07.リーザの妹
カリーナと店に戻り、今度こそ作業を開始した。
ジェフ号と名付けたこのおじいさんの作品は、某模型メーカーが出している教育用工作セットを大きくしたような単純な構造なので、仕組みを確認しながら二時間ほどで分解した。
煙突のようにシリンダー上方が開放されているため内壁がやや錆びていてピストンに埃が積もっているので、錆取りと清掃をして油を塗ってあげなければならないのと、車軸などにも注油してあげれば大丈夫そうな感じである。
問題は駆動用のゴムベルトのようなものと燃料を入れるための容器だが、これはバルトルトに何か良いものがないか後で聞いてみよう。
それと燃料は昔見た図鑑の記載だと確か水素だが、これは何を使用するつもりだったのだろうか。
これが完成したら次は一気に現代的なエンジンをつくってやろうか……
「――ジュン、おーい!」
「……おぅリーザ、いつの間に来てたんだ?」
色々考えていたところにリーザがやってきていた。
「今さっき来たところよ。作業はなんだか順調そうね。ところでカリーナはいる?」
「料理作るって言ってたから裏にいると思うけども」
「料理? あの子が料理なんて珍しい……」
「そうなの? ところで表の馬車って――」
いつの間にか店の外にはどこかで見たような二頭の馬が繋がれた四輪馬車が停まっていた。
「あれはうちの馬車よ。今日は妹と街に行ってて、ついでにここに遊びに来たってわけよ」
「ほう、妹がいたんだ?」
「ええ、私に似てとても可愛いのよ。こっちにも寄る予定だったしついでに連れてきちゃった」
そこ、自分で可愛いって言うんか。
「あ、ちょうど今来たわね」
扉を開け入ってきたのは、淡い色のブラウスを身につけた金髪セミロングでどこか儚げな印象を与える気品のある美少女。
斜め後ろにメイドさんが付いていた。
「こんにちは。またお会い出来ましたね、おにいさん」
……さっき街で道案内をしてくれた子だった。道理でなんか雰囲気が似てるわけだ。
「君はリーザの妹だったのか。さっきは助かったよ」
「あれ、知り合いだったの?」
「街で俺が道に迷っていたところを助けてくれたんだ」
「さっき言っていたのはジュンだったのね。あ、この子はリアナ。私の3つ下の妹よ」
「リアナです。改めましてよろしくお願いします」
「俺はジュン、ここの従業員だ。こちらこそよろしく。お姉ちゃんと仲直りできたみたいだな」
「はい。おかげさまで」
微笑んでそう応えてくれた。
リーザはカリーナに用があるみたいなので裏に行ってしまい二人きりになってしまった。
間を持たせるのに何か話した方が良いかな?
「……そういえば、街にいた時と格好が違うけど」
「家の事情で街中では目立ってはいけないので……本当は一人であんなところにいるのもダメなんですけどね」
はにかみながら言うリアナ。
家の事情というと、もしかしたら狙われやすい良いとこのお嬢様なのかもしれない。
あんまり詮索するのはやめた方がよさそうだ。
「……ところでこれらは一体どうしたのですか?」
部品などが広がっている光景を疑問に思ったようだ。
「これはカリーナのじいさんの作品で、動力源を自ら持った車で簡単に言うと馬を必要としない馬車だな。これをいま分解して整備しているんだ」
「動力源を持った馬車?」
「内燃機関って言ってこのシリンダーっていう筒の中にピストンっていう円筒型のものが入っていて、そこに可燃性ガスと空気を入れて点火すると中で爆発してその力でピストンを押して動力を得るというわけだ。こいつはその試作品というところだな」
「……なんだか鉄砲のようですね」
「原理としては同じだな。その鉄砲の発射する動作を連続して行うような感じだ」
「……」
あれ、なんだか反応が芳しくないな……
やはりどこの世界でも女の子にこういう話するのはウケが悪いのかもしれない。
「おにいさんがカリーナさんのおじい様の作品を復活させるというのはたいへん素晴らしいと思います。ですがわざわざそのような難しい物を作ってそれが完成したとしても、乗用は馬、農耕は牛を使うことによって全て上手くいっているので世の中に受け入れられないと思います」
確かに現状上手くいっていて不便に感じないなら余程の事がないと受け入れてはくれないだろう。
「……それに可燃性ガスで爆発させるというものを街で使用するということに危険があるのではないですか?」
「その危険性に関しては……こいつだと怪しいけど、次作ろうとしてるのがあるんだがそっちならばまず危険はない」
危険性を指摘するとはなかなか理解できているじゃないかこの子は……
機関むき出しで原始的構造のジェフ号は確かに危ないかもしれないけど、次は一気に100年以上進んだ近代的な車を製作する(予定)だから問題ないだろう。
「そうですか……。あまりお勧めはできないのですが、どうしても完成したあとに街に持っていくのでしたら、領主様へ申請をして審査を受けると良いですよ」
「完成したらそうするよ。アドバイスありがとう」
失礼します、と言ってリアナはメイドさんを連れてカリーナ達がいる裏へ行ってしまった。
この世界だと動物以外を使うのはあまり良いものでは無いようだ。
ここまでやっておいてアレだけど、審査なんてのがあるんじゃジェフ号を完成させてもダメかもしれないな。
……でも新作をやろうにも今のところ仕事が無いので金がないのである。
誰かスポンサーになってくれればいいのだが、コネも無いので八方塞がりとなってしまった。