魔法の実践授業
最低限しか関わらない予定だった方々に入学早々に目を付けられた気がしないでもない入学頃より早、ひと月ほど。あれから、前世の学生のように登校、授業、昼休みと平凡に過ごし、放課後は家へ直行という生活スタイルを確立していた。
サクラちゃんのサポートを行いつつも日々攻略対象達との関わりをチェックしていたが、特に大きな事件や接触は無かった。……これは一度機会を作って誰か攻略対象者と関わらせるべきなのだろうか。さすがに世界の終わりは御免被りたい。
そんなことに悩んでいる間にも机上の勉強は進み、魔法の初級編を実戦する授業を行う日になった。
「わ、私、大丈夫でしょうか、シオン様……」
同じ委員であるため、流れでそのままペアとなったサクラちゃんがぷるぷる震えながら私の背後から覗き込むように腕を掴んで自信無さげに上目遣いに問う。相変わらずあざと可愛い。
確か、ゲームでは主人公のステータスは鍛えれば鍛えるほど伸びていたはずなので、詰まったら私に師事して堅実に努力している今のサクラちゃんなら初級編の魔法などお茶の子さいさいである。
なので、私は力強く頷き返した。
「日々の努力はきっとあなたを裏切らないですわ。自分を信じて精いっぱい挑めば問題ありませんのよ」
「シオン様……!」
サクラちゃんが感動したように笑みを浮かべた。
その可憐な笑みに癒されていると、前から教師が手伝うように私を呼ぶ声が聞こえてきた。「えっ、えっ」と困惑しているサクラちゃんを後目に、静々と皆の前にでた。壇上から見下ろす景色は壮観である。現在、校庭に集まっているのは一学年全ての生徒であったからだ。
この世界の魔法というのは前世のコマンド式だったゲームと少し違っていて、呪文を唱えただけで発動するのではなく、威力や制御を自らコントロールしなければならなかった。
呪文自体はゲームに出てきた呪文と大体同じだったが、それだけでは魔法は扱えない。普通はそれなりに制御が難しく、呪文を口にしただけで一定の効果が得られるわけではないのだ。なので、こうして一斉に多勢で練習を行って魔力の流れを感覚で覚えるのが習得への近道となる。
私は勿論、母は言わずもがな魔法が得意だ。代々がそういう一族であることを加味しても。
故に、こうして結果の知れたテストを免除する代わりにお手伝いをすることとなった。出来る限り人との接触を控えようと考えた結果でもある。
目立つのは不本意だが、魔法を教える側に回れば周囲と合法的に距離が取れるので我慢するしかない。そんなことを思いながら教師が説明をし終えるのを待つ。あくまでも補助手伝いなため、でしゃばる予定はない。
「――それではデルカンダシア嬢、お手本をお願い出来ますか」
「はい、先生」
やっときた出番をさっさと終わらせようと前に出る。今日実戦する魔法は主に自己治癒と身体強化についてだ。これはきっと、普段運動なんてしない貴族のお坊ちゃんやお嬢様向けだろう。自衛の為にも覚えて損の無い魔法である。
ちなみに、得意不得意はあっても基本的に努力すれば誰であってもどの属性の魔法でも取得できる。ただ、あまりに多岐に魔法を覚えても使いこなせないので、普通は一つか二つ、得意な魔法に絞るものだが。
身体全体を覆うように魔力を纏う。いつかの時、母が湖を照らすのに使っていたアレだ。今は別々に発動している為に発光はしていないが、同時に発動すると全身が光り輝いて母と同じ風になる。人によって魔力の色も違うため、輝き方は違う。
元々は戦士向けの魔法で、戦場で暴れ回るための特攻専用バーサーク魔法である。魔法を覚え始めた時に知ってまさか元がこんな脳筋魔法だったとは思わなかった為、かなりガッカリした記憶がある。見たことは無いが、儚げな容貌の母が肉弾戦でヒャッハーしてるところを目撃したら目を剥くに違いない。
……怖いもの見たさでいつか見てみたいとは思うけども。
ゴス……
不穏な想像をしつつ、目の前に容易された厚い土壁に貫手をお見舞いする。スッ、と抜いた跡には小さな穴が出来ており、穴の周りに綻びは無い。上手く魔力を制御できていれば、余計な魔力の拡散でひびは入らず、無駄な魔力の消費も抑えられる。
「どうぞ」
「失礼……完璧ですね。では、引き続き他の場所もお願い出来ますか」
「はい。お任せくださいませ」
教師に出来を確認してもらい、当たり前に高評価を貰う。若干、周囲に引かれているような気がしないでもないが、この程度は学園の教師でも出来るので、ドン引きしてるひよっこたちには頑張ってもらいたい。……けっして、私が異常ではないんだと知ってもらいたい。
「おおおおおおお!!」
ふと、校庭に散らばった生徒の遠くのほうで歓声が聞こえた。すかさず何か問題があったかと目に魔力を込めて確認したが、すぐに魔力の接続を切った。なぜなら、いつものように例の彼らだったからである。
勿論、彼らとは攻略対象者どものことだ。同じ学年のジギタリスとジニアである。
普通の人は魔法の制御などで苦労するものだが、彼らだけはゲーム通りにできていた。覚えている呪文や魔法こそ初期のへっぽこだが、彼らだけコマンド形式なのかと疑うレベルで一発で出来ていた。
きっと、ルドベキアやプラタナスも似たようなものだろう。見なくても分かる。女子生徒がわいわいと大騒ぎするもので……私ですら最初は苦労したのに。やはり贔屓なのだろうか。ゲーム贔屓なのか。そうなのか。
「キャアアアアア!」
と、今度は違う感じの悲鳴が聞こえた。再び目に魔力を込めて遠見をして見ればまあ! 偶然。噂をすれば影、ご本人様たちの登場である。上の学年の彼らが一体、ここへは何の用だろうか。授業のサボりとはいいご身分である。
「ああ! 殿下方。ささ、お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします!」
思わずぎょっと隣の教師を見た。内心はお前が犯人か! と目を剥いたが、腐っても態度には出さない。聞き耳を立ててみると、どうやら私と同じく授業の補助を頼まれたらしい……怪しい。すこぶる、怪しい……。
にこっ、と爽やかにこちらへ笑いかけて「よろしくね?」と手を差し出したルドベキアと、それを後ろから苦笑ぎみに護衛するプラタナスに笑みが引きつりそうになるも、根性で耐える。
「担当は別になると思いますが、お互い良い指導が出来ることを願ってますわ」
何を企んでいるかは知らないけど、授業補助に来たのなら大人しくその役割を全うしてもらおうと思う。私の言葉にクスッと含み笑いをした王子様は「分かっているよ」とだけ告げて生徒の輪へと入っていった。
何をしたいのかは知らないが、とりあえずちゃんと補助手伝いはしてくれるらしい。とりあえず開いた距離にほっとしつつ、なんだか胸がつかえてモヤッとした感覚に襲われる。
――何か大事なことを忘れているような……?
それぞれの生徒たちの前でお手本を披露しながらも、何を忘れているのかと考えていると、やがてどこか今の校庭の光景に既視感、違和感を覚えた。
……この光景をどこかで見たような気が……でもどこで……確か……?
「グムムム……ぬんっ」
ぷぅぅっ――。
「アハハハ! お前、魔法じゃなくて屁が出てんぞ!」
何か、大事なことを思い出しかけた気がしたが、途中で練習をしていた男子生徒たちに気を取られて霧散してしまった。爆笑している庶民と思われる男子生徒たちに溜息を溢しつつ近付いて指導を行う。きっとそのうち思い出すだろうから、今は授業に集中しなければ。
「力み過ぎては魔力の道が詰まって滞ってしまいますわ。力を抜いて、自然体で全身を意識すれば、おのずと魔力の流れは掴めるでしょう。焦ってはなりません」
「はっ、はいぃっ!」
屁を出したのも恥ずかしいのだろうが、私が淡々とアドバイスをしたことのほうがよほど効いたのかもしれない。男子生徒は真っ赤な顔のまま壊れた人形のようにカクカク首を縦に振った。
そしてチラチラと伺ってこちらが去るのを待っているようだが、残念ながら出来ない人の面倒を見るのが今回の仕事である。どこかの王子たちみたいにもうアドバイスしたからと放置して指導をサボるわけにはいかない。
暫く微妙な顔でいた男子生徒であったが、私が去らないと分かると諦めたのか、再び魔力集中を始めた。彼を笑った友達はとっくの昔に彼を見捨てて遠巻きにしていた。友達甲斐のないやつである。
私が近くにいることで程よい緊張に見舞われたのか、先程よりもスムーズに魔力が動いているのが手に取るように分かった。この学園に入学出来るだけあって、やれば出来る子だったようだ。
「……そのまま流れを掴んだら、全身隈なく流れるように行きわたらせられれば文句なしよ」
「あ……ありがとうございました」
魔力が流れたことで代謝も上がり、汗をかいた男子生徒が荒い息で答える。ここまで出来れば後は簡単。単純作業の練習あるのみだ。
「いいえ。……あそこにいるお友達にお手本を見せてあげるといいわ」
「え? ……はいっ!」
遠目に様子を伺っている男子生徒をちらりと見て教えてあげる。今度はあっちを笑って教えてやるといい。その意図が通じたかどうかは定かではないが、男子生徒はとてもイイ笑顔で友達の方へ駆けていった。
そんな感じで貴族庶民問わずに指導を行っていくと、授業の終わり際まであちこちと動き回ることとなった。おまけにお手本を何度も見せたりしたため、精神的な疲労も溜まっていた。
「ふぅ……」
休み休みとはいえ半日近く指導をしていたにしては魔力に余裕があるが、精神が乱れれば制御は甘くなる。そのため、もう魔法は使わないほうが良いだろう。万が一何かの魔法を使って暴発なんてしたらたまったものではない。……周囲が。
予想していたような神の逆鱗も今回は発生することは無かった。かなりの人と接触したために、身構えていたのに相変わらずガバ判定過ぎる。
――キャアアアアア!!
そんな時である。またしても悲鳴が周囲に轟いた。指導に集中していたために時々聞こえてくる奇声や発狂は無視していたが、終わりかけの今、またか、と思いつつもついつい耳が音を拾ってその方向を見てしまった。
「な……!?」
が、予想していたようなライブのファンサのような光景はなく、本来ならばこの場では有り得ないものが視界に入ってきた。
シャアアアアアアアアアッッ――!!
巨大な大蛇が、生徒を丸のみしようと大口を開けていたのだ。
「ど、」
どこから湧いて出た!?
目を見開いて、現状の把握に数瞬思考が飛ぶが、出かけた悲鳴を呑み込んで出来る限り冷静に魔獣の特徴を確認する。魔獣は三階建ての校舎並みの大きさ、危険信号のように赤い色、間違いなくランクの高い大型魔獣の特徴だ。
……こんな魔獣、デルカンダシア領に隣接する東の森の奥地でしか見ないようなレベルでヤバいやつである。
対処法を訓練しているデルカンダシア領兵でも死闘になる魔獣に、さっき魔法を覚え始めたひよっこの集団と実戦経験がほとんどない教師だけでは対処は不可能。全滅も有り得る。
「警備は何をしているんだ! 魔獣の侵入をここまで許すなど……!」
「殿下! 御身はお下がりを! ここは私たちが時間を稼ぎます!」
ハッ! と話が聞こえてきた方向に目を向けると、前世からとても聞き覚えのある声たちに焦点が合った。そして想い出す。そういえば、似たようなイベントがあったような……と。
――しかも、負けイベントの。
……まずい。非常にまずい!
『らぶさばいばー』は死にゲーであると私は断言しているが、何もエンディングのみの話ではない。選択を間違えると、かなり序盤で死ぬことがザラであるからこそ死にゲーであると言っているのだ。
芋づる式にイベント内容が思い出されるが、その思考を整理しているような暇はない。なんとかしなければ、有無を言わずこんなところでまさかの世界滅亡エンドである。
――そんなことって、あり?
思わず、混沌とする思考に挟まる何もかも諦めるような、脱力するような感覚。モブに選択肢なんてない。罪悪感や絆しで様子見なんて甘いこと言わず、ちゃっちゃと攻略対象と関わらせてやれば良かった。完全にミスった。
前世であればコントローラーを投げてボタンひとつでやり直しが出来たかもしれないが、これは現実だ。ボタンも無ければ便利操作のコントローラーなんてものはない。
現実が、まさかこんなに鬼畜ゲーだったなんて……。
「――シオン様! 後ろ!」
「えっ」
遠くに見える景色がゆっくりと動くなか、唐突にその声は脳天からつま先をビビビッと電流が如く貫いた。条件反射で横斜め前方へと全力で跳ぶと同時に、先程まで佇んでいた場所にドゴォォーン! と質量の重い音が響いた。
舞う砂埃に目をやられないように魔法で保護しつつ振り返ると、そこには遠くにいたはずの大蛇が……いや、まだ遠くで教師や攻略対象者たちの戦闘音が響いている。
「も、もう一体いるなんて……!」
――ゲームでは一体だけだったはず!
でなければ後方でぽけっとしているわけがない。とっとと避難していたはずだ。しかし、残念ながら避けた方向が悪かったのか、駆けつけてきたサクラちゃんと一緒に人のいない側に回避してしまい、孤立してしまった。今から避難は無理である。
「シ、シオン様、ご無事ですかっ」
「――え、ええ」
涙を浮かべながら必死にしがみついて心配するサクラちゃんに「なぜこちら側に来たの!」という怒りと心配に「ありがとう、助かったわ」と安心と感謝という相反する言葉を言いそうになり、微妙な返事を返してしまう。
未だに出てくるイベントについての記憶のせいで思考が混乱する。二体ではないはずなのに……。
「シャアアアアアアアア!!」
持ち直した大蛇が、孤立したこちら側に視線を合わせた。本能的に奇襲を躱した私が手強いと分かっているのか、威嚇しながらジリジリと慎重に距離を詰めて来ていた。
残念ながら精神的な疲労による集中力の欠如で、魔法は暴発の可能性があって使うことは出来ない。一人ならまだしも、こうも人が多いと迂闊には発動出来ない。
「ひいぃぃ……」
ジリジリと距離を詰める大蛇にサクラちゃんがより一層私の腕を掴む力が強くなった。遠目にはこちらにもう一体いることに気付いても、最初の一体に足止めされて動けないでいる教師たちが見えた。
能力はあっても実戦経験の無い彼らが倒すには時間が掛かる。授業の終わり間際で私と同じく疲労しているから大きな魔法は使えないだろうから。
なんとか小さな魔法を小出しにして、こちらに一体釘告げに出来れば生徒への被害を抑えられるかもしれない。……もしかしたら、ゲーム通りならバッドエンドは決まってしまって、もう全て無駄なことかもしれない。しかし、だからといってここで諦めるわけにはいかない。
今はやり直しのきくゲームなんかじゃなく、私にとってのひとつの現実なのだから。
――まだちゃんと生きてないのに、初見殺しの死にゲーに巻き込まれて死ぬのは嫌だ!
だが、現実は残酷だ。
「「「シャアアアアアアアアア!!」」」
「え……」
「そんなぁ!」
絶望の阿鼻叫喚がそこかしこから響き渡り、獲物を蹂躙出来る喜びに沸く魔獣の嗜虐的な鳴き声が轟く。
一体なら、時間が掛かっても討伐出来ただろう。
二体なら、おとりを用いて討伐が出来ただろう。
なら、見渡す限りの大蛇の群れならばどうだろうか?
「――切り札、発動」
大きな代価を伴って、私は迷わず切り札を切った。




