囁く蛇の毒から
????視点
ぼた、ぼた、ぼた、ぼた。
粘着質な雫が滴る音が木霊する、暗闇の奥底で。
ぼんやりと淡く輝くナニかが存在していた。
「――うわぁ。派手にやられたね」
ふわ、……清涼な風と共に一人の少年が姿を現す。
『……元はといえば、全部テメェのせいだろうが』
ナニかから漏れた声は、嗄れた老婆のようであった。
「ごめんごめん。まさかあんなに怒るとは思わなかった」
『つってもなァ、毎回毎回陛下がキレんのはテメェの仕込みのせいじゃなかったためしがあったかよ』
「ないね」
『せめて申し訳なさそうな顔ぐらいはしやがれ』
恒例のやり取りのように親し気に会話を重ねる両者に敵意は、無い。
「正直者だからね、僕は。君と違って平気で大嘘はつけないよ」
『ハッ、正直が行き過ぎたテメェみたいな薄っぺらになるくらいなら大嘘吐きのほうがマシだとは思わねぇか?』
「――確かに、人の道理としては君のほうがマシだろうね」
『――――』
会話が途切れ、少年が声へと近づいた。
「この光景に名を付けるなら“自由と束縛”、あるいは“希望と――」
『――救済だってか?』
「よく分かったね」
『狂人の悪趣味にゃ散々付き合わされてきてっからな』
声から僅かばかり嫌気が差したような気配が漏れ、その気配に反応して少年が感情の読めない無垢な笑みで答えた。
「無駄だと知っててどこまでも足掻くのは、きっと人の道理として正しいことなんだろうね――僕はもう、人じゃないけど」
『……だから狂人ではないってか』
「うん。訂正しといてよ」
再び会話が途切れ、少年が声に背を向けた。
「思ったより元気そうで安心したよ」
『これがかよ? どこからどう見ても瀕死じゃねェか』
「ならいつも通りだね。問題ないよ」
ふわり、再び暗闇に清涼な風が吹き抜け、少年の姿が薄まる。
『……陛下が居ねェからってハメ外すなよ』
「それは承知出来ないなあ、ここからが一番楽しい時間なのに」
『そうかよ』
声の返しを最後に、完全に少年の気配が暗闇から去る。
残されたのは声の主――ミル。
『――どいつもこいつも救いようがねェって皮肉かよ』
暗闇に木霊する声に反応する生物は存在しない。
『普段は姿を見せねェくせに、今回は陛下が諸共道連れにしようとした事が想定外で流石に焦ったってェところか?』
ぶつぶつ呟く言葉に反応する者はいない。
在るのはどこまでも深い闇だけ。
『……今回は違ェ感じがすんな。あいつのせいか? だが――』
ぼた、ぼた、ぼた、ぼた。
暗闇に淡く輝くナニか。
『っつ! ……これが大陸ひとつ消された傷かよ。痛ェな。オレ様が永い時を経て奪った領域が一瞬とか冗談キチィだろ。が――久々に強烈な本気を感じたぜ、陛下。……そろそろ惰性かと思っちゃいたが、未だ諦めてねェのはあっちも同じだったっつーことかよ』
その正体は、雁字搦めにするようにミルの周囲に纏わりついていた。
まるで逃さぬ為の鎖のように、全身を隈なくトゲが覆って黒い滴を止め処なく滴らせ続けていた。
『――嫌がらせでもするか』
ふと、どういった思考の帰結だったのか、ミルが結論を下した。
『好き勝手利用して忘れてるかもしんねェーが、どれだけの私情を挟んで助けてようともオレ様はあくまで公平なんだぜ――狂神』
暗闇の奥底、ミルの周囲に纏わりつくように咲き誇る光の正体――美しい薔薇の園とは対照的に、地獄に存在する骸が如き醜悪な人の姿形のナニかが独り嗤った。




