星月夜の胸騒ぎ
「はあああ……」
予定外だったガーベラ姫への挨拶をなんとか終え、王城に用意されていた部屋へと案内されてからすぐに盛大な溜息が漏れた。
任侠映画に違和感なく登場しそうな雰囲気と恰好をしたガーベラ姫と、心の準備をすることなく対峙することになった緊張と疲労が一番の原因として大きいのだろうが……その半分くらいはエリカ様の暗号便の解読による疲労も含まれていることは疑いようもない。
……類は友を呼ぶというが、流石はエリカ様のメル友なだけある。
「ふわぁ……ねむ……おお、流石は城の枕……ふっわふっわ……」
――初っ端の第一印象からして圧倒的に格が違っていた。
変な御供もそこに居たはずなのに、その記憶は圧倒的な姫の存在感に押されてほぼ霞んだも同然なのだから。
キャラが濃い。あまりにキャラが濃すぎて、攻略対象として居てもおかしくないはずなのにゲームで見た記憶が全くない、ということに首を180℃は傾げたくなる。
――こんなに濃ゆいキャラなのに、本当にあの『らぶさばいばー』に登場してなかった……? まさか、本物の天然もの……ッ!?
などと、変な推論を疲れた頭で展開しているうちに余計なことを思い出した。
「……あ、そうだ龍太……後日引き取り……はぁぁ……」
だる――。
コンコン。
「…………」
バルコニーから聞こえてきた何かを規則正しく叩くような音に、今後の忙しい予定を考えることで更に疲労困憊で寝落ちしかけた頭が急速にスッキリ明朗になり、反対に背筋がピンと伸びて条件反射で固まった。
後頭部からうなじ、背骨から臀部にかけて寒気が一瞬にして通り、カチコチに固まった身体の代わりに指先だけがぴくぴくっと反応する。
コンコン。
「ぃ……ッ」
お、おばけ……?
コンコン。
……ち、違う。完全に寝落ちかけた頭で急に起きてしまったから、身体が吃驚して金縛りになってしまってるだけ。そう、それだけ。
お、おばけなんかじゃ――!
コンコン。――ガチャ。
「!!」
え、嘘。開い、た……?
まさか開いちゃったの? え、嘘でしょッ!?
戸締りは――。
コツコツコツコツ――。
ま、……まずいまずいまずい!
き、来てる! めっちゃ近付いて来て――ッ!!
部屋に入ってすぐ、疲労が酷過ぎてベッドへ一目散にダイブしたため、ちらりと目線を巡らせて確認しただけで、ちゃんとしっかりと開閉までの戸締りは確認出来ていなかった。
焦って起き上がろうとしたが、パニックになっているせいで余計に金縛りが強く固く息苦しくなっていくだけだった。
どどど、どうしよう!? 塩持ってな――。
「……シオン? まだ起きてる?」
「――ぁッ!」
――あんたかあああああああ……!!
背後から、私好みな若い男性の囁くような良い声が聞こえて来て一瞬にして芯から冷静になる。
おかげでバクバク煩かったはずの心臓は、お化けの正体を突き止めたことで静かなビートへと変わり始め――。
ふぅ……幽霊じゃなくて良かった。
「……か、かかかかか勝手にっ、はっ、入らないでくだしゃいましぇっ」
ましぇ……ましぇ……ましぇ……――。
――違った。全然冷静じゃなかった。盛大にどもって噛みまくった……。
静夜に響いてしまったそのあまりに恥ずかしい音が耳に返ってくるたび、顔へ大きな熱が集中した気がした。
はやく反響よ消えろぉぉ――!
「――勝手に入ってごめんね」
す、スルーしてくれた……?
たっぷりと間を空けてから、何事も無かったかのように最初と同じ囁くような落ち着いたトーンで謝罪された。
――そうね。謝罪は重要ね。うん。変にツッコまれるよりは断然ね。
そもそも不法侵入しないでほしいけど、変にツッコんでこなかったから今回は不問としよう。うん。うん……。
本当……ツッコまれなくて良かった、んだけど――。
「――――」
何故だろう……それで良いはずなのに、何故だか腹が立った。
特に反省してなさそうな謝罪に聞こえたから……?
いや、もしくはこの前の怒りがまだ継続中なのかもしれない。
幼いあの時に消えた理由を教えてくれなかったことをそんなに根に持ってたのか、私……。
それとも単純に目覚めて近頃、頻繁に目の前へ唐突に現れたり消えたりされてるストレスが知らず知らず怒りに変換されてしまってるとか……?
いや……突如として急接近され過ぎてどう接すればいいのかが全く分からない戸惑いが原因かもしれない。
「――ッ!」
なんとか思考を逸らそう逸らそうと努力する私を知ってか知らずか、ギシリ、と板が軋むような音と少し背中側が沈んだ感覚にギョッと意識がすぐさま戻ってしまう。
――な、ななな何故ベッドに乗りあがった!?
「許してくれなくていいよ――」
私が沈黙を貫くのを見て何を思ったのか、そんなことを囁かれて思考が一瞬でフリーズしてしまう。
というより、頭が真っ白になって全神経が鳥肌を立てているように聴覚や触覚の何もかもがくすぐったく感じられた。
ふわり、と髪が触られた感覚を鋭敏に受け取ってしまった時には、まるで髪の一本一本に細かな神経が通っているかのように、髪が触られている細かな指の動きまでもが繊細に感じられた気がした。
――バクバクドクドクと心臓が激しく鳴るのは、きっと立て続けに色々と事件が起こった疲労からだ。そうでなければおかしい。
だって……いくら私が異性への耐性が無いとはいえ、再会してすぐに対面で密着するほどの踊りを何事も無く踊れたのに、今更になってこれほど鼓動が速まるだなんて、おかしいでしょう?
そんなの、まるで私が今になって意識しちゃってるみたいで――。
「――君が僕を見てくれるまで、永遠の許しを希うから」
――――。
な……ななな、なにをおっ、仰ってるのかしらっ?
「~~~~ッ」
良い声で囁かれた言葉に反応して、震える息が唇の隙間から零れ出て、耳が溶けてしまいそうなほどの熱を帯び、その熱が全身をまるでチクチクと刺すようにして羞恥の熱が勢いよく這い回った。
お、おかしい。やっぱり変だ。いくらクサい言葉がそれを発した人に似会い過ぎてて何の違和感が無かったとしても、こんなクサい台詞を生で急に聞けばいつだって先にドン引きしてたのに――ッ!
「ち……ちかっ、いですわ……」
本能的に距離を取ろうと小声で離れろと注意するが、小声過ぎて届いたかは定かではない。無視でなければ、全くの無反応は変だから。
……ジギタリスに壁ドンされた時は全く何も感じなかったのに。おかしい。クサい台詞と女慣れしたような動き、あの時と今で一体何が違うというのか……。
――ちょ、調子が悪いんだ! ……きっと。
でなければやっぱり疲労が濃くて判断力が鈍ってるだけか、あるいはジギタリスよりもこちらのほうが想像もつかないほどに上手という可能性も――。
「ねえ、いまは何を考えてるの? 教えてよ」
「――――」
「君も僕のことだけを考えてくれてたら嬉しいな」
「は……」
~~~~ッ!
何故耳元で囁く……! う、上手だ! 上位互換だ!
絶対分かっててやってる確信犯だ……!
「――離れて下さいませ!」
ショッキング療法というやつなのか、プシューっとついに何かの限界を超えてしまった私は、ベッドから勢いよく飛び上がって扉という安置まで素早く逃げ、少しだけホッと安心出来たおかげでか、どもることも声が情けなく震えて途切れるようなこともなく、今度こそハッキリと大きな声で言いたいことが言えた。
身体はまだぷるぷると震えていたが、ふんすふんすと鼻息荒く興奮している影響で、先程のように反応も出来ず声も出ずに固まったまま……ということにはならなそうだった。
「きゅ、急に予定も無く勝手にいらっしゃって何を好き勝手に仰るかと思えばっ……! ひ、非常識ですわ! 本気で許されたいと思っているのならば、このような時間に不法侵入など言語道断ですわ! それにしてもどうやって王の敷地で見つからずここまで勝手な侵入を――」
「やっと目が合ったね」
「――――ッ」
な……こ、こいつぅ! 私の言葉を聞かないで嬉しそうに笑って……!
キッ! と睨んで説教をしていたはずなのに、笑顔で軽くそう言われて怒りで目を逸らしたくなった。がしかし、だからといって本当に怒って目を逸らしたら逆に負けな気がしてきて、代わりに口がへの字に曲がった。
どうしてこうも自分が取り乱してしまっているのかが分からない混乱のせいで、未だに鼓動の音は激しく鳴っていた。
「私の言葉を聞いておりますの!?」
「うん。僕だけの為の言葉が、君の愛らしい声で届いているよ」
「~~~~ッ!」
……やめろ、ドキッってときめくな心臓。絶対こんなのおかしいって……! やっぱ顔か? 顔なのか!? 顔と声が無駄に良いから……!
くっ――それにしてもこのままでは何を言ったとて、即座にクサい台詞が返ってきそうな感じだ――。
「!!」
と、ここでようやく気付いた私は、近くにあった貴人護身用として部屋に備え付けてあった刺叉の存在を思い出して手に取り、すぐさま私を見てニコニコ余裕かましてる不法侵入者目掛けて構えた。
話し合いに応じないなら物理的に排除するまでよ―ー!
「出来れば手を繋いで連れ出してほしいかな」
「…………」
無視して刺叉で捕獲。そのまま抵抗されないことをいいことに、侵入されて開けっ放しになっていたバルコニーから追放する為に容赦なく押し出していく。
なーにが手を繋いで連れ出して、だ。まるでこれからデートみたいな言い方は止してほしい。もう寝るし。そもそもこれはただの正当防衛だし。
そのまま地面へと突き落とさないだけマシだと思え――。
「そんなに僕を捕まえておきたいの? いいよ。――君が望むならこのまま永遠に君に捕まっててあげるよ」
「…………」
何かクッサい言葉が聞こえたが、無視してドンッ! と勢いよく問答無用で押し出して外のバルコニーへと容赦なく追い出した。
なーにが捕まえておきたいの? じゃ。永遠に刺叉で捕まえてるなんて私が大変なだけじゃろがい! ……うわぁ、今だけ誰か赤の他人になりた過ぎたせいで姫の語尾が変な感じで出てしまった――。
「僕だけの月にまた会いに来――」
バンッ! ガチャッ! シャッ!
まだ懲りずに何かクッサい台詞を言っていたようだが、優秀な密閉性の窓扉を今度こそしっかり確認してカーテンごと閉めたおかげで、もう私の視界や耳にそのクサい言動たちは届かない。
……ふぅ。無駄に疲れた。
「はぁ……」
明日も早いしまた疲れたし、もう何も考えずとっとと寝よう――。
◇◆◇◆◇
「――チッ。何度テメェの出番はまだだって忠告しやァ分かるんだ、あのクソガキァ」
月の見えない星月夜に空を見上げながら悪態をついたミルは、闇に隠れるようにして森へ侵入してきた影を見つけては片っ端から忙しく片付けていた。
――否。片付けさせていた。
「こういう表仕事ってェのはオレ様よりぼうたんやテメェのほうが得意だっつーのによォ。こんなしょうもねェことの後始末にオレ様がいちいち気軽に駆り出されて可哀想だとは誰も思わねぇのか? なァ? テメェはどう思う?」
「――――」
「……つっても、ありあわせの稚拙な人形に何か言ったところで文句が届かねェのがな。それなのにいちいちこんなことで無駄に消耗させやがって――どいつもこいつも面倒臭ェなァ」
誰かへ向けて愚痴を溢しては一人で納得を繰り返すミルに応える者はそこに居らず、あるのは静かな狩りの音だけであった。
ミルがグチグチと文句を連ねている間にも巧妙に隠れていた影が狩られ、片付けられ、次々と何かを為せることも無く沈黙していった。
「ま、いい養分にはなってっから今は好きに癇癪を起こせばいいぜ。面倒だがどうせ今回で最後だ。全てが順調過ぎて今はオレ様の気分も良いからなァ、最後だけは存分にテメェの相手をしてやる余裕もあるんだぜ――テメェの最後の出番を急かさず待ってろよ、クソ女」
最後に残った影は、己がすでに最後であることを悟り動きを止めた。
それは恐怖によるものではなく、合理的な判断からであった。
いま動けば気配が悟られてしまうという――。
「――――」
完全に気配を絶ち、脅威が去ることを待ち、やがてその時は意外なほどすぐに訪れた。狩り尽くしたと判断され、脅威が影から離れる音がしたのだ。
「……オイオイ、なに終わらせず勝手に戻ってこようとしてやがる。そっちに隠れてる奴を忘れてるぜ?」
しかしそれも一瞬のことで、桃色髪を二つに結んだ幼くも美しく完成された少女の言葉によって安易な油断をしたと影は悟ることとなった。
ここに留まれば狩られる――。
「チッ、これだからありあわせは不具合が多くて面倒だぜ……ほらよ。これなら流石に見逃さねェだろ? ――とっとと殺れ」
バレていない、ハッタリだ、という考えは影になく、すぐさま本能の危険信号を優先して逃走へと方向転換した――が、その判断は時既に遅かった。
――斬ッ。
「――ッ!」
狩られ、その息が永遠に途絶える直前――影は己の眼を貫くようにして星月夜に一際美しく光輝いた脅威の黄金の閃きが、最期に赤く赤く影の記憶に灼け付くのを感じながら沈黙した――。




