醜くおどろおどろしいその姿になんと形容したらいいか一瞬迷ったが……ちらちらバイクのライトが照らす範囲にご丁寧に這い出て来たソレらの明らかとなった姿に戦慄する。

 ばちっ! 目が合った――あ、どうみてもホラーで定番なアレですねそうですか御来訪ありがとうございましたでは永遠にさようならあああああっ!!


「オオオオオオオオオ゛ッ」

「ひぃっ」


 ――ぞ、ぞぞぞ、ゾン、ビィィィィィィイイイイイッッ!!

 みみみ、見つかっちゃったよどうすんのよコレってこっち来んなっ近寄んなっ、ひぃ! て間近で見たらますますリアルでキモ――。


 グチャ。


「…………」


 ……え。


 グチャ、グジグジ……。


「『チッ、臭ェんだよ引っ込んでろクソ死屍(ザコ)ども』」


 視線は奥で何やら何かと戦ってるように見えるナズナ――身体能力は私基準なので、私の平凡な動体視力ではギリ残像が見えるかどうかだ――に向けられていたが、身体を操られてても感覚というか六感はご親切にもちゃんと私と全部が共有されている。

 だから私が内心で定番ホラーなゾンビィにひたすら戦慄している間も、身体の主導権は貸したまま、小人さんが握ったまま、であり……しかし、それでも表面上の言動は全て私が行っているも同然の感覚となってるわけでして。

 つまり、何が言いたいかというと今、――あ、足で、私が、自分の足で、ぐちゃ、って。ぞ、ゾンビィをぐちゃって――。


「『オイ、あの鏡どこやった。出せ』」


 ……これ、私への問いだろうか。いや、この状況で所望される鏡が普通の鏡なわけないので、きっとあの御使い様がくれた『真実の鏡』のことなのだろうけど。

 そしてその鏡のことを知ってるのは、この場では他に私だけだ。だからたぶん、きっとその鏡を所望されているのだろう。


「『チッ、群がんじゃねェ! 臭ェだろうが!』」


 でも待って。本当待って。今も下からズリズリぐちゃぐちゃとか聞こえてるんですが。ぐりぐり踏みつけた感触ぐにょんってしてるんですが今踏んだのどこ臓ですかマジ待ってというかやめて下さいぃぃ――ッ。

 そうしてあまりのショックにすぐには動かない私に早々に痺れを切らしたのか、それとも単に鏡を探す出すためだったのか。


 私の身体、というか視線がナズナの方向から()()向きそうになったのを脅威の危機感でもって素早く察知した内心の私は、自分史上最速記録を叩き出すであろう驚きの素早さでもって懐に未だになんとなく仕舞っていた手鏡を取り出しさっさと()()と天高く掲げた。ぺかー。

 ――ギリギリ阻止! これ以上のグロはマジ勘弁てかガチ無理ですっ! というか月光を反射してるのか角度の問題なのかは知らないけど、なんか無駄に鏡面が神々しく光ってるんだけどなんで……っ?!


「『なんだ。やっぱ持ってんじゃねェか。あんならもたもたしてねェでさっさと出しやがれ』」


 はい。ごめんなさい。誠心誠意謝ります。なので明らかによろしくないものを勝手に人の身体使ってぐりぐりしたのも誠心誠意謝ってください本気で。

 色々ショッキングだったから! 自分の身体じゃないからってそういうのはよくないと思う! 助けてもらう分際でアレだけど、せめてもっと丁重に扱ってくれても全然いいと思うんだっ。


「『――よし。オイ、アホ。鳴らしていいぜ』」


 ブブブブブブブォオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


「え、うわっ、おぅふ……」


 ――説明しよう。

 何やら私が取り出した手鏡を、小人さん操る私がバイクのヘッドライトに容赦なくぶっ刺したかと思うと、割と静かに待機していたバイクが突如として大音声を鳴らした。ここで驚きの声。

 そして、その大音声の後にヘッドライトが一際ぺかーと光り輝いたかと思えば、その光に中てられたゾンビたちが次々と成仏していったのだ。ここで眩しさにシャウト。


 そして私本人がついつい漏らしてしまった「おぅふ」につきましては、成仏するゾンビィたちが浮かべていた苦悶のおどろおどろしい顔が、まるで極楽浄土の菩薩のような表情へとほわわわわぁ~っと。おええっと吐くほどではなくとも、頬が引き攣るくらいには気持ち悪く変化していく過程を見せられたので。

 それがあまりに表現しようの無いほど筆舌に尽くし難いほどに気持ち悪かったので。ついつい出てしまった、前世でもたくさんお世話になっていた単語を用いた特有のドン引き表現なのである。おぅふ。


「う……ここは……」

「『おう、今頃お目覚めかよ水色』」


 水色……今頃お目覚めなのか、というお言葉にはゾンビィに心身と被害を一人だけ被ったから激しく同意だけど、水色……いや私も内心でつい、仕出かされた苛々でぽろっとしちゃったから人のことは言えないけど、それにしても面と向かって水色……。

 走り出してすぐ、凧揚げの凧のように案の定ぴゅーんとお空へ儚く舞って気絶したジニアは、私の身体を操ってる小人さんが器用にも下半身だけでバイク操作しながら、さらに上半身を腰だけで振り返ってクルクルとジニアに繋がれていた命綱を粋な手捌きで回収し荷台へボッシュート、という離れ業を披露したので一応無事だ。


「く、うおぁ!? いっ……」


 などと意識を逸らしているうちに、自分の状況が分からないジニアが無謀にも起き上がろうとして盛大に後頭部を打っていた。

 ボッシュートの際、回収した命綱で雁字搦めに括り付けられたのでそりゃ動けんだろう。だから乙女みたいにぎゃあぎゃあ喚くな。私が君をはらはらと気にしてなければ、ここに来るまでに骨の2、3万本は折れてたんだぞ。こちとら――正しくはお願いしたら回収してくれた小人さんだろうけど、連れてくと言ったのは私でも連れて行く方法の元凶は小人さんだからプラマイゼロで私が――命の恩人ぞ。

 何も知らぬは幸せなことなり……。


「――ナズナっ!」


 よいせ、と蜘蛛の巣に捕まった蛾のようにわちゃわちゃして動けないジニアを小人さんが救出してあげた。

 ら、お礼の言葉もなく今なお剣戟の音がする方向へとすぐさま駆け出してしまった。……おい待てコラ。お礼云々はこの際いいとしても、急に戦闘区域らしき場所に後先考えずに突っ込んで行くな。行く前にちゃんと状況把握しろ。いつもの冷静クールな知的キャラはどこいった。もっとクールに動けよ。そういうポジでしょうが!

 ゲームでなら萌えたかもしれんが、リアルでそれされるとただのバカだから!


「ジニアっ!? 何故ここに……ッく」

「ナズナッ!」

「――来るなッ。邪魔だ引っ込んでいろッ」


 その通り! やいやい邪魔だ引っ込んでなさいエセ知的キャラめ……!


「足手纏いだッ! そもそも何故こんな場所に居る!? 拠点のほうはどうなってる!?」

「う……そ、それは」


 ほーら、だから言わんこっちゃない。何の策も無く、後先考えずに飛び出すからだ。おかげで()に気付かれた上にやろうとする前に奇襲も有難いことにぱぁだ。最悪。

 ……まあ私に関していえば、小人さんが無言で気配消してジニアに続くことなくささっと身体を操って裏に隠れたのでまだ顔を出してない。だからまあ今から奇襲、やろうと思えば出来なくもないのだろうが――普通にイ・ヤ・だ。

 だって、ただでさえゾンビィでも無理だったのに。(アレ)は――普通に汚物だった。クサイ。ムリ。キモイ。


「ブブブ、アバレナイゲニエ゛。オドナジググワレナ゛ザイ」


 敵が(ダミ)声過ぎて正確には何言ってるか分からないけど、周囲の惨状を鑑みればそれが禄でもないことだけは間違いないだろうというのは分かった。

 暫く観察するように濁声の敵を見ていたが、ナズナが切りかかる度にゾンビィに分裂していた。ジニアもなんとか魔法で参戦し、応戦しようとしているようだったけど、それを何故かナズナに止められてしまっていた。


「やめろッ! 絶対に魔法を撃つな! 大人しく下がっていろッ!」

「何故だ!」

「邪魔だと言っているッ! あの敵は――」


 ……こんな時なのに痴話喧嘩風味でやり取りする二人の会話内容から何やら察するに、あの濁声の中身には何故かアイリスが埋まってるらしい。理屈は分からないそうだが、アイリスが魔法を使った瞬間に問答無用で吸い込まれて取り込まれてしまったらしい。えっ。何それ、えっ。やば。きも。こわ。むりぃ。

 だから今はナズナも念の為に魔法での身体強化などは行わずに、ただひたすら素の身体能力だけでザクザクと敵を剣という物理で削ってる最中らしい。


 どうやらナズナによると、分離したゾンビィは近付かなければ襲ってこないようだが、近付いたり触れたりすればブービートラップのように執拗に追いかけて襲ってくるという。いちいちソレらを処理していたら体力が保たないので、仕方なく今はそのへんに放置しているそうだ。

 なるほど。あの大量に居たゾンビィはそういうことだったのか……。


「ブバババババッ! ゾンナ゛ボドバギガナ゛イ! ブババババ!」


 ひそかに、参戦前に魔法を実質封じられてしまった魔女という……己のまさかの事態に内心で動揺し恐れ戦いていると、急にブバブバうるさくなった敵さんの声が耳障りに聞こえて来た。

 ナズナから敵の魔法封じ? について聞き、私と同じく魔法が使えないと役立たず以下の足手纏いだと速攻で判断したジニアが、即座に魔法での参戦を諦めて苦肉の策っぽいへっぽこな投擲(小石)を開始したのだ。


「くっ、やはりダメか……!」

「ッ引っ込んでいろ! 邪魔だ気が散るッ!」

「ブバババババ! ギガァアアアアアンン゛!」


 無いよりマシ……いやあって無いようなものだな。うん。むしろ変な方向とか、ナズナの方に飛んでいかないだけマシ、と判断していいものか? いやでもナズナの気を散らしてるそうだし、やっぱいらんのか?

 などと考察している間にも、敵はそんなジニアの、その援護射撃にしてはあまりにも無意味で貧弱すぎるだろうそれに大好評というか大ウケのようだった。


「ぐはッ!?」

「ナズナっ? く、このぉー……!」

「ブババ、ブバババババ!」

「――――」


 ――いや、分かるよ? あんな今から河原で石切りでもして遊ぶんですか、みたいな小石でツンツンされても痛くも痒くも無いけど片腹痛い感じ。分かるよ?

 でもね、うん……挑発とか煽りのつもりなんだろうけど、分かっててもなーんか妙に腹立つ。というかその前に、いちいち避け動作とかが軽快(コミカル)に動いててクソ腹立つなアイツ。汚物だけに。

 ――あっ。あれは……っ!


「グッ!? ゴレ゛バッ!?」


 ――ォン、ブォン、ブォンブォンブォオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!!!


「なんだ急に!? 眩しい……!」

「ぐ……目が……」


 ぺかあああああああああああああああああああああ!!


「『――さっきから臭ェもん撒き散らしてんじゃねェ、クソ溜めが』」


 ぺっぺっ、とでも吐き捨てるように言いながら私の身体――というか操ってる小人さんが、颯爽と隠れていた木の枝からトンッと身軽に飛び降り参戦した。基本能力が私の身体、とはとても思えないような軽やかさだ。

 わあ、いかにも真打登場って感じでかっこいいっすね! でも残念なことに素材が私かと思うと超恥ずかしくて素直に喜べないこの複雑な乙女心は……ごにょごにょ。


「グバァ! ゴ、ゴノ゛ヂガラ゛バ……!? バ、バゲボノ゛ガ……ッ!」

「『――テメェにゃ言われたくねェぜ、クソ溜めの分際で』」

「グブゥ!?」


 小人さん操る私に合わせるようにか、木陰から手鏡をぶっ刺したままのヘッドライトを最大限に光らせたバイクが独りでに動いて出てきた。

 そういえばさっきもゾンビィたちを成仏させてたな。ジニアたちと汚物に気を取られてすっかり忘れてた。


「バガナ゛……ジョヴガザデドゥゥゥ……ダゼ……ダゼダァァァァアアアアアアアア゛ア゛ッッ!!」

「『何故かって? そりゃぁ――汚物は消毒するっつーのが()()()ってもんだからだろォがよォ』」


 シュワシュワジュワジュワと、まるで蒸発するように縮小し始めた汚物を内心からぼけーっと眺めてて――はっ! と唐突に気付いた。

 それ、その()()()を忠実に再現するとなると、この後の展開で、私がお約束的に非常に危ない立場になるのでは……っ!? と。

 まあでも相手はモノホンの汚物だし……大丈夫、だよね……?


「『――消え失せろ、クソ死屍(ザコ)が』」

「グゾガァァァアアアアアアア゛ア゛ア゛ッッ!!」


 ちょっとこの後の自分の身を危ぶみつつも、しかし待てど特に何事か起こることもなく敵がぺかーっにジュワーっとされて特に波乱も無くあっさり蒸発して消え失せたので、ひとまずはほっとする。

 ……が。汚物蒸発跡地にいつの間にかひとつ残されていた影が、ぬるっと起き上がったのが見えて無意識に血の気が引いた、気がした。


「『――よォ、クソ(ガキ)。醜い悪足掻きはこれで終わりかよ』」

「『……お前に私が何かを答える義務は無いわ、化け物』」


 ……どうやら、第二の波乱(ラウンド)はここからであるようだった。

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