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特集 『らぶさばいばー』秘話


 Q1

 巷ではかなり酷い評判のようですが、比例して売れ行きは好調ですよね。もともと、こうなると想定した戦略での開発だったのでしょうか。


 A1

 いいえ。そもそもここまで話題になること自体が想定外でした。これでは失敗でもおかしくないので、実は少し困ってます。


 Q2

 想定外で失敗とは! 見識が浅い一般人の意見としては、話題になって売れれば大成功だといえると思いますが……では、貴方にとって成功とは何を指しているのでしょうか。


 A2

 ――この作品を確実に届けたい人がいるんです。そういう意味では有名になって話題になることは成功といえるかもしれませんが、届けたくない人にも届く可能性を考えると、ちょっと有名になりすぎると困るんです。


 Q3

 届けたい人? その方へと届けるために制作されたんですね! ですが、その……こう言ってはなんですが、かなりダークな内容ですよね? そのような作品を届けたいとは……一体どのような方なんでしょうか。


 A3

 一言でいえば……箱入り娘、ですかね。今後もきっと、私が直接お会いすることは絶対に叶わない人です。想像以上に周囲のガードが硬くって……どうしても伝えたいことがあったのですが、これ以外に確実にそれを届ける方法が無かったんです。ですので、伝えたい全てをこの作品に籠めて――これが密かに贈れる、せめてもの私からの餞別なんです。


 Q4

 はあ……箱入り娘に餞別、ですか。よほど思い入れが深いのが伝わってきますね。野暮になりそうなので、これ以上は聞かないほうがいいでしょうか?


 A4

 あはは。そうしてもらえると助かります。伝えたいことは全て作品に籠めたので、そこから何かを感じ取ってもらえれば幸いです。


 Q5

 そうですね。それが一番ですからね。……そういえば、お会いした時に驚いてずっと気になっていたのですが、容姿がその……お言葉がとても流暢なので、もしやご両親のどちらかが外国の方とかでしょうか?


 A5

 いえ、ここの裏側の地の出身ですよ。今はここに国籍を変えて、姓名も馴染みやすいものに変えてますけどね。留学から永住という流れで。なのでまあ、正確には元外国人です。


 Q6

 へえ……! やっぱりそうだったんですねっ! あ、すみません。昔はともかく、グローバル社会を推進してる昨今では何も珍しくないことなのに……非常に失礼な態度をとってしまい、申し訳ありません。


 A6

 大丈夫ですよ。慣れてます。よくある反応なので、いちいち気にしてませんよ。むしろ会話のきっかけになるので、話のタネに重宝してるくらいです。


 Q7

 そうなんですか? 少しだけホッとしました……ここだけの話、記者としては失格かもしれませんが、地域紙なせいか実はまだ海外に取材へ行ったことがないんです。今はネットで全て済むという理由もありますが……やっぱり海外なんかで多角的に価値観や雰囲気などの経験を肌で直接的に感じて積んでこそ、より創造的で素晴らしい作品が出来るものなのでしょうか。そういう観点で、今作への影響とかって何かありますか?


 A7

 影響……大いにありますね。あの地あの場あのタイミングで産まれてこれた意味が、とても。故郷を捨ててここまでやってきた根幹、存在理由。やりたいこと、やらなければならないこと、使命と言われるものの放棄、全う。悩みに悩んで、足掻きに足掻いた結果たどり着いたのが『らぶさばいばー』という結論でした。


 Q8

 なんだか、とても、そう……深そうな理由がありそうですね。


 A8

 ふふ。そんなことないですよ。カッコよく言ってはみましたけど、有体に言えば故郷が気に食わなくてただ家出しただけの無知蒙昧な小娘ですから。何度上手くいかない現実に潔く諦めて故郷に戻ろうかと悩んだことか分かりません。


 Q9

 聞いていいか分かりませんが、どうしても気になるので……家出した理由をお伺いしても?


 A9

 受け継ぐ予定の家業が大嫌いだったので。


 Q10

 家業ですか? どのようなものですか?


 A10

 分かりやすく例えれば、よく当たる占い師です。……とても閉鎖的で滅びる寸前の小さな村落の、少し変わった特別な特徴を産まれもった……けれどとっても陰気でネガティブな部族の占い師でしたので――嫌気が差して、役に無理やり就かされる前にと後先考えずに飛び出してきたんです。


 Q11

 占い師ですか! 私は好きですよ! あ、でもそれがお嫌だったんですよね、すみません。


 A11

 いえいえ。今ではもう家業の全てを受け入れています。それにもう、私しか後を継げる者は存在しませんので。全部、滅びましたから。


 Q12

 えっ……それは……なんといえばいいのか……。


 A12

 ふふ、冗談です。そういう未来になるだろう、という占い結果です。もともと小さな部族と村落でしたから、土地の開発が進めばいずれ無くなるのは時間の問題、というわけです。


 Q13

 は、はは。なるほど。ちょっと驚きました。さすがは開発者。あれだけダークな作品を作れる素養をヒヤリと感じました……ですが確かに、そういう問題がよくあるとどこかで小耳に挟んで聞いたことがあるような気もします。出来れば故郷は残ってほしいですよね?


 A13

 いえ。無理に残っても、もう何も意味は無いと思ってます。役目は終えてますので――いえ、もうすぐ終える予定なので。


 Q14

 それも占い結果ですか?


 A14

 はい。そうです。そういう占い結果です。


 Q15

 では、今後出されるのでは? とファンの間で噂されている続編については、どのような結果になるのかも分かるのでしょうか。


 A15

 分かりますよ。なにせ――続編は出しませんので。


「えっ!? 続編出さないんですか!? あ……」


 ガタリ、と大きな動作で立ち上がった記者が恥ずかしそうに飛んで行った椅子を戻して静かに座りなおした。


 Q16

 ……大げさに驚いてしまって、すみません。製作者本人に言うのもなんですが、実はこっそり私もファンなんです……。


 A16

 ありがとうございます。光栄で嬉しいです。ですが……続編は出しません。出せないんです。


 Q17

 それは、このことを読んで知ったファンがとても残念がりそうですね……。かくいう私も正直、ガックリ来てます……。


 A17

 あはは。それは、なんかごめんなさい。語弊がありましたね。私は続編を出さないですけど、続編自体は別のところから申し出があって出す予定なんです。


 Q18

 ? つまり。制作会社が変わるということでしょうか。


 A18

 正確には担当者が変わる、ってことです。――私には、あれ以外のものがどうしても描けられないので。熱意のある別の方に引き継いでもらいました。


 Q19

 そうですか……続編が出ること自体は素直に喜ばしいことですが、先生の作品だからこそ魅力に取りつかれたファン層からすれば、やはりショックはショックですね。


 A19

 そう思ってもらえるのは嬉しいですが、続編の担当者も素晴らしいクリエイターなので、是非そちらもいずれ楽しんで遊んでいただけると幸いです。


 Q20

 そうですか……残念ですが、続編が出るそうなので、期待して待つことにします。といっても、有名な作品の続編であるほどにおいおいにして期待値が高まっていくものですが……。


 A20

 あはは。あまりプレッシャーをかけないであげてください。代わりといってはなんですが……今度公式に出す声明をここにだけ、いち早く教えますので。


「声明?」

「これをどうぞ拝見下さい」

「こ、ここここれは……!」


 記者が渡された薄いパンフレットには、「『らぶさばいばー』の真の遊び方はこれだ」と簡素なタイトルが記載されていた。

 ぱらぱらと簡単にめくって内容を少しだけ確認した記者は、衝撃のあまりにふるふる震えてパンフレットを丁寧に机に置き、周囲の飲み物などの危険物を遠くへと遠ざけた。


「どうして……うちなんかの零細地域紙に……」

「届けたい人が居るって、言いましたよね?」


 その言葉で察したのか、理解して頷いた記者の目が輝く。


「――なるほど。これはラッキー、でいいのでしょうか……?」

「世の中とはそういうものです。繋がりとは縁そのものですから」

「運も実力のうち、というやつでしょうか」

「その通りです。最後の部分はこれの掲載でお願いします」

「勿論です! 今回は飛ぶように売れ……あ」

「ふふ。そうなると良いですね」

「はは、は……すみません。ありがとうございます……」


 そう言ってそそくさと、記者が丁寧に机に置いていたパンフレットをこんなこともあろうかと用意していたファイルに入れて、更に厳重にボックスにしまってから用心深く鍵をかけた。

 そこまでして厳重な保管に満足したところで、記者は再び向かい合って雑談へと移行することにした。

 さすがにあの流れでは、これ以上の質問をしても読者はこの先を読まないだろうからだ。読んでもさらっとだけで、絶対にすぐ忘れるだろう様子が目に浮かぶようだった。

 それでは記事として、記者としては三流以下だ。


「――今回、うちの何の取り柄もない小さな会社が最近の話題作をどこよりも先に取材させて頂けることがずっと不思議でしたがなるほど、そういう縁と裏事情があったとは全く予想してませんでした……」

「今まで他からの取材は全て断ってきてましたからね、それはそれは不思議に思いますよね。驚かせてしまったようで、すみません」

「いえいえ。こちらとしては、非常にありがたいご縁ですので。といっても、今回限りであろうかと思うと悲しいのも事実ですが……」


 雑談だからか、記者のしんみりとした悲しい本音が先程よりもぽろぽろ出て来る。


「……続編には関わらないそうですが、今後の予定とかはあるんですか? 別作品とか……。もしよろしければ、その時にでも取材したいのですが……今後はどういったご予定になりそうでしょうか」

「そうですね。実は一度、故郷に顔を出そうと思っているんです」

「故郷にですか? 原点回帰とか初心を思い出す為に、とかで?」

「いえ――結末を見届けに行くだけです」

「占いの?」

「そうです。占いの、です」

「それは確かに……今後どうなるか一番気になることですね、ははは」


 軽い調子で返ってきた言葉に、記者はただの里帰りを冗談めかして言っているのだと判断した。

 それから少し雑談をしてから今後何かあれば取材する約束を取り付けて解散となった。

 そして、――。


「――どうか、あなただけに神意が届き永劫刻まれますように」


 人の気配が全くなくなった部屋の中でそう言いながら瞳をそっと触り、外した薄茶のコンタクトの下は――ゆらゆらと揺れて煌めく、業火のように美しく不思議な色合いをした赤瞳が存在していた――。

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