不穏な夜に
「――今だ! 各々の最大攻撃魔法を放て!」
御使い様がくれた『真実の鏡』なるものに不穏な光景を視てしまったものの、あれから特に何事かが起こることも無く作戦は幾日と順調に進み……。
ついつい今回の作戦参加者名簿や領民名簿、ついでに訪人名簿なんかまで引っ張り出しては徹夜で隅々まで照会なんかしちゃったりとかしちゃいましたけども。
……本当に何事も起きてない。行方不明者とか誰もいない。てか名簿に名前が確認出来る人は全員洩れなく居た。
――誰か見逃した? いや……密かに結界含め、何か領地に異変が無いかと常に監視してるだろう魔女たちから何も報告とかないし。見間違いだったとか? それか落としたせいで一時不良を起こしてただけとか。
うん、そうかも。そういうことにしておいたほうが、こう……何もないと逆にそわそわして落ち着かないからね! なんだか考えるだけ不気味に感じるし……。
「よし! 本日の討伐はここまで! ここで野営を行うから各々、配給までに拠点構築しろ!」
プラタナスの号令に従って無言でぞろぞろと、ここ幾日かですっかり慣れたようにあちこち草だらけの元貴族令嬢令息が森の中で決められた範囲のあちこちで野営の為のテントを張り出し始めた。いや、現役の貴族令嬢令息ではあるんだけど、どうもボロボロな格好だけみるとつい、ね?
ちなみに支給品であるそこそこ大き目なテントは、バストイレ別付きで更に虫よけ用の天蓋キングサイズベッドにクローゼット、ついでに調理場やリビングテラスまで備え付けられているという二階建ての個人用という……野営テントとは? な機能性抜群な上に魔法で張れるお手軽お家持ち運びタイプだったが……建てる際に魔力不足だとうんともすんとも言わない上に、それでも建てたいならば何徹か覚悟前提で自力で骨組みから建てないとならないという分かりやすい罠が存在していた。
さらに言うと荷物は建てた後でないと絶対取り出せないので、お風呂にも入れない上に着替えも出来ない。地獄だ。特に今まで蝶よ花よと育ってきて、突然実戦投入と相成った貴族令嬢たちにとっては。
造りからして、明らかに元のコンセプトは貴族の優雅な数日の遠出用とかなんだろうなあ。分かりやすいなあ。
こんなものを野営テントとして支給とは、凄い皮肉が効いてる。私も色々と聞いてなければ、カトレアたちの黒い思惑というか狙いが透けて見えることも……ああっ、殆どの貴族が意味に気付かず、何の疑問も無く支給されたテントを受け取っていたのを思い出すと何ともコメントしづらい……!
そんな自分たちの役割に気付かず、ある意味役割を全うするかのように日中の魔獣討伐訓練――という名の囮作戦――でアホみたいに何も考えずにバカスカと魔法を撃つだけのようなアホな魔力効率で運用を不真面目にサボっていると、その後に身を持って教訓とする系の地獄のテント張りが待ち受けているという……強制魔力運用訓練が課されていた。
初日から数日、さっそくとテント洗礼を受けた威力自慢なだけのアホたち――高位貴族に仲間入り出来るかどうか微妙な、若干プライドが高めなだけの中位貴族が多かった――は早々に根を上げ、魔力回復までその辺の草むらで寝転がって休むほうがマシだ、と判断して大人しくなった者は男女関係なく少なくはなかった。
そんな回想をしながら自分のテントを張り終えて外に顔を出すと、煙のような黒いモヤモヤがちょうど目の前を過ぎったところだった。
……ん? 黒いもやもやって……。
「んんっ!? ええっ? まさかあれって――」
あれって前に、王宮の舞踏会でみたやつじゃね!?
一瞬だったし、日が落ちかけで森の中で暗いからとっても見えにくいけど……あの時のと気配が同じだったから絶対見間違いじゃない!
「どこ行きましたの!?」
慌てて黒いもやもやが向かっただろう方向へと向かったが、完全に日が落ちてしまったのか、魔法で付けられた明かりが届かない場所はどこもかしこも真っ暗な闇で全く区別がつかない。
くっそー! どこいったぁー! 話は逃げ切れた後だ! とか言っておいて結局そのまま敵前? に一人放置されたこと、ちゃんと覚えてんだかんねー! ちょー怖かったんだぞー! 謝れー! てかあんた結局何者よー!?
「ふぅ、ふぅ……」
心の中でアレコレと叫んでみた――お疲れの皆様の迷惑にならないように――ものの、運動過多だと肺が空気を求めて鼻息荒くなっただけであった。
と、後ろから急に気配がしてぴくりと反応する。
「――シオン様。会議のお時間です」
「ふぐ……えぇ、すぐに向かいますわ」
後ろを振り返ると、咽る私を気にした様子もなくニコニコと上機嫌に笑うアイリスがいた。そして連絡を伝えるだけ伝えると、ニコニコしたままクイッと眼鏡を正し、私が何かを尋ねる隙も無くそのまま闇の中へと笑顔のまま溶けてどこぞへと消えていった。
……え、こっわ。なんであんな上機嫌でにっこにこに笑ってるの……? いつもの冷静沈着そうな鉄面皮はドコへお捨てになったんですか……? え、こっわ。え、なんで笑顔。えっ……不穏!
「――報告は以上だ。想定より遥かに順調に進められている。そちらの首尾はどうだ、デルカンダシア殿」
「……一足先に偵察へ向かった魔女たちによると、帝国は今もぬけの殻だそうですわ。まだこちらを侮っているのか、それとも裏で何かをしているのか、表面上では大きな動きはないそうですわ」
「そうか分かった。状況が変わり次第、報告を徹底するよう頼む」
「勿論ですわ」
結局この後に集まった会議では、アイリスはいつも通りの様子だったので気にするのをやめた。だって深く聞くのなんか怖いし。だって、うん。きっと原作で大層可愛がってた可愛い可愛い婚約者から連絡でも来たんだろうしさ、きっと。うん。絶対深くは首を突っ込まないぞ……。
原作のアイリスとその婚約者について散々理不尽な目に合わされたことを思い出して、首を竦めた。原作のハッピールートでも、死にこそはしないものの散々な目にはあったんだよね……触れることこそ野暮というか、むしろ禁忌というか……?
犬も歩けば棒に当たるというか……雉も鳴かずば撃たれまい、的なね!
「――るなッ!」
「――ない」
「……ん?」
そそくさと、気配を極力消すよう静かに会議終了早々にアイリスの方向を見ずに会議テントから脱出し、黒いもやもやを追いかけてたせいで受け取りそびれた配給をしっかり受け取ってから自分のテント方面へと帰っていると、どこからか言い争うような声が聞こえてきた。嫌な予感。
だんだんと声が近付いているということは私のテントの近くに……そろそろ我慢の限界になったお貴族様の抗議かなぁ? 最近はへとへとになってて随分と大人しかったのになあ。もうこの後はお風呂入って就寝スケジュールだったのに、これからクレーム対応とか面倒だなあ。
あーあ、なんで指揮官なんてもの引き受けちゃったんだか。御使い様に人質というか、人命で脅されたせいか……。うう、副音声の「見殺しにするんですか?」と暗に言われてることに気づいちゃった過去の自分が恨めしい……そしてそう言われちゃうと凄く気にしちゃう小心者な自分の性格が憎らしい……。
でも実際になってみると、必要なときは勝手にあちらで台本とか台詞を用意してくれてるし、囮作戦遂行中の今も言うほどの過酷さはないので少し拍子抜けだ。いや、今も最前線で魔女たちが命がけの暗躍とか決死の戦闘とかしてるのは報告されて知ってるけども。
なんというか……こう、良く言えばただの社会見学っぽい遠足、悪く言えばちょっとハードな軍人サバイバルキャンプ体験学習レベルだ。
なんだかんだで先行する魔女たちが討ち漏らしただろう弱い魔獣をちょこちょこ討伐しながら、ちょろちょろとゆったり進んでは野営、また打ち漏らした魔獣を討伐しては――というサイクルを繰り返しているだけだ。
まあつまり何が言いたいかというと、テントの性能がそもそもアレ――軍事行動の支給品にしては豪華過ぎる――だし、こういうのに慣れてるだろう貴族――辺境系に多い――にとっては遠足気分にもなろうというものだということだ。ま、それ以外のド素人たちにはただの拷問だろうけど!
だから魔女たちや経験豊かな貴族たちの数よりも、徴兵された軍の大半がただのド素人だと知ってて見捨てるのはさすがにちょっと良心が痛むわけでして……。
そんなこんなで上辺だけの指揮官になって行軍を共にしているが、予想通りこういうのに慣れてなくて野宿しざるをえなかったアホ貴族たちが、まだ元気溌剌だった初期に「君たち、上官の意味知ってる?」とつい問いかけたくなる感じで身分とか関係なく突っかかってきたりもしたものだ。
それほど辛かっただろうというのはなるほどとお察しするところではあるが、ならば最初から魔力効率の運用をバカにせずに必死こいて励みたまえよとも言いたい。
いくらド素人とはいえ、そもそも貴族なら学園入る前から魔法教えられてるんだから、効率的に運用出来ないとは言わせない。やる前から出来ないとやろうとしないのはただの怠慢である。
私なんて魔女の魔法を習得する為にどれほど……ごにょごにょ。
「きゃっ!?」
「――す、すまない!」
などとグチグチ考えていると、思いっきり誰かとぶつかった。前世で聞き覚えのあり過ぎた素敵ボイスからしてそうだろうとは思ったが、顔を見ればやっぱり思いっきりジニアだった。嫌な予感再び。
……何してんのここで。
「キュスタバング殿、こちらには如何様な御用が……?」
「いや……少々、な」
なーにが少々、な、だ! やめてよね。そんないかにも聞いてくれ、な顔されても絶対理由とか聞かないからね? 私。
ただでさえ、これから面倒なクレーム対応が待っているというのに。
「……さようでございますか。それでは、私はこれより騒ぎを収めに参りますのでこれにて失礼を」
「いや! それには及ばない! 言い争うつもりはなかったんだが、騒ぎに聞こえていたようで申し訳ない……ナズナと少々、な」
いやだから聞かない……って、なんとなく気付いてたけど、やっぱりあんたたちだったんかい。うわ。主人公不在なのに物凄く嫌な予感。どうすんの、コレ。無視していいもんなの? 誰か教えて! へるぷみー!
頭の中では原作の二人についての情報が羅列されるように引っ張り出される。そうして思い出す中で冷静に分析した結果、確かに二人が言い争う場面というかルートはあった。主人公総死亡の病み闇ルートでな!
……あれおかしいな? 主人公であるサクラちゃんは何もしてないのに、一体どこでナズナ闇落ちフラグが立ったんだろう。デルカンダシア領から殆どずっと私の傍に控えて護衛してて、一度もそんな素振りを……いや待て。今何か大事なことを思い出しそうだった。なんだっけ……。
う、唸れ! オタク魂! 甦れ! 独身貴族の慰めの記憶よ……ッ!
「貴方はナズナとは随分と懇意にしているようだが……」
「? う、うぅん」
ま、まあ。それなりに懇意というか、監視はされてましたけども。
いや、そうじゃない。そんなことより今は思い出しそうで思い出せない、こう……喉元まで出かかってるのに、あとちょっとで出てこないナズナの闇落ちフラグに関する記憶のほうが重要だ。邪魔するでない水色。
「それほど突飛な物を用意したつもりはなかったが、渡そうとした贈り物を相当気に入らなかったようで……あれほど怒るとは思わなくてな。恥を忍んで頼むが……ナズナから密かに理由を聞いてくれないだろうか」
「――な、にをお贈りになりましたのっ?」
ジニアの曇った顔を見てビビビッ! と脳天から衝撃が走るように記憶が稲妻のように迸る。
『――だがそれはただの無価値なゴミだ』
『――そうか、貴様は受け入れてくれるのか?』
『――ああ、違う、違う違うチガウッ! ああいや、違わない……これこそが――』
……そうだ。そうだった、乙女ゲー定番といえば好感度アップアイテム。
そしてアップがあるならダウンがあるのがお約束で――。
「ああ、――これだ」
それは、
「今どき花なんて時代遅れかもしれないが……」
二人が決定的にすれ違い始めるルート分岐最大の要因。
「公私混同はいけないと理解しつつも行軍中につい、な」
何してくれとんじゃあああああああ!! と悲鳴を上げなかった私、偉い。




