08.予算
――世の中に受け入れられないと思います。
リーザとリアナが帰りジェフ号を組み立てている間、リアナが言っていたことがずっと頭の中で再生されていた。
人や動物に頼らない動力があれば役に立つと思っていたのだが、彼女にそう言われて自分とこの世界(少なくともこの国)での考えの違いに少し困惑した。
そして馬や牛で全て上手くいっている世の中で、どうしてジェフは受け入れられないかもしれない物を作り出したのだろうかという疑問が生まれた。
暮らしが楽になると思ったから? ただ考案したものを作り上げただけ?
「……なぁ、カリーナ」
「なんです?」
カリーナは二人が帰って暇になったようで、気が付くと横でコーヒーを飲みながら作業を見ていた。
これを発明した彼の一番近くにいた彼女に疑問に感じたことを尋ねてみた。
「――おじいさんは動くものが好きで、ゼンマイで歩く人形やおもちゃの馬車なんかを作っていてそれがよく売れてました。そのうち大きいものも作ってみたくなったみたいで色々悩みながらその車を作っていましたね」
「自分で乗って動かすのがやりたかっただけなのか……」
「あとおじいさんは馬が苦手でした……」
「……ここで馬が苦手だと不便そうだな」
「はい。馬だけでなく大きい動物全般がなぜかダメみたいで、どこへ行くにも歩きでしたし重いものを運搬するときは馬車と人を雇って運んでもらっていました」
こいつを作り出した理由に納得がいったよ。小さい頃に大きい動物に襲われたとかのトラウマでもあったのかと思ってしまうな。
「それを自分でなんとか解決したかったわけなんだろうな。それにしてもゼンマイ駆動のおもちゃから、単純な構造だけど内燃機関に行き着いたのは凄いと思うぞ」
「これを作る前は大きいゼンマイで走らせたり、犬やネコに引いてもらってるところを見たことがありますけどダメそうでしたね」
でかいゼンマイの車も歴史上存在したし犬ぞりもあるから発想は悪くないと思う。
……でも、ネコは性格的に無理だろう。とても魅力的だが。
あとリアナと話した事についても聞いてみた。
「確かに全員にすぐ受け入れられるかはわかりませんが、馬を購入できなかったり扱えない人もいますし上手くいけばその人達に需要があるかもしれません」
「そういう客層を狙っていって良い感じに完成すれば売れるかもな」
「ジュンさんほどの腕があれば素晴らしい物が出来上がってみんな欲しがりますよ!」
「あっはっは、お世辞を言ったって何も出ないよ店長さん」
「あはは。それにしてもリアナちゃんは私より年下なのに相変わらずしっかりしてますね」
「そうだよな~。それに可愛いしな」
あと数年もしたらとびきりの美女になるだろう。将来有望な子だ。
「……ジュンさん、鼻の下伸びてますよ」
「き、気のせいだって」
「そうですかぁー」
疑わしく思っているのかジトッとした目で俺を見るカリーナ。俺ってそんなに顔に出るのかなあ。
「それにしても、あんなでかい馬車乗ってメイドさん連れてるんじゃ結構なお嬢様じゃないのか?」
「リアナちゃんはリエッセの次期領主様ですからね。街の人のことをちゃんと考えていますしすでに仕事もこなしていてみんな将来有望だって評判です」
あの子は思った以上に偉い人だったようだ。あんな意見を言うのにも納得がいく。
「……あれ? そしたら順番的に姉のリーザが継ぐもんじゃないの?」
「本当はそうなんですが、自分は領主の器じゃないって言って立場をリアナちゃんに譲渡したんですよ。裏方やサポートのが性に合うそうで、リアナちゃんが領主様になったらリーザはサポート役兼護衛をやるそうです」
「なるほど……だからリーザは一人でよく遊びに来るわけね」
リーザは次期領主様という立場が無いから自由なのか。あと強そうだし。
「ところでさっき話してた新作ってもう着手するんですか?」
「あーそれなんだけど……予算が無いから設計から先は当分後になりそうなんだよな」
「予算ですか……」
「協力してくれそうなスポンサーでも探そうかと思うんだが、それでも集まる額はたかが知れてるし仕事もらってきてお金貯まってからじゃないと出来る気がしない。現時点じゃどのくらい予算が必要なのかも出ないしな」
やろうとしてるのはかなり大掛かりな物なのでかなり金が必要だろう。
「スポンサーですか……。それについては心当たりがあるので調べておきますよ」
「ほんとうか!?」
「はい! 期待してて待っててください」
「ありがとうございます大店長カリーナ様!!」
思わず跪いて手を握ってしまった。
コネどころか知人がほぼいないゴミカス底辺の従業員なので、横の繋がりが多いであろうカリーナにやってもらえるならとても助かる。
「ジュンさんは安心して設計しててくださいね! 店長である私が予算を持ってきますから!」
急にテンションが上ったカリーナに若干不安を覚えたが、気にせず自分の仕事を始めよう……
◇ ◇
「お金、このくらいで足りそうですか?」
翌日、作業場の机でどのようなデザインにしようか悩んでいるとカリーナが金額を記入した紙を持って訪ねてきた。
「……30,000Pr? 悪いがこれってどのくらいの価値なんだ?」
「この国に来て間もないからまだ価値がわからないんでしたっけ……。この辺の人の平均月収がだいたい2,000~3,000Prです。ちなみにこの間フェリーチェで食べたディナーが一人分で9.8Prでした」
平均月収の10~15倍だと……ッ!? 一体どこからそんな大金を調達してきたんだ……? ま、まさか店を抵当に入れたとか、それとも、身売りを……!?
「――実は、『このお金はいつかどうしても必要になったときに使いなさい』っておじいさんが遺してくれたお金なんです。まさかこんなにあるとは思っていませんでしたけど」
なんだ、綺麗なお金のようで安心したぜ…………
「そんな大事なお金をこんなことに使って大丈夫なのか?」
「この店を立て直すための投資だと思ってください。あ、もちろんジュンさんのお賃金も今は少ないですけどお支払するので」
「投資か……その大事な金を俺に預けてくれるという信用と期待に応えないと男が廃るな。あと給料に関してはまだ実績も無いし住み込みさせてもらってる手前、メシを食わせてもらえればしばらく無給でいい」
「……いいんですか?」
どうせ金があってもしばらくメシ以外で使うこともないだろうし。
「あぁ、その代わり利益を上げられたらしっかり請求するけどな」
「あははっ、そのときはしっかりお支払させていただきます! ……期待してますよ?」
「おう!」
思わぬところから大金が出てきて計画が一気に現実味を帯びてきたのだった……