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05: 警戒

戦いの前の、ちょっとした糖分補給の話です。




「荷物はこれだけでよろしいのですか……?」


荷物をまとめるのを手伝っていたレオンハルトは、予想よりもはるかに少ない荷物に心配になり、リュックに詰め込みながら振り返りざまにリリアに尋ねる。


「うん、別に大切な物なんてほとんどないし。そこに沢山飾ってあるのは、私がもっと小さい時に山のもので作ったやつだから」


「きっとゴミになっちゃう」と笑うリリアに、

ーー持って帰って家宝にしたい……っ!

と心底残念に思うレオンハルトであった。



まとめた荷物をレオンハルトが全て肩に担ぎ、最終点検をしてからリリアと共に外に出る。

外はもうすぐ日が暮れそうである。


「寂しくないかな……」


小屋の脇を見つめるリリアの顔もとても寂しそうで、レオンハルトは彼女の視線の先を確認せずとも何の事なのか理解した。


「……また戻ってきます」


「……うん、そうだね。今度はおばあちゃんも一緒に天の国に来れたらいいな」


「はい、必ず」


「ん、よし……行こう!もうすぐ暗くなっちゃうもんね!」


リリアは気持ちを切り替えるように明るい声を出した。

山を下るのにそんなに時間がかかるわけではないが、日があるうちに早く下るに越したことはない。

ちなみに、魔物は夜も昼も関係なく襲ってくるため、遭遇確率はあまり変わらない。


「ロー!ゴロー!おいでー!」


近くで戯れていた2匹を呼び寄せ、手ぶらだったリリアは小さな狼のゴローを抱き上げる。

唸りこそあげないものの、ローはいまだにレオンハルトを警戒しているのか、ただ好きじゃないだけなのか、レオンハルトに近づくことはなかった。



歩き始めて一時間。

実質4回目となる押し問答が、道中繰り広げられていた。


「……やはり、」


「大丈夫、疲れてなんてない!」


言葉ではそう言っているものの、少し息もあがっているし、歩く速度も落ちてきている。

これまで何度か「代わりにゴローを抱える」と申し出ていたが、あまりに何度も聞くから意地を張ってしまったようである。


ーー困ったな……。


あまり無理をして欲しくないし、転んだりして彼女の綺麗な足に傷がついたらと思うと気が気じゃない。

レオンハルトは、自分の心の平穏のために強行手段に出ることを決意した。


「ーー失礼します」


レオンハルトのいきなりの行動に、リリアから「わあっ」と声があがる。

自分がゴローを抱えるのがダメなのならば、彼女ごと抱えればいいだけだ、と開き直ったレオンハルトは左腕に座らせるようにリリアを抱き上げた。


「やっ、おろして……っ!」


初めての体験に恐怖を感じたのか、片手でレオンハルトの上着を強く握りながら足をばたつかせる。

レオンハルトは、落ちたら大変だとやんわり足を押さえるーーむろん、間違っても落とすことなどないが。


「大丈夫ですよ、落ち着いて。私の腕にもたれ掛かるようにして下さい」


多少暴れてもびくともしなかった腕に安心してもえたのか、体の力が程よく抜けていくのがわかる。

リリアは後ろを気にしつつ、ゆっくりと背中をあずけていった。


「……ひどい」


疲れていた自分を認めたくない気持ちと、想定外の行動にでたレオンハルトへの憤りが混ざり、上手く言葉にできないのか、レオンハルトへの文句はその一言で終わった。

でも、「むぅ……」とした顔は依然としてそのままで、まるで自分の味方はお前だけだとでもいうかのように腕の中のゴローをぎゅっと抱き、ふわふわの毛の中に顔を埋めている。

どうしたら機嫌をなおせるのか、と考えたレオンハルトはこれから向かう天の国の話をすることにした。


「あー……そうだ、祭りはお好きですか?」


「まつり……」


興味を引かせることができたのか、そろりと目線がこちらを向く。

心惹かれているけどバレたくない、というようなその仕草は、食べ物をちらつかせた時の野生の猫を思い出させるーー正直とても可愛い。

これ以上機嫌を損ねないためにも、顔が緩まないように厳しい訓練生時代を思い出して平常心を保つ。


「はい、天の国では王の生誕祭を3日間に渡って行うのです。最終日に実施されるハクオウの返礼式はとても見事な光景ですよ」


「はくおう?王様こと?」


「いいえ、花の名前なのです。鮮やかな白い花弁を持ち、枝から切り離すと空へと昇っていく不思議な花で、天の国にしか咲かないことから国花として知られています。返礼式では、王の生誕と、力を授けて下さる王の兄弟神への感謝を込めた手紙を花に括り付けて空へと放ちます」


「すごい……!」


「見てみたいな」と目を輝かせるリリアの機嫌はすっかり直ったようでひとまず安心。

生誕を祝う祭りのためここ4年間行われずにいたが、今年からはあの光景が毎年みられることだろう。


「私の村ではね、豊穣祭をやるんだよ」


私の村、というのは山を下ったところにあった人族の村のことだろうか。なんだか、自分の国は人族の国だと言われているみたいで、心がもやもやする。

これからは天の国のことを"私の国"と言ってもらえるといいのだが。


「豊穣祭はね、来年の五穀豊穣を神様にお祈りするために行うお祭りで、皆で歌ったり踊ったりするんだって。食べ物を沢山のお店が売る屋台があるんだよ。その光がとてもキレイなの」


レオンハルトが知らないであろう事を自分が教えてあげている状況が楽しいらしく、得意気に話しているが、その内容は体験談というより人から教わった知識のようだった。

(リリア)が祭りに参加出来ずに、沢山の屋台の光を山からただ眺めているなんて。

人間たちに怒りを募らせつつ、天の国では盛大な祭りにしてリリアに楽しんでもらおうと心に決めた。


「そうなのですね。我が国でもーー、」





ふいに、じっとなにもない空間を睨みつける。


ーー20、いや、30か。





「どうし、」


レオンハルトはそっと自分の口に人差し指を立てて、リリアの言葉を遮る。


「この先に30ほどの集団が待ち構えているようです。おそらく、敵かと」


音量を下げて囁くように警戒を促す。

ふとローを見ると、同じく気づいたようで唸りはしないものの気を張りつめて警戒しているのがわかる。


リリアは「えっ、てき!?」と急な展開を飲み込めていないのか、キョロキョロしはじめる。

ゴローはリリアの腕の中ですやすやと眠りについたままだ。


「国境を見張っているだけ、って可能性は……?」


「ありません。人族による誘拐事件が起きて以降、国境には人族が越えることが出来ない壁を設置しているため、天の国の者も人族も見張る必要がないのです」


要するに、裏を返すと天の民ならば自由に壁を越えることが出来るということで、見張る必要のない場所に誰かがいるのは、これから国境を越える天の民ーーつまり俺たちを捕まえるためだと推測できる。

彼女に国内に居座ってほしくなくて自分を山に誘導したのかと思っていたが、違ったのか……?


追い詰められてしまう可能性もあるため、引き返すという選択肢は存在しない。

よって、前に進むしかないのだがーー


「ど、どうやって逃げる……?」


逃げることを前提にしているリリアに、戦うという選択肢もないらしい。

正直、たかが人族ごときがいくら集まろうとも俺だけで十分勝てる自信はある。だが、俺の印象が悪くなるのは避けたい。

リリアは少し人族寄りの考えを持っているため、下手をすれば口も聞いてくれなくなることも考えられる。


「逃げるより、荷物か何かに隠れてやり過ごした方が良いかと。窮屈かもしれませんが、どうかご容赦を」


とりあえず、戦闘を見られなければなんとでも言い訳できるだろう。リリアを捕まえるために敵が待機しているのだとしても、隠れていれば問題ないはず。


「でも、それだとレオンハルトが危ないよ」


「っ、私の名前を覚えていて下さったのですね!光栄です。天の民として最初に名を呼んで頂いたことを生涯の誇りにいたします」


心底嬉しい、といった顔で右手を胸にあてて喜びを示すレオンハルトに、リリアは思わず緊張感を忘れて笑いそうになった。


「大袈裟だよ。それに、こんなに印象的な人忘れようがないよ」


リリアにとってレオンハルトは、見た目的にもとても印象的であり、同時に祖母以外で自分にこんなにも親切に接してくれる初めての人でもあった。忘れるはずもない。


「大袈裟ではないのですが……」


少し困ったように笑いながら一旦リリアをおろし、自分の荷物の中から、寝るときに使っていた大きめの布を取り出す。そして、リリアにお願いしてもらいローの背中に荷物を積んで紐で括り付け、中に座れるくらいのスペースをつくる。

最後に、リリアが体育座りするのを確認し、上から布を被せば、完成だ。ちなみに、寝ていたゴローは荷物として積ませてもらった。


「息苦しくはありませんか?」


「ううん、平気。でも……本当に大丈夫?」


「ええ、大丈夫です。私がいいと言うまでどうかお待ちを」


「わかった」







ーーそして、再び歩き始めた足が軍を前にして止まった。





ハクオウは白桜から名付けました。

夜に光るキレイな桜をイメージしてます。

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