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04.ウェイトレスさん

 工房を出たジュンとカリーナが向かったのは、情緒ある街並みに映える歴史を感じさせる石造りの、落ち着きがあるが同時に人の賑わいも感じさせる建物。



「ーーレストラン・フィリーチェ?」


「はい、この店は街で一番の美味しい料理が食べられるんですよ」


「ほう…それは楽しみだ」



 ーーカランコロン



 扉を開けるとそこはレンガと木が上品に合わさるが気取ったところの無い落ち着ける内装で、八割ほど埋まった席には楽しそうに食事と会話に講じるお客がいた。



「いらっしゃいませ! ーーってカリーナじゃないの。しかも珍しく男性の方を連れてきて……」



(……っ⁉︎ 『楽園』とはここの事だったのか……っ⁉︎)



 ……店に入ると美少女がとびきりの笑顔で出迎えてくれた。


 とても良いプロポーションの身体に給仕服の様なデザインの衣装を着こなした、18歳くらいだろうか? 胡桃色のボブカットが柔らかな印象でどこか母性を感じさせる女の子。

 特に男ならば真っ先に目を奪われるボリュームのある部分がより母性を感じさせる。


 一日のはじめに彼女の姿を見ることができたなら、その日は幸せな気持ちで過ごせることだろう。



「さっきぶりですね、アイナ。この人はジュン、今日から私の店で働くことになった」


「…………あ、じ、ジュンです。今日からカリーナの店で働いてます。よろしくです」


「もしかして、今朝カリーナがお話しされていた方かな? 私はアイナ、この店の娘でウェイトレスをしているの。よろしくね」


「は、はい!」



 ……目の前の美人に見惚れてつい焦って反応しまった。気をつけねば…。




 美少女ウェイトレスに案内され俺たちは四人用のテーブル席へ座った。



「午前中はここでアルバイトをしていたんだな」


「はい、週に4、5回はここで働かせてもらってます。朝うっかり忘れていたんですけど、ここの場所を教えておけばお昼ごはんもご馳走できたのに……」


「いいって。ダイニングにあったパンを勝手にいただいたし。それよりも週4、5回って、最早工房の店長というよりここの従業員って言ってもいいレベルでは」


「……ここのウェイトレスとしての私は世を忍ぶ仮の姿……ってやつです」


「……それは果たして忍ぶことができているのだろうか?」


「あはは。それより注文しましょう、アイナさーん!」



 呼ばれてやってきたアイナさんにここの従業員であるカリーナおすすめのメニューを注文。

 しばらくして出てきたのは小エビがたくさん入り上に刻んだ葉とレモンが載った赤いスープ、小さいナンの様なものが恐らく主食で机の中央にはボウルに盛られた彩り豊かなサラダ。


 朝と昼に黒パンしか食べていなかったということを抜きにしても、どれも素晴らしく美味しい料理であった。






 …………。

 ……。



「Zzz……」



 料理を食べ終え、しばらく色々と話しをしたり店内を眺めたりとのんびりしていた。


 お客がほとんど帰ったようで店内は静かになり、気が付くとカリーナが次第にウトウトしはじめ隣の椅子に頭を預けるかたちで眠ってしまった。



「ジュンさん、こちらサービスのミルクティーです」


「あ、ありがとう」



 アイナが温かいミルクティーを持ってやってきた。



「ふふっ、寝ちゃったんだね」


「店でも色々やってたから疲れてるのかもしれないな」


「そうかもしれないね。あ、ちょっと待ってて」



 そう言うとアイナは小走りで店の裏へ行き、毛布を手に出てきた。



「……これでいいかな?」


「わざわざ悪いね」



 持ってきた毛布を寝ているカリーナの身体にそっと掛けた。



「いえ、それより風邪でもひいたら大変だから」


「ここの看板娘は気遣い上手だな」


「ありがとうございます。 あの……ジュンさん、隣いいかな……ちょっと話さない?」


「……お、おぅ」



 やや動揺しつつ了承すると、彼女は俺の隣の椅子を引き静かに座った。

 彼女が座ると肩と肩が触れそうで触れない距離であった。



(……な、なんかめっちゃ近くない⁉︎ ていうかなんかこの子めっちゃいい匂いするんだけど⁉︎)



 ふわっと、フローラルな女性らしい匂いがほのかに香る。


 不意な接近により心拍数が上がるが、それを表に出さないようジュンは口を開いた。



「……仕事はもういいのか?」


「閉店前でお客さんももういないし、後は掃除するくらいだから大丈夫だよ」


「もうそんな時間だったのか。ずいぶんと長居してしまったようだ」


「ゆっくりしてもらって全く構わないんだよ? それより、まさかあの子がちゃんと人を雇うなんて、ちょっと驚いちゃった」


「……今まで従業員はいなかったのか?」


「あのお店、カリーナのおじいさんが一人で切り盛りしていたの。この街唯一にして一番の機械職人だったけど、三年前に彼が亡くなってからは代わりの職人さんもいないから工房としてはやっていけなくなったの。今は王都にいるおじいさんの知人に仕事を委託する代理店として辛うじて営業しているけど、それだけで生活するにはやっぱり厳しいみたい」


「……それでここのアルバイトをしているというわけなのか」


「……おじいさんとあの子は昔からここの常連で、小さい頃は私ともよく遊んでたからほとんど妹みたいなものだったし、その状況を知ったのとちょうど忙しくなってきてた時期だったからお父さんにお願いしてここで働いてもらうことになった……ってわけなの」


「おじいさんが亡くなってひとりになったけど、アイナさんたちが支えてくれたおかげで今の元気なカリーナがいるわけなんだな」


「……ひとりになってみんなはしばらく落ち込むかと思ってたけど、カリーナが『おじいさんはもういないけど、いつか絶対復活させます!』って息巻いていて、間接的にだけどお手伝いすることにしたの」


「君みたいな素晴らしい人が周りにいて、カリーナは幸せだろう」


「そう言ってもらえるとうれしいな。……私はジュンさんにとても感謝してるんですよ?」


「そうなの?」


「『これで工房復活に一歩近づいた……!』って言って朝から嬉しそうにしてたから、これで私も安心できそう」


「……こんな怪しい旅人を即決で雇うあの店長に不安は感じない? もしかしたら俺があの店を乗っ取ったり、散々食い物にしてそのままどこかへ逃げるかもしれない」



 俺がおどける様に言うと、彼女は口元に手を当て小さく笑う。



「ふふっ、それはないですよ。カリーナはああ見えても人を見る目があるから、あの子の選んだ人だったら間違いないし、私もカリーナといるジュンさんを見て『優しくて気の良い人だな』って思ったの」


「アイナさんがそう言うんじゃ、俺は悪い事は出来ないなぁ〜」


「だめだよ? 悪い事したら」


「……アイナさんが見ている限り、悪い事はしないと誓おう」


「それじゃあ時々工房を見に行かないといけないね」


「いつでも遊びに来てくれ。なんなら毎日来て!」


「そんなこと言うと本当に毎日行っちゃうよ〜」



 アイナは笑いながら冗談の様に言った。


 それは看板娘の営業トークの一環だろうけれど、それでもそう言ってくれるのは嬉しいもんだ。




 ……未だにカリーナは起きないが、そこそこ長い時間話してしまい仕事を邪魔してしまったので起こして工房に帰ることにした。


 散々揺すった末、ようやく彼女は起きて立ち上がるも、ウトウトしているが自力で歩けるくらいになったので扉を開け店を出ようとしたところ、アイナに呼び止められた。



「……ジュンさん」


「……?」


「名前。『アイナさん』ってなんだか他人行儀な感じがしてあれだから……、名前だけで呼んでほしいかな?」


「え……っ⁉︎」



(…………あれ、これってもしかしてフラグが立ったってやつ⁉︎)



 一瞬こんな美少女が自分を……⁉︎ と期待してしまったが、



(……待てよ俺、ここで期待すると痛い目を見るぞ。あんな可愛い子が俺を好きになるはずないだろう……。それだけは間違いない。自分で言ってて悲しくなるが、この件は実際のところ大した意味などないであろう……)



 特に他意なく言っているのであろうと理解し冷静になった。



「……あぁ、ごちそうさま。また来るよ、アイナ」


「はい! ありがとうございました!」



 扉の外で小さく手を振る美少女ウェイトレスに見送られ、俺は工房への帰途に着くのだった。




ーーーー


「ーーうぅむ、カリーナは寝ちゃってるみたいだし、俺はどこで寝ればいいんだ……」



 いつの間にかカリーナは先に店に戻ってそのまま自室で寝てしまったらしく、これから使う部屋についての事を一切聞かなかった俺は寝場所がまだ無かった。



「……うぅ、仕方ない。今日は工房に椅子並べてそこで寝よう……」



 謎の世界にやってきて働き始めた最初の夜は、肌寒い作業場の硬い椅子の上で丸まって眠りについたのだった……。

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