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幼名


「……ぼたん様」

「うむ。なんでござろうか」


 朝一番、部屋を出て一歩目。

 しれっと壁によりかかって待機していた怠惰な護衛を発見して名を呼ぶ。


「昨夜は何をして過ごしておいでで?」

「愚問。拙者は護衛でござる故に」


 ハッキリと返された答えに、じとーっとした視線を向けたが特に後ろめたく思っていない様子が牡丹くんの飄々とした態度から伺い知れた。

 ぐむむ、と眉を顰めて問い詰める。


「昨夜、不法侵入者を目撃致しましたけれど」

「不法侵入? うむ。怪しいものは居らなかったでござる故に」

「それでも護衛ですの? それとも単に惚けておりますの!? 堂々と侵入された上に、寝台にまでの、の、乗りあがられましたのよ……!?」

「ふむ……」


 思い出してどんどんと言葉がキツくなっていく。もしもアザレアが私と一緒に来ていれば、昨夜のようなことは絶対に起きなかったことだろう。

 アザレアが護衛としての実力はあると認めて牡丹くんの同行を許していたから勝手に実力を勘違いしてしまっていたが、実のところは違ったのだろうか?


「うむ……もしや、夫君のことを言いたいのでござろうか」

「当たり前ですわ!」


 実力で気付かなかったのかもと一瞬考え、悪気なさそうな顔で発言した牡丹くんの言葉で気付いてて見逃したのだと知って怒る。

 例え家族であっても堂々と正面から来ないような怪しい挙動のやつを見逃すなんて、全くもって護衛の意味がないでしょうが……!


夫婦(めおと)の問答でござる故に。藪蛇であるかと遠慮したのでござるが……」

「めっ……」


 夫婦(めおと)っ。間違ってないけど……!


同衾共枕(どうきんきょうちん)を長々と無遠慮に眺める趣味はござらぬ故に」

「どっ……」


 どどど同衾っ!? 言い方……!


「……そのような仲では一切ございませんわ。夫とはいえ、正面以外からいらっしゃらないなら見つけ次第、追い返して頂いてもよろしいかしら」

「うむ。承ったでござる故に」


 こくり、となんてことなく頷いた牡丹くんに「頼むぞ……」と力強く睨んで内心で念押ししておく。

 それと夫婦(めおと)だとか同衾(どうきん)だとか、そんな生々しい表現は公に堂々と用いないで頂きたい。

 何のために遠回しな貴族表現が存在していると思っているのか……。


「――王への正式な挨拶の後、王宮の広間へと向かいますわ。本日も護衛を宜しくお願い出来ますかしら」

「うむ。任せてほしいでござる故に」


 本当に大丈夫だろうな……?


 と疑いつつ、今更言ってももう時既に遅しなので特に何も言わず用意されていた魔動車に乗って広大な敷地を移動する。

 遠目に荒らされ更地となった場所が見えて現実逃避したくなった。

 ……誰に何も言われずとも分かる。アレは絶対に兄関係だと。


「――む。不浄」


 遠くの空を空虚な眼差しで眺めていると、向かいで牡丹くんがまた唐突に顰め面で刀をガジガジ噛み始めた。

 ……昨日もしてたけど、何をしてるんだろうか。聞いて良いかな?


「……何をなさっておいでかしら」

「ぐじょぶどがげらゔぉじょぐじゅぶぎで」

「……お話は落ち着いてからでよろしいですわよ」

「ゔむ……」


 ガジガジガジガジ。


「「…………」」


 ガジガジガジガジ――。


「――……うむ。消臭でござる故に」

「消臭……?」

「滅封刀は悪気(あっき)を好む性質でござる故に」

悪気(あっき)?」

「病のようなものでござる」


 刀が病気好きってこと? ……どゆこと?


「――しかして、吸い過ぎては世の障りが悪くなってしまうでござる故に。ほどほどの調節が不可欠でござる」

「そうなのですわね」


 よく分からなかったが、今聞いた話と牡丹くんの今までの言動を鑑みると空気清浄機みたいなことを刀でしてる……って認識でいいだろうか。

 何故それでガジガジと刀の鞘を噛む必要があるのかは全くもって意味不明だが、まあ私に何かあるわけでもないので気にする必要は無いだろう。


 ……それにしてもそんなにその不浄とやらは臭いのだろうか。

 私は何も感じ取れないけど――。


「――待ってたよ」


 ――は!?


 そうこうしているうちにガタン、と魔動車が目的地に到着し、外に出ようと窓から外をちらりと見て――昨夜追い返したのに性懲りもなく現れた人物と目が合ってしまい驚きのあまり口があんぐりと開いてしまう。

 口が開いたまま勢いよくバッ! と牡丹くんへ顔を向けると「うむ……」と唸りながら窓の外に居る人物を片目で見て苦笑していた。


「……正面から来たでござる故に」


 確かにそうだけども……!


「段差に気を付けて」

「…………」


 何も悪いことはしていないような顔で、当たり前のようにエスコートの為に差し出された手を無視しようかとも一瞬考えたが……人目があるので自制して手を借りた。

 自制自制自制自制――。


「――どうやって侵入をなさったの」

「正面から入ったよ?」

「嘘をおっしゃい」

「本当だよ。――僕は君に嘘を吐かないからね」


 そんなこと私には分からないでしょうが!


「……では、何故こちらで待ち伏せを?」

「待ち伏せじゃないよ。君に会いに来たんだ」


 それを待ち伏せと世間一般的に言うのでは……?


「……そうですの。ですけれど残念ですわ。王との謁見には私と護衛のみと申請しておりますのよ」

「なんだ、そんなこと? いいよ、僕のことは気にしなくて」


 いや、話聞け。遠回しに早く手を離せって言ってんの!

 どうやって入り込んだかは分からないけど、さすがに予定外の訪問者を割り込ませるほど王の謁見は軽々しいものではない。

 最悪捕まったりしたら夫だからと私に連鎖するとも限らないし……。


 などと心配しているうちに、エスコートされたまま謁見室に無事到着して何故か私のほうがハラハラしてしまう。

 謁見前に身なりや武器所持などを確認する騎士たちにチェックをされている間、何か言われるかもしれないとドキドキしたが……何故か特に何も言われずに普通に通過出来てしまった。

 何故に……?


「――デルカンダシア領主代理、シオン・ノヴァ=デルカンダシア。賢明なるシネラリア王へ拝謁致します」


 頭の中に大量のハテナマークを浮かべつつも、案内されるがままに王の御前までエスコートされてしまったので、仕方なく頭を下げて儀礼通りの挨拶を行う。

 ……こうなったらもう勢いだ。何喰わない顔でやり過ごそう。


「――お久しぶりね、シオン。具合が悪い中、呼び出して申し訳ないわ」


 えっ……?


「君が謝ることではないよ、カトレア。私が不甲斐ないばかりに……デルカンダシア嬢、此度は父の名で不躾に呼び出してしまって申し訳ない。私たちだけでは解決出来ない問題がどうにも多くてね」

「…………いいえ。臣下として当然の義務でございますので」


 どういうこと……?

 前に挨拶した幸薄そうな顔のイケおじな王様じゃないんですけど……!

 なんでカトレアとルドベキア王子が玉座に座ってるの――!?


 内心でアレコレ考えて混乱しつつも、形式通りに言葉を機械的に返す。

 ――考えるだけで頭が痛くなる。


「先頃の事件を機に、まだ実務を引き継いでいる途中だったが王と王妃が共に隠居することになってしまってね……公的に継承式は行っていないが、内々に私が王冠を引き継ぐことになったんだ。だから――まだこの事実を知る者が少ない為、このような形での呼び出しとなった」

「そのようなことが……」


 ……そっか。だからナズナが来たのか。

 いくらでもベテランの騎士が居るのに、わざわざナズナが来たのは同年代で知り合いの女子という配慮かと勝手に思い込んでいたけど……。

 単に最も信頼出来る騎士を派遣したのか……確かに問題の内容が内容だからね。

 どこと繋がっているのか分からない、信頼関係を築けていない騎士をいきなり用いて神経を尖らせるよりは、経験が浅くとも信頼出来る騎士がいいってわけね。


「未熟ながらも手探りで王国の運営を学んでいるところなんだ。――勿論、引継ぎの中でも特に現在も身を粉にして働いてくれている君たち()()の王国への献身についても充分に理解しているつもりだ。混乱を招かない為にとはいえ、このような不躾な呼び出しとなって改めて詫びたい。――そしてどうか、これからも王国の為に力を貸してほしい」

「……御意に」


 ……なるほどね。次世代の王子がこうも急に出てくるとなると、想像以上に世情が悪いのかもしれない。

 ――王権の交代というのは大事な節目。一種の厄払いといってもいい。


 どうにもならないような大きな問題を、全て過去のものとして前代の王と共に連れて行ってもらえる伝家の宝刀だ。

 そう何度も易々とは使えない手段が今――。


「ちょうど貴族たちが騒がしくなってきているところなのだけれど……そちらは気にせず、勅命でお願いした問題に取り組んで頂けると嬉しいわ」


 にこ、と完全に目が笑ってない微笑を浮かべたカトレアの表情に、無意識にごくりと唾を呑み込んだ。

 うん……言われた通り、難しい政治の駆け引きについては深入りしないで大人しく任された仕事をしておこう。うん……。


「ところで――君の夫を紹介してもらってもいいだろうか」


 うっ……やっぱり聞かれた!


「こちらは……その……」


 全然何も聞かれないから一瞬このまま退席出来るかと思ったけど……。

 なんて言おう? 普通に名前言う?


「お、……夫のば、――バリー・アリウムでございます!」

「……? バリー・アリウム」


 何故か訝し気な顔で首を傾げられた。えっ? なんで?

 言い慣れない名前を頑張って口にしたのに……何その反応。


「――カトレア」


 こそこそと王子とカトレアが小声でやり取りを行う。

 ……そういえば何も言ってないのに、夫だって知られてた。

 それにここまで何事も無く付いて来れたということは、やっぱり謁見前に名前や系譜を確認済みだったってことだよね……?

 まさかその確認済みの内容と私が言った名前が違っているとか? いや、そんなはずは……。


「――幼名です」

「……ようめい――えっ」


 幼名!? ――てことはやっぱり貴族だったの!?


 子どもの頃の記憶が顔の美しさの印象以外全く残ってなくて、顔の美しさ以外に貴族の子かどうか判断材料がなかったけど……。

 やっぱり所作や言動からしてそうかな? とは思ってた。やっぱり貴族だったんだ……それにしても幼名を持つのはかなり高位の王侯貴族のみ。


 まさかと疑ったことはあったけど……あんな訳アリな感じで突然流されてきて、突然消えて、長い間を簡単に見つからないように過ごしてしまえるような平民や貴族は早々居ないもの。

 よほど高貴な身分で、それを隠し通せるだけの後ろ盾や権力を持ってして何かの争いから逃げていた途中だったのだとしたら私に()()()()()()が何なのかが納得できる。


「――ああ、そういうことか」


 納得したようにルドベキア王子が頷いた。いや、私は納得してませんけどね? 聞いてないから……せめてどこぞの田舎の貴族とかだったらよかったのに、この感じは「お察しの通り!」なのだと私の勘が告げてくる。

 ……ちなみに私の身分であってもそのラインにギリギリ当てはまらないほど幼名を持てる王侯貴族の範囲はかなり狭い、と考えればおのずと導かれる答えであることを想像しやすいだろうか。


「失礼、ルドベキア王子。妻はまだ病み上がりだったもので――改めまして」


 ムカつくほど綺麗な所作で軽く()()()()()をとった夫に、嫌な予感をひしひしと感じつつも黙って見守る。

 ……妻って呼ばれる違和感が凄い。背中が妙にムズムズする。


「アイオーン帝国第三皇位継承者、イベリス・アイヴィ・アリウム=アイオーン。そして――君だけの皇子様だよ、シオン」


 ルドベキア王子にも跪かなかったのに、あっさりと私に跪いて手を取ったバリー……いや、――イベリス皇子は。

 これ以上ないほどに美しい角度で私を見上げ、美しい所作で手に口づけを行い、最後に流れるように美しく完成された微笑を私に向けて――そのあまりに美しい金と蒼の虹彩異色症(ヘテロクロミア)に見つめられ、私は深く深く息を呑むしかなかった。

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