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陽気な太鼓持ち


「……きゃあああああああああああ!」


 ゴンッ!


「いっ……たぁ……」

「む。豪快な目覚めでござるなぁ、シオン殿」


 悲鳴を上げ、勢いよく仰け反って後頭部を思いっきりぶつけ、痛みに頭を抱えて涙目になる。

 という私の一連の暴走が終わるまで、微動だにせず悠然とどっしり座ったままだった牡丹くんがぱちぱち瞬きしながら感想を述べた。

 ん? 牡丹くん……?


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「へっ? あ……」


 続けて、横に座っていたナズナからも心配そうな声が掛かってやっと自分の現状を思い出した。

 うわ……居眠りしてたのかぁ……恥ずかし……。


「い……いえ、少々座り心地が悪かったようですわね。ほほほ……」


 既に醜態を晒してしまった後だったが、強引に笑いながら適当に誤魔化しておく。

 その間、さりげなく口元に手を当て涎の有無を確認し、座る位置を直すフリをして垂らした髪がボサボサになっていないかを素早く確認してついでに服の皺も整える。

 ……涎、よし。髪、よし。服、よし。よし、ギリセーフ……!


「それにしても、もうすぐ到着しそうですわね」


 無事身だしなみの確認を終え、何事も無かったかのようにニコリと微笑んで話題を外す。

 魔動車の外にはガヤガヤと賑わう民の姿があちこちに見られた。デルカンダシア領を出発してからもう数日、既に王都の街中まで辿り着いていた。

 これも魔動車の速さのおかげだろう。燃費は悪いらしいけど。


「ああ、そうだな。もうすぐ城が見えてくる頃合いだろう」

「うむ」


 先程見た私の醜態にはそれ以上ツッコまず、話題転換に乗って同意して頷いてくれた二人にこちらも愛想良く頷く。

 なんとも気まずかった初日を乗り越えた効果なのか、ここまででそれなりに仲良く過ごせた旅路であった。

 おかげで、ついつい気が緩んで居眠りなんてしてしまったのだが……。


 ……それにしても、なんであんな恐ろしい光景を夢で――ううっ……。


「……シオン? 本当に体調が悪いわけではないのか?」

「ええ。問題ございませんわ、ナズナ様」


 夢の内容を思い出しそうになって、咄嗟にブンブン頭を大きく横に振って恐怖映像を振り払おうとする私の変な様子に、ナズナが本気で心配そうに声を掛けてくれる。

 心配は嬉しいが、ナズナは色合いが似ているので今は覗き込まれると困る。何が困るかと聞かれると実に答えづらいが、今はとにかく困る。

 煩悩よ去れ煩悩よ去れ煩悩よ去れ煩悩よ去れ煩悩よ去れ――。


 こういう時は全く別のことを考えるほうが良いと聞く。素数……は三桁に入る前に数えるのを早々に飽きてしまったから別のことにしよう。

 素数みたいにこう、頭の知恵を使うようなシンプルでひねった問題なんてものは他に無いのだろうか。

 ……あ。そういえば小人さんがナゾナゾみたいなこと言ってたかも。


 えーっと、確か――真実の嘘をつけ、だっけ?


 うーん、何度聞いても意味が分からない。なんでそんな話になったんだっけか? ……ああ、そっか。

 小人さんも私が知ってる前世の世界のことを知ってるのかって聞いたんだったっけ……?


「――――」


 ――ん? あれ……よく考えれば、なんでその単純な質問から嘘がどうのこうのって話にいつの間にかなってるの?

 確か、小人さんの真名を私が答えられたら教えてくれるって話で、ノーヒントでは流石に無理だって抗議して、そしたら嘘を吐けって――。


「――ん?」


 なんか、さらっと流されてない? というより、いかにもな感じの雰囲気を醸し出して、内容を有耶無耶にもってかれてるような……。

 ……えっ、もしかして上手くはぐらかすためだけにナゾナゾみたいな意味深なこと言ったとか!? うっそー! 普通に騙されたー!

 くっ、くーやーしーいー! これじゃ私が騙されたカモみたいじゃん!


 そうだよ! よく考えなくとも真実はいつも一つ!

 真実の嘘ってとどのつまり、どこまでいってもただの嘘!

 キメ顔でなーにが「テメェの望む嘘」、だ。結局、嘘じゃん!

 意味深に良い感じで言ってるけど、つまり「自分にとって都合の良い嘘」ってことでしょ!


 言いたくないなら最初からそう言えばいいだけなのに、適当にそれっぽいこと言って誤魔化そうとするとは、なんて悪質な……。

 それに魔女の得意技だなんだって言ってたけど……確かに魔女は勘違いさせるような言葉選びをするが、嘘前提の言葉は吐かない。

 何故なら魔女としての力が弱まるのだから。


 それをまさか「こんなこといいな」「できたらいいな」感覚で嘘を吐きまくればもうそれはもはや魔女ではない。ただの虚言癖の人だ。

 あくまでも魔女は本当のことを元にして相手が別の方向に勘違いするように仕向ける悪癖があるというだけで、進んで自ら妄言や嘘を吐くことは絶対にないのだ。


 こんな簡単なことに今になって気付くなんて……よほど前世のことで興奮して判断力が鈍っていたとしか思えない。

 そもそも気が緩んで前世の言葉を口に出してしまったこともそうだが、あの時の私の思考は小人さんが部屋にきてからどうかしていた気がする。


 なんでだろう。可愛いが正義だからだろうか。

 まさか可愛いだけであれほどまでに判断力が鈍ってしまったと……?


 ……そう考えるとまあ、私が魔女としての才能が無いという指摘に関してだけはあながち間違いや嘘ではないかもしれない。

 というより、小人のくせに魔女である私を魔女よりも言葉巧みに騙すとは……いや、言葉だけじゃなく見た目や動きなんかで油断させてきたのを加味しても。


 知らない魔法も使ってたし、実はあの小人さんはもともと魔女よりもっと凄い存在なのかもしれない。

 そう考えないと自分の単純さ加減にもっと気分が下がりそう……。


「うむ。百面相でござるな」

「……ほほほ」


 これなら素数を数えるほうがマシだったかもしれない。

 無駄に落ち込むことになってしまった。


「――む。臭うでござる」


 なんて誤魔化し笑いをしていると、突然牡丹くんがしかめ面になって鼻を勢いよくつまんだ。

 よほど臭い何かを嗅いだような表情に、全く何も感じなかった私は私だけなのかと気になってちらりとさりげなく横を確認し、そこに私と同じく不思議そうに首を傾げてるナズナの様子を見て取れて安心した。


「ぼたん殿、何か感じるものでも?」

「うむ……」


 貴族よりも騎士寄りなせいか、基本的に直球で質問しがちなナズナのおかげで、私が遠回しに質問しなくても済むのが実にありがたい。

 そう色々なことに安堵しつつも、まるで何か月も放置された真夏のゴミ置き場の只中に置かれているような、そんな険しい表情でついには鼻だけでなく口までも手で覆ってしまった牡丹くんがぶつぶつと唸る。


「これは……不浄の……」


 不浄? どこかで聞いたことがあるような――。


「ぼたん殿?」

「顔色が悪いですわよ」

「……うむ。うむ……うむ」


 どんどんと今にも吐きそうな顔色に変わっていく牡丹くんの尋常じゃない様子に、私もナズナもお互いに顔を見合わせてどうしようかと目線を配り合って言葉をかけてみるが、返事は曖昧なものだった。

 とうとう私たちを気にする余裕もなくなって、本当にどんどん顔色が悪くなっていってる牡丹くんをおろおろ見ていると、突如としてずっと牡丹くんの脇に抱えていた刀を鞘ごと手に取ったかと思うと、そのまま鞘に入ったままの刀の峰を豪快に思いっきり噛んだのだ。え。


「『……め、ぽ……』」


 その光景に唖然として驚いていると、獣のように目線を鋭くした牡丹くんが口をガジガジ動かし始めた。まさか、食べてる? ……と一瞬勘違いしてしまったが、よく見ると違っていた。

 刀の鞘を噛んでるせいでか籠ったような声しか聞こえなかったが、何やら言葉を紡いでいたのだ。かと思えば、ガジガジ噛みながら言葉を発しているうちに顔色がどんどんと元に戻っていった。

 ……何してるんだろう? というより、急に何が起きたんだろう。


「……ふぅ。対処をすっかり忘れていたでござるな。――暫くぶりに近場で嗅いだ悪臭でござった故に」

「悪臭?」


 暫くガジガジして顔色が元に戻った後、開口一番にぺっぺっ! とでもやりたげに牡丹くんが眉をしかめてそう言った。

 ……そういえば兄も前に似たような事を言っていた気がする。一定ラインを超えた武人には共通の嗅覚みたいなものでもあるのだろうか。

 ちらり、とナズナと牡丹くんをこっそり見比べてそんな失礼なことを考ていると――。


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


「何か聞こえますわね」

「そうだな」


 失礼な思考を遮るように、外からかなり重めの太鼓の音が聞こえて来て窓の外を確認する。

 窓の外の景色は既に城内へと移り変わっており、そろそろ本城に辿り着くのが外の景色で分かった。


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


 今日は王宮で何か催しでもしてるのだろうか、なんて暢気に考えながら外の景色の流れを眺めていると、心なしか音が近付いてきているように感じられた。

 問題が問題なので、人払いの為に到着日時は先駆けで知らせたはずだったが、聞こえてくる音の位置的には私たちが目指す方向に居る感じがする。

 ……よほど中止に出来ないような催しでも行われているのだろうか。


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


「……音に近付いておりますわね」

「そうだな」


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


「本日は何か重要な催しでもございましたの?」

「いや……特に聞いてはいないが」

「そうなんですのね。では何の音なのかしら」


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


 むむむ、と何か行事があったかどうか心当たりを真面目に思い出そうとしてくれるナズナの様子を見て、本当に何も知らなそうと結論付ける。

 ナズナも約数か月デルカンダシア領に滞在していたので、もしかしたらその間の連絡ですれ違いがあったのかもしれない。


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


「…………」


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カッ!


「…………」


 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドン、カッ!

 ドンドコドンドコドンドンドン、カカッ!


「……ん?」


 なんかちょっと最後の部分が少し違ったような……?

 あ、音もちょうど止んだ。


「うむ。着いたようでござるな」

「そう、ですわね……」


 音が止まったタイミングと到着したタイミングが偶然被ったということに言い知れぬ嫌な予感をひしひしと感じつつも、出入口に一番近いのが私だったので仕方なく扉を開けることにした。

 こんなことなら今日は先に乗り込めば良かった……。


「――姫がーおまちかねーっす」

「!!」


 ドコドン、カッ!


「ただちーにーむかえーっす」

「…………」


 カカカッ!


 ……誰?


 扉を開いて段差に向けて一歩を踏み出したままの態勢で唖然とする私に、かなり大きな太鼓を持った褐色肌の大男が太鼓で音を鳴らしながら節の利いた調子で声を上げた。

 とりあえずただの人違いだろうと、まずは他の二人が外に出られるように早く私が魔動車の外に出なければと判断した私は、そそくさと動いて大男の言葉を半ば無視した。


「あ、今無視しようとしたっすか。ダメっすよ。こっちは姫からしつこーく連れてこい連れてこいって散々うるさく言われてんっすから」


 あ、だめだ。やっぱ人違いじゃなさそう。

 明らかにこちらを見て言ってきてる……でも。


「……人違いでは?」

「えっ! そうなんすか? おかしいっすね。姫の話じゃ、女らしい半裸の男と男らしい女騎士のお供がいる珍しい瞳の色の少女だって話らしいっすけど……」


 カカッ、ドンドコドンドン

 ドンドコドン、カッ!


「ほうほう、実に陽気な音色を奏でる御仁でござるな」


 ドンドコドンドン

 ドンドコドン、カッ!


「む。肌色からしてサンドラータ出身の者、か?」


 ドドドドドドドドド、カッカッ!


「それはそうとそんなに上を眺めて……シオン、やはり体調が悪いのか?」

「…………」


 いいえ。ただの現実逃避です、ナズナ様。


 往生際悪く人違いで押し通そうとするも、音に合わせたかのように完璧なタイミングでちょうど魔動車からその女っぽい容姿の半裸の男と男装の麗人な女騎士が出て来て言葉に詰まる。

 珍しい色の――魔女特有の瞳の色を持つ私がいることも合わされば……どう言い繕っても人違いになるような似た組み合わせがこの日この場で他に存在するとは到底思えない。

 くっ……! 嫌な予感が当たった……!


「やっぱそうっすよね! はー間違ってなくて良かったっす」


 ドコドン、カッ!


 辺りに響いた太鼓の音にイラッとしつつ、今にも腹から零れ落ちそうなため息を無理やり呑み込んで耐えた。

 次から次へと――なんで、ここ最近特に普通なら関わり合いにならないようなツッコミどころ満載な変人や変態たちばかりと関わり合いになっているのか――。

 私、分かるの。きっとこの後すぐ疲労困憊になるって――。

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