06.街で迷子になる
バルトルトが帰り、「さて、まずバラして状態の確認とやるべきことをリストアップしますかね」と工具などを出し作業を始めようとしたところ――
「ジュンさん、今日は街へ行きますよ!」
――カリーナが作業場にやってくるなりそんなことを言い出したので、作業を始めようとした手を止め、初めて街へ行くことにした。
「ここがリエッセの中心街ですよ」
「結構栄えてるんだなぁ……」
ファクトリー・アポロから10分ほど歩き、この街の中心という場所にやってきた。
きれいに整形された石畳の幅の広い街道の左右にはお洒落でカラフルな建物が並び、どこかヨーロッパ的な街並みである。
買い物客と思われる人が多くいて賑わっており、栄えていて人口の多い街なのだなと思わせた。
カリーナは今日食材を買いに行く予定があり、ついでに街の案内をしようと思い付いたのだそうだ。
俺は周囲を眺めながら、街について色々話すカリーナに付いて歩いていると二頭の馬が繋がれた四輪の箱型馬車を見つけた。
馬車は一見風景に溶け込むような地味さだが、よく見ると細部の装飾が美しいし車体のつくりが堅牢そうだ。板状のサスペンションが装備されており乗員を最優先したのだろう。
腕の良い職人が時間を掛けて丁寧に仕上げたであろうと想像できるものであった。
「カリーナ、あっちになんか高級な馬車がある――って、あれ?」
前にいたはずのカリーナはおらず、空間に話し掛ける俺を訝しげに見る街の方々が代わりにいた。
見知らぬ街で一人……いわゆる迷子というやつである。
……。
…………。
「………………まずい、完全に迷ったぞ」
カリーナを見失ってから、向かっていたであろう方向へ歩くも見つからず、気付くと見覚えのない閑静な住宅街にいた。
(くそう……仕方ない、こうなったら誰かに道を聞くしか無いな)
道に迷って情けないと思うが、このまま見知らぬ街を彷徨って行き倒れるなんてのはもうごめんなので道を聞くため人を探すことにした。
(……お、ネコだ。こんな世界にも同じく生息しているんだなぁ……)
路地から出てきた淡いグレーの毛並みがきれいなネコを見て、日本で見かけるネコと同じ姿に感慨深く感じるジュン。そのネコは一瞬こちらを見てから先を歩きだしたのでその後を付いて行ってみることにした。
「おかえりなさい、ネコちゃん。どこか行ったと思ったらすぐ戻ってきたね」
先を歩いていたネコが建物の傍らにしゃがんでいた少女の足にじゃれつく。
「こんにちは、あなたもこのネコちゃんに連れられてここに来たのですね」
「……いやあ、初めてこの街に来たんだけど連れとはぐれちゃって。お嬢さん、この辺りに詳しいかな?」
怪しげな初対面の男にも臆することなく、足元のネコを撫でながら聖女のような微笑みで話し掛ける。
歳はカリーナより下だろうか。身体を隠すように野暮ったいローブを身に着けているが、金髪セミロングでどこか儚げな印象を与える気品のある美少女だった。
「私は何度か来ているので、詳しいとはいえませんが大通りへの道はわかりますよ」
「ほんとうか!? ……というか君はこの辺りの子じゃないのか?」
「王都から姉と遊びに来ていたのですが、ちょっと口げんかをしてしまって……」
「……それで飛び出してきちゃったのか。君みたいな可愛い子が一人でいなくなっちゃってお姉ちゃんも心配してるかもしれないぞ?」
「……そうかもしれませんね。私がわがまま言って迷惑をかけてしまいました」
「まぁ、そう気にするなって。家族なんだからそういうときもあるし、そのお姉ちゃんに一人でいなくなったことを謝ればそれで許してくれるさ」
「ふふっ、ありがとうございます。実は戻りづらいなって思ってたんですが、そう言ってくれたら気が楽になりました」
「それはよかった」
撫でられていたネコは飽きてしまったのか、再び路地へ去っていった。
「……猫ちゃんは行ってしまいましたし、私も戻ろうと思います。大通りまで案内しますのであなたも一緒に行きませんか?」
「それはありがたい。助かるよ」
水先案内を買って出てくれた彼女に付いていくとあっという間にさっきまでいた大通りに出ることができた。
「……ここで大丈夫ですか?」
「あぁ、ここまで来れば大丈夫だ。本当に助かったよ、ありがとう」
「それでは、ごきげんよう。いつかまたどこかで」
別れの挨拶をした彼女は、先ほど見た馬車の方向へ歩いていった。
(さて、俺は店長様を探さなければならないが……)
はぐれたカリーナがどこに行ったかわからないのでもう店に戻ってしまおうかと考えていた所、
「……ジュンさん、こんなところにいたんですね」
俺が迷っている間に購入したであろう食材が入った買い物袋を両手に持つカリーナに、後ろから声を掛けられた。ややご機嫌斜めである。
「お、おぅ。ちょっと目を離した隙にカリーナを見失って探してたら道に迷ってしまってな……」
「私も話すのに夢中で気が付かなかったのも悪かったですけど、ジュンさんも気を付けてくださいね?」
「わかりました、店長様。私めがそのお荷物をお持ち致しますのでどうかお許しください」
「……しょうがないですね。今日はそれで許してあげます」
両手に持つ買い物袋を俺に手渡すと、すっかりご機嫌が直ったようでいつもの笑顔に戻るカリーナだった。