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05.女神と商人

「うぅっ……めちゃくちゃさみぃ……」



 昨日は寝場所が無くて仕方なく作業場で寝たのだが、日が昇る前の寒さに起こされてしまった。



(とりあえず火でもつけて暖まろう……)



 火を求めキッチンへ向かうと、ちょうど今起きたらしいカリーナが二階から降りてきた。



「おはようさん。ずいぶん早いな」


「あっ、おはよーございます。いつもこの時間に起きてるんですよ。あっ、昨日はすみません、先に帰ってそのまま寝ちゃったみたいで……」


「いいって、俺が使っていい部屋を昨日のうちに聞いてなかったし。ただ、流石に今日は寒い作業場以外で寝たい」


「ほんと、すみません! 今日はちゃんと部屋を用意しますから! ……ところで寒い中で寝てて体調は大丈夫ですか?」


「寒くて起きちゃったけどなんとか大丈夫だ……。とりあえず今は温かいものを飲みたい気分」


「それは良かったです! 温かい飲み物だとコーヒーがあるんですけどそれで良いですか?」


「あぁ、コーヒーでおながいします」



 そう答えると、手際よく道具を使って手慣れた様子でコーヒーを淹れてくれた。



「ありがとう。……わざわざ作ってもらっちゃって悪いね」


「いえ、私も飲みたかったので。リーザがよく豆をくれるのでよく飲むんですよ」


「だからあんなに手際よくやっていたのか」


「あはは、ただ慣れてるだけですよ。あ、冷めちゃう前に飲みましょう」


「だな。それじゃあいただきます……」



 カリーナが淹れてくれたコーヒーは、豊かな香りとコクがとても良く眠たい頭が目覚めるような美味しさであった。




 明るくなってきた窓の外を眺めながらのんびりとコーヒーを堪能していると、裏の玄関から人が入ってきた音が聞こえこの部屋に向かって足音が近付いてきた。


 まさか泥棒か? などと身構えていると……



「やっほーカリーナ、ジュンさん」


「やっほーです、アイナ」


「おぅ、おはよう」



 そこに現れたのは、レストラン・フィリーチェの美少女ウェイトレスであるアイナだった。



「朝に来るなんて珍しいですね。どうしたんですか?」


「ジュンさんもいるしもしかしたら今日の朝ごはんは足りなくなってるんじゃないかと思って持ってきたの」



 そう言ってアイナは持っていたバスケットをテーブルに置いた。

 彼女がその中から取り出したのは美しく揃ったサンドイッチだった。



「ま、まさか昨日の今日で本当に来てくれただけでなく、素晴らしい朝ごはんまで恵んでくれるなんて……アイナ、もしかしてウェイトレスというのは世を忍ぶ仮の姿で、実は女神だったの?」


「まぁ! 私が女神だなんて、お世辞が上手だね」



 少し嬉しそうに笑うアイナ。あぁ、今日は素晴らしい一日になるでしょう。



「……あれ? いつの間に呼び方変えたんですか? ジュンさん」



 なんだかモノ言いたげなジトッとした目で俺を見るカリーナ。一体どうしたのでしょう。



「私がそう呼んでほしいって頼んだの。これから長い付き合いになりそうだし」


「……そうですかー、なるほどー」


「特に深い意味は無いって。常連であり従業員でもあるカリーナのところで働く俺にも今後ともどうぞよろしくって感じのだよ。な? アイナ」


「……えぇ、そうですね」


「ふぅんー、まあいいですけどー」



 棒読みで返答を続けるカリーナ。ちょっとこわいぞ。



「そ、それじゃあ私は店の準備があるから戻るね」


「おぅ、朝ごはんありがとう。ありがたくいただくよ」


「はい! またうちの店きてね!」


「また行くよ〜」


「……」



 急いでいるのかやや駆け足で行ってしまった。本当に忙しそうだな。


 アイナが去るとなぜか音が無くなった世界に飛ばされたような錯覚に陥った。


 そして笑顔に戻ったカリーナ。



「――ジュンさん」


「は、はい!」


「朝ごはんを食べましょう」


「は、はい……」



 なぜかいつもと違う平坦な声で俺に食事を促したのだった……。




◇    ◇


 カラン、コロン



 作業場でカリーナのじいさん作の車を眺めていると、店の扉が開く鈴が鳴った。



「お世話になってま――、あれ?」


「いらっしゃいませー」



 入ってきたのは枯葉色のマントを羽織った太めの中年男。

 まだ肌寒いのにハンカチで汗を拭っていた。



「……驚かせてしまってすまん。俺は昨日からここで働くことになったジュンです。どうぞよろしく」


「あっ、申し訳ありません……お店が以前と様子が違っていたもので驚いてしまいました。私はジェニュイン商会の商人でバルトルト、と申します。こちらこそよろしくお願いします」


「商会?」


「えぇ、私どもの商会はカリーナ様のおじい様であるジェフ様がこちらの工房を開いた時からのお付き合いで、主に材料や工具などを毎度注文して頂いておりました」


「問屋みたいなものか」


「そうですね。三年前にジェフ様がお亡くなりになりカリーナ様が店主になってからは、王都の職人へ仕事を委託する代理店として営業されているので私どもはその仲介と商品運搬をやらせていただいております」


「えっ、ここ一応営業してたんだ!?」



 実質休業でアルバイトのウェイトレスだけで食っているのかと思ってたぞ……



「……でもあまり依頼の数は多くなくて経営は厳しいみたいです」


「アルバイトしてるくらいだからなあ。ところで聞きたいことがあるんだけど――」



 付き合いの長いバルトルトなら何か知っているだろうということで、この車の経緯について聞いてみることにした。



「――『動物や人の力を使わず車自体に動力を持たせ走らせる』とジェフ様がおっしゃり、私は他の人は大変驚きました」



 大変驚きました、……って動物や人以外の動力は無いってこと?



「その後業務の傍ら数年掛けて設計と製作をしておられましたが、完成に近付いた頃に病により倒れてしまい、そのまま亡くなられました……」


「……志半ばで無念だっただろう。ここまでできてたら足りない部品を付けて整備をすれば完成だし」


「本当に残念でしたねえ……。しかし、ジュンさんがこれを見ただけでどんなものか判るなんて、その慧眼には恐れ入ります」


「い、いやあ……、カリーナからこれがどういうものなのか教えてもらっただけだよ」



 昔似たものを図鑑で見たことがある……なんて言ったら怪しまれそうだから黙っておこう。



「それでも状態や完成させるために必要なことを把握されているではないですか。ファクトリー・アポロの二代目職人であるジュン様がいらっしゃるのならば今後は安泰ですな」


「とりあえず何かしらで金を稼がないと俺はただの穀潰しになってしまうから、今後なにか依頼があったらできるだけこっちで引き受けたいんだが……もちろん先方とうちの店長次第なのだが」


「それについては王都へ行きましたら確認してみますが恐らく問題無いでしょう」


「ありがとう。そういえば今更だがなんか用事でもあったのか?」


「あ、そうだそうだ。依頼を受けてた品が出来上がったのでお届けに上がったんでした。カリーナ様は今日いらっしゃいます?」


「今日は裏で俺が使う部屋を準備するって言ってたな。呼んでこようか?」


「もしお忙しいようでしたら後日また参りますよ」


「そうか、じゃあ後でバルトルトさんが依頼してた品を持って来たって伝えておくよ」


「ありがとうございます。ジュン様も今後必要な物がありましたらなんでもおっしゃってください。ジェニュイン商会がお安く用意させていただきますので」


「それは頼もしいな。何かあったら注文するよ」


「よろしくおねがいします。それでは」



 バルトルトが店を出ると、乗ってきたらしい馬車を牽く馬に乗り帰っていった。


 汗っかきで太っちょだが良い人そうでよかった。



 ……ただ、動力に関する常識が俺とは全く違うようなので今度街に行って調査してみようかな。


 動物と人以外の動力が無いって、一体どういうことなのだろうか?

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