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『らぶさばいばー』


 ――衝撃のスピード結婚より時は経ち、今や私も華の十六歳。あれから十年が経った。


 結局、当時いきなりのことに放心状態となってしまった私へ母が事の顛末を説明してくれたのだけど。それがこうだ。


 まず、百歩譲って友達からお願いします的お付き合いならまだしも、何故唐突に結婚まで飛躍したのか、ということ。母の妄想ならまだ納得は出来たけど、どうやら単純ではない複雑な話のようで、端的に言えば原因はあの湖らしかった。


 昔から存在していて『ニグルムカバラ』と呼ばれる湖。強い祈りであればあるほど、神様が願いを聞き届けて運命の人と必ず結ばれると噂されるのは嘘ではなかった、ということだ。

 母が古い文献を改めて調べてみたら記載があったらしく、あそこは神の憩い間に繋がる神聖な湖だそうな。


 それだけでなく、過去実際に気まぐれではあるものの神様が願いを聞いてくれることもあったそうで、言い伝えられる噂の元もそれだと分かった。

 ――しかもそれだけにとどまらない。


 神様が願いを直接聞いて下さること自体が大事なのだ。その効力は呪われたように強力なものになると言う。

 なので、実際に私の背中全体にその証としてタトゥーみたいな綺麗な入れ墨模様が派手に刻まれている。


 ……裏組織の隠れ中ボスになった気分だ。唯一の救いが、貴族の娘はみだりに肌を露出しないため周囲にはバレないことだけ。


 これは死んでも消えることは無いそうで、どれだけ強力な効力か分かろうと言うものだ。

 ちなみに相手にもこの模様は刻まれるそうで、夫婦の証となる。


 ――まあ。新婚早々に件の夫は行方不明で今もどこに居るか知らないけどね。


「はあ……」


 ちなみに浮気でもしようものなら自分にも浮気相手にも恐ろしい災いが降りかかるそうだ。解除する方法はあるけど、その場合かなり面倒くさい手順が必要となるので実行も出来ない。

 むしろ、直接願いを聞き届けてやったんだからそう簡単に離婚出来ると思うなよ、という神様からの圧力を感じるほどにかなり面倒くさい手順だった。


「ため息していると幸せが逃げていくわよ」

「知らぬ間に夫が逃げてますわ、お母様」


 私がいつまで経っても部屋から出ないので、おそらく晩御飯の名目で呼びに来たんだろう。母が声を掛ける。

 母が言うには、当時突如倒れた私を介抱していたらいつの間にか助けた子どもが消えてしまっていたらしい。


 魔力枯渇が原因で数日間も意識を失っていたわけだけど、願ったのが私だったために模様を刻む際の魔力も私から拝借されたようだった。

 母は私を優先して屋敷に戻ったそうなので、その後助けた子どもがどうなったのかは知らない。

 ……ただ、伴侶が死亡すると模様が分かりやすく色褪せるそうなので、背中の彩の豊かさを見れば生きていることは確実だ。


「もう。拗ねないの。明日から王都でしょう? 楽しいことがいっぱいあるわよ」

「それはどうかしらね」

「あら、またそんなこと言って。本当は楽しみでしょう?」

「んむぅ……」


 窓辺で不貞腐れる私の頬を母がうりうりと突いて遊ぶ。されるがままになっても、明日からの王都生活、ひいては学園生活に過ぎった不安を思い出す。

 最初はしばらく母が滞在してくれるので、生活については特に不安を感じてはいない。

 学園についても勉強できることが楽しみなくらいで不安は特にない。しいて言えば貴族としての交流を上手く築けるかということくらい。


「さあ、行くわよ」

「……分かりましたわ」


 私の頬で遊び飽きた母に促されて晩御飯を二人でとる。父と兄はまた魔獣狩りに出かけており、いない。

 一年のうち半年以下でしか顔を合わせないほど忙しく狩り回っているので、時々存在を忘れかけるけど、地方、特に辺境の貴族には良くあることらしい。


 私が社交界でデビューすればまた違うようだけど、基本は変わらない。妻が家を守り、夫が外敵から家を守るのが地方貴族の常識だ。

 実際、実務を担う女当主も多く、母も父を入り婿として迎え立派に当主を勤めあげている。


 ――母は兄か私かで後継者を迷っている。


 理由としては、私がどこの誰とも知らない子と唐突に結婚してしまったため入り婿が取れない。

 そして兄は当主の実務が壊滅的に苦手で、それより魔獣を狩りに行くのが得意だったので入り婿狙いなのである。


 相当選択に困っているようで常々、「あの子また流されてこないかしら」と呟いている母を見かける。

 ワザと聞かせてるのではないかと思わせるぐらいにタイミング良く聞こえるので、どちらかといえば私に期待しているようだ。


 ……あんなにラブラブだったんだから、もう一人くらいこさえればいいのに……と思うかも知れないが、当時戻ってきて早々に私が結婚したことを知ってショックを受けた父が、「もしまた娘が生まれて知らぬ間に結婚してしまったら……」と三人目は拒否したのだ。

 母も私の結婚はレアケースだから何度も同じことが起こることは無い、と説得を頑張ったけど、父が魔獣狩りの名目で逃げ続けて今に至る。まだ母は若いのでいけると思うんだけど、父が未だ粘ってるところだ。


 あまり気の進まない食事を流し込んで済ませ、自室に再び引きこもる。王都へ行くことも、学園で生活することも、後継者問題も、この際ちょっとした不安はあっても大したことではないと割り切れる。

 問題は別にある。問題は――


「――この世界が『らぶさばいばー』だったなんて……」


 ――話は少し遡り、数日前。

 色々と問題はあったけど、乙女としての日々を満喫していた私は母に呼び出されて王都の王立シネラリア学園に通うことを告げられる。ここまでは良かった。問題はその後。


「――それでね。第一王子のルドベキア・ロベリア・ハルシャギク=シネラリア様が上の学年にいらっしゃるのね」

「――ん? お母様。もう一度お願いいたします」


 普通に名前が長すぎて右から左にすり抜けて行ってしまった。気軽な気持ちで母の執務室へ赴いたので、突然母から出てきた呪文のような名前に反応出来なかったのだ。


「だからね。あなたの一つ上の学年に第一王子のルドベキア・ロベリア・ハルシャギク=シネラリア様が在学中なのよ」

「――――」


 聞き覚えがあるような違和感があった気がしたけれど、名前が長すぎて噛みそうだからか、と一瞬思っただけでこの時点では気にすることは無かった。

 けれど、続いて母が告げた名前には聞き覚えがあり過ぎた。


「――それでね。あなたと同じ学年には王子の婚約者であるカトレア・ラス=エーデルワイス様がいらっしゃるのよ」


 なんだ、本題はそっちか。おそらく有力貴族の娘とお近付きになっておくのよ、みたいな話だろうなと冷静に判断しているとふと、既視感を覚えた。


「え……」


 ――カトレア・ラス=エーデルワイス……?


「…………」


 脳裏に、最近は薄ぼんやりとし始めたはずの前世の記憶から、燃えるような赤い髪に美しい碧眼の迫力系美少女が二次元で浮かび上がる。

 あれ、おかしい。私会ったことないのに、なんでこんなイメージが……。


「有力貴族でもある、エーデルワイス公爵の娘さんが次期王妃となるのだから、デルカンダシアの将来の為にも出来るだけ仲良くするのよ」


 ――そ、その人、知ってるぅ……!!


「は、はい……」


 母には気のない返事だけしてその話は終わったけど、私としては出来るだけ仲良く……なんて母の言葉は頭に入ってこなかった。


 ――それからだ。

 芋づる式に前世でプレイしていた乙女ゲームの『らぶさばいばー』の情報を思い出したのは。


「はあ……」

 

 ――せめて私と数年は違う学年だったらこれほど憂鬱になることは無かったというのに。


 乙女ゲーム世界への転生と聞けばファンなら発狂ものだろう。実際、前世ではのめり込んだゲームの世界なので嬉しい気持ちも多少はある。多少は、ね。

 私を憂鬱にさせる問題は肝心のゲームの内容のせいだった。


 そもそも『らぶさばいばー』は乙女ゲームと呼んでもいいのか微妙なほど乙女ゲームではなかった。

 他の乙女ゲームと遜色ない美形攻略キャラではあったけれど、風変りな内容のギャップが凄まじかったのだ。


 まず、舞台は私が今生きているシネラリア王国の学園で、世界観は魔法もありなファンタジーな世界。

 さらに登場する攻略対象はもれなく全員が系統の違うヤンデレであった。……ここまでならまあ、想定内のよくある内容だろう。


 次に、攻略出来る対象人数は十人。まあ、ちょっと多いけど、何百人と選べるタイプの乙女ゲームもあったので、考えられる範囲内ではある。

 ハーレムルートみたいなのは無かったけど、一人一人の内容が濃く、人数が多くいるので充分ボリュームもあって楽しめた。


「はあ……」


 ため息が止まらないのはもっと根本的なところだ。実はこのゲーム、私も最初は周囲の困惑するような評判があって興味が出たので手を出したのだけど、実際にプレイしてみて分かった。

 このゲーム、攻略対象は自分自身だった――。


「――はあ。どうやって攻略したもんか……」


 攻略対象は異性と同性で五人ずつ。そして、ヒロインである主人公は女性のみ。別に百合ではない。そんなルートはどこにもなかった。

 攻略対象の同性は悪役令嬢たち、そしてその婚約者の有力貴族が異性としての攻略対象であったのだ。


 ちなみに。初見で普通に悪役令嬢たちを無視して異性の攻略対象を落とした結果、全ルートで全部が全部違う方法で死亡か行方不明になりました。

 ならばと、異性の攻略対象たちを無視して悪役令嬢たちと友情エンドを迎えると、なぜか悪役令嬢も巻き込んで全ルートで死亡か行方不明になりました。


 ――そんなばかなっ!


 と思った前世の私は今度、両方ともからアプローチして攻略しようと試みた。その結果、同じように死亡か行方不明ルートは免れなかった。

 ……もはや、ハッピーエンドと呼べるハッピーエンドなんてどこにも存在などしていなかった。


 それでも、と血眼になって膨大なシナリオを長時間見返して、ノーマルエンドもバッドエンドも昼夜問わず全部プレイし続けてみたけど、なんら救いは無かった。

 必ず主人公が死ぬか行方不明という死を迎えてしまったのだ。


 そんな中で、ネットの情報で隠された主人公生存ルートがあると知って、藁にも縋る思いでプレイしてみたのだけど……。


 ――結論から言って、主人公は助かった。


 ただ、世界は終わったので時間の問題ではあったけど。

 生存した主人公のその後については、世界の終わり後すぐにエンディングロールに入ってしまったので察せる。

 このゲームに救いなんて無かった。


 方法としては簡単。

 最初から攻略対象者とその関係者とは一切関わらずに、どこにも出かけずに引きこもっていれば自動的に世界が終わってくれるのだ。


 何のためのゲームか。

 これは本当に乙女ゲームなのか。

 と、何度自問自答したか知れない。


 そうして非難轟々の評判ではあったものの、逆に人々が気になって飛ぶように売れていたためゲームの開発会社は潤った。

 ――そして発売からしばらく、そこそこ売れていたのに勢いが落ち始めるとなんと、その開発会社がとある声明を発表したのだ。


 『らぶさばいばー』の真の遊び方はこれだ――。


 と始まるタイトルの声明は瞬く間に人々を『らぶさばいばー』ブームに駆り立てた。


 だが、それもそのはず。

 私たちは乙女ゲームはこうあるべきだ、という概念にとらわれ過ぎていたのかもしれない、と思ったからだ。私もその一人。


 通常の一般的な乙女ゲームの流れは、プレイヤー自身が画面越しに主人公となって攻略対象者たちと恋愛をし、数々の苦難を乗り越えながらも結ばれるものだ。


 しかし、『らぶさばいばー』はそもそもそれらとは根本的に違ったのだ。このゲームは主人公が攻略対象と恋愛するでも友人になる為のゲームではない。

 攻略対象者である悪役令嬢たちとその婚約者たちの仲を陰ながら取り持ちサポートするゲームだったのだ。


 ――つまり、端的に言えばプレイヤーもとい主人公はおせっかいな出歯亀である。


 複雑な理由で仲が悪い、嫌われているとお互いに思い込んでいる両者の拗れを少しづつ取り除き、くっつけることが出来れば主人公の勝利である。

 ……実際にそういう視点で再度プレイしてみると、今までが嘘のように死亡なんていう危ないワードも吹き飛ぶ、甘々なエンドばかりであった。


 勿論、相手は主人公ではなく悪役令嬢と婚約者の二人のだけど。


 バッドエンドでも物騒なことにはならなかった。

 ある意味、二人のジレジレな関係に外部からやきもきする母親みたいな気持ちで楽しくプレイ出来た。

 相手が主人公ではないだけで、内容としては普通の乙女ゲームであったのだ……。


 開発側もまさか誰一人として真の遊び方に気付かないとは思わなかったようで、それほど乙女ゲームはこうあるべきという概念が凝り固まっていたのが分かると言うものだ。

 そうして今まで非難轟々だった評判も掌を返したように逆転し、むしろ売り上げが伸びたそうだ。


 そのまま評判も売り上げも良かったため、満を持して主人公が今度こそ恋愛の主人公である続編の、二作目発売を数日後に心待ちにしていたところで私は死んだ。

 正直死因はハッキリと覚えていない。

 それだけが心残りで残念すぎる。


 ――そこまで振り返ってふと、気づく。


「――あ、待って」


 確か、シオン・ノヴァ=デルカンダシアなんてキャラは出てこなかったはず。……そうだよ。主人公は出生が庶民。名前は任意設定でも主人公自体の設定は変えられない。

 だから、万が一にも元から貴族である私が主人公であることは設定として当てはまらないので除外出来る。


 ……ここ数日、もしかしてそんなベタなことがあるのかと考えると気が滅入ったけど、モブならそんな心配はいらない。良かった……。


 ま、主人公は大変だろうけど、私が関わるとややこしいことになりかねないので関わらないほうが一番だろう。

 最悪、世界が終わるエンドに行こうものならもれなく巻き込まれるのは確定だ。


 さすがに主人公自身が先にイベント内容を知ってて、しかも意図して避けないと誰にも接触しないのはプレイした経験上有り得ないので、そんなエンドにはならないだろうけど。


「あ~、ひとまずは良かった~」


 安心したら一気に心が軽くなる。貴族としての付き合いはあるだろうことは気になるけど、それ以上の深入りは無いことが幸いだろう。

 ひとまず、最低限の関わりに留めることに方針を固めて天蓋付きのお姫様ベッドへ倒れ込む。


 心労で疲れきっていたのか、そのまま安眠を貪るように深い眠りへと落ちていくのであった――。

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