8.謹慎
「はぁ。どうしてこんなことになったんだろうね」
お母さんは何歳も老け込んだような表情で盛大にため息を吐いた。
私とお母さんはリビングのテーブルで向かい合って座っている。
この状況が、お母さんを悲しませてしまったこの状況が、私には何よりも辛かった。
「もしもお父さんがいてくれたら、こんなことにはならなかったのかねえ」
「それは違うよ。だって……」
そう言おうとして、言葉をつぐむ。
私に痛手を負わせた成瀬千鶴は、父子家庭だった。家庭内暴力がひどくて、生傷が絶えない生活を送っているらしい。
「どうして教えてくれなかったの? お母さんはアユちゃんの味方なのよ」
私の目に、ぶわっと涙があふれる。
窓の外ではしとしと雨が降っていた。どんよりした空気はここまで届いてる。
あの騒動の後、クラスの授業は自習になった。
私は保健室で手当てを受けてから、校長室に呼び出された。
校長室では担任教師と校長先生が待ち構えていて、いろいろと尋問された。
相手を射すくめるような強烈なまなざしに私は怯えて何も言えなくなった。
だけどもうひとつの人格がしっかりと自己弁護をしてくれた。
それどころか、脚を組んでタメ口で話すものだから、本当にこれが私の人格なのか不安になるほどだった。
応接用のソファーは深く沈み込んでちょっと居心地が悪かった。
しばらくしてから扉にノックの音がした。お母さんが来た。
お母さんは終始私をかばってくれた。最後まで味方でいてくれた。
そんな大切な人を、私は裏切ったことになる。
学校で何かあったの? いじめられてない? そう差し伸べられた慈悲の手を払いのけて、私はひとりで勝手にいじめの泥沼に浸かっていった。
優しい人を傷つける最低の嘘を吐いてまで、私は何を守りたかったのだろう。
こんなどうしようもない娘なのにお母さんは見捨てないでいてくれた。そう思うと涙が止まらない。
ごめんね、お母さん。
ダメな娘で、ごめんね。
「お母さんね。母子家庭だからって、周りからバカにされないように必死に努力してきたつもりよ。それでも、アユちゃんには、頼りなく見えたのかなぁ……」
言葉尻は涙でかすんでほとんど聞き取れなかった。お母さんも泣いている。
私が、泣かせてしまったんだ。
「そんなこと、ないよ。私が、なんで、こんなことになったんだろ……」
それ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。
私は赤子のようにわんわん泣いた。
途中で言葉を発したつもりだけど、それは嗚咽になって、頭痛になって、間もなく消えた。
胸がしめつけられるように苦しい。
この感情を吐露して楽になりたいけど、言葉はのどの奥に引っかかって言葉にならなかった。
今週いっぱいの自宅謹慎処分。
それが私に課せられた罰則だった。重いような気もするし、軽いようにも思う。
もし私が大人だったら、刑事処分を受けるから、示談金を支払うか、罰金か懲役刑を課せられていたはずだ。
雨粒が屋根を打つ無機質な音が響いている。
「どうしていじめられていることを相談しなかったのか?」
先生にもお母さんにも聞かれた質問だ。その答えはきっと"学校は助けてくれないから"だと思う。
お母さんに助けを求めたところで担任に相談したに決まってる。でも、それじゃあダメなんだ。
学校は事実を隠ぺいするだけで、生徒を助けてはくれない。
自己保身の政治家がうごめく社会の縮図が、学校という絶海の孤島なのだから。