仮面舞踏会へ向けて
「――言葉が足りませんわよ、お兄様!」
「……そうか?」
兄の単刀直入な言葉に、流石に我に返った私がツッコんだ。私のツッコミが入ったところで、兄は先程までの貴公子然とした仮面を早々に捨ててしまい、立ち上がると共に雰囲気が普段通りに戻った。
……多少、惜しい気がしないでもないが、心臓に悪すぎるのでこれで良かったと納得する。
「あ、あの。どういうことでしょうか」
戸惑ったようにサクラちゃんが問うが、それもそうだろう。愛人ならともかく、貴族法でほぼ結婚が不可能なのは誰もが知る常識、周知の事実だ。いきなり求婚紛いな事を言われたら誰だって戸惑う。
特にサクラちゃんは学園に通えるほど優秀ではあっても、どこまでいっても貴族出身ではないのだから。
……何から説明したものか。
「……兄が失礼しましたわ、サクラさん。――実は、此度の魔獣騒動の収束を祝うため、王城にて仮面舞踏会が開かれるのですけれど、……ある御方を避けたいが為、兄には急遽同伴者が必要になりましたの」
「同伴者……」
「他のご令嬢へ頼むことも出来ますけれど、今は時間がありませんのよ。ですから、当てがあると言う兄についてここまで来ましたの。……まさか当てにされた方がサクラさんのことだとはつゆ知らず、驚きで説明が遅くなって申し訳ないことをしたわ。混乱したでしょう?」
「い、いえ! そういうことでしたか……なるほど……なるほど」
慌てて首を横に振るサクラちゃん。まだ若干混乱中だが、私の説明を聞いて納得してくれたようだ。
「――あ。……シオン様、私は貴族ではないので同伴はともかく婚約というのは……」
無理では? と混乱しながらも的確に問題点を鋭く指摘された。
……ダメだったか。ちょっと言葉が足りなかった……。
ダメ押しをしておこう。
「……此度は仮面と名がつくことから分かるように、顔を隠し、盛装してしまえば貴族からサクラさんであると気付かれることは無いでしょう。サクラさんが言う通り、貴族の出ではないのだから。家同士の付き合いも無いでしょう? 気付かれるとすれば学園生ですが、部下や従者でも領地民でも無い、あまり交流が無い庶民を覚えている貴族は殆ど皆無でしょう。万が一いたとして、兄と幾人か事情を知る身内が随時助けてくれますので、サクラさんは兄の傍で黙して頂くだけで問題ありませんわ。退場はなるべく早く出来るよう手配しておきますから、サクラさんには申し訳ありませんが、少しの時間だけで終わるはずですわ。――ああ、それと兄が婚約者になってほしいと言ったのは、基本的に貴族の同伴は婚約者か恋人、もしくは血縁の近い家族がこなすものだから、そういう心積もりで同伴してほしいという意味であって、他意は無いですわよ」
……おそらく。兄をチラリと見ても否定せずに話の成り行きを見守っているので、間違いではないだろう。
「――なるほど! そういうことでしたらお任せ下さい!」
「えぇ、よろしくお願いしますね」
私の捲し立てるような怒涛の説明を静かに聞いていたサクラちゃんは、納得出来たらしい。元気よく請け負うとはりきるサクラちゃんに内心ホッとする。ひとまず火急の目的は達成しただろう。
振り返って兄にひとつ頷き、サクラちゃんに向き直った。
「――では、時間が無いのでこれからすぐにご同行願いたいのだけど、よろしいかしら?」
「はい! すぐに準備してきます!」
そのままタタタッとサクラちゃんが走り去って建物の中へ消えていった。
……快諾してくれて助かった。
これでようやく出発できる。
「ではサクラさんが戻ったらすぐに戻りましょう。――お兄様、神龍はどちらへ?」
「あぁ、あそこだ」
兄の指さす方を見れば、子どもたちに乗っかられ、遊び道具と化した憐れな神龍が一匹、こちらの視線に気付いて子どもに配慮しながらパタパタ控えめに羽根を動かす反応をした。……やけに静かだと思ったけど、あんなところにいたのね。
威厳の「い」の字も見当たらない遊ばれようだ。だからいつまで経っても残念感が拭えないのだろうか。
そんな失礼なことを考えてると、ほんとに大急ぎで支度してきたのだろう、学園の制服に着替えたサクラちゃんが小さな麻袋を鞄代わりにこちらへ走り寄って来るのが見えた。
遅刻間際の朝寝坊の学生が如き驚異的な身支度の速さである。
「お待たせしました!」
「ああ、遅か」
「そこまで待ってないわ」
兄に最後まで言わせる前に遮る。このくらいの時間なら誤差の範囲だし、むしろかなり早いほうだと思う。
……決して寝坊学生云々で感心したからではない。
そもそも手ぶらでもどうにでもなる兄の速さに合わせれば、人類皆遅いという結論に至るのだから文字通り兄にとっては誤差でしかないはずである。
「じゃあ行くぞ」
「はい!」
「えぇ、参りましょう」
こうして私たちは揃って助けを求めていた神龍を回収して飛び乗り、その場を飛び去った。
◇◆◇◆◇
「うわーっ! すごいですね!!」
王都に入り、上空をぐるりと旋回しながら移動している最中、地上を見下ろして歓声を上げるサクラちゃん。その瞳には色とりどりの光が暗闇に咲き乱れるように広がる美しい街並みが広がっていることだろう。
行きの際に見る余裕の無かった王都の上空で初めて見る景色に少しだけ感動を覚えつつ、サクラちゃんの声に同意するように言った。
「そうね。……でも、もう少し静かにしないとダメよ? 今はもう夜なのだから。皆さん寝ていらっしゃるの。あまり騒ぐと起こしてしまうかもしれないわ」
「あっ、すみません! つい興奮してしまいました……。そうですよね、こんな夜中に大声で叫んだりしたら近所迷惑ですもんね……」
しゅんとした様子で謝ってくるサクラちゃん。
……別に怒っているわけではないのだけれど、ちょっと言い方がきつくなってしまった。
「サクラさん、」
「降りるぞ」
「…………」
そんな中、兄は私たちのやり取りや雰囲気をガン無視して神龍を足でぐりぐりしてゆるやかに急降下させ始めた。心なしか神龍の目に光る何かが見えたような気がしたが、気のせいだろう。
龍は蛇っぽいし、涙なんて流れないだろう。
前世で蛇は涙を流さないと聞いたことがあるし、たぶん一緒だ。……たぶん。
そんなことを考えていると、エレベーターに乗っている時みたいに身体がふわふわする感覚が小さな衝撃と共に終わる。どういうファンタジーな物理法則が成り立ったか分からないが、直下的な降下でも無事着地出来たようで、そこまで大きな物音はしなかった。
いつかどこかの誰かがこの謎だらけなファンタジー的物理法則を解明してくれることを祈ろう。後は任せた。頑張れ。
脳内で無茶ぶりした誰かさんが「任せて下さい!」と張り切ってるのを見て、うんうん期待してるぞ、と頷いていると、現実に引き戻すように兄の声が聞こえた。
「……ノヴァ。先に降りてくれ」
「――へっ?」
どこぞのまだ見知らぬ誰かさんに無茶ぶりを押し付けたところで、兄に無茶ぶりを言われた。
ちらっと一応神龍の上から地面を見下ろしてはみたものの、結構な高さがあった。控えめに言っても普通の人が飛び降りたら骨折で済めばいいほうだろう。
私と同じく下を見下ろしているサクラちゃんを横目に、今までの乗り降りは手伝ってくれて何も言わなかったのに、今になって何を言ってるんだと、抗議する意味で言葉を紡ごうとする。
「……お兄様、この高さを一人では――」
「シオン様! でしたら私と一緒に降りましょう!」
「え……」
何故そんな乗り気なの、サクラちゃん……!
「どうしたんですか?」
この高さを見て、一体何を考えているのか。
何か変なことでも言いましたか? と不思議そうな顔でこちらを見る視線が刺さるが、普通に嫌だ。確実に怪我だけでは済まなさそうな高さを、それも二人で飛び降りるなんて一人よりも危険な自殺行為でしかない。
「い、いえ。ですが、この高さでは怪我をしてしまうでしょう?」
「えっ?」
「え?」
お互いに顔を見合わせてお互いの言っていることが理解できないという表情をする。
そして数秒後、先に口を開いたのはサクラちゃんだった。
「この高さなら全然大丈夫ですよ! それに私は回復魔法が得意なので、多少の傷なら治せます! だから安心して下さい!」
いや、回復魔法が得意って……怪我前提で話をされても余計に不安になるだけで安心できないしょうが。
「行きましょう!!」
「あ……」
不安そうにしている私に気付かず、サクラちゃんがガシッ! と力強く手を握って来た。
痛みは無いが、あまりの力強さに驚いて手を離そうとするも、巌の如く動かない。
そのまま飛び降りようと引っ張られ始めたので、慌てて比較的足場が安全なほうへと引っ張ろうとしてもピクリとも動かなかった。――なんて馬鹿力!
どんどん力を籠めて手を抜こうとしてるのに、全くもって微動だにしない。痛くは無いけど何故か絶対抜け出せない拘束を兄にされた時のような感覚に顔を真っ赤にするほど力を入れるが、やはりビクともしない。
とうとう落ちそうなところまで引きずられてしまい、真っ赤な顔のまま真っ青になるという器用な感覚を体験しながら恐怖で声も出なくなる。
高いところは苦手ではないが、それは安全がある程度保障されているからであって、その前提が無いのであれば話は違う。誰が好き好んで命綱の無いバンジージャンプをしたいのか。バンジーですらないが。
て、どうでもいいこと考えてる場合じゃないのに!
ついには身体全体を使うように腰を捻って全力で抗ってみるものの、サクラちゃんは私の様子に気付くこともなくサクサクと進んでいく。いつの間にこんな非常識な怪力に成長したのか。
いくら『らぶさばいばー』にRPG要素があって、主人公を育成できる機能が存在していたのだとしても、だ。そもそも『らぶさばいばー』がくそゲーとも言われた一因は、スキルやレベルがカンストしてても関係なくシナリオ等で主人公があっさり殺されていたせいでもある。
完全に死に機能になっていたはずが、この状況を他に説明出来る答えが無いのも事実。問題はいつこんな変貌を遂げたのか。
思い当たるとすれば学園が休校中で学生が地元に帰ってしまった後、私がエリカ様に囚われていた時期に成長するしかないが、それにしてもこの短期間でこの怪力はおかしいのではないだろうか。
もう飛び降りる直前というところにまで引っ張られて、走馬灯の代わりに考察してしまったのは曲がりなりにも『らぶさばいばー』のヘビープレイヤーであった名残りか――。
――いや、ほんと力強いんだけど! ストップ! 止まれ! 回れ右!
「ふっ……」
「ひ……ッ!」
暗闇のせいで底無しに見える不気味な地面が見え、悲鳴が出た一瞬後、急速に重力を感じる。
――あ、死んだ。
頬をばしばし叩く空気と、上へと引っ張られる髪、全身の血の気が引くのを感じながら次に来る衝撃が怖くなって目を瞑る。
「――?」
まずい、まだ落ちる途中なのに、お迎えの声が聞こえる。
「シ――」
死? そう、私はぺちゃんこになってもうすぐ死ぬの。
「――ンさ――」
……怨嗟? うーん、でも別にそこまででもないような……。
確かに一緒に飛び降り自殺する事になったサクラちゃんに思うところが無いわけではないけど、前世にサクラちゃんを私が殺してしまった数と比べてしまえば私のほうが罪が重そうだしなぁ……。
今世は沢山サクラちゃんを助けたし、出来れば情状酌量の余地が欲しい。
「――さま」
さ、サマー……夏……熱い……暑い……地獄!? そんなぁ!
「――シオン様!」
「ハッ!」
肩を揺すぶられて意識を取り戻す。
ここはどこ。わたしはだれ。地獄は嫌です。
「シオン様?」
「さ、さくらさん……」
錯乱から気を取り直すと、心配そうに私を見るサクラちゃんと目があった。ついでにいつの間にか足元に確かな感触を得て、身体のどこも痛くないことを認識した。ど、どういうこと!?
「シオン様、申し訳ありませんでした。気を遠くされてしまっていたのですが、私の回復魔法では精神的な治療は難しく……」
「え? も、問題ないですわ」
違う、謝るのはそこじゃない! と思いつつもとりあえず謝罪を受け取る。
「そ、それより怪我の治療は……?」
「えっ? 誰も怪我してませんけど……」
「そうなの?」
えっ、怪我してないって、……治療してくれたから無傷なのではなくて、そもそも怪我すらしてないってこと? 気絶だけで? じゃあどうやって着地したんだろう……。気も失ってたようなのに……。謎だ……。
……もしかして、仮にも主人公のサクラちゃんがいるおかげで、謎のファンタジーな物理法則が私にも働いてくれたのだろうか?
だとしても、ますますこの世界の仕組みが謎めいてくるけども……。
「――魔女の領域に不法侵入とは、度胸が有り余ってるようね」
ふと、サクラちゃんの向こう側から、暗闇に溶け込んだ艶やかな女性の声が聞こえ、私とサクラちゃんはお互いに向き合ったまま固まった。
文字通り、今度は違う意味で動けなくなってしまったことで、何かを考えるよりも先に悟った。
――あ、なるほど。
「……そう思って遊んであげようと来たのに、――誰かと思えばはぐれモノの役立たずではないの。忌むべきアイヴィスの一族の出迎えなら終わったでしょう。不浄の欠片まで引き連れて、一体何の用があってあなたがここに来たのかしら」
何故兄が私を強制連行するほど必要としたのか、この時に理解した。
「……気付いたか」
「ええ、ええ、勿論。忌々しい力をいくら隠蔽しても無駄よ。あなた程の存在であってもここまで近づいてしまえば私の千里眼は欺けない」
憎々し気な女性の言葉もどこ吹く風、スタッ、と軽やかに兄がいつの間にか近くに着地していた。
柳に風とばかりに涼しい顔である。
「別に隠してないが」
「そう? まあいいわ。それで、もう一度問うけれどこんな時間に何の用かしら。飼育場所を探しているのなら、その欠片は森に放しておきなさいな」
「母上から聞いてないのか?」
「もちろん、聞いてるわ。けれど、こんな時間に不法侵入するとは聞いてないけれど」
ごめんなさい!
迫力のある声と正論に、思わず内心で声なき声で謝る。
「すまん」
「嫌だわ! それで許されるとでも思っているのかしら。これだからあなたの事は嫌いなのよ。道理も弁えず、 傲岸無礼。唯一のとりえは忌々しい力。あの御方への献身があるから見逃されているということを忘れているのかしら」
一を言えば十返す。まさにそんな感じで、今すぐ血祭りにしてやろうかという迫力で顔面蒼白なサクラちゃんによる壁の向こう側から声が聞こえてくる。
……ごめん、サクラちゃん! でもまだ動けない! 声でない! 怖い!
「お前には関係ない」
「……調子に乗らないで。発する言葉は慎重に選ぶべきよ。あなたの始末が禁戒に触れることが無いのであれば、今すぐにでも消し去ってあげれるのだから」
「お前には無理だ」
「そう? まあ、たとえ消すことが出来なくともそれなりに痛手を与えることは充分に出来ると思うけれど? 違って?」
「……ここでか?」
「お望みなら、そうするわよ……!」
いよいよもって、かなり不穏な空気が周囲に醸し出され始めた。
気のせいでなければ、二人の間にバチバチとしたものが見えるような――。
……いや! 気のせいじゃない! 魔法かは分からないけどリアルバチバチしてるよ!
サッと兄を見れば完全に臨戦態勢のようで、ヤル気満々だった。
――やめて! 貴方たちがここでヤリ合ったら王都は消し炭になってしまう!
事ここに至って、ずっと黙ったままではいられなくなった。冗談でなく王都が滅べば国が亡ぶ。
無理やり詰まっていた息を吐き出し、思ったよりもか細くなった声で問いかけた。
「……も……しかして、アザレア……?」
「えっ」
そんな声掛けでも充分だったのか、サクラちゃんの向こう側から発されていた重く不穏な空気が急に雲散霧消し、呼吸が軽くなった。
あ、危なかったぁ……。
「ま、さか……!」
元々どちらかといえば魔法型で体力の無い私が、全力疾走した後のように荒い息を今度こそ整えていると、顔面蒼白から少し回復したサクラちゃん越しに信じられない! とでも言いたげな女性の声が聞こえてきた。
と、思った次の瞬間。横から伸びてきた手がサクラちゃんを拉致するように目の前からどかしていった。えっ。
「まさかまさかまさか!」
「きゃっ」
「――ッ! 私としたことが! 失礼しましたわ!」
思わず悲鳴を上げたのは、サクラちゃんが目の前から消えた瞬間に私の顔スレスレに現れた女性のせいだ。誰だって月明かりだけの夜の暗闇で、しかも顔先数センチという距離で美人に血走って見開いた目で見られれば悲鳴もあがろうというものだ。
すぐに離れてくれたのはいいけれど、先程の迫力もあって怖さ倍増だったせいで、心臓のバクバクが止まらない。
「――お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。諸々の準備は整っております。シオン様に御用命頂ければ、我ら身命を賭して叶えましょう」
「あ、ありがとう。アザレア。……アザレア、よね?」
「……ええ。ええ!! お久しぶりでございます。お忘れになるのも無理もないことですからお気になさらずに。いくら縛られ規制されていたとはいえ、長らくお会いすることが叶わず、申し訳も立ちませんわ! 挙句の果てには命を賭したとて会えないと知り、結果的に命を惜しんでしまう選択をしてしまったのは実に不忠でありました」
いや、命は惜しんで良いと思う。
それに、え? 規制? ……どういうこと?
「……ああっ、どうかこの罪深きアザレアをどうかお許しにならないで! ――それになんてこと、この日この時まで一日千秋の思いでどれほどの月日が過ぎ去ってしまったのか! 不忠であるのに喜んでしまった私にその御手で処罰を! 拷問を!」
だんだん興奮してきたのか、両手をグハハハァ! な感じでウハウハあげつつハァハァしながら歪な笑みとともに血走り始めた目が怖い。
そうして怖くなって、この場で最も頼りになるはずの兄に助けを求めようと視線を彷徨わせると、目の前のアザレアと同じくらい信じられない光景が見えた。
――なんと、兄がアザレアから庇うようにサクラちゃんを抱えるようにぎゅっと抱きしめているではないか……! どことなくサクラちゃんの顔が赤いのは兄の万力によるものか、はたまた別の要因か。
先程視界からサクラちゃんが急に消えたのをスルーしたが、状況証拠的にあれは兄の仕業だったらしい。
……あれ。そうなると今の状況は客観的に見て、配置換えで私がアザレアと兄の間に入る壁の役割をしているのでは……?
「――不覚にもこのような場での再会となったのは実に不本意でお恥ずかしいのですが……このアザレア! どのような場であってもシオン様の光明に比べてしまえばそのような些末事はきっと忘れてしまうでしょう」
不本意……えーっと、もしかして兄の事を言ってる……?
私が兄を見た影響か、どこか刺々しい言葉で急に真顔で冷静になったアザレアが言葉を静かに紡いだ。
気分の乱高下が激し過ぎる。
「私、シオン様の僕、アザレアでございますから。全てはシオン様の御心のままに致します」
つまり、私に免じて兄は許す、と。不法侵入もだけど。
ここまで崇拝じみた眼差しを向けられるようなことをした覚えはないけど、今は助かるので細かいことは私も忘れよう。
そうしてドン引きしつつ、最初からのあまりの変わり身の早さに感心すべきか、ツッコむべきか悩む。
……うん。ツッコんだら負け。
なんでこうも私の周りにはゲームに登場していない濃いいモブが多いのか。兄しかし、母しかり、アザレアしかり。
……あれ? 全員うちの……。
「…………」
そういえば城の前に待機していた時、騎士や侍女たちが向ける畏れの視線には私も含まれていたような……まさかね。
わ、私ってもしかしなくとも同類って思われてる……?
いや、でも母や兄はともかく、アザレアが濃いのは確かに血筋だし……。
なにせ――
――アザレア・ドミナ=デルカンダシア。元宗家本流の魔女なのだから。




