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ある戦記

君はどうする?

「君はどうする?」

ナノハという少女は僕に尋ねた。

僕は片手も無くしてしまったし、とても、もう少女の隣に居てもいい権利があるとは思えなかったので、

一緒には行かないという旨を、首を左右に一回ゆっくりと振る動作でナノハに伝えた。

「そっか。。」

ナノハはそう呟くと、いつも面白くなさそうにしている顔が更に面白くなさそうになった。

「君なら来てくれると思ったのだけど。」

ナノハはそういうと僕に背を向けて、ゲートと呼ばれる黒い空間へと歩を進めた。

「・・・・」

僕は去っていく少女に"何か"を伝えなければならないと思うのではあるが、

嘘くさくない言葉で伝えられる自信がまるでなかったので、言葉を紡げずにいた。

自分から遠ざかっていく少女が、もう一度振り向けばいいのにという気持ちが胸から込み上げてくる。

振り返ってくれたとしても、僕がナノハに出来ることなんて何も思い浮かばないというのに。

ナノハが遠ざかるにつれて、左腕の傷の痛みがどんどん鮮明になってきていた。

遠ざかっていく少女から目を逸らしたいと思う。その覚悟から。その輝きから。

でも僕の中にある"何か"が、それを僕にさせなかった。

ナノハが立ち止まった。少女はゲートを目の前にしていた。

少女は手を前にゆっくりと差し出す。

すると、ゲートはゆらりと形を揺らし、風が吹いた水面のようになった。

少女もまたそのように揺れ、少女と、その周りの景色が蜃気楼のように見えた。

痛みから来る意識の白濁のせいだろうか。

そうして、何度か瞬きをする間に、ナノハとゲートは目の前から消えてしまった。

最後に見た彼女をこちらを哀しそうに見つめていたようにも思う。

僕はそのあと左腕の痛みのジンジンとする感覚の周期に心を預けて、しばし茫然としていた。

そのうちに痛みにも慣れてきたのか、頭の中をじわじわと滲んでくる後悔の念に頭を垂れた。

風が吹いている。地面を覆いつくす砂はさらさらと僕の右手から、抜けていく。

そのうち僕の後悔は独り言となっていった

「ああ、、ぼくはなんてばかなやつなんだ。最後のチャンスだったのに。

何も成しえてこなかった僕が何かを成しえることを決意する最後のチャンスだったんだ。

ぼくは最後の最後まで、踏み出す勇気がなかった。

勇気なんてものは元よりなかったんだ。

やはり、こんなところにくるべきではなかった。

ただ希望にすがって、あの時の自分をどうにかする手段がこんな場所に来て、自分を誰も知らない場所でなら、変われるかもしれないって、きっと変われるはずだと思ったんだ。

でも、結局変わることはできなかった。痛みのない世界なんてない。結局痛いんだ。同じ痛いなら、精一杯やって、行動的になって痛いほうがいいって。でも、行動的になんてなれやしない。僕は自分の臆病さがただ憎い。自分のことばっかりで、ナノハやダンゾウやタルムのことを考えもしない自分が嫌だ。嫌だ嫌だ。死にたくない。左腕が痛い。もう嫌だ。

助けて。助けて。」

僕はすっかり重たくなってしまった身体を横に倒した。

自分の感情を外に出しても出しても溢れることはやまない。

ものの十分もすると僕はすっかりとくたびれてしまって、眠りに落ちるのを感じた

(眠ったら、、、もう起きないのかもなぁ)

そう思い、意識は落ちた。


次に目を覚ました時、僕はだれかの背中の上におぶさっていた。

左肘の傷口には布が巻かれている。

「よぉ。起きたか?兄弟。」

声を聴いて分かった。ダンゾウだった。僕はダンゾウの背中におぶさっている。

「ナノハとは一緒じゃぁないんだな。まあ詳しくは聞かんよ。」

ダンゾウの大きな背中の上で、ダンゾウの暖かい言葉を聞くと、なんだかこみあげるのを感じた。

頭の奥の方がじんと熱いもので滲んでいき、それは目頭にまで届いた。

目からは暖かい涙が眼球を覆って、それはもうあふれ出るしかなかった。

「うぅ、、うぅ、、」

僕は泣いてしまった。

ダンゾウはなんにも言わないで、歩いていた。


そのうちに僕の感情の高まりも収まって、ただ胸の詰まったような感覚と、定期的に出るしゃっくり、

頭のなかのぼんやりが僕を構成するものとなった。

周りを見ればさっきまでの砂漠風景はなく、草原のフィールドに来ていた。

そろそろ何かダンゾウに話しかけなければならないという雰囲気を感じ、言葉を紡ごうとするが、

なんだか恥ずかしいような、言葉の出し方を忘れてしまったようなで、それはできない。

なので、無理をするのを辞めることにした。

暫くは大男の背中でただ微妙に上下するだけだった。

「おーし。そろそろ町につくかなぁってとこだ」

しばらくすると、ダンゾウはこちらに語りかけるようにそう言うと、何がおかしいのかクククッと笑う。

「そろそろ俺の子守りもお終いにしとくかい?俺は別に兄弟を背負って町に入ったって構わねぇけどよ」

僕はその言葉にずっとこの大男の背中におぶさっていたことが急に恥ずかしいことのように思え、赤面した。

「うっ、、降ろしてくれ。ダンゾウ。もう歩ける」

「そうかい?無理しなくたっていいんだぜ?」

ダンゾウは屈みこんで僕を降ろす体制になったので、僕はなんとなく慌てて降りたようなていでは子供っぽい

ような気がして、努めて冷静な振りをしてダンゾウから離れた。

久々に地面を踏むとなんだかバランスが取れない。少しふらつく素振りをしていると、ダンゾウが言う

「兄弟の左腕だけどなぁ。あっこでは見つかんなかったよ。痛み止めと血止めの薬塗っておいたけど、早いとこ

医者に見せた方がいいなぁ。」

ダンゾウは頭の後ろを擦りながら、困ったような表情をしていた。

僕は左腕に巻き付く布を見つめながら、言わなければならないことがあるなと思った

「ダンゾウ、、、その、、ありがとう」

"挨拶は目を見て言うように"とかいうよなぁ、と自分の左腕をより注視しながら思う。

気恥ずかしいことを言ったが、気分は全然悪くなかった。

「なぁに、いいってことよ。兄弟が生きてておれはよかったよ」

ダンゾウはそう笑って言ってくれた。

「さあ、日が暮れる前に町へ行こう」

ダンゾウはそう言うと歩き出した。僕は、その背中を追った。


「君はどうする?」-終-








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― 新着の感想 ―
[一言] 僕の物語の欠片ではなく、全部が読みたい、と思いました。 短編なのが、残念です。
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