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最強無敵ー神の娘ー


「――悪ぃな、陛下」


 世界の生命、尽くを吸収しつくしたディアスキアの核を貫き抜いたのは、ミル()()()だった。

 影響の及んでいない場所へと随時避難していたアスターとサクラは、急に制止した浸食に気付いて一斉に大元を確認した。


「み、る……様……?」


 先に、サクラが呆気に取られたように言葉を零した。

 呑み込まれれば碌なことにはならなかっただろう、ディアスキアへと吸い寄せられていく黒と、逆にディアスキアを中心にして世界へと浸食していく黒はどうしようも回避しようのないものだった。

 正直、サクラは終わったと思っていたのだ。それなのに……。


「――言ったろ」


 世界の殆どを覆うほどに範囲を広げていた黒を、貫いたディアスキアの核へと取り込ませながら、ミルローズが達観したような、哀れむような表情でサクラたちを見下ろした。


「陛下が神の御許に辿り着きゃァ、今まで陛下の力を削りまくった苦労が全て水の泡ってな」


 それは、確かに言われた。『精霊の道(セスピリミータス)』へ突入する直前に。

 でも、まさか――今の世界を覆った黒がそう、だったのでは……なかっ、た……?


「オレ様は、ちゃんと言ってやったぜ」

「――――」


 何を言って、いや、違う、そんなはずは、だって――()()は、ひとつしか。


設定遊戯(ロールプレイ)って知ってっか?」

「ろぉうぷえい……?」

「お遊びってことだ。()()()()()()の、な」


 ――――。


「そ、んなことは、不可能では……」

「オイ、そりゃご親切な神の知識か? ――アホかよ」


 ハッ、とミルローズが鼻で嘲笑う。


「確かに神は全知全能だが、それは()()()()()()()()だぜ」


 言いながら、ミルローズは大袈裟な手振りで腕を広げて告げた。


「――オレ様は、黒でも白でもねェ『()』の原から生まれた存在」


 宿る神の欠片から知識が零れた、『無』とは虚無。何もない。何でもある。

 神ですら、存在を維持するだけで精一杯の領域。――そこから生まれた聖霊(ニンゲン)


「オレ様は、いわばテメェらクソ生命(ザコ)どもの頂点であり至高点。感情の極限であり無、そのものだぜ」


 有り得ない。存在してはならない。そんな存在がここに在れるのは――。


「そんなに不思議かよ? まァ、そうだろうぜ。オレ様の存在は普通、有り得ねぇからな。『無』っつーのは黒世界にも白世界にもどっちであれ存在出来ねぇ、しちゃなんねェんだからよォ……って今、神が教えてやったとこか」

「…………」


 考えが読まれている。当然かもしれない。存在の格が違い過ぎるのだから。

 サクラは無意識に知らず、親切に流れ込んでくる神の知識を、理解を拒絶した。


「まァ、どうせ教えたところでテメェら如きにオレ様の奇跡的な存在についての細けェ理屈なんざどうせ意味分かんねェだけだろ。だから簡単な事だけ教えてやるぜ、そう身構えんなよ」


 まるでサクラたちへの敵意など無いとでも言うように、ミルローズがひらひらと如何にも面倒臭そうに手を軽く振った。

 そして、告げた。


「なんてたって――オレ様は、最強無敵のミルローズ様だからな」


 答えになってないことを。


「つーわけで、テメェら帰れ」

「……かえ、る?」

「あァ、とっととテメェらの世界に帰りやがれ。お役御免ってやつだぜ」


 サクラはミルローズの言ってる意味が理解出来なかった。

 元々、シオンと世界を救う、その為にここまでやってきたはずだった。

 なのに、帰れ? 確かにディアスキアは居なくなったが……。


「なんだ? まだ理解出来てねェのか? たく……クソ面倒な」


 本当に面倒臭そうにディアスキアの核を弄びながら適当に告げられる。


「テメェらの世界は、こことは別の管轄だ。だから消えねェ」

「……でも、シオン様は」

「――テメェ、()()シオンのこと言ってやがる」


 びく、と加えられた重苦しい言葉の圧力にさらされ、思わず身が怯え竦む。


「テメェの世界で過ごしたシオンか? ――それとも、テメェらの俗欲を優先して救世祈って見捨てた(シオン)か?」

「――――」

「かくな、かくな、欲はかくなよ、無駄にクソ面倒臭ェ」


 サクラは何も、言い返せなかった。

 何を言ったところで、自分ですら納得させられないのだから。


「……ノヴァは、残るんだな?」

「あァ、残るな」


 今の今まで、戦闘態勢を解かないままで黙って成り行きを見守っていたアスターがミルローズへと問いかけた。

 間髪入れず、ミルローズは肯定した――が、アスターが武器を構えた。


「嘘だな」

「なんでだ、クソガキ」


 サクラは二人の会話のどこに嘘があって、真実があるか、分からず戸惑う。

 何が起こっているのか。思考を放棄したように、頭の中は真っ白であった。


「勘だ――と言いたいところだが」


 構えながら、アスターが確信をもって告げた。


「ノヴァは今、神と共に居る。ならば、ノヴァは消える」

「…………」


 ミルローズからの返答は無かった。

 適当にアスターの言葉の先を促すように顎をくいっとした。


「俺たちに、帰れと言ったな。――神はここへ向かっているというのに」

「……後で返すって発想はねェのかよ」

「信用ならん」


 呆れたようにミルローズが処置無しと肩を竦めた。

 そしてニヤリ、と笑みを浮かべた。


「――んで、テメェ如きでオレ様をどうこう出来るとでも?」

「出来ないな」

「即答かよ、良く分かってんじゃねェか。ちったァ成長したなァ、オイ」


 少しだけ感慨深そうにミルローズが訳知り顔で頷いた。


「――この星の神の寵愛を最も受けている神の娘に、()()何も出来ない」

「ならとっとと尻尾巻いて大人しく帰るんだな」


 けっ、と嫌そうな顔で追い払うような仕草をアスターにするミルローズ。

 だが、アスターは引かない。


「だが、大人しく帰ったところで――俺たちは創り変えられる。そうだろう」


 わたしたちが創り、変えられる……!?

 どういうことだ、とサクラは思わずミルローズを見た。


「前に、ノヴァの髪色が変わった――つまり、ノヴァも消えることになる」

「脳筋だからかァ? よくそれが分かったな。んで、それじゃ不満かよ」

「ああ、最悪の結末だ」


 一瞬の迷う素振りも無く、アスターが即答した。


「俺のノヴァはノヴァのままでなければならない」

「これだからクソ俗物(ザコ)どもは……つかシスコンか。きしょいぜ」


 心底クソ面倒だ、という表情を隠しもせずにミルローズがうんざりしていた。

 そして続けてはァ、とため息零して冷淡に告げた。


「だから忠告してやったんだろうが――()()()()()()()()だ、ってなァ」


 ぺらり、厳つい眼帯をめくりつつ、ミルローズがディアスキアの核を埋め込む。

 あっさりと、眼窟に核が――目玉が収まった。眼帯は変形し、王冠(サークレット)となる。


「――クソ(ガキ)が御遊戯レベルでも可能なら、オレ様に不可能なんざねェ」


 それは、つまり、ディアスキアの核は、いや、ディアスキアは――。


設定遊戯(ロールプレイ)って知ってっか?」


 再び、同じ問い。お遊びというものを知っているか? と。

 つまり――これはお遊びの一環なのだ、という……そういう意味だった。


「……あらかじめ、偽りの己を創っていたのか。徹底しているな」


 アスターが別の答え合わせをした。

 ……つまり、全部が茶番だった。最初から、全部。


「そんな……」


 サクラは、最初にここへ訪れた時とは比べ物にならないほど、今度は違った意味で己の足元がぐらぐらと頼りなく揺らぐような感覚に襲われていた。

 全部、無駄。無意味。意味不明。理解不能。何故。シオン様は、世界は、――。


「――消える。からの再構築。ただそれだけのことだぜ」


 単純な話。最初から、そうなることが決まっていただけの事だと説明される。

 だからサクラの決意も、世界の命運も、シオン様も、全部。無かった事になる。

 ――無かった事が、何事もなく、何も無かったように在ったことになる。する。


「いま、の……わたしたち、は――」

「消えて、もっかいやり直しだ。やったな。テメェらの存在と世界は残るぜ」

「――――」


 今の己と世界が一度消え、そして新たな己が新たに生まれた世界で生きる。

 ――何も、無かったまま。起こらなかったまま。消える。今が、消える。


「そう、祈ったんだろ? ()()()()()って」

「っつ……」


 確かに、そう祈った。お願いした。神へ、無知蒙昧として縋った。

 だが、こんな救いは――。


「バカがよ――生命(ヒト)の倫理で神が説けるものかよ」

「――――」


 考えが甘かった。それは、ここに到着した時点でも分かっていた。

 分かっていたのに、分かり切っていなかった。まだ完全に分かってもない。


「あ、ぁ……」


 人が求める救いは、なんて己にとって都合の良いものばかりなのだろうか。

 その罪深さは贖えるほどに浅くはなく、今でさえ、提示されている救いの道に対する拒否感を不敬にも抱いてしまっている。

 ――どうしようも、救いようがない。


「だからどうした――ッ」


 己への罪悪、拭いきれぬ嫌悪、負に陥れば陥るほどに抜けだせない負の連鎖。

 生命のなんと憐れな存在か――と立ち呆けるサクラの横から力強い声がした。


「……まァ、テメェは素直に帰らず、そうするとは思ってたぜ。クソ怠ィ」


 気付けば、瞬きひとつした後にはミルローズがアスターの振るった刃をまるで埃を抓むようにして捕らえ、相対していた。

 その両者の表情はあまりに絶望的に対称であった、今にも欠伸が出てしまいそうだと言わんばかりな表情と、鬼神が如く力の限りと筋走った血走った表情で雌雄はたった一合で誰が見ても既に決していた。


「……神器、天火刀か。あァ、どっかで見たことあると思えばアイツのか」

「ぐくぅく……ッッ!!」


 何とか刃を押し込むように力を籠めるアスターを気にもせず、抓んだままの武器を軽く見分してから、思い出したように懐かしそうによそ見をするミルローズ。

 神器、零れ出る微々たる神の知識からそれを扱えるものも稀少だが、それ以上に神器の攻撃を受ければ神でも無事では済まない。平然と受け止められるのは、ミルローズくらいのものらしい。

 ――彼は、勝てない。絶対に。確実に。ならどうして、わたしは、何も――。


『――面白そうなので、特別に救いをあげましょう』


 ――――。何かの、長々とした世界の真理がどう等の情報が脳裏を過ぎる。

 薄っすらと、朦朧とした意識の中で聞いていた声がハッキリと蘇ってくる。


『私は黒ノ神ですからね』


 黒、神、――神の救いなら! わたしもっ!


「――避けて下さいッッ! わたしに任せてッ!」


 彼へ精一杯の声を掛けた。ひ弱と見下す彼は、聞き届けてくれるだろうか。

 ミルローズにも聞こえているだろうが、こちらは避けないだろう。

 それだけの自信――傲慢が窺える。だからこそ、決められる。


「――ッ何をするつもりだ!」


 言いながら、意図はどうであれ小休憩の為にとアスターが距離をとってくれた。

 ――距離は関係ない。教えられた、その呪文を唱えればいい。


「クソ面倒臭ェ。テメェらの世界は消えねェつってんだろうが。聞き分けろよ」


 ぶつくさとミルローズが文句を零す。


「この星の神が消えたとこで、テメェらにゃ関係ねェ世界の話だろ? 忘れろ」


 ……きっと、そのほうが楽だ。何事も無かったように、あの日々に戻って。


「わたしは……」


 世界が消えるとか、終わるとか、シオン様が消えるとか、消えないとか、そんな何がどうなってるのかが全く意味分からないことに巻き込まれることなんてなく、頑張って学園で勉強して、それで良い職場に就いて、孤児院に恩返しをする――そんな、ありふれた人生設計が叶う幸せな世界に帰ればいい。

 どこか別の世界で()()()()シオン様じゃない神が消えたところで、わたしたちの世界に影響は全く無いというのならきっと、このまま関わらず、そうかと理解し、納得して大人しく去っていったほうがきっと賢明な選択なのかもしれない。

 ――でもっ! それでも、わたしはッ!


「あなたは、神をどうするつもりですか」

(ころ)す」


 間髪入れず、真顔で即答される。


「それが、それこそがこのオレ様が神の娘として与えられた役目だからな」


 役目。ここでも、役目。使命と言い換えてもいいかもしれない。

 きっと、そう在らなければ存在すら出来ない――許されないのだ、ミル様は……だから、遊戯だなんて無意味と分かっている()()()()()


「……ディアスキアは、最期に星の生命を吸い尽くしました」


 偽りの己を偽りの世界で操った。でも操り主は、ミル様だ。

 だから、()()が垣間見える――。


「神を、(ころ)したくは、ないのでしょう……?」

「――神は(ころ)す。必ず。何があろうと確実に。()()()()()()事だ」

「……分かりました」


 きっと、どうにも出来ないから、わたしをここへ連れてきたんですよね。神()


「――怒らないで下さいね」

「ァあ?」


 確実にブチ切れる前提の言葉であった。

 どうにもならない恐怖心を鎮めるよう、一呼吸おいてからハッキリと唱えた。


「――――『混沌の薔薇(カオス・ローズ)』ッッッ!!!!」


 ブチッ――それは底知れない憤怒の音か、それとも()が切れた音だったのか。

 その音が鳴った瞬間、まるで時が止まったようにミルローズは硬直した。


「は……」


 さらさら、と二つに結ばれていた髪が()()()()ほどけ、ミルローズの頬や肩へとさらさらさらり、と滑らかに落ちていく感覚についに事態を理解して声を漏らしたかと思えば――。

 突如、ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォ、とただ立っているだけなのにミルローズの居る周辺から物凄い轟音が遠くまで迸り、醸し出している威圧感だけで大地に関してはもはや大きくひび割れ裂けて、巨大な亀裂を生じさせていた。

 ――暫し、誰も動かないままお互いの出方を窺った。






















・ 



「――ブチ殺す」


 あ、死んだ――とサクラは走馬灯を見た。

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