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魔女っ娘と命名


「あ! シオンお嬢様! ――ほらほらあんたたち! お嬢様方がいらっしゃったよ! さっさと前へ出な!」


 農民服を着た、恰幅が良く人の良さそうな顔をしたおばちゃんが、私を見つけるとすぐに大きな声で後ろへ振り返って注意した。

 おばちゃんの声につられるように、どこから湧いて出たのか、ぞろぞろと地下から同じような農民服を着た女性たちが溢れ出す。

 私がそれを眺めるだけで何か言う前に、後ろからスッと追い越す影。


「――ご苦労、ターナ。進捗の報告を」


 アザレアだ。おばちゃんたちが私へ向けていたニコニコ笑顔を引っ込めた。


「ハッ! シオンお嬢様とアザレアお嬢様の分は抜かりなく……。サクラの分は細かな調整を残すのみとなっております。総力を挙げ、急ぎ準備を整えていますのでご心配なく」


 ザッ、とアザレアの言葉におばちゃんたちが跪いて報告する。……いつもながらの事だけど、相変わらずあからさまにアザレアとの対応の差が大きい。

 ……よほど怖いんだろうなぁ。分かる。


「……そう。それと、私個人としてはボロ布でも問題無いとは思うのだけど、シオン様に恥を掻かせるわけにはまいりません。アレの分は用意していて?」

「ご用命通り整えました」

「よろしい」


 ボロ布って……いや、例えボロ布だとしても違和感があるだけで兄の美形は美形のままだからある意味芸術点は高そうだけど……。


「ならばサクラさんを預けるのですぐに整えるように。私も最初は付き添いましょう」

「かしこまりました」


 そう言って立ち上がったのは、前列でアザレアに報告していたターナと呼ばれたおばちゃんだった。私とアザレアの後ろで眠そうにこっくりこっくりしているサクラちゃんはアザレアに手を掴まれてターナおばちゃんの後についていく。

 ……私? 私はここでやることがあるのだ。


「……お久しぶりでございますわ。皆さま」


 アザレアたちが地下へと消え、見えなくなってから暫く経って発された私の言葉に、女性たちの雰囲気が一気に和らぐ。


「シオン様ぁ、ありがとぉ」

「アザレア様ってば、今日はご機嫌だったもんね」

「ね! シオン様のおかげね!」

「いつもあんな感じなら怖くないのになぁ」

「あはははは! シオン様じゃなきゃ無理無理!」


 きゃいきゃいと騒ぐのは若年層の農民娘たち。アザレアが本気を出せば聞こえる距離なのに怖い物知らずだ。

 さすが末端とはいえ、魔女。度胸ある。


 年配の女性たちは「痛い目に遭わないと分からないのね。仕方のない子たちだわ」とニコニコ笑顔でひそひそ話ながら見守っている。

 さすが魔女。同胞にも容赦ない。


 ――魔女。そう、魔女。彼女たちは魔女だ。


 アザレアのような魔女らしい魔女のような見目ではなく、一見するとそこらへんにいる農民A、B、Cと言われても見わけがつくかどうか。

 普通の一般庶民にしか見えないけど、魔女だ。


 唯一の判別方法として容姿が整っているというのはあるが、はっきりと誰もが美人と認める美人は少ない。好ましい平均顔、と言えば分かりやすいか。

 魔女の遺伝の成せる業か、母や兄、アザレアのような超絶美形ではなくともそれなりに美人が多い。


 ……美形度が強さに直結してるのではと私は思うのだが、魔女達は魔女達基準なので不細工の基準が分からず、私もこの世界の美人の基準が分からず真相は謎のままだ。

 一度こっそり興味本位で調査しようとはしたのだが、結局アザレアに見つかり研究はあえなく頓挫した為に仮説しか立てられなかった。


 頓挫の原因は兄だった。

 アザレア曰く「例が極端過ぎて話になりません」とのこと。


 ……よほど私が書いた「お母様とお兄様とアザレアは違った種類の美しさ。けれどお兄様の強さはお母様とアザレアを凌ぐのだから、一番美しいのはお兄様なのかもしれない」という研究結果が気に入らなかったらしい。

 対象になる身近な美形はその三人しかいなかったので、幼かった当時では仕方がない事だったのだが。


 アザレアに「もし美しさで強さが決まるのならば、醜い傷を負えば力が衰えるということ。私が試しましょうか」と脅し文句紛いの事を言われ、美形好きな私はあえなく降参して研究文書をアザレアの前で焼却処分することとなった。

 転生して魔法を習い始めた頃に出た疑問を、興味本位でやるんじゃなかったと今でも後悔してる。


 なので仮説しか立てられていないが、他にも客観的事実として私の仮説が正しいのではないかと示してくれる状況証拠的なものはある。

 王都の私邸にいる魔女達も関係するが、基本的にはデルカンダシア領に住む魔女達のことだ。


 我がデルカンダシア領は魔女の住処。領民女性のほぼほぼ全てが魔女しか住んでいない。歩けば魔女に当たる、危険地帯なのだ。

 そうなると男性たちは完全なる一般人となるわけで……。


 だが魔女達が美人であるのに比べ、意外なことにどれだけ前世からの基準を引き下げても、私が知る領民の中に美形やイケメンといえる男性はあまりいない。

 特徴の無いモブ顔が男性の大半を占めているのだ。


 共通点は素直で従順、誠実なところくらいではないだろうか。

 魔女の趣味嗜好は似通うのか? 要研究である。


 それはさておき、仮説の立証に役立つ本題はここから。


 兄は例外中の例外として、魔女は女児しか産めない。

 これはもう遺伝レベルで覆しようがないほどに魔女の遺伝が優先遺伝なのだから常識となっている。

 ……兄は例外だが。


 そんなわけで領地から出ずに生きていると、魔女は物理的に子を産めない。なにせ相手の男がいないからだ。

 そのため年に数度、王都の私邸へと入れ替えで、魔女達は当番制で相手を探しながら雑事に務めている。

 つまり、婚活だ。


 婚活で有利になる女性とはどういった女性か。ここまできてしまえば分かるだろうが、美人がモテるのは世の常。つまり、そういうことである。

 種の繁栄の為に魔女に美人が多く産まれるのなら、逆説的に考えてもより強い遺伝子を受け継ぐためにより万人に好まれる美人が産まれるのだ――。


「シオン様? どうかしましたか?」

「――あ。いえ、なんでもありませんわ」


 きゃいきゃい騒ぐ魔女っ娘たちを眺めながら秘かなる脳内研究を進めていると、私の様子に気付いた魔女達が心配そうに顔色を伺う。

 私の体調悪化は、アザレアの機嫌が悪くなる要因だ。アザレアよりも実力は劣っていても、それを回避したい彼女たちは必要以上に私を気遣い、敬う。


「……それよりも皆さんの準備は整っていて? 仕事を増やしてしまって申し訳なかったわ。代わりと言ってはなんだけれど、今回は特別に侍女として裏方ではなく会場の表への出入りが認められましたのよ、気合を入れなくては」

「わあ! ほんとですか! さっすがシオン様!」


 慣れたように私を褒め称える彼女たちを横目に若干申し訳なく思う。なにせ、それを認めさせたのはアザレアなのだから。

 ……まあ、私が昨夜「仕事を増やしてしまったわ」と呟いただけで昨夜のうちにアザレアが勝手に許可を捥ぎ取ってきてしまったようので、私のおかげである事は間違ってないが。


 そんなわけで、これを伝えるためにサクラちゃんたちについていかなかったのである。アザレア曰く「シオン様の偉大さを讃え、印象付ける機会を逃すなどあり得ません」とのこと。

 私の手柄は私の手柄。アザレアの手柄も私の手柄。兄の手柄も私の手柄。何につけても私が関われば全て私の手柄。それがアザレア基準である。


「……あなたたちも疲れているだろうけど、しっかり準備をするのよ。良い相手が見つかることを願っているわ」

「「「ありがとうございます! シオン様!」」」

「それではやることがありますので、これにて失礼しますわ」


 一斉に返事した魔女達をその場に残し、私はさっさとこの居心地の悪い空間を脱することに決めた。

 向かった先は昨日降り立った裏庭だ。


 訓練場としても使うことがあるため基本的に芝生半分、更地半分であるが、今は半々ずつが大きな物体に占拠されていた。

 降り注ぐ日差しの中をスタスタと歩いていくと私に気付いたのか、庭の大半を占拠する物体の上から何かが降りてくる。


「ノヴァか。……あいつは?」

「アザレアならばサクラさんの仕上げの為に地下にいますわ」

「……そうか」

「お兄様こそ、昨夜は大丈夫でしたの? まさかそのまま空で寝るとは思わず、部屋に居ないと聞いて朝どれほど焦ったか」

「気にするな」


 音もなく降り立った兄をいつものことと受け流しつつも、昨夜について謝る。本気で気にしていないのか、兄は無表情で頷いただけだが。

 言い訳をすれば昨夜、眠くて考えが回らなかったとはいえまさかアザレアが本気で兄を締め出していたとは思わなかったのだ。


 兄は気にしなくとも、私は気にする。

 高所から飛び降りさせられた恐怖の記憶はまだ鮮明だもの。

 いくら兄が超人とはいえ心配にもなるだろう。


「……お兄様が気にしていないのなら何も言いませんわ。それよりも、お兄様もそろそろご準備をなさらないといけませんわ」


 既に時刻は昼を過ぎ、下手すれば夕方だ。主役のわがままの為に超特急でサクラちゃんを迎えに行ったのに、肝心の主役が間に合いませんでは話にならない。


「……ああ、分かった」


 言葉少なに、けれど面倒臭そうに頷いた兄をジト目で見つつ、けれどその前に気になることがあったので言葉を続ける。


「そういえば結局この子はどうするんですの? アザレアは飼うなら領地の森に放せと仰ってましたけれど、まさか本気で飼うおつもりで? 私には以前、手紙で適当に親元へ返すと送っていた記憶がありますけれど」


 この子、と指差した先に例の神龍。今まで言えずにスルーしていたが、さすがに裏庭、しかも深夜ならともかく日中にこの巨体が居座れば目立つし何よりも存在が近所迷惑だ。

 しかも夜中ずっと飛んでいたらしい神龍はへばって死んだように寝ていた。


 余程に疲れたのか、腹を上にしていわゆる大の字で油断しきってギュピギュピ鼾をかいているほどだ。一応は野生動物であるはずなのにそれでいいのか、神龍。

 どこまでいっても威厳の欠片もなく残念臭が漂うのはこの神龍だけのデフォルトなのかどうか。


「ああ。用件が終わって一回返したが、その場で返された」

「……返された?」

「俺の元で育ててほしいそうだ」

「……それは、どうしてそのようにお分かりに」

「? そう言われたからだが」


 言われたからだがって。


「い、言われた……神龍とは喋れる存在なのですか……」

「いや、全ての神龍が喋れるわけじゃない。一部だ」

「そ、そうなのですわね……それでお兄様は引き受けたのですか?」

「いや、断った」

「こ、断った!?」


 こちらと会話できるほどなのだから余程高位の存在なのに、そんなあっさり断っていいものなのか。

 もしかしなくとも兄の態度を無礼な人間! と怒って兄を襲ってないだろうか……。


「断ってしまったのに……お、襲われませんでしたの? それに、ここにこの子がおりますけれど……」

「そうなれば今頃こいつ含めてこの世に居ないだろう。それと断って置いてきたが勝手にしつこく追いついてきた。追い返す前に移動に便利だと何度も説かれて結局連れてくることになった」


 ……そんな経緯があったのか。

 いつものことながら、兄だけファンタジーに生きてて別世界の住人である。

 と、それはそれとして。


「それではお兄様。お名前はお付けになりましたか?」

「――は? 名前? ……必要か?」


 こいつとか言ってる時点で思ってたけど、やっぱり……。


「必要も何も、一度生き物を飼うとご自分で決めたのなら、責任を持って名前を付けてあげるのが世の理ですもの」

「そうか……」


 この反応……。私が指摘しなければいつまでも名無しの龍だったに違いない。可哀想に。

 ぴくぴく眉を動かし、兄が悩み顔を浮かべる。そして毎度のことながら、困ったら私とばかりに私を見た。


「……ノヴァ、決めてくれ」

「まったく、お兄様ったら。そんなに難しいことではないでしょうに……」


 とはいえ、命名をお願いされたからには応えなくては。

 この展開は予想していたため、結構ノリノリでもしもの為に内心で温めていた腹案を堂々と披露する。


「――龍太(リュウタ)、なんてどうかしら。お兄様」

「分かった。こいつはリュウタだ」


 一応他にも案はあったが、兄が何の躊躇もなく受け入れたので強制的にリュウタに決定である。

 字面からも分かる通り、名は体を表す。第一印象は大事なのだ。


 ……本人がぐっすりの中決まってしまったが、問題無いだろう。


 起きたら吃驚するかもしれないが、喜ぶか嫌がるのか、それは私の知るところではない。

 こうして名前も決めたことで兄の準備を止める理由は無く、兄と一緒に私邸へと戻るのだった。


 ――いよいよ今晩、()()()にとって波乱の幕開けとなる仮面舞踏会がはじまる――。

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