探偵の休日。
夏休みとは何とも退屈なもので、僕はとりあえず二つの事件を文章化しようと家で奮闘中だった。
花蓮さんはというと、何かあったら呼び出すとのことで、結局集まっていない。夏休みの宿題は家の決まりで夏休み前に終わらせると、家族総出で片づけた。僕の妹は非常に優秀で、中学生ながら高校の宿題までこなしてしまうから、兄の威厳という物が無い。だけど、自慢ではないが懐かれているので、焦っていない。
小説初心者なために何を書いて何を書かないか、どうしたら面白くなるのか、全然わからない。あの事件の不思議さ、花蓮さんの推理披露だけではなく、読者諸君にも物語の途中で謎が解ける人には解けてしまうように証拠を配置しなおさなければならない。
これから書くものは三つ目の事件として置いておこうと思うが、ここまで根強く読んでくれた読者への言い訳としてここに書き記しておこうと思う。語り部、日暮進の言い訳という物を。
さて、夏休み中に起きた大きな出来事といえば、そう花蓮瑠衣が我が家にやって来たという大事件だ。
朝起きて日課にしてる運動を終えて家に帰ってくる。
「お兄ちゃんおかえり」
「ただいま」
シャワーを浴びて朝ご飯食べて。そこはどうでも良いのでカット。休みなのに早起きがやめられない。早起きがやめられないんだけど。
早起きの実感は無いけど、中学の頃の友達から夏休み集まらないかと夜中に連絡が来て、起きてすぐに返したら早くねと言われたのだ。
だから早起きだと知っている。でも、いつもの事だから別に何とも思わない。
「母さん」
「はい。なんでしょうか」
「……父さんは仕事?」
「はい。昨日夜遅く出かけました」
父さん、仕事、何してるのか息子の僕ですら知らない。
「大丈夫ですよ。ちゃんと無事に帰って来ます」
母さんは、父さんの事を本当に信じているようで、何の根拠も無いのにそう言い切るものだから、凄いと思う。素直に。
「あなたの悪い癖です。常識はずれな事、理解できない事、根拠の無い事をすぐに切り捨てることは」
母さんには、よくそう言われる。
「そういえば、何か連絡が来ていたようですけど」
「えっ? あっ、ありがとう」
花蓮さんからだ。
「十時駅前集合」
それだけ。こっちの予定度外視か。良いけど。
「出かける」
「わかりました」
「おはよう」
「おはよう」
花蓮さんは先に待っていた。休日なのに制服で。
出かける相手を教えたら妹が部屋の箪笥を全部ひっくり返して服を選んだというのに。我が家の女性陣は放任主義化と思えば妙に過保護気味な時がある。
何で僕は我が家の家庭事情を書いているのだ。まぁ良い。書くことが無いのだから。ここまで不思議な出来事を二つ書いてきて、いきなり日常シーンを書くのだ。不慣れな僕としては少しでも文字数を稼ぎたいのである。
「それで、どうしたの? 急に呼び出して」
「ちょっと付き合って」
「わかった。何に?」
「グタグタいう男、モテない」
「うるさいな」
花蓮さんは改札に向かって行く。駅前集合というくらいだから、そりゃそうか。
「推理ゲーム。今からお前には三つの質問権が与えられる。次の電車まであと十分、それだけで瑠衣の目的、当てて」
駅の待合室。自販機で二つ缶ジュースを買った花蓮さん。僕に一つ差し出し、机を挟んで向かい合わせに座る。
通貨列車が一つうるさく走り抜けた。
眠たげな目が僕を見つめる。
「じゃあ、最初の直感の答えから」
「瑠衣は確定していない答えを披露するの、ありえないと思う」
「そう。じゃあ質問」
「質問はYES、NOで答えられるものに限るから」
「わかった。その服装は関係ある?」
「ある」
制服、学生が持ちうる中で正装と呼んで憚らない、むしろ推奨されるもの。いや、でも、なんで僕の服装を制服に指定しなかった。僕が普段着で良くて、花蓮さんが制服でなければならない場所。
制服が花蓮さんなりの正装と仮定するならになるが。
「雑談はOKなの?」
「良い。ただし、答えを聞き出そうとしても、無駄」
花蓮さんとの雑談は難しい、彼女はわずかでも興味を持たないと続かないからだ。
貰ったコーラーはよく冷えている。花蓮さんはミネラルウォーターを買ったようでそれをハイペースに飲んでいた。
確かに今日は暑いけど、待合室は涼しい。
……緊張しているのか?
「今から行くのってさ、二駅先のアウトレットモール?」
「正解」
さて、質問はあと一つだ。いや、もしかして……。
僕は質問しようとした口を閉じた。
悩んだ。花蓮さんの目的とは。
息を吸って吐いて、コーラを一口飲んだ。
「答え良いかな」
「良いよ」
「贈答品を買いに行く。そして多分だけど、僕の家にでも来る気なのかな?」
「……正解。自分の中で確定していないことを口にするなんて、探偵部としては許せないけど」
「慣れてないから許して」
「なんで質問二回でアンサーしたの?」
「答えはこれが正解か質問する行為ともとれるから、質問三回したら解答権失くすと思って……」
「……それも正解」
丁度電車が来た。飲み干した缶をゴミ箱に入れて、押しボタン式に困惑する観光客を横目に電車に乗り込む。涼しい車内は人によっては寒くも感じそうだ。
「なんで僕の家に?」
「瑠衣の育ての親が、お前の両親にかなりお世話になってるって、丁度良いから店を早く閉めて会いに行くって、それで瑠衣がお使い」
「そうなんだ。でも今、父さん仕事でいないけど」
「そう。瑠衣には関係ないこと」
眠そうな目を車内に向けている花蓮さんの目には、何が映っているのか。花蓮さんと出会ってから、どうもそれが気になって仕方がない。
優れた頭脳を持つ人にとって、普通の世界は退屈なんだろうと思ってしまう。
クラスメイトに話しかけられて逆に困惑させている花蓮さんを、何回も見た。彼女の話についてこれていない人を、何人も見た。
僕も、必死に理解しようとして、結局説明させてしまっている事がある。
田園風景を抜けて、そしてやたら広い百近い店が集まる小さな町とも言える場所が見えてくる。それのためにできた駅に到着する。
歩いてすぐ、花蓮さんの目はすぐに地図に目が行った。
「あなたの親は、何が欲しい? 推理して」
「……わからない」
「一緒に暮らしているのに?」
「僕はあの人たちの事、何もわからないから」
「そう」
優しくて、色んな事を教えてくれて、だけど、あの人たち自身の事は、何も知らない。
「でも、ずっと見てた。わからなくても、知ってる事はある。それを、点と点を繋いで、それでわかる事も、ある」
どこか必死で呼びかけるように聞こえた。花蓮さんのそんな声は初めて聞いた。
「どうしたのさ?」
「寂しそうに見えた」
「そんな事は無い。むしろ、普通の家族よりは恵まれてると思うよ」
「それは事実。客観的な。でも、人は気づかないうちに、寂しさを抱えてる。不満の無い人生なんて、ありえない。これは私の育ての親の言葉」
「そっか。……とりあえず、まわろうか。何か見つかるかもしれない」
「足を使うのも、探偵部。賛成」
一度、母さんに連れてきてもらったことあるな。風景に見覚えがある。夏休みだから、やはり混んでいる。子どもたちが、レンガを模したデザインの道を元気に駆け抜ける。
「花蓮さん?」
花蓮さんは急に立ち止まると、一人の子どもに駆け寄った。
「迷子?」
泣いている子ども、楽し気な雰囲気にポツンと取り残された存在。
花蓮さんはその子の傍に行き、しゃがみ込む。
「君、連絡手段無い? 最後にいた店はわかる? 連れて来てくれた人は何色の服を着ていた?」
「花蓮さん、急にそんな質問攻めしても……」
「……焦ってた」
「ねぇ君。僕は日暮進。こっちは花蓮瑠衣。迷子みたいだけど、携帯とか、持ってる?」
「……持ってない」
俯いて立ち尽くしていた男の子は、涙声でそう言った。
「最後にいた店は?」
後ろの店を指さす。女性ものの服屋さんだ。
「お母さんに連れてきてもらったの?」
頷く。
「どんな服着てた?」
「白。赤の鞄、持ってた」
花蓮さんを見る。眠たげな雰囲気が消えて、既に考え始めていた。