02.初仕事
会社を辞めて旅をしていたはずのジュンは、どういうわけかよくわからない国の、よくわからない工房で働くことになった。
そしてこの工房の店長という少女――カリーナと共に雑然とした作業場らしき場所で立っていた。
「…………なあ、店長さんや」
「なんですか? 従業員さん」
俺はずっと気になっていたことを言った。
「……いくらなんでも散らかり過ぎだろう」
作業台の上には分解途中に放置された謎の機械があり、その周囲に散らばる工具や部品。
床には棚に置ききれなかったであろう薬品がが入ったようなビンが所狭しと置かれ、本棚から溢れ出した本、部品や工具が入っていると思われる箱や袋が人間の侵入を拒むかのように積み上げられ埃を被っていた。
「こ、これはですね、さっきも言ったとおりなんですけど忙しくて手が付けられなかったというかなんというか……。ですがこれでもお手伝いの子のおかげで店の入口から裏の居住スペースにまっすぐ行けるくらいには片付いたんですよ?」
「前はこれより酷かったのかよ……」
「なんとかしたいとは思ってはいるんですけどね。でも女手だけだとやっぱり限界があって……」
「…………それじゃあ、本日の仕事内容は作業場の整理、及び清掃を行いたいと思うのですが、店長はどうですか?」
「はい、お願いしてもいいですか?」
「おう。しかし、時間がかかりそうだなこれは」
「あはは、そうですね……」
「はは……」
ふたりとも苦笑いだ。
カリーナはこの後行くところがあるそうで、倉庫の場所や注意事項を聞き見送った。
俺はひとりになり、雑然とする作業場を見渡す。
(……これはやりごたえがあるなあ)
物は多いが埃が被っている以外は不衛生というわけではないのでやりやすそうだと思った。
一人での作業なので自分のペースでできるのも良い。
今までは上や下からのプレッシャーや次々と鳴る電話、毎日何かしらの期限に追われたりして過ごしてきたので、のびのびとできるこの仕事はもしや天職ではないかとすら感じた。
ただ、あの子と一緒に仕事できなくて少し寂しく感じたような気がしたが、気のせいかもしれない。
(まあ、適当に休憩しながらやればいいか……)
換気のため、窓をいっぱいに開けると朝の冷たい空気を肌に感じた。
――――
広さを確保することを優先して次々と倉庫へ荷物を運んだおかげで人権がある作業場が出来上がった。
なんとか部屋の奥まで行けるようになったので、「そろそろ昼だしここの整理をしたらメシにしよう」と考えて箱を脇に避けていたら、棚だと思っていたそれは70cmほどの車輪が4つ付いた木製の台車のような物だった。
(……なんだこれ、馬車のフレーム? にしては小さいな)
フレームにあたる部分にも本が積み上げられていたのでそれを降ろすと、車体中央部分から筒のようなものとその隣に二本の柱が立っており、その先端部分には滑車のようなものが挟まれ車輪側の軸にあるプーリーにゴムベルトのようなもので繋がっていた。
(なにかで見たことあるようなきがするんだけど……まあ似たようなものもあるだろうし気のせいか)
後でカリーナが帰ってきたら聞いてみよう。そう考え片付けを再開したところ入り口の扉が開く鈴の音が聞こえた。
(午後に帰る、と言っていた割には早いな……客か?)
客が来た時のことを聞いていなかったな、と思いながら顔を向けるとどこかのお嬢様かと思われる眩い金髪が美しい大人びた少女が呆然と立っていた。
服装はブラウスにフレアスカートという上品な組み合わせでよく似合っているが、ここのお客にしては少々場違いな上品さである。
一応従業員としてお客さん(?)に対応することにした。
「……い、いらっしゃいませ?」
「…………ぁ、あぁ……」
「な、なにかご用で……?」
「……まさか、数日顔を出さなかった間に、とうとう潰れてしまったの? カリーナ……まさか、夜逃げ!?」
「な、なに言ってんだ?」
「……そして貴方はカリーナとおじいさんの遺した物を売り捌いて私腹を肥やす悪徳商人!」
「違うっての!」
どうやら、今までにないほど物が片付いてるのを見て店が潰れたのだと思ったらしい。
「思い出の場所を荒らすなんて許せない! 刺し違えてでも追い出してやるわ!」
パチン!
どこに隠していたのか折りたたみナイフを展開し彼女はそれをこっちに向ける。
「ひぃっ! ちょ、待って! それは死んじゃうから!」
「問答無用! このナイフの錆となりなさい!」
――シュッ!
バスッ
「ふ、ひぃ……な、ナイフ投げるんかい……」
まさか飛んで来るとは思わなかったナイフが顔面に向かってきて、咄嗟に傍らにおいてあった分厚い本で顔を防御しスプラッタな状況をなんとか避けることができた。
「……ちっ、避けやがったわね。こうなったら……」
落ち着いてくれ、という言葉を発する間も無く彼女の靴の裏が目前に迫る。
ギリギリのところで横に避けると彼女は飛び蹴りで生じた運動エネルギーを殺すこと無く後ろの本棚に激突した。
(あぁ、せっかく並べた本が……)
整理してきれいに並べた本は、衝撃とともに一斉に彼女に降り注いだ。
――――ジュンは降り注いで本の山の中で気絶していた金髪少女を救出し、ソファに寝かせた。
(店に入ってきたときに、カリーナがどうとか言っていたけど……もしかして朝言ってた手伝いの子かな?)
とりあえず目が覚めるまではそっと寝かせてあげよう。
一回寝て起きれば落ち着いて話を聞いてくれるだろうし……
昼飯は、朝の黒パンがまだあったのでそれをいただいた。
パンを食べたあと休んでいると、少女が目を覚ました。
「ーーあれ、ここは……?」
「君、大丈夫か? 頭を強く打ったみたいだけど」
「……貴方は?」
状況を思い出したようだが、怪しい人を見るようなジトっとした目で見られる。
「俺は、今日からここで働くことになった藤田純という者だ。ジュン、と呼んでくれ」
「ここで……? そんな事カリーナから聞いてないんだけど」
「ちょっといろいろあって急遽雇ってもらったんだ。カリーナから聞いたんだけどもしかしたら時々手伝いに来るっていう子?」
「えぇ、私はリーザ。カリーナの幼馴染でこの店で時々手伝いをしているわ」
「そうなのか。まだ不慣れで色々教えてもらうこともあるかもしれんし、これからよろしく」
「はい……あの、さっきの事なんだけど……」
「……さっき?」
「……話しも聞かずいきなりあんなことしてしまってごめんなさい」
さっきの飛び蹴りとナイフか……
「ま、まあ、散らかってた店がいきなりきれいに片付いてたら驚くよね。びっくりしたけど無事だったし気にしないでくれ」
「……ありがとう。ところで」
「?」
「貴方がここで働くのはまぁ百歩譲って許すけど……もしカリーナに変なことしたら、今度こそ…………」
「ひ、ひぃっ、わかってます!」
顔からナイフを生やすのはごめんなので、蛇に睨まれたカエルのごとく怯えながら必死に頷くのだった。